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第七話


「ごめん、重くない?」

 クロウの背中からネイが申し訳なさそうに言った。

 目が覚めたネイは特に大きな怪我は無かったが、体力と魔力がほぼ尽きていたようで一歩も動けない状態だった。

 動けるまで休むという選択肢は残念ながら無かった。何故なら、先程の戦闘でネイの熱が危うく山火事を起こしかけたからだ。セエレ以外にも追っ手がいない保証は無く、仕方なくクロウがネイを運ぶ事となった。

「寧ろ軽すぎて逆に怖い。女子ってこんな軽いものなのか?」

 クロウは自分の外套をネイに被せ、そのまま背負って森の中を歩いている。

 暴走していた時の熱が残っているのか、触れている背中や持ち上げて支えている足から伝わるネイの体温が熱い。

「それより体調はどうだ?」

「大丈夫。段々良くなってると思う」

「そうか」

 それで会話は終了する。その後は黙々と進むクロウの土を踏む音だけが聞こえ、奇妙な空気が流れていた。

「気不味い空気ね」

「原因の一端が何言ってる」

 自らクロウのジャケットのポケットに入っていたセエレがわざとらしく呟いた。

 謎の力を発動させて暴走した少女とこれまた謎の力を使って治めた青年、そして敵であった筈なのに何故だか一緒について来ている転生零歳児。

 自他共に奇妙で訳の分からない事になっていた。

「…………何も聞かないんだね」

 鉄面皮の妖精を睨みつけていたクロウは耳元から聞こえてきた声に目だけ動かして背中のネイを見る。

「何が? さっきの事を言っているなら気にするな。仕事の内だし、こっちから聞くつもりはないから」

 クロウは聞かない姿勢を取った。だが、ポケットの中の住人が口を挟む。

「自分から話せば聞いてくれるそうよ」

「お前さっきから何なの? お前が一番ややこしい原因なんだが」

 再びクロウはセエレを睨みつけるが、彼女はそれを無視する。

 連れてきた事を僅かに後悔するクロウだった。

「聞いてくれる? あんなの見せた後で何も説明しないのは申し訳ないから」

 しかし、ネイには丁度良い助言にはなったようだった。疲れのせいか沈んだ少女の言葉にクロウは静かに息を吐いて無言で頷いた。

「私が糸送りにされた理由と関係するんだけど、私には父様がいないの」

「ああ…………んん?」

「父親が誰か分からないの。お母様も心当たりがなくて、いつの間にか私を身籠っていたんだって」

 紋様の力の話かと思えば自分の出生を話し始めたネイに、クロウは取り敢えず口を噤んで続きに耳を傾ける。

「普通より三ヶ月早く生まれた私は強い熱を持ってた。意識すれば、体に刺青みたいな模様が出てきて、触れただけで紙ぐらいなら燃やせるぐらいの熱を持つことができたの。お母様は普通の人間族だし、父親もいないからおかしいなって話になって、私は悪魔の子と呼ばれるようになった」

「追い出された原因はそれか」

「うん。私もよく知らないけど、お祖父様の領土に立て続けに不幸が起きたり、政界での失敗も絡んで、他にも色々な事が積み重なったらしいんだけど…………」

 クロウはネイに気付かれないようにポケットに入っているセエレに視線を送ると、彼女は軽く肩を竦めた。

 正直な事を言えば、鼻で笑うような理由だった。

 おそらく、ネイの祖父は政敵に足を引っ張られたのだろう。悪魔の子云々などは言い掛かりに過ぎず、ネイは政治の人身御供になっただけ。天災と一緒だ。何が原因で起きたかはともかくとして、巻き込まれた時点で諦めるしかない。

 それらを分かっていて、クロウはネイを慰めようとは思わなかった。少女に奇々怪々な政治の話をしても理解できないであろうし、上手く説明できる自信も無かった。何より気にしているのはそんな事ではなく、自分の出生と力を気にしているのだろう。

「あんな風に暴れた事って前にもあったのか?」

「ううん。あんなのは初めて」

「なら多分、殺されかけたせいで暴走したんだな。ラドゥエリなんて怪物を相手にしたんだから、しょうがない。次は制御できるよう頑張れ」

「頑張れって、そんな簡単に…………。私、クロウに迷惑かけたのに」

「仕事を依頼されて、俺はそれを受けた。迷惑ぐらい背負うから。その力を気にしてるなら、次は暴走しないように頑張れ」

 歩きながら、クロウは振動でずれてきたネイの位置を修正するために軽く持ち上げて背負い直す。

「だいたい悪魔の子とか言ったら俺の血筋なんて死霊使いで亡霊だぞ」

「死霊使い…………?」

「先祖代々、昔の英雄の亡霊達を管理しててな。俺自身興味ないから経緯とか色々省くけど、要は歩く墓だ。取り憑かれてるようなもんだ。まあ、その幽霊の力でお前を取り押さえて、暴走を止めたんだけどな」

