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第六話

肝心のダンジョンにまだ到達してねえ…………。


 燃えていた。

 夕暮れまで駆け回り遊んだ山の森が、共に遊んだ民の子供達が暮らす城下が、父と母とそれに従う家族とも言える臣下達がいる城が赤に染められていた。

 燃えていたのだ。一切合切何もかもが、思い出を塗り潰し蹂躙するように業火に包まれている。

 思い出が無い場所を探すのが難しいほど小さな故郷が火の海と化していた。

「うあああぁーーーーっ!」

 何もかもが燃え尽きていく様を眺めている事しか出来なかった。何故なら子供だからだ。剣を握るには鉄の塊は重すぎ、短い手足は相手に届かず、戦いに耐えられるだけの精神が成熟していない。

 城下と山の中には見慣れる黒い甲冑を着た兵士達が隊列を組み、巨大な鉄の巨人を従えている。黒煙が昇る空には翼を生やした生物兵器達が死骸を啄む鴉のように旋回している。

 外敵共に蹂躙される愛する国を目の前にしながら何も成せない、遂げれない少年はただ泣き叫ぶ。

「なぜだぁ! なぜお前たちがここにいる!? どうして向こうにいない!」

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ少年は血に濡れ泥に塗れていた。

 少年の肩には取り押さえるように白い骨の腕が伸びていた。肩だけではなく、地面には少年を中心に無数の骨が積み重なっている。骨の陣地の外側には人骨を重ねて出来た怪物達が立っている。

「お前たちが守るのは俺じゃない! 国だろうが! 父様と母様を守れよ!」

 骸骨の怪物達は少年に危害を加える訳でもなく、彫像のように微動だにせず燃える国の方角をただ向いていた。

「答えろよぉ、どうして答えないんだ! マスティマの子らよ! どうしてなんだぁ!」

 怪物達は答えない。ただ背中を向けたまま赤く燃える故郷を眺めたまま、少年の慟哭を聞いているだけであった。


 ◆


「――――っ、ハァ、ハァ…………」

 目を覚ましたクロウは青褪めた顔のまま荒い呼吸を繰り返す。正に夢見が悪かった。

 帝国、ラドゥエリ、火、そして骸骨。過去の傷に触れる要素が重なったせいで昔の夢を見てしまったのは間違いなかった。

「最悪だ。もう忘れたもんだった筈なのに」

 汗で濡れた前髪を掻き上げた際、視界の端に人間の足が見えた。健康的な足を辿って視線を動かせば、ネイが横になって倒れている。

 一瞬慌てたクロウだが、ゆっくりと上下するネイの肩と、苦痛とは無縁の安らかな寝顔を見て落ち着きを取り戻す。

 どうやら無事に事無きを得たようで、疲れを吐き出すように溜息を吐く。少なくとも最悪は避けられたようだった。

 安心したように息を吐いたクロウは無意識に懐へ手を伸ばし、煙草を取り出す。

 疲労感で震える手で何とかマッチを使って火を点け、煙草を吸う。

 ネイと一緒にいた間は吸わなかった煙草はなんとも美味で、クロウを落ち着かせる。

 一息付いたところで、今度は服らしき布が捨て置かれているのを見つけた。服の周囲には黒い羽根が散らばって落ちていた。

 ラドゥエリの屍だ。生物兵器として人工的に生み出されたラドゥエリは寿命が尽きると、羽根を残し肉体が消滅してしまう。戦争の為に作られ、戦わされ、何も残す事なくこの世から消えていくなんとも哀れな生命であった。

「…………じゃあな、セエレ」

 消えていった昔の知り合いに対し、クロウは静かにそう呟くのだった。

「生きてるわよ」

「………………」

 別れの挨拶をした筈なのに返事が返ってきた。どうやら想像以上に疲労しているようだ。冒険者業始まって以来の困難極まる荒事だったので幻聴が聞こえても仕方がない。

「だから、生きてるわよ。現実を見なさい」

 どうやら幻聴と言い切るのも無駄のようだった。

 諦めて声のする方に顔を向ければ、地面にラドゥエリの女が立っていた。

白い髪と翡翠の眼は変わってはいないが、背中からは鴉のような黒い翼ではなく半透明の羽虫の羽が生えている。そして掌に乗るほどに小さかった。

――小さかった。

「……え? お前なにやってんの? イメチェンってレベルじゃないだろ」

 煙草を落としそうになりながら、クロウは目を白黒させる。

 ラドゥエリの姿は大きさも含めて妖精族のようになっていた。来ていた服の布を破って作ったのか、体に布切れを巻いて肌を隠している。

「好きでこんな姿になった訳じゃないわ」

「というかお前、寿命で――ああ、そうか。解脱か」

 思い当たりがあったクロウは思わず空を見上げる。

 ラドゥエリは確かに短い寿命の生命体だが、希に寿命を超えて生き延びる個体が現れる。詳しい原理は分かってはいないが、ラドゥエリとしての生を終えてまた別の生命体となる変化が起きるのだ。

