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第四十二話


「どうしてこうなった」

 簡易な選手室(店の中)で待機するクロウは溜息と共にぼやきを漏らした。テーブルの向かいには一戦終わったアレクセイが上機嫌ね果汁を入れた水を飲んでいた。

 何故か唐突に理解不能な展開で始まった武術大会。ルールは魔法や超能力の類は禁止。武器の使用は可だがカバーなどを付けること。ついでに殺しはルール違反。

 アバウトだが、こんな区内の大会などそんなものだろう。優勝賞品は銀の延べ棒で額としてもちょっと高価なだけで十分と言えた。

 だが、クロウには魅力的に映らなかった。魔術師協会で依頼を受けた以上金の心配はないし、そもそもがだ。賞金と言うより誰が最強か決めるような熱が大通りにはあり、クロウはそういった情熱は遠慮したい人間だった。

 窓から外の様子を見てみれば、馬鹿騒ぎだ。リングの上では冒険者が得物を手に激しく戦っており、刃にカバーなどを付けているとは云え打撃でも血が出ている。

「痛いのは嫌なんだが……」

「二日酔いの頭痛よりもマシだと思うぞ」

「それはそれでどうなんだろうな」

 実に脳筋らしいと思いながらクロウはリングからその周囲で働くパーティーの仲間達へと視線を移す。

 客である筈の女衆が何故か従業員として働かされている光景がそこにあった。

「客をこき使うとはたまげた店だ」

 しかし使い方としては悪くない。本来の従業員であり看板娘であるマオは勿論、ネイやヴィヴィは美少女と評価しても文句はない容姿をしている。サクヤと名前の知らない少女(ヴェノムドラゴン戦の救助隊の中にいたが、どうしてここに混ざっているのかは謎だ)は先の二人と違いメリハリのある大人の魅力があるおかげでまた別の層に人気がある。残るはセエレだが、彼女は体が小さいのを利用して上手いことサボっていた。

「仕事しろよ」

 散々自分が言われていた言葉を仕返しに呟く。

「無理よ」

 返事は肘を乗せているテーブルから聞こえた。そこには『翠海の渡り鳥亭』の制服を着たセエレが座っている。心なしか疲れたような顔をしていた。

「この体じゃあ物を運ぶなんて出来ないわ。注文を取りに行っただけでも頑張った方よ。何より、こんな短いスカートで飛んでいられないわ」

「…………特殊性癖な奴でもいない限り見ないだろ」

 普段よりも短いスカートで宙を飛んでいれば確かにスカートの中が見えてしまうので、セエレの言っていることは分かる。だが、セエレのサイズは人形と変わらない。流石にそれを見て反応する男はよっぽどでなければいないだろう。

「見ようとしていたのがいたのよ。だからここに逃げてきた訳」

「………………」

「向こうで氷漬けになってる男がいるのはそういう事か」

 窓の外を見たアレイスとの言葉にクロウは敢えて反応せずに、この話題に深入りしないことにした。胸中では――お前にそんな女らしい羞恥心があったのか、とも思った以上それが賢明な判断だった。

