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第八話

ようやく舞台となる場所に到着。長かった。


「ようやく着いたぞメトシュラァ! ザマァ見さらせ帝国がっ!」

 クロウの到着第一声が徹夜明けのテンションに似た叫びだった。

 クロウ達はあれから新手と遭遇しないか慎重に慎重を重ねて森の中を数日かけて進み続け、ようやく転送装置のある街に辿り付き、街のゲートからエノクの糸直下にある都市メトシュラに到着したのだった。

 ラドゥエリ並の追っ手は無いにしても、他の者が来ないとも限らない以上クロウは慎重にならざるを得なかった。

 セエレ本人は別行動していた追っ手と連絡を取っていなかったと言ってはいるが、長年の冒険者としての性かクロウは実に神経を使った。

 そのせいで転送ゲートを抜け、メトシュラに着いた途端に達成感のあまり叫んでいたのだ。

「着いたー」

 ネイが真似して両手を挙げる。二人して目立つ事をしているが、街の中を行き交う人々は一瞥しただけですぐに視線を戻して自分達の事に戻る。おのぼりさんは珍しくないのだろう。

「…………ギルドに行くか」

 周囲の反応を見て急にテンションが戻ったクロウはまず転送ゲートの近くにあった掲示板の地図を眺める。

 クロウ達が出てきた転送ゲートは方角ごとに置かれた八つの転送装置の内、東区の街々と繋がる物だ。

 装置は中央に球体の結晶が浮かんでおり、結晶を中心にサイズの違う複数の輪が浮いている。一見するとオブジェにしか見えないが、この装置が置いてある広場内ならどこからでも遠くの場所へと一瞬で移動できる。

 勿論、自由に行き来できるのではなく、転送許可が必要となる。クロウ達は片道一回限りの転送許可を街で買い、メトシュラへと移動してきたのだ。

 広場ではクロウとは別の街から転送されて来た者達もおり、彼らは一度周囲を見渡すと目的の場所へと移動したり、クロウと同じように掲示板の地図を見ていた。

「こっちだな」

 クロウはそう言って歩き出し、その後ろをネイと自らの羽で浮かぶセエレが付いて行く。目指すは冒険者ギルドだ。

 超巨大ダンジョンであるエノクの糸。それの直下にある街メトシュラは冒険者ギルドの総本山だけあり、視界に入る人々は冒険者ばかりであった。

 普通の街では武装した冒険者が歩いていると心象を悪くし、それを避ける為に宿を取った冒険者は依頼に赴く以外は最低限の装備なのだが、道を歩く冒険者は武器を堂々と所持している。時折見かける一般人もそれを気にしていない。雰囲気だけでも他と比べ異色と言えた。

「なんだか独特」

「そうだな。お前ら見ても動じない辺り流石だよな」

 ネイは燃えた外套の代わりにクロウのを貰って代わりに羽織っているが、前を開けているので露出の多いビキニ&ホットパンツという格好を外に晒している。

 セエレは体が小さいとは言え布切れを巻いただけの格好にさせておく訳にもいかず、途中の街で人形屋を探して買った人形用の派手な洋服を着ている。

 二人とも人前に出しても恥ずかしく無い美しい容姿なのだが、その格好とサイズに問題があり、途中の街でも嫌に目立った。そしてクロウに非難の視線が集められる。クロウの趣味と思われたのだ。

 そのせいでクロウはストレスを溜めていたのだが、メトシュラではどんな奇抜な格好だろうと妖精という種族であろうと多少珍しい程度に見られているようだ。

 ネイに関しては修正のしようはありそうだが、彼女は呪いとも言える生まれ持った力のせいで体温が高く、肌を晒していないと発熱できないので仕方がない。とは言え、誤解に塗れた視線を受ける事がなくなってクロウは内心ほっとしていた。