 生物兵器という縛りから解き放たれ、自由を持つ一つの生命となる事から解脱などと言われているが、要は生まれ変わりだ。

「エルフや獣人に成ったって話は聞いた事あるが、まさか妖精に成るとはな」

「私も驚いているわ。キメラという性質上、妖精の血が混ざっていてもおかしくないけれど、まさかここまで縮むなんて」

 妖精族は小柄を通り越して掌に乗るほど小さい。通常の妖精よりは大きいようだが、今の彼女の姿はラドゥエリの時と比べると巨人と人族ほどの差があるだろう。

「今、笑った?」

「笑ってねえよ」

「嘘よ。顔がニヤついているわ」

「違うって。縮んで下から見上げてるからそう見えるんだよ」

「いいえ、絶対に笑ってるわ」

「お前しつこい」

「………………」

「………………」

 子供のような応酬をしたかと思えば、二人して突然黙ったまま見つめ合って動かなくなる。暫しの間、そうしていると煙草が短くなって灰を捨てたクロウが先に口を開いた。

「勘違いだったら恥ずかしいから念の為もう一度確認するが、お前はセエレでいいんだな? ユリアス帝国の第二世代ラドゥエリのセエレで」

「その通りよ。私はあなたが知るセエレで間違いないわ。そう言うあなたはリンボス王国の王子、クーロン・リンボスで間違いないわね」

「国は滅んだ。ここにいるのはただのクロウだ」

 クロウの昔の名はクーロン・リンボス。とある小国の王子であった。ただしその国はもう無く、十年以上前にユリアス帝国の侵略によって滅んでいた。

 当時、クロウは大国に成長し既に帝国と名乗っていたユリアス帝国に人質として帝国の城にいた。ラドゥエリだったセエレとはその時に出会ったのだ。

 だが、帝国は前触れもなくリンボス王国を滅ぼすと同時に人質であるクロウを殺そうとした。

「そうね。当時あなたは死んだと聞かされたけど、その通りね。ここにいるのは亡国の王子ではなく、ただの冒険者。ただし、帝国が欲していた物をあなたは持っている」

 セエレが言い方をした途端、冷たい空気が流れだした。

 それは明確な殺意で、クロウから流れてきているものだったが、セエレは構わず言葉を続ける。

「死んでなお魂を縛られた咎人を使役する禁呪〈マステマート〉。自らダンジョンに入って武器を手に入れ、それで小国の一つに過ぎなかったユリアスを大国に押し上げた王がそれを放っておくはずがないわよね。結局、リンボスを焼いたところで見つからなかった訳だけど、あなたが持っていたのね」

 クロウの故郷、リンボス王国は山々に囲まれた小さな国であった。国として特に目立った点もなく、いつの時代からの物か分からない古城を中心とした集落ような国家だ。戦略的価値も無い、占領したところで意味のない国だった。

 だが、滅ぼされた。リンボスの者が代々守り続けた異能の力を奪う為に。

 結局、帝国が狙っていた力は人質の価値が無く切り捨てた幼い王子が本人さえも気づかれずに継承されていたというのは皮肉と言うべきなのか。

「それで、帝国に報告するか?」

「しないわ。だって私はもうラドゥエリではないもの。それをする義理も義務も無くなったわ。信じられないと言うのなら、懐に入ってるナイフで私を斬ればいい。今の私は脆弱な妖精族。魔力も使い切って抵抗も出来ないわ」

 セエレの言う通り、今の彼女には驚異というものを感じない。演技という可能性も捨て切れはしないが、急激な肉体変化に体力は残っていないのは間違いないだろう。

 何より、気絶していたクロウとネイとは違って彼女は起きていた。その時に好きなように出来た筈なのに、何もしなかったのは本当に何の力も残っていないからだろう。

「殺さないの? 私は国の仇よ」

「育成段階だったお前があの時に従軍してる訳がないだろ。だいたいなぁ、疲れるんだよ。俺はそういうのやらねえ」

 故郷を滅ぼされ、命からがら逃げ延びた先でコザックに拾われたが、当時はそれでも胸には復讐心が支配していた。怒りに血が沸騰しそうになり、視界の周囲が真っ白に、頭は常に痛く、腹の中には重い石が常にあった。

 だが、怒りを抱き続けるのには才能が必要だった。幸か不幸かクロウにはその才能が無く、時が経つにつれて怒り続ける事に疲れ、同時に気力までもが消失してしまった。それからは帝国への恨みなど忘れたように冒険者として生きてきた。

 今更、復讐だのなんだのと言って動くつもりは無い。

「いいの?」

「いいんだよ」

 短いやり取りの内に緊迫した空気が霧散する。

 代わりに悪感情も無ければその逆も無い、無味無乾燥な空気が二人の間に流れる。故郷を失い、自ら名を変えて過去の繋がりである復讐心を捨てたクロウ。生物兵器として生まれ、そして生まれ変わったセエレ。二人して初対面同然の態度を取らざる得なかった。

「ぅ……ん」

 倒れていたネイが身動ぎした。どうやら目を覚まそうとしているようだ。

 それを見て、クロウは頭を掻いた。今までの空気を打ち消すように煙草の煙混じりの息を吐いて、煙草を指の腹で揉み消すと立ち上がる。

「お前、これからどうするつもりだ?」

「特に考えてないわ。良ければ、一緒に行ってもいいかしら?」

「…………好きにしろ。仕事の邪魔をしなきゃあ、なんでもいい」

 妖精のように小さなセエレの言葉に振り返りもせず、クロウはネイの元に歩いていくのだった。



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