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第四十四話

「死ねやァ!」

「誰が死ぬかァ!」

 アレイストが渾身を一撃を袈裟で放つ。キールは剣を左手の甲で受け流しながら同時に右の拳で剣士の顎を捉えた。

 カウンターを決められ脳を揺らされたアレイストの体は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。数瞬後、音の壁になるほどの観客の歓声が沸いた。

 観客達の興奮を最高潮まで押し上げた武術に傾倒した冒険者同士の戦いはキールの勝利で終わった。技量や経験から言ってキールの勝利は目に見えた結果ではあったが、アレイストは予想以上の奮闘を見せた。その結果――

「流しきれなかったか」

 キールは左腕を負傷した。折れてはいないが、皸程度は入っているだろう。袖を捲ってみれば青く晴れ上がっていた。

「やれるか?」

 リングを降り、いつの間にか運営になっていた近所の土産屋に棄権するか問われる。勝負を下りても誰も文句を言わないであろう怪我を負っているのだ。聞かれて当然だったが、キールはそれを無視して椅子に座った。それを見た土産屋は肩を竦めて首を振ると、応急手当の為に氷を用意してやるのだった。


「怪我してるな」

「ええ、してますね」

「…………いや、兄貴が怪我してんのに助けてやらねえのか。治癒師だろ」

「実戦ならともかく試合です。それに骨が折れるぐらいよくある事です。実家では骨なんて何百本もあるし綺麗に折ればすぐ繋がるし、寧ろその分頑丈になるのでは? なんて本気で信じてバッキバキでしたから」

「そうかーバッキバキかー」

 エジル教国には決して行かないとクロウは青空を虚ろな目で見上げながら心に誓った。

 アレイストと戦ったキールは予想以上に負傷した。クロウ的には嬉しい塩梅ではある筈で元々そのつもりでナタシアにちょっかいを掛けたのだが、何だか逆に居た堪れなくなってしまった。

 ――もしや俺のせい? というか正にその通りなのであった。

「途中参加組の決勝戦を行いまーす。クロウ選手、ゴッズ選手はリングの上に移動してくださーい」

 進行役が呼んでいる。その声を聞いてクロウは溜息を吐いた。

「気が滅入るな」

「頑張ってください、クロウさん。私、応援しています」

「ああ、そっすか。ほどほどでお願いします」

 思わず敬語を使い、クロウは肩を落としながらリングに移動する。会話が聞こえていたのか、簡易イスに座って睨みつけてくるキールの視線が怖かった。

 途中、リングに群がる観客席を見回してみると、ネイ達がクロウを見上げていた。キールに殴られ気絶していたアレイストも起き出してセエレから氷を作ってもらい、それで患部を冷やしながら観戦する姿勢だ。今までの試合で消費したカロリーを補充するかのように傍のテーブルの上には大量のジャンクフードが積み重なっていた。

「あいつ、タフだな……」

「おい、兄ちゃん。余所見してんじゃねえよ」

 声を掛けられ正面に向き直ると、カバーを付けた大剣を構えた大男がリングの上に立っていた。どうやら彼がゴッズという名の対戦相手なのだろう。

「最近、バーバラ婆さんの店でも有名になってきたパーティーのリーダーだな。女だらけのパーティーのよ」

 ガン付け&ダミ声でゴッズがクロウに怒気を向ける。女だらけの中で男が一人(最近二人になったが)のパーティーは目立つ。女所帯で同情する冒険者もいるが、妬みや調子に乗っていると憤る者などもいたりと様々であった。

「少女にあんなハレンチな格好をさせるだけでなく将来有望な学生を唆し、世間知らずな令嬢を誑かすなどした挙句に自分はそんな彼女らを働かせ貢がせているというクズ男ッ!」

