第四十三話
「どうすっかな、おい」
そこらに椅子代わりとして置かれた木箱の上に座ったクロウはリングに目を向けたまま深々と溜息を吐いた。周りには休憩を与えられたネイとヴィヴィオを含んだパーティーの仲間達も屋台で買った軽食を摘んでいた。
<マステマート>について何か知っているらしいストゥールはクロウがこの突発的喧嘩祭りで優勝すれば情報をくれると言った。どこまで知っていて、本当に教えてくれるのかも未知数だが、まずは優勝しなければその結果さえも分からない。
まずは目の前の問題として――
「勝つとか無理だろ」
大会の参加者はこの地区の宿に泊まっている者や偶々通りがかった冒険者達だ。実力はまちまちだが、こんな物に出るだけあって実力者揃いだ。特に抜きん出ているのは剣士のアレイストと拳士のキールだ。
正直言って、クロウでは勝てない。
「クロウさんはどちらかと言うと小技で攪乱するタイプですものね」
クロウは何でも使って戦うタイプだ。基本は剣を使うものの、状況に合わせて戦い方を変える。短弓を取り出す場合もあれば短剣を使い、時には殴る。ジョブシステムの恩恵で今では魔術も視野に入っている。
「典型的な、ルールに制限されると弱いタイプよね」
「その通りだよチクショウ」
何でもありのルールでもあの二人に勝てるか怪しいというのに、真っ向勝負ではまず勝ち目がない。
「どうして勝つ気なの? 銀の延べ棒欲しいの?」
「そんなとこ」
ネイ達には<マステマート>について黙っている。これを知っているのはパーティー内ではセエレと巻き込まれたアレイストだけだ。
「それに一応、不本意ながらリーダー扱いされている訳だからここいらでそこそこ強い所を見せておかないとな」
「所々で引け腰なのはなんでよ?」
「謙虚なんだ」
ヴィヴィの言葉を一蹴しながらクロウはどうやって勝てるか考える。
「……一服盛るか」
「止めなさい」
呟いた途端、セエレからストップがかかる。
「真面目にやりなさい」
「真面目だっつうの! 普通にやってあいつらに勝てるか!」
「まあ、何でそんな優勝したがるのか知らないけど、あの二人は素人の目から見ても抜きん出てるのは分かるわ」
「だよなぁ……」
相槌を打ちながらクロウは視線をリング横の即席掲示板を見る。そこにはトーナメント表とトトカルチョ用の配当などが書かれていた。
「……ただ、運は悪くないんだよな」
途中参加組は別リーグ扱いらしく、早期に参加していた問題の二人は同じリーグだ。つまりクロウが戦う場合は決勝の、二人の内どちらかとなる。
「悪い顔してる」
「ネイさん、見てはダメですよ」
目の前に振り下ろされる剣。カバーを付けているとはいえ本体は鉄の塊だ。正面から受ければただでは済まない。もっとも、そんな一撃をまともに受け且つそれだけで死ぬようなら冒険者としてやってはいけないのだろうが。
クロウは半身になって自分に向けられた一撃を紙一重で避け、攻撃直後の隙を見せた冒険者の腹に向けて刃にカバーが被せられた剣で押す。突くとは言えない加減した攻撃とも言えない行動。
僅かに後ろに押された冒険者は舐められると思ったのか、怒りで顔を歪ませて再び突っ込んでくる。
同じタイミングでクロウは前に踏み出して相手の懐に入ると同時に拳を突き出す。相手の勢いも加わった一撃が腹部に命中し、冒険者は悶絶した。
思わず武器を手から離して腹を押さえ、膝を床に付く冒険者。その首筋にクロウは剣を添える。
「俺の勝ちでいいよな?」
「…………ああ、俺の負けだ」
膝を折り、首に剣を向けられた時点で本来なら死んでいるようなものだ。対戦相手は悪足掻きせずに負けを認めた。
鐘が鳴り、クロウの勝利を伝える。賭けの勝敗がそのまま歓声とブーイングとなる。ゴミまで投げられる始末だが、頭上から降るそれらから逃げるようにしてクロウはリングの上から降りる。
「お疲れ様」
リングの下ではネイが待っており、水を手渡してきた。
「ありがと。あー、でも酒が良かった。キンキンに冷えた奴」
「それで戦えるの?」
「無理かもな」
無責任な事を言いながらクロウは水を一気に飲む。氷が入って冷えた水は喉を潤してくれる。
「さあて、アレイストとキールとか言う奴の試合はもうすぐか」