「凄いんだね」

「凄いって…………幽霊、しかも亡霊なんて言われる得たいの知れない物が体の中にあるのって結構おっかないぞ」

「そうなの? 幽霊って見たことなくて」

「普通は見ないわな。それに、怖いって言えばもっと怖いのがここにいる訳で」

 そう言うと、クロウはネイにも分かるように自分のポケットに視線を送る。そこには元ラドゥエリの妖精が変わらず無表情で中にいた。

「言っておくけれど、私は殺すつもりは無かったわ。寿命が来てなければ単独で封印もできたわ」

「な? 怖いだろ。ラドゥエリってこんなのばっからしいぞ」

「は、はは…………えっと、そういえばその……セエレ、でよかった?」

「ええ、そうよ。改めてよろしく。元ラドゥエリのセエレよ。ちなみに、〈解脱〉したから任務とかもうどうでもいいし、あなた達を襲う気どころかそんな力もないから安心していいわ」

 クロウは呆れたように息を吐き、ネイは不思議そうに首を傾げ、セエレは開き直ったかのようにポケットの中で平然としている。

 クロウは同行を許可した事を少し後悔し、ネイはセエレの言葉を理解していないというよりは今の状況を不思議に感じている程度だった。

 セエレの今の立場はクロウからネイに説明されたが、自分の身を拐おうとしていた人物がこうして共に、しかも人形サイズに縮んでいるというのはネイでなくとも理解し辛いだろうし何より現実味が無い。

 今もこうして警戒もなく一緒にいるのは、ネイ自身の大らかな人格と数日という短い期間と言え共に旅していたクロウの説明があったから受け入れられたのだ。自然と、本人さえもあまり自覚しないままクロウはネイから信頼を得ていた。

「そういえば、寿命が近かったお前がどうして人拐いなんてしようとしたんだ? しかも単独で」

 背負う少女の信頼に気づいていないクロウはセエレに今回の事の補足を求めた。

「候爵の一人に生物コレクターがいるの」

「もういい、分かった」

 セエレの言葉をクロウが遮った。同時に呆れたと諦めが半々の表情を浮かべる。

「要は悪趣味なお偉さんが個人的な欲求を満たすためにネイを狙ったのか」

 権力を持っているが故に欲望に際限が無くなるからなのかはさておき、そう云った趣味の悪い権力者というのはどこにでもいる。

 クロウが帝国に囚われていた幼少期は城に軟禁されていたので直接知る機会は少なかったが、冒険者となって自然と耳に入ってくる各国の噂などが入ってくる。

 悪事がばれて粛清された貴族や、黙認されるほどの権力を持っている者など。ネイを狙ったのも後者のような輩なのだろう。

 二人の話をよく分かっていないネイの外見は見目麗しいという言葉が似合っている。子供特有の愛嬌と成長途中ながら大人になりつつある色気がある。何より、曰くのある出生とそれに拍車をかける体に浮き出る紋様。

セエレが言いかけた言葉から察するに変わった生き物を、人間だろうと関係なしに集めたがる貴族としてみれば是非とも欲しい価値があるのかもしれない。

「えっと、それって権力争いが目的じゃなくて、最初から私が目的だったって事?」

 理解が及ばないところではあるものの、ネイはクロウとセエレのやり取りから推測を立てた。

「便乗したって線の方が強いが、少なくともこいつを差し向けた奴はネイそのものが目的だったんだろ。というか、お前よくそんな任務受けたな」

「ラドゥエリだもの。寿命間近で安静中だったけど、軍部にも色々コネのある貴族だったのよ。むしろ、寿命間近だったからなのかも。正規の部隊ならさすがに貴族個人の権力で動かせないわ」

「寿命が迫ったラドゥエリを後方に置くのは土壇場での裏切りを防ぐ意味もあるだろうに…………。現にこうして任務放棄してるし。そのまま滅――大丈夫かよ帝国」

 思わず悪態を吐きそうになったが、曲がりなりにもユリアス帝国はネイの故郷なのでクロウはかろうじて言い直した。

「出発する前に、上官宛てに報告を送っておいたから何らかの対処はしたと思うわ。そもそも軍部と貴族階級は別物。貴族が腐っていようと、その気になれば軍は乗じて腐った血を抜きにかかるでしょう。今回のはその材料の一つにされるかもしれないわね」

「…………この話、止めにしないか?」

「それが精神衛生上良いでしょうね」

 ネイのエノクの糸送りの根本に関わる話だが、これ以上突っ込むのも危険なネタであった。

 冒険者として知るべきでは無い話を打ち切ったクロウは、帝国を追い出された少女と生物兵器としての人生を終えた妖精を背負ったまま森の中を淡々と歩き続けた。


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