「酷い誤解だ」

 どうやらクロウはヒモ野郎だと思われていたようだった。

『おおっと、両選手ともやる気十分のようですね!』

「流石に無理やり過ぎるだろ。どこに目ェ付けてんだ」

 実況席のいい加減な台詞にクロウが文句を言う。だが、そんなもの関係ないとばかりに進行役がゴングを鳴らすハンマーを振りかぶる。

『気合が最骨頂な所でハイッ、試合開始ィ!』

 実況がまったく状況を把握しないどころか無視してゴングが鳴った。

 試合前の言葉からすぐさま斬りかかって来るかと思われたゴッズだが、大剣を構えたままであった。代わりに、少しずつ脚を動かしにじり寄るようにしてクロウとの間合いを詰めていく。どうやら見た目に反して冷静な戦いをする冒険者のようであった。

 クロウは舌打ちする。何故その冷静さがあって見当違いな誤解を抱くのかという意味で。

 仕方なくクロウも構えたまま摺り足でゆっくりと移動しつつリングの隅に追いやられるのを避ける。

 このままでは時間が過ぎて行くだけとなる。まず仕掛けたのはクロウの方だった。

 動くと言っても飛びかかる訳ではなく、上半身の重心を前に傾けたり、足を僅かに前に出したりとフェイントをかける。

 牽制する動きにゴッズが反応するが、フェイントであると分かると身を引く。そのタイミングでクロウは剣を振りかぶりながら一気に踏み込んだ。思わずゴッズは反応して迎撃する為に剣を振り下ろした。

 剣と大剣が正面から衝突すると思われた瞬間、クロウの剣が一瞬だけ浮いて上からゴッズの大剣を打ち落とす。

 己の力以上の勢いを外部から加えられたゴッズの体勢は自分の意思と裏腹に前のめり気味になり反射的に踏みとどまる為に硬直する。

 その隙を狙い、返す刀でクロウはガラ空きになったゴッズの顎へと剣を叩きつけた。カバーが付いている為に斬られる心配はないが、鉄の塊である剣の重量が乗った一撃は例えの大男でも一撃で昏倒させる。

 背中から倒れたゴッズは動かない。誰の目からも見て完全に意識を失っていた。

「勝者ッ、クロウ選手ゥ!」

 鐘が激しく鳴り響き、クロウの勝利を宣言した。

「あー、しんど」

 ブーイング混じりの歓声を無視し、クロウは息を吐きながらリングから降りた。

「やはりクロウさんは間の取り方が上手いですわね」

「今の凄かった」

「あんた、結構強かったのね」

「普段から真面目にしていれば良いのに」

 パーティーの女性陣からそれぞれ言葉を貰い、それに対して肩を竦めたクロウはキールのいる方角を見る。

 相変わらず殺気を放ちまくっているが、試合前と比べると鋭さが増していた。怒りのボルテージが上がったと言うよりは、警戒故の冷静さが混じった結果であろう。

「敵として認められたみたいだな」

「全然嬉しくねえ」

 アレイストのからかいにも似た言葉にクロウは顔を歪める。

 やろうと思えば、試合を引き伸ばし苦戦して見せる事もできた。だが、それで誤魔化せる可能性は微妙な上に、そんな演技の為に体力を消耗してはキールとの試合に差し障る。何より、アレイストとの試合での消耗を回復させてしまう時間を与える事になる。この後、決勝戦までの間小休止を挟むと言ってもその時間は少ないほうが良い。

『それでは決勝戦は十五分後となります。皆様、こうご期待下さい』

 司会の声を呑気だと思いながら、クロウはキールの視線から逃げるようにしてその場から離れた。


 短いのか長いのか休憩時間は終わりを迎え、とうとう頭のおかしな少女が原因となりつつも誰もその理由を気にしなくなった武術大会が最後の試合を始めようとしていた。

 リングに上がったのは肩を落としやる気が全く無さそうな青年と、左腕に添え木を当てた白い服の殺る気満々な青年。

『青コーナー、前半リーグ決勝にて熱い戦いを見せた遠くエジル教国から来たヤンキーモンクのキール! それでも神の教えを受けるモンクかと言いたくなるほどガラは悪いがその実力は本物だァ!』