口の端から溢れた水を手の甲で拭き、クロウはトーナメント表を見る。先に始まった彼らのリーグでは残るはリーグ決勝だけとなっている。
クロウが周囲を見回してアレイストとキールの姿を探す。どちらの姿も見つけるが、二人とも疲弊は少なくまだまだ余裕があるように見えた。
「チッ、怪我どころか大して疲れていやしない。もっと気張れよな他の冒険者」
「悪い顔だ」
ネイの指摘も無視してクロウはこのまま勝ち進んだ場合の自分の勝率を計算する。あの二人が戦った場合、高確率でキールが勝つ。アレイストも大概頭のおかしな剣技の成長を見せるが、それでもヴェノムドラゴンを殴り殺すキールには剣のリーチがあっても分が悪い。程よくアレイストがキールを消耗させてくれるのを期待しても良いが、どうせなら接戦してギリギリまで粘ってくれる方が良い。
そんな事を考えていると、キールの妹であるナタシアを見つけた。店の中でセエレに詰られている時に外からキールがスカートが短いなどと騒いでいたのをクロウは思い出す。
「……確か、ナタシアだったか? こんな事に巻き込んじまったみたいで悪いな」
「え? ――あっ、ネイさんのパーティーの方でしたね。私がネイさんに兄を探すのを手伝って貰ったんですから気にしないでください。それに、こういった経験も悪くありません」
「若いのに真面目だな。そういや、神官みたいな服着てたようだけど、実際にどこかの神官なのか?」
「はい。エジル教国から来ました」
「メトシュラのほぼ反対じゃないか。よくまあここまで来たもんだ。水神ポーロメーラの名前は聞いたことはあるが、実際どんなもんなんだ?」
「ポーロメーラ様の教義に関心がおありですか?」
「ああ、まあな。こう見えてもドルイドの家系でな。植物を育てるのに水は必要不可欠だろ? エジル教国は自然豊かで貴重な薬草も多くあると聞いた。やっぱりポーロメーラと関係しているのかと思ってな」
ナタシアと喋りながらクロウは突き刺さるような視線を感じた。キールからの俺の妹に近づくなビームだ。
――分っかりやっすいなぁ!
逆に不安になってきたクロウだった。
キール・エマソンはイラついていた。ストゥールとかいう頭のおかしな少女の事は勿論だが、妹に近づく男も気に食わなかった。
妹のナタシアは兄の目から見ても可憐に育ったと思う。水の神ポーロメーラに対する信仰も厚く、真面目で清らかな女性神官であり、魔術の腕も達者で治癒師として優秀だ。
多少無茶するきらいがあり、兄を追って冒険者になったりするなどお転婆な面もあるが自慢の妹なのは間違いない。
だからこそ、変な虫がつかないように注意している訳なのだが、現在進行形でクソ虫がウロチョロしていやがった。
「余所見すんなー」
「うおっ!?」
間延びした声とは裏腹にアレイストの鋭い剣撃がキールの首を狙う。妹と話すクロウに殺気を放っていたキールは寸前で頭を下げ紙一重で回避する。刃にカバーがされているのに髪が何本か切断された。
「待て。ちょっと待て。遠当てであいつ殺してから戦ってやるから待てよ。待ってください」
「うちのパーティーリーダー殺す宣言しておいて、はいそうですかって見逃せる訳ないだろ」
アレイストとキール。この二人の試合がつい先程始まったばかりなのだが、クロウがナタシアと会話を続けているせいでキールは試合に集中できていなかった。
「慣れない丁寧語まで使ったのになんだその態度は!?」
「あれを丁寧語とするには無理があると思うぞ」
「貴様ァ、それでも剣士として恥ずかしくないのか!? 人質なんぞ取って勝って嬉しいのか!」
「何だろうな。喜劇でも見てる気分になってきた。刃物で突きつけてればそりゃあ止めるけどよ、ただ話してるだけなのに卑怯だの何だの言われてもな。俺は関与してねえし」
キールが喚き、アレイストが冷静に返しながらも二人は戦闘を続けている。剣と拳。違う武器が風のように動き、入り乱れ、衝突する。馬鹿な内容の会話をしながらとはとても思えない高度な戦闘が繰り広げられ、それを見ている観客達の歓声によって二人の会話は一切外に漏れていない。
「馬鹿野郎がッ! 貴様さては童貞どころか恋愛に興味のないこじらせ野郎だな! 世間の悪いゲス男は人畜無害な顔で純朴な娘に近づいて骨までむしゃぶり尽くすのが常套手段なんだぞ!」