「わー…………」

 そんなクロウの心労など気付いていないネイはメトシュラの町並みに圧倒されていた。自分がどのように周囲に見られているか無関心のようで、老夫婦の苦労が思われる。

 メトシュラは冒険者発祥の地で、その歴史は間違いなく世界最古だ。

 古い建物と新しい建物が混迷しない程度に隣接しており、道行く人々も世界中から集まった冒険者なので種族も趣もそれぞれが違う。なのに違和感は感じられずあらゆる文化が融合した豊かな街であった。

 活気溢れる街の中央に向かってただひたすらに歩いて、ようやくクロウ達はエノク冒険者協会に到着する事が出来た。ギルドの建物が巨大過ぎて遠近法が狂っており、辿り着いた頃にはクロウの顔には旅とはまた違う疲労の色が見えた。

 ちなみに、国どころか家の外にさえまともに出た事の無かったネイは道中の町並みに満足しており、セエレはいつの間にかクロウの肩に乗って楽をしていた。

「ここがエノク冒険者協会」

「上っ面は綺麗だが、これじゃあ要塞だな」

 ネイが顎を目一杯上げてギルドの白い建物を見上げる。

 陳腐ながら分かりやすく言うと巨大だった。縦にも横にも大きく、威圧感を与えない為なのか豪華と言わないまでも立派な装飾が壁に施されている。

「エノクの糸に行けるゲートを囲むように建てられているらしいな。検問みたいなもんだ」

「行った事ないって言ってたのに詳しいんだね」

「この男、無料配布のパンフレット見てるだけよ」

 クロウの手には一体いつの間に手にしていたのか、街中で観光や一見の冒険者相手に配布されているパンフレットがあった。

 パンフレットは紙面に黒のインクで描いた形式ではなく、真っ白な紙の上を艶やかな色で塗った絵画のような物であった。パンフレットにはメトシュラの簡易マップと各区域の簡単な説明も乗っており、色鮮やかな事もあって飽きさせない。

パンフレットによれば、エノクの糸へ行く為の転送ゲートがある広場を囲んで目の前の建物が建てられており、そこを中心にして街が広がっているようだ。冒険者の街らしく武具店や魔術関連の店、宿泊施設、他にも冒険に役立つ施設の案内ばかりが載っている。

「間違ってなきゃいいんだよ。それより、ここで依頼達成の報告をすればようやく完了だ。ネイ、お前この後どうするか決まってるのか?」

「冒険者登録」

「その後は?」

「ダンジョン挑戦」

「過程がごっそり抜けてるな。一応聞くが、詳細は?」

「ない。でも、何とかする。したい――と思います」

「断言からいきなり願望に変わったな」

「軟禁されていて世間知らずだとは聞いていたけど、これは相当ね。一番の問題は本人がそれ自覚していながら経験が圧倒的に足りてない事だけど」

「コザックからその後の話はなかったのか?」

 クロウが気落ちするネイに問いかけると、首を横に振られた。どうやら本当に糸送りだけのようで、その後のフォローも何も無いようだった。

 普通ならば――と言うには糸送りは特殊な例の一つなのだが――事前に現地の冒険者をガイドとして一時的に雇い、その間に冒険者としてのノウハウを得てメトシュラでの地盤を得るものなのだが、どうやらネイにはそのサポートすらも無いようだった。正式な貴族の一員として名を連ねていないからなのかもしれない。

「何やってんだよあのおっさん……まあ、いいか。俺も初めてここに来たからもたつくかもしれないが、取り敢えずは任務達成報告して、資金を手に入れたらお前の冒険者登録とか済ませよう。その後は宿を見つけて、旅の疲れを癒すためにとっとと休むぞ。その次の日は装備を整えて、エノクを行くのは明後日からだ」