「ヤンキーは余計だッ!」

『赤コーナー、美少女達にあられもない格好をさせるハーレムパーティーのリーダー、クロウ! 最近ではキールをボコったアレイスト選手も加わった! …………薔薇?』

「その顔覚えたからな」

『で、実際は?』

「毎朝目覚めると枕元にカメムシがいる呪いをかけてやる」

 クロウは実際にあるドルイドの呪術を仕掛けると誓った。

『さあ、ウダウダやっても仕方ないので決勝戦を始めましょう。レディ――ゴォッ!』

 司会はクロウから目を逸らして誤魔化すように手を振り上げ、ゴングを鳴らす。

 選手の準備やら心構えを無視して試合が開始される。だが、キールはゴングと同時にクロウへ向かって突進する。走りながらも上半身はブレず、右手の拳を構えたままでだ。

 キールは左腕を負傷している。添え木を当てているだけで治癒魔術による治療も行っていない。腕の骨が折れている以上、その手で殴れる訳がない。自然、攻撃手段は右手と両足に限られる。

 接近してきた右手のジョブがクロウの顔に向けて放たれる。クロウは剣の腹でそれを受け止める。素早く鋭い連打を受け止めながらクロウはキールの左側に回り込む為に斜め後ろに下がる。

 させまいと蹴りを放つつもりか、キールは右足を踏み込み左足がリングの床から僅かに浮く。左足からの蹴り。その予兆を感じ取ったクロウは剣を下に受け止める構えを見せる。

 直後、キールから放たれたのは蹴りではなく左拳であった。

 負傷しているから左腕は使わないというごく当たり前の考えを逆手に取り、左足でのフェイントまで加えての一撃。言うだけならば簡単な事だが、骨に以上がある状態で攻撃を行うなど正気ではない。

 痛みがある。殴ったのならば衝撃は当然返って来、よりそれは倍増する。下手をすれば悪化して折れてしまうかもしれない。

 やろうと思っても防衛本能から全力を出すのは無理である。だが、それを彼はやった。肉体が痛みという悲鳴を上げるのも構わず。

 誰も予想できない一撃をクロウは剣を持っていない方の腕の肘で受け止めて見せた。

 結果が分かった瞬間、互いに拳と肘で押し合い両者は距離を取る。

「フンッ、よく分かったな」

 激痛にごく当たり前の肉体の反応として痙攣する左腕に構わずキールは両手で構える。それだけで肉体のスイッチが切り替わりでもしたのか震えが止まった。

「アレイストの同類っぽかったからやるだろうと思ってた。あいつも剣が握られなくなったら噛んで持つか手に突き刺して振るうぐらいはするだろうしな」

 仲間になった剣士をさりげなく狂人扱いしながら、クロウも剣を両手で構え直す。

「先程の肘。あのアレイストとかいう剣士も使っていたが、同門か? いや、貴様が教えたか」

「何で一撃だけで分かるかね、ったく」

 うんざりとした様子で言った途端、クロウは剣をキール目掛けて投げた。

 武器をいきなり投げる暴挙。横に回転しながら胴体に迫る剣を、キールは冷静に右腕を飛来する剣に添えた。そして、剣を腕に沿って回転させる。

 剣が腕に纏わりつくように回転し、キールの動きに誘導される。右腕を横に払った時点で剣の軌道は変わり明後日の方向へと飛び、弧を描いてリングの上を落ちる。

 繊細でとてつもない技術が必要な事を見ずにやってのけたキールの顔は変わらず正面を向いていた。

 キールが見据える先にはクロウがいる。剣を投げた姿勢などとっくに変えており、音もなく拳を構えて接近していた。

 クロウとキールの目が互いを睨む。

「お前に合わせてやるよ」

「ハッ――」

 戦う者としての性か、これより始まる殴り合いに二人は獰猛な笑みを自然と浮かべていた。


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