「知らねえよ。クロウは女に詐欺を働くような奴じゃねえし、お前の思い込みだろ」
「思い込みじゃねえ! あぁっ!? ナタシアが泣いた!? おいコラ見てみろ! あのクソ野郎、妹を泣かせやがった!」
キールの言う通り、クロウと談笑していた筈のナタシアがハンカチを取り出して目元を拭っていた。
「フンッ!」
「がはっ!?」
その隙を突いて放たれたアレイストの一撃がキールの腹に直撃する。幸い骨は折れなかったようだが、大きなダメージなのは間違いない。
「――の、野郎!」
直後、キールが手の甲で剣を払いのける。ただ払うのではなく、剣を引っ張るように明後日の方向へと弾きアレイストのバランスを崩す。剣の動きに釣られ前のめりになった剣士の顎に向けてキールの拳が飛ぶ。
「あぶねっ!」
辛うじて、力任せに踏みとどまり、その直後に顎の下で風が吹いた。そのまま前に倒れていたなら顎を打たれていただろう。
キールの攻撃はそれだけで終わらず、続いて剣を払った方の拳がアレイストを狙う。アレイストは前のめりになった上半身を後ろに下げながら身を捻り、曲げた肘で拳を正面から受け止める。当たった瞬間にその衝撃を利用して踏みとどまった足を軸に体を回転させると同時に剣で薙ぐが、キールは後ろに下がって剣から逃れる。アレイストもまた仕切り直すバックステップで距離を取った。
「肘で受け止めたか。貴様、多少は格闘術の心得があるな」
「常に剣がある訳じゃない。そう言われて軽く叩き込まれた事がある」
「なるほど。それなりにやるようだな。だがお前に構ってやる時間はないんだ。妹の敵を滅殺しないとならないのでな」
「理由はともかく、ようやくやる気が出てきたようで僥倖だ。ヴェノムドラゴンを殴り倒したお前にどこまで俺の剣が届くか、試させてもらうぞ」
剣と拳。両者それぞれ己の武器を構え、動いた。突発的に始まった武術大会は最高潮の興奮を見せる。
歓声が津波のように広がる中、リングを囲む人垣から少し離れた場所でクロウはいた。隣にはハンカチで目元から流れ出しそうになった涙を拭くナタシアがいる。
「父が死んでから兄は荒れるようになり、主家との折り合いも悪くなってしまったんです。周囲を疎ましくなった兄は嫡男でありながら家を飛び出して行って……」
「なるほど」
クロウはナタシアから愚痴を聞かされていた。彼女が泣いているはクロウが何か言って傷つけた訳ではなく、愚痴を零すうちに高ぶった感情が表面化しただけで、決してクロウのせいではないだろう。愚痴を聞いているというのが原因と言えば原因だが。
「私は修行の旅に向かうつもりだったので、兄の様子を見る任を受けたんです。兄が行きそうな所は簡単に予想できましたから。でも、兄はまだ戻るつもりはないようで」
「そうか」
適当な相槌を打ちながらクロウは自分の心が息を止めているのを感じた。同時にキールを挑発してアレイストと戦う時にダメージを少しでも負わせようなどと邪な企みをした過去の自分を呪った。
何だかんだと話していく内に家庭事情まで及び愚痴られ、何か泣かれ、キールからマジな殺気を向けられ、パーティーの女衆から冷たい視線を浴びられる。
「ありがとうございます、クロウさん。愚痴を聞いてもらったりして」
「なるほ――ああ、いや、気にするな。愚痴ぐらい構わんし、ウチは女所帯だから何かあればあいつらに頼ったっていい。ネイ達と遊んでくれたみたいだから、こっちも感謝してる」
「そんな、私の方こそ。でも、そうですね。やっぱり同年代の方がいるのは気が楽に……あっ、そうだ」
「……なんだ?」
「いえ……クロウさんはパーティーなのですよね。やはり、人の上に立つにはリーダーシップや指揮能力は勿論、他人を受け入れる包容力と言うものが必要なんですね」
何かを決断し割り切ったようにナタシアが涙を見せていた顔から転じて笑顔へ切り替わる。涙の残りか潤んだ瞳で作られた笑顔は人を魅了する不思議な魅力があったのだが、クロウは嫌な予感がした。
「は? 何を言って――」
問い質し今の内に修正せねばと直感したクロウだが、ナタシアが笑顔を向けた直後に増大したキールの殺気に背筋が震えて言葉を止めてしまった。




