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第四十一話


 武術の型を続けて行う演武というのがある。それはまるで踊っているよう見え、それでいて高い技術力が必要とされる。一部の地域では神事や祝事に行われることもあり、中には演武によって魔術を行う部族まで存在している。

 ただし魔導人形に意味があると聞かれれば疑問ではあるが。

「ちょっとあんたーっ、私のフォールムに何したのよ!」

 ヴィヴィが拳を振り上げながら怒鳴る先、フォールムの頭の上に器用に立ってバランスを取っている少女がいる。

 フォールムはどんな意味があるのか目から光を出して踊っている。拳を突き出したり蹴りを放つ動作をしている事から戦いの型を行っているのだろうが、スムーズでありながら緩やかな動きは正に踊っているようであった。

 そんな踊りを披露しているフォールムの上で平然と立ち――いや、回転している少女は何なのか。しかもどこからともなく音楽まで流れている。

「何してるの?」

 踊る魔導人形と騒ぐ持ち主から数歩離れた所でネイは首を傾げた。疑問形だ。

「さあ? でも、こんな古くて形の残った魔導人形は初めて見ました」

 その隣ではナタシアが頬に片手を当ててズレたことを言った。

「そんなことよりも止めるの手伝いなさい!」

「ヘイヘイヘイッ!」

「踊ってんのか煽ってんのかどっちよ!」

 三拍子で手を叩き始めた頭のおかしな少女にヴィヴィは牙を向いて怒鳴る。

「まだ慌てるような時間じゃないわ。あの二人を見習うのよ退学生」

「何で知ってんのよ!?」

「どうしたらいいのか正直分からない」

「ですよねぇ。関係ありませんけれど、退学したのに生徒って呼べるのでしょうか?」

 ネイとナタシアの二人はどうやら見捨てたのではなく、単純に自分の脳の許容範囲を超えているから何をしたらいいのか分からず動けないだけのようであった。

「これはそう……人は頭だけで思考しているのではなく、体を動かすことで脳を活性化させ複数のプロセスを並列処理し加速させている――多分。それは機械と同じ――根性論って師匠が言ってた。だからこれはボディを動かすことで負荷をかけつつも最適化を行っているのよ――きっとね」

「所々で一言付け加えんな!」

 喉が裂けんばかりに怒鳴るヴィヴィがとうとう息切れを起こした時、宿の窓が中から開いて店番をしていたマオが顔を出す。

「何を騒いでるんです――うわっ、踊ってる!?」

 踊る魔導人形を見てマオが驚いて思わず一歩引いた。

「ごめん。煩かったね」

「ええ、確かに騒がしかったですけど。一体何が起きてるんですか?」

 ネイがマオに説明――本当に出来るかは要挑戦――しようするよりも早く、フォールムの頭上で回っていたストゥールが声を上げる。

「裏手とは言え迷惑ね。ごめんなさい。表でやるわ!」

「意味ないでしょ!」

 ヴィヴィの突っ込みが冴え渡る中で、フォールムが踊りながら移動し始める。

「フォールム返せぇーーっ!!」

「私も追う」

「あっ、待ってください」

 エコーのかかった少女の笑い声を――いや、フォールムを追ってヴィヴィが飛び出す。それに続いてネイとナタシアが宿の裏から表通りへと駆ける。

「うぉおおおおおおっ!?」

 フォールムが行った先、表通りの方から悲鳴のような叫び声が聞こえ、三人は急いで外に出る。

「また貴様かキチガキィ!」

「あら、誰かさん」

 表では踊ったままその場に止まったフォールムの前には白装束のキールがストゥールに向けて指を指していた。

「今度はそんな玩具まで出して何をするつもりだ?」

 キールは完全に警戒していた。大の男が踊る人形と変な少女相手に本気で身構えているというシュールな光景だが、彼にとっては真剣そのものだ。

「あっ、兄さん」

「そういえば探してた」

「そんな事より、玩具って何よ!」

 キールの姿を見て本来の目的を思い出すネイとナタシア。反対にヴィヴィはキールの物言いにキレ気味だった。

「おっ、やるの? やるのね? 実家に夢を反対されて家出したはいいものの結局は身内の護衛という名目で養って貰っておきながら時折反発して一人になりたいんだとか言って一匹狼気取ってそうな青少年メンタルが戦うと言うのね!」

