第四十六話
「――という訳で、何か先祖代々の継承された死霊術によってちょっとヤバイかもしんないという話だ」
ネイに絆され、隠しておこうと思っていた<マステマート>の事を喋ってしまったクロウ。ただ、骨化の症状については触れなかった。あまり深刻にしたところで不安にさせるだけだと思ったからだ。ただ、あの時あの場にいたセエレとアレイストは知っているが。
「んな事はどうでも良いのよ」
そして仕方なく、珍しく深刻に話したと云うのにヴィヴィの対応は冷たかった。やさぐれていると言うか額に青筋を浮かべたまま怒りで頬を引き攣らせたままという、とても少女がしてはいけない顔をした彼女は苛立たしそうに組んだ腕の上で指を動かす。
「あんたの事だからちゃんと自分で調べてるんでしょう。それよりも私のフォールムの事よ!」
どうやら未だにご立腹らしい。またストゥールがやらかしたらしく、彼女はそれで店に飛び込んで来たのだった。
「人がシリアスしてたのに……まあ、実際に俺の方で対策やら何やら調べてるからそう深刻に受け取らずにいてくれるのは助かるけど。それで、フォールムがどうしたって?」
話を逸らす――逸らすも何も話してしまった訳だが変に重い空気になるよりはマシであろう――為にヴィヴィにフォールムについて聞く。
「ちょっとこっちに来て」
怒りで声を低いヴィヴィの後について全員が宿の裏側に回る。裏庭にはフォールムが膝を抱える格好で座っており、変わらず目の部分を点滅させて妙な音を立てている。
だがヴィヴィが更に怒りを増したのはいつまでも終わらないそれではなく、フォールムの装甲に線が入っていたのが原因だ。
「見てよこれ! せっかく新品の装甲がぁ!」
後から入れられたと思われる無数の線は切断された痕だった。フレームまでは切られていないようだが、それでも全ての装甲が切断されていた。
「おーおー、スッパリと。どうやってやったんだこれ?」
「あのストゥールって奴よ! 近づいたら逃げたから、どうやってやったかのか知らないけど」
クロウがフォールムに近づいて装甲の切り口を観察する。後ろからはネイ達も同様にクロウの背中越しから切り口を見る。
「刃物で斬ったんじゃないな。どんなに鋭くてもこんなに細くはならねえ」
「お前がそう言うならそうなんだろうな」
この中で一番の剣の扱いが上手いアレイストの見立てなら確かだろう。
「糸? それならこんな鋭角に複雑な線は描けませんし」
アヤネも分からないようだ。そんな中、クロウが切り口を撫でると指には水が付着した。
「水圧カッター? それでどうやってこれを切ったんだか」
フォールムの装甲は特に特殊な加工がされている訳でもないが、その分頑丈だ。それこそドラゴンの爪でなければ破損しないほどに。
「まあ、やり方が分かったところで――」
言いかけた瞬間、フォールムから発せられた謎の音がいきなり止まり、目のライトも消える。
「……壊れたか?」
「縁起の悪いこと言わないでよ!」
急に停止したフォールムの顔に全員の視線が集まる。直後、強烈な光が魔導人形の目に宿った。全員が思わず後ろに下がる中、フォールムが立ち上がり――変形を始めた。
「ええええええぇぇっ!?」
これには全員が驚いた。
装甲が切れ目に沿って上下にスライドし、手足が伸びる。スライドした装甲は更に出来た隙間を埋める為に左右へと動き重なった。胴体の装甲も同じく動き、折り重なる。
変形が完了し各所から蒸気を噴出させたフォールムは、以前よりも全体的にスリムになったボディを試すように武術の型らしい動きを披露する。
重厚な装甲を身に纏っていた時と違い、単純にスピードが違っていた。何よりも手足が伸びた事でより動きにキレが増していた。
「…………良かったな。何かパワーアップしたぞ」
「訳も分からないのに変形されても嬉しくないわよ! だいたい、家が代々受け継いできた魔導人形の構造を他が詳しいなんて納得出来る訳あるかぁ!」
心の底から雄叫びを上げ両手で頭を掻き毟るヴィヴィ。魔導の学徒としてのプライドが痛く傷つけられたようだ。
それをパーティーメンバー達はいつの間にか距離を離して遠巻きに眺めていた。
「……そっとしておくか」
クロウの提案に反対もなく、彼らは宿へと戻って行くのだった。
◆
「いいか? こいつらは共生関係にある。毒草と毒花と食虫植物、そして毒だ」
「毒だらけなんですが?」
「ドルイドだろ。毒がなんだ」
「肌が触れただけで紫色に変色して溶ける花粉はちょっと」
フォールムがパワーアップ? した事件の後、クロウは魔術師協会のドルイド部門に赴いていた。カレキがリンボス王国の植物を蘇らせたいという依頼を受ける形で、クロウは職員達に必要環境をリンボスの固有植物の育て方を教えているのだが、ドン引きされていた。
毒への耐性があるドルイドの職員達が防護服を完全装備しているのに対して、クロウは作業着ではあるが素顔を晒す格好をしているせいでもある。
「なんで平気なんですか?」
「慣れ。寧ろ空気が美味くて調子が良い」
職員は深呼吸するクロウを信じられないものを見るような目で見た。
『クロウ、準備が出来たぞ。こっちに戻ってこい』
室内の天井からカレキの声が聞こえた。施設内に設置されたスピーカーだ。別の場所に声を届ける魔導機械は珍しくないが、だからと言って魔術師協会の一部門でしかない施設内の部屋全てに設置できるのは協会の組織力を表していた。