「ところで、今回の原因になったストゥールって奴は?」

「呼んだッ!?」

 話を露骨に逸らして元凶の名を呟いた途端、本人が突然姿を現した。店の中だというのにドアや窓から入ってきた気配もなく、沸いたかのように唐突に現れた。

 一体どこから現れたのか。アレイストとセエレに問う視線を送るが、二人共クロウ同様に少女の出現をその時まで気付けなかったようで驚いている。

「もがもがもがふがふがふがっ」

「口の中のもの飲み込んでから喋ろ」

 ストゥールは屋台で買ったのか大量の食料を持って食べまくっていた。元凶なだけあって祭りを満喫しているようだ。

「ごくん――けっぷ。呼んだッ!?」

「……最近の女子は独特だな」

「ネイを含んでるのなら止めなさい」

「前から聞きたかったんだが、あの子寒くないのか?」

「あれは体質なのよ」

「ワンコだからね!」

 意味不明なストゥールの声。だが、クロウとセエレは同時に少女の方に振り向く。

 ネイの中に眠る精霊の力。魔人が炎狼と称したその力を知るのはあの時にいた者達だけだ。それなのに何故この少女は知っているのか。

 警戒を含めた二人の視線を受けてもストゥールは気づいていないのか態度を変えていない。それどころか新たな爆弾を投げていく。

「ジョブシステムもあるし、じきに体温調節もできるでしょ。それよりそこの香木くさい人、早く何とかしないと彼等と同じになるわよ」

「――ッ!?」

 心当たりがあるからこそ、クロウは驚きを隠せない。思わず、武器に手を伸ばしかけたほどに。

「…………厄介事か?」

 クロウの反応にアレイストは目を細め、剣の柄を軽く握る。いざとなれば少女を相手取ると暗に示していた。だがクロウは首を小さく横に振る。ストゥールが何者か分からないが、いきなり攻撃などするのは早計だ。

「なあ、それってどういう――」

「へーい!」

 クロウがストゥールに問いかけようとした時、ストゥールが手を挙げる。直後、クロウの胸から白い骨の手が伸びて少女とハイタッチした。

「オイィィッ!? どういうことだこれ!?」

 一番慌てたのはクロウだ。骨はすぐに引っ込んだが、座っていた椅子から転げ落ちそうになったクロウは手が出てきた胸を確かめるように何度か触って確かめる。内側から突き破ってきたなどいった事はなく、無傷だがそれが余計に今の現象に不気味さを増す。