「貴様ァアアアアッ!」

「兄さん……」

 やけに具体的なストゥールの言葉に思い当たる節があるのかナタシアは両手で顔を覆って俯く。

「わー、また騒ぎになってる。店の前で騒がないでくださいー」

「ごめんなさい、ごめんなさい。兄がご迷惑を」

 マオが店から出て来て困り顔で苦情を言うと、ナタシアが頭を下げる。そんな店員と妹のクロウなど知らず、路上では騒ぎは大きくなっていく。

「いいわ、相手をしてあげましょう。この要人御一家警備用なんたらかんたら人型防衛マッスィーンがね!」

「貴様じゃないのか!」

「人のフォールムを勝手に使うな!」

 それぞれキールとヴィヴィが当然ながら苦情が来る。

「けれども、彼はやる気満々のようよ」

 ストゥールの足下、フォールムが踊るのを止めて徒手空拳の構えを取った。

「この構えは――っ!? 機械人形風情が面白い……」

 フォールムの構えを見た瞬間、キールは憤慨していた表情から一変して口の端を釣り上げる。冒険者の男達を沈めた時と違い、体中から戦意が溢れているのが分かる。

「あら、空手が使えるのね。このロボット作った人は何を考えていたのかしら」

「カラテですって?」

 フォールムの構えを見下ろしたストゥールの呟きにナタシアが反応する。

「知ってるの?」

「え、ええ……。ヴァンパイア種族が使う格闘技です。元から強靭な肉体を持つヴァンパイアが更に己を鍛え上げ得られる戦闘技術です。ヴァンパイアカラテの熟練者は最早ヴァンパイアとは別の生物とまで言われます」

「だって」

「フォールムがそんなの使えるなんて知らないわよ」

「なんで知らないの?」

「ソフト面は手が出せないの! ちょっとでも変なことしたら直しようがないもの!」

「変なこと…………されてるよ?」

「そうよ! だから困ってるんでしょうが!」

 ネイの言葉にヴィヴィは絶叫を上げる。その声で視界にさえ入れていなかった少女達の存在に気付いたらしいキールが構えを解かぬまま振り返る。

「さっきからキンキンと喧し――げっ、ナタシア」

「兄さん」

 ようやく妹の存在を感知した兄にナタシアは不機嫌だと主張する顔をして見せ、キールは気まずそうに視線を背ける。

「ヘイヘイ! ヤンキー、ビビってるぅ!」

「誰がヤンキーだ!」

「駄目ね。ダメダメね。ロボットがこんなに華麗な技を見せたのにあなたはここで引くと言うの!?」

 ナタシアが探していた兄のキールを見つけたという当初の目的は果たされた訳なのだが、そんなの関係無いと――もしかすると目的を忘れたのかもしれない――言わんばかりにストゥールが煽る。

「ああ、かつての冒険者は喧嘩が華だったと言うのに何て体たらく。夢とロマンと思春期病を患っていた冒険者は何時からそんな飯食うだけの存在に成り下がったのかしら。食用な分、豚の方が素晴らしいわ。美味しい!」

 騒ぎに集まっていた他の通行人がストゥールの言葉に反応する。冒険者の都市であるメトシュラで通行人と言えばほぼ冒険者だ。彼女の言は聞こえた者全員に喧嘩を売っていた。

「なんだいなんだい、この騒ぎは。喧嘩なら他所でやってほしいね」

「あっ、おばあちゃん」

 出かけていたバーバラが丁度帰って来、店の前で繰り広げられている煽りに視線をやる。構えるモンクと魔導人形。そしてフォールムの頭上で豚の鳴き真似をする少女を順に見ていく。

「…………なんだキチか」

 的を得すぎていた。

「あら、何だか沢山集まってきたわ。しかも何てことでしょう!? まるでアドレナリン光線を浴びたように皆殺る気満々だわ!」

「ストゥールのせいだよ」

「こなったら仕方ないわ。バトルね! という訳でかモォーーッン、リィィングゥ!!」

 キチガールが腕を天に伸ばし指を鳴らす。妙に音が響いた音の余韻が消えると、突然地面が震えた。

「何だっ!?」

 キールが地面を蹴って咄嗟に後ろへと跳ぶ。

 ストゥールの目の前、先程までキールが立っていた場所に地下から四角形のリングが勢い良く飛び出して来た。下から叩き上げるような出現によって上にあった土やらなんやらが宙へと吹っ飛んでいく。

 その土の中に、何故か部屋の壁らしき破片やら棚だったと思わしき物、そして金庫までもが混ざっていて地上に降り落ちた。どうやら地下に、それもリングの上に地下部屋があったようだ。

「こんなこともあろうかとっ、こんなこともあろうかと! 隠しリングを作っておいて正解だったわ!」

「……ちょっと待ちな。リングは元より、何で公道の地下に部屋があるのさ」

 盛大なドヤ顔を疲労する少女を無視してバーバラが厳しい視線で周囲を鋭く見回す。

「あっ、そこのあんた何してんだい! 者共、捕まえな!」

 落ちた金庫を担いでこっそりどこかに行こうとしていた中年男性を目ざとく見つけたバーバラが拳銃を取り出しながら怒鳴ると、通りに並ぶ店舗の主人らが一斉に動いた。

「これは拾っただけ! 拾っただけだから! これから警邏隊に届けるところだから!」

「嘘付けやゴラァ!」

「なんならその金庫開けて中見せろアァン?」

「いっつも横から客取りやがってこの野郎がぁ!」

 素手での殴り合いが始まる。腹の出始めた中年とは思えぬ動きを見せるが、他の店主達も機敏な動きを見せた。メトシュラに店を構える者達の多くは元冒険者である。そうでなくとも冒険者の街で暮らす以上自然と腕っ節は鍛えられるものだ。