「うん、わかった」

「あなた達、二人でエノクを昇るつもりなのね」

 ギルドの中に入ろうと歩き出そうとしたクロウの足がセエレの一言で止まる。

 自然とこのまま一緒にいる流れになっていたが、クロウはあくまでメトシュラまでの護衛として旅していただけであり、依頼を達成してしまえばネイの面倒を見る義務など無い。

 義務が無くなっただけとも言える。

 クロウは立ち止まったままネイに振り向く。彼女もセエレの言葉で気付いたらしく、悲しげに目を伏せた。だが、次の瞬間には顔を上げてクロウを真っ直ぐに見上げてくる。

「ここまで連れてきてくれてありがとう」

 そう言って、頭を下げてきた。

「クロウのおかげで私は無事にメトシュラに着けた。この恩は一生忘れません。これからは冒険者として一人で頑張っていきます」

 それは別れの言葉だった。少女に頭を下げられたクロウは自分の頭を掻いて聞こえない程度に溜息を吐く。

「子供がそんな畏まった言葉使わなくていいっての」

 クロウは何を思ったが、ネイのフードを掴んでそれを彼女の頭に被らせた。

「わっ――」

 いきなり視界の上半分を塞がれたネイは思わず顔を上げる。そのタイミングでクロウが再び口を開く。

「そうだな。任務は達成した訳だしここでお別れだ。ところで、俺もこれからここで活動するつもりなんだが、良かったら一緒にエノクの糸を挑戦しないか?」

「――え?」

「ソロでのダンジョン攻略は非推奨だし、つかぶっちゃけ一人で生きていける気がしない。だからお前が良ければパーティーでも組まないか?」

「い、良いの?」

「良いも何も俺から誘ってる訳なんだが」

「そ、それなら、えっと……不束者ですがどうかよろしくお願いします」

「いや、微妙に変な方向に勘違いできる事言わないでいいから。どこで覚えてきたんだよ、そんなの…………。それじゃあ、話も決まったし行こうぜ。何時までもこんな所で止まってても仕方がねえ」

「うん!」

 返事をしたネイを伴ってクロウはギルドの建物へと入るために再び歩を進め始めた。その途中、今まで黙っていたセエレが口を開く。

「昔はもっと素直だったのに」

「何だお前。母親か」

「違うわよ。それはともかく、エノクの糸に行くのなら私も混ぜて貰っていい? 正直、やる事が他にないのよ」

「お前な…………」

 知古であり、ラドゥエリの種族的呪縛から解き放たれたセエレではあるが、一度争った仲でもある。しかし、たかが一度戦った程度だとも言える。現にここまで一緒にいたのだ。

 クロウはネイの時と違って遠慮なしに溜息を吐く。

「もう一人の同行者の判断に任す」

 そして丸投げして逃げた。

「私は良いよ?」

「………………」

「決まりね。ラドゥエリの時のような戦闘力は無いけど、魔術方面でのサポートはできるわ。二人とも改めてよろしく。…………どうしたのよ、そんなげんなりとした顔になって」

「何でもねえ」

 ネイが良いと言っている訳なので、セエレが加入する事に問題も不満も無いのだが、クロウは心情的に何となく不条理さを感じた。

「というか、せっかく自由の身になれたのに冒険者なんていいのかよ?」

 冒険者という仕事は、特にエノクの糸を昇る冒険者には命の危険が伴う。

 クロウは惰性に近いものの冒険者として生きていく事を既に決めているし、ネイは冒険者として成果を上げる目的がある。だが、セエレは最前線に立たされ最後には死ぬ運命にあったラドゥエリだったのだ。

運良く解脱して生き延びたと言うのに、また危険な場所に赴くつもりなのかとクロウは一応の心配で言った訳だが、妖精族になった女の答えは構わないというものだった。

「そもそも戦う事しか知らない生き物なのよ私達は。だから解脱して、ラドゥエリの義務から解放されても大半が軍に戻るか冒険者になるかよ。そういう点では私の生き方はよくあるものよ」

「そういうもんか」

「そういうもの」

 三人はそのままギルドの建物の中へと入っていった。


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