「お前、そんな芸も持ってたんだな」

「んな訳あるか! おい、今の一体なんだ?」

「あっ、ラムネ飲むー!」

 クロウを無視してストゥールが窓から見えた光景に反応して駆け出して行く。壁に向かって。そしてそのまま壁をすり抜けて外へ飛び出していった。

「はぁ!? な、何なんだアレ!」

 ストゥールをアレ呼ばわりしたクロウが叫ぶが、そのアレとやらは早速屋台で買い食いしている。

「霊体の類じゃないわ。でもどうやったのかしら。魔力の動きは見られなかったし……」

「超能力の類か?」

「かもしれないわね。でもそれよりも気になる事があるわ」

 セエレはそう言ってクロウに振り向く。彼女は微笑んでいた。普段の冷たい表情から打って変わって見た目のサイズに違わぬ妖精のような可憐な笑みであった。

 クロウは脊髄の中に氷柱が突き刺さる感覚を覚えた。

「まさかとは思っていたけどやっぱり問題があったわね。こうして証拠が出た以上、しらばっくれても無駄よ」

「――何時かはバレるとは思ってたけど予想外過ぎる所から訳分からんバラされ方された!」

 思わぬ所からの不意打ちには叫ばずにはいられなかったクロウはセエレの笑顔に後ずさりしながら咄嗟に横へ腕を伸ばし、逃げようとしていたアレイストの裾を掴む。

「離せ! 経験上、男女間の問題が起きた場所にはいない事にしている!」

「メトシュラでそんな経験してたとはお兄さん嬉しいと思うと同時にそんな修羅場経験しといてそれかよって感じだがそれよりもお前ここにいろ!」

「事情は知らないが俺を巻き込むな!」

「こいつと俺を二人っきりにすんな!」

「二人とも――」

 醜い争いを繰り広げる男二人の耳に冷たい声が貫く。

「ここにいなさい」

「…………はい」

 人形サイズのセエレに睨まれ動けなくなる野郎二人だった。


「何で私がこんなこと……」

 空になった食器やコップを回収しながらヴィヴィがぶつくさと文句を言う。

「これも経験ですよ。私、給仕のお仕事なんて初めてです」

 神官のような格好からウェイトレスの格好になったナタシア。何だかんだで現状を楽しんでいるようだった。

「ナタシアァ! 何だその短いスカートは!?」

「兄さんは黙っていてください。散々自分勝手してきたんですからそのまま妹を放っておいて試合を楽しんでいればいいんです」

「うっ…………クソォ!」

 リングの上ではキールが対戦相手を殴り飛ばしており、半ば八つ当たりのように振るわれた拳には手甲ではなく細い布を巻かれていた。

「あれ、いいの?」

「いいんですよ。少なくとも半分は自業自得なんですから」

 勝利を勝ち取った兄を無視し、ウェイトレスの業務に従事するナタシア。その隣ではネイが暑そうに服の一番上のボタンを外して手を団扇のようにしながら扇ぐ。

「暑い…………」

「ネイさん、あまり開けては見えてしまいますよ」

 ナタシアが注意した時、『翠海の渡り鳥亭』のドアが開いて中からクロウ達が出て来る。セエレはいつも通りなのだがクロウとアレイストが心なしか疲れた表情をしていた。

「何で俺まで」

「旅は道連れ。仲間は一蓮托生だ」

「俺の知ってるパーティーと違う」

 頭痛でも堪えるようにアレイストは片手で額を押さえる。

『次はー、アレイスト選手ー。アレイスト選手ー。早く来ないと罰金ですよー』

「行くよ! ああ、試合で発散して来る」

 そのままリングの方へアレイストは歩いていく。

「対戦相手が可哀想だな」

 それを見送り、クロウは肩にセエレを乗せてネイ達の所に移動する。

「ご苦労さん。ところであの頭のイカれた子供はどこ行ったか知らないか?」

「向こうに行ったのを見た」

 言いながらネイはストゥールが行った方向へと振り返る。そこでは数人の冒険者が倒れて積み重なっており、その上で骨付き肉をかぶりついている少女がいた。

「あーいあむ、うぃなー」

 何があったのか、とにかく勝者らしい少女は胸を張って食事を堪能していた。

「そか。あと、ちゃんとボタンは止めとけ。暑いならセエレに冷やしてもらえ」

「私は冷却材じゃないのよ」

 そう言いながらもネイの肩に移動して魔術を使い冷気を生み出していく。その間にクロウは変な少女に向かって歩いていく。

 積み重なった冒険者達は見事に気絶していたが外傷はない。短い時間で一体どうやったのか分からず、周囲の人々がリングの上で始まったアレイストの試合に夢中になって気づいていない。すぐ隣で起きていたというのに。

「…………なあ」

「うまー」

 聞いているのか聞いていないのか、少女は肉にかぶりついてクロウの方に振り向きもしない。だが、構わずに続ける。

「<マステマート>について何か知ってるなら教えてくれないか?」

 ストゥールが一体何者なのか分からない。少なくとも頭のネジが盛大に外れているのは確かだ。それでも<マステマート>について何か知っているのなら聞き出したいところだった。

「タダほど高いものはないらしいわよ?」

 見向きもせず、口の中の肉を噛みながら少女はいきなりそんな事を言う。

「代価か? いくら欲しい」

「いらない。情報屋じゃないもの。何か欲しいなら勝ち取りなさい。偶々入荷した高級牛肉を敢えて塩だけの味付けで焼いただけのこの骨付き肉を勝ち取った私のように!」

 どうやらそのような経緯で冒険者達は山積みになっていたようだ。

「何かしら証明しろってことか」

「ロハで教えるのは何だか癪だから!」

「…………」

 朗らかな笑顔で言われてしまってクロウは途端に気力を失っていくのを自覚した。

「そんな訳なんで目指すは優勝よ!」

「優勝………?」

 クロウは少女が指差した先を辿って振り返ると、アレイストがリングの上で対戦相手を一方的にのしていた。剣先の動きが全く見えなかった。

「…………勝てと?」

「うん!」

 肉汁がべったりと付いた両手の親指を立てて、クソムカつく笑顔を披露する少女にクロウは言いようのないイラつきを感じると同時、ヴィヴィやキールのような犠牲者に共感するのだった。


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