 多勢に無勢。集団でボコられ金庫を取り上げられるとアクセサリー屋の女主人が素早く金庫の前に移動して針金のような道具を取り出した。

「くくくっ、ジョブが怪盗だった私に開けられない(市販の)鍵なんてないわ。ほら開いたーっ!」

「よっしゃ即取り調べーっ、はい裏帳簿見ーっけ! あっ、こいつ食材の産地誤魔化してやがった!」

「如何わしい物も発見! 具体的に言うと盗撮写真! 男どもはどっか行け!」

「おらこらテメェ何やっとんじゃボケェ! 警邏隊に突き出す前にヤキ入れたらァ!」

「よしなあんたら! やるなら外傷のつかない精神的恐怖を植え付けるんだよ。もう二度と私らの前に顔を出せないほどのね」

「ヒィッ!?」

 近隣の住人達が下手人を取り囲む一方、キースとフォールムは何故か対峙したままだ。半ば意固地になっているのかもしれない。

「フン、このリングの上で決着を付けると? 見世物のようで気に食わんが、カラテとやり合える機会だ」

 キールは地面を蹴り、一足でリングの上へと飛び移る。

「さあ、来い!」

「あっ、パス。処理中よ」

 フォールムが動きを止めて体育座りをした。目のライトも点滅へと切り替わり、その場から動かなくなる。

「――ふ、っざけんなァ!」

「あんた私のフォールムに何してくれてんのよーっ!」

「さあ始まりました区内武術大会! 赤コーナーには妹には逆らえないシスコン系お兄ちゃん、キィィィルッ! 先走ってリングに上がった彼の対戦相手はさて誰でしょう!?」

「何言ってるの?」

 ネイの突っ込み悲しくストゥールは人の話を聞いておらず、腰のポーチをごそごそと探りだす。

「えーっと……あったあった。はい、優勝賞品」

 小さなポーチに入っていたとは思えない銀の延べ棒がリングの上に放り投げられた。

「優勝は俺のものだ!」

「俺も参加するぞ! この磨いた力、見せつけてやる!」

「私も私も!」

 距離を取って警戒していた冒険者達の輪が一気に縮んで我先にとリングに上がろうとしだした。

「ちょろい」

 喧騒は凄まじく、鼻で笑ったストゥールの声はかき消された。

 騒ぎの中、場の騒ぎに収拾を付けようとしたのは先程まで犯罪行為を行っていた店主を脅していたバーバラであった。

「何だかよく分からないが祭りだね。野郎ども、区内大会用のルールブックを出しな! ムカつく斜め向かいの店が潰れた記念に武術大会を開くよ!」

 バーバラが宣言した瞬間、近所の店主達が素早く動き出す。倉庫から携帯屋台を引っ張り出す者、即席で店外販売の準備をする者、各種祭り用の案内を片手にリング周辺に大会運営の為のテントを張って受付を開始する者、トトカルチョを行い始める者など統率の取れた好き勝手が始まる。

「ほら、参加しないのならそんなところに突っ立ってないで手伝いな!」

 必要なら客でも使う。それが『翠海の渡り鳥亭』の女主人だった。


 ◆


「――なんてことがあった」

「バッカじゃねーの?」

 ネイの説明を受けてのクロウの第一声がそれであった。

「おおっと、アレイスト選手ゥ、ひと振りで相手選手をノックアウトだぁ! 黄色い声援とブーイングの嵐が巻き起こるゥ!」

「しかもアレイストがいつの間にか当たり前のように出場してるし」

「ぶつくさ文句言ってないで、手伝わないなら出場しな! 男だろ!」

「はぁ? 誰があんな痛そうな――って、何だお前ら離せ! あっ、対戦表に名前を書き込むな!」

 クロウはバーバラが指を鳴らして呼び出した屈強な男達に拘束され、そのまま選手サイドへと連行されていく。

「行ってしまいましたわね」

「最近運動してなかったから丁度良いでしょう」

 クロウを見送るセエレとサクヤ。だが、自分は関係ないと距離を取ったところで音もなく彼女達の前に現れる者がいた。

「はいっ。サイズはぴったりに作っておいたわ! ついさっきね!」

 全ての元凶が何故か店の制服(妖精サイズも有り)を持って立ち塞がっている。

 二人は嫌な予感を覚え咄嗟に逃げようとし――

「あっ、帰るなら服はちゃんと返してね」

 二人の格好がいつの間にか少女が用意した服に変わっていた。

「この少女…………」

「何でですの!?」

 ――臨時ウェイトレス二名追加。


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