クロウは隣の部屋で花粉を落とす強い風や消毒液のシャワーを作業着のまま浴び、次に魔法陣の上に乗って服を乾燥し、更に魔術の力で毒を念入りに消し去る。
すっかり乾いたクロウの顔はうんざりとした表情を浮かべていた。
クロウは借りていた作業を専用の箱に放り捨て、ここに来るまでに着ていた服を着直す。
部屋から通路に出ると、カレキが待っていた。
「この消毒、どうにかならないのか? リンボスだと魔術で一瞬清浄だったぞ」
「特定の毒を取り払っていた術式だったからのう。地元だからの強みだ」
二人は会話しながら通路を進んでいく。ドルイド部門と言われているだけあり、奥に進めば進むほど濃厚な森の臭いがする。
通路側から部屋の中を覗ける箇所があり、歩きながら部屋の中を見てみれば職員達が木々と戦っていた。種子が雨霰と矢のような速度で放たれ、果実が宙を飛び回り、根を足に反復横跳びしている。
「やっぱできるだけ環境を似せても違って来るな」
「あれでクルナよりも大人しいと言うのだから呆れるしかない」
「まあ、暴れるだけでマシではあるな」
目の前の光景よりも酷い国があったらしいが、二人は目の前の奇々怪々な様子を無視して先に進む。
そして、しばらく進んだ先の部屋に到着した。
その部屋は元は倉庫だったのか、あるいは事務室だったのか。あった物を急遽移したのか床には棚や机が置かれていた跡があった。
そんな部屋の隅には小さなテーブルが置かれており、その上にはチョークや何かの粉末、植物の葉やらが置かれている。
「狭いな……まあ、広すぎるよりは集中できそうだ」
言いながらクロウは室内を動き回る。四方の壁には内外の干渉を遮断する魔法陣が描かれている。ここで何が起きようが、外から何かあろうが魔術的干渉ならば防ぎ力がある。
「本来なら魔術協会のもっとちゃんとした魔術儀式場を使いたかったが、中身の正体が判明しない事には他に相談できんからの」
「いいのか? 仮にもギルドの一部署を預かる人間だろ?」
「いや、枯れ尾花だったら騒いだ儂が馬鹿だろ。厄ネタものだったら…………」
「おい、続き言えよ」
文句を言いつつも、クロウは追求せずにテーブルの前に移動してチョークを手に取る。
「そんじゃまあ、やるか。一体何時ぶりだろうな、魔法陣描くのって」
クロウは部屋の中央に行くと床にしゃがみこんで図形をチョークで描き始めた。道具を使わずに真円や直線を幾つも描き、複雑に絡み合わせ、文字も書き込んでいく。出来上がった魔法陣の各所に石や植物の枝、何かの粉末を置いていく。
「もっと他の人形は無かったのか?」
一通りの作業を終えたクロウはテーブルに戻ると今度は一体の人形を持ち上げる。デフォルメされた少女の人形だった。所々がほつれ、二つあるお下げの内片方が短いまま手直しした跡があった。
「買ってきても良かったんだが、孫が丁度もう遊ばないから捨てると言いおってな。勿体ないので持ってきた」
「変な思念篭ってないといいけど……」
再び床の魔法陣に所へと戻ったクロウはその中心に移動して人形を置くと同時に自らも座る。
クロウはこれから死霊術を行い、<マステマート>に眠る魂と対話を試みるつもりであった。
本格的なものになると色々と道具となるべく人に見られない場所が必要だった。死霊術は死した生物の魂を操る魔術で、一般的に嫌悪される技術だ。
制御に失敗すれば憑りつかれたり、周囲へと呪いを振り撒きかねない危険性もある。だからクロウはドルイドであるカレキに協力を頼んだのだ。
「ふぅ……よし、やるか」
1拍置いて、クロウは目を瞑り集中し始める。本格的な死霊術の行使は<マステマート>を除きあの日から行っていない。
クロウの祖国であるリンボス王国が滅んでからずっと死霊術から離れていた。こんなことなら練習しておけばと後悔しそうになるが、今更詮無いことであろう。
今から行おうとしているのは死霊術の一つで、死霊の魂を器物に宿す効力がある。本来なら封印や呪術的な効果を与える術だが、これを応用することで死霊を物質に縛り付けながら安全にコミュニケーションを取ること事ができる。
クロウはその術を用いて<マステマート>内の魂と会話しようとしているのだ。
長い間関わろうとせず、一体どのような魂なのか知ろうともしなかったが、今までの経緯から放置しておくにもいかなくなった。強大な力を持っている事もあって容易に死霊術で対話しようなどと想像もできなかったが、区内で行われた大会の折にストゥールが簡単にコミュニケーションを取った点を考え、想像よりも危険性は低いと判断できたから今回このような実験を実行する決意が出来た訳だ。
いざという時の為に部屋の隅で控えるカレキの視線の先、魔法陣の上に座るクロウの魔力が急激に高まった。同時に魔法陣が強く輝き始めた。
クロウの体から青白く薄い煙のようなものがゆっくりと出て、風もないのにそれが人形の方へと移動する。<マステマート>内の魂、その繋がりを人形へと結んでいるのだ。
少しすると、人形の方に反応があった。首を傾け、ゆっくりと立ち上がる。そして、自らの顔を殴った。
「………………」
突然の奇行に後ろのカレキどころかクロウも絶句する。人形はそれだけでなく、跳ねたり床の上を転がったり、果ては独りでに縦や横に伸び縮みする。
「し、失敗したのか?」
「……いや、なんか人形の主導権を巡って争ってるようだ」
絶賛内輪揉め中のようだった。




