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第四十話

「久しぶりだのう」

 そう言われて酌をされ、クロウはそれを素直に受け取った。

 場所はエノク魔術師協会本部ドルイド部門の長の部屋だ。学術書や研究結果、論文が床や机に積み重なった書類の束から発見できるが、この部屋は主に組織人としての仕事の為の部屋らしい。ドルイドらしい所と言えばずぼらな人間でも育てることの出来る生命力溢れる観葉植物と、書類の山に隠れてはいるがオリーブの彫刻がされた執務机ぐらいな物だ。

 書類に圧迫される空間の中、辛うじて残った小さな丸いテーブルで向かい合い、鈍器のような辞書を椅子代わりにして野郎二人が酒を飲み交わしていた。

 セエレとサクヤ、ミーガンは別室に席を外してもらっている。

「イタズラ小僧とこうして酒を飲む日が来るとは。十年振りくらいかのう」

「そうだな。正直数えてないから分からないが」

「出来ることならリンボス王と共に……いや、すまん。詮無いことを言った」

「気にしねえよ」

 自家製だろうか。透明だが独特の辛味がある酒だった。

 目の前の老人、ドルイド部門の長であるエルフの長老は古い馴染みであった。正確に言うのならクロウの父親の客で、何度かリンボス王国を訪れて来たことがあった。

 ドルイドはあまり流行りとは言えない職種だ。薬なら調合師や錬金術師、治癒や鎮魂は治癒魔術師や死霊術師がいる。森に暮らす少数部族の中の指導者的立場が始まりであるドルイドは識者でもあった。

 指導的立場は薄れると識者としての面だけが残り、次第に専門の術師の方へと傾倒していきドルイドと名乗る者は減っていった。

 だからだろう。横の繋がりにその地域独自の知識や技術を求めて一部のドルイド達が世界を渡り歩くようになったのは。

 リンボスにも彼らは来た。と言っても常に毒模様なので来れたのは少数だが、その中の一人がクロウと共に酒を飲んでいるエルフだ。

 クロウも老人のことを思い出していた。名前はカレキ。名前から当時は枯れ木ジジイなどとからかって遊んでいた記憶がある。

「あれからどうしていた?」

「冒険者やってた。名前も変えて、まあ、ダラダラと」

「そうか……。ユリアスがリンボスに攻撃したと聞いて、慌てて向かったが、もう何も残っていなかった」

「だろうな。あの王は容赦がない。俺もガキの頃にあいつが飲んでた薬を塩と砂糖に変えたら簀巻きにされて逆さまに吊り下げられたことがある」

「怖いもの知らずじゃのお……」

「毒入れておくんだった」

「毒か。効くかのう、あの男に」

 二人してユリアスの帝王を思い浮かべる。病魔に侵された身でエノクの糸を登り、得た成果でユリアスを帝国まで押し上げた男。医者も匙を投げたのにまだ生きている。毒が効くのかも怪しかった。

「国のことなんだが、お前さんはどうするつもりじゃ?」

「どうするって滅んだ国にどうするもこうもないだろ」

「立て直すつもりはないのか?」

「ないな。俺一人だけ生きてて、再建する必要なんてあるのか?」

 クロウの言葉にカレキは押し黙った。実際、現実的な案ではないただの感傷であると分かってはいるのだろう。

「丁度良い。そんな事より聞きたい事があるんだけど」

 この話を終わらせる意味も兼ねて話題を変える。これから先を思えば滅んだ国よりも差し迫った問題だ。

「親父から何か聞いてないか?」

「何かとは曖昧じゃな」

「リンボスのドルイドとしての話とか、秘術とかそんな感じ」

「ちゃんとはっきりとした事を言わんか。だが、今思えば、という事はあった」

 一旦言葉を区切り、カレキは顎の髭を撫でながら昔を思い出すように遠くを見つめる。

「お前さんがユリアスに行ったのと入れ違いに儂は一度リンボスを訪れていての。そこで王と会った時、丁度良かったと言っておった」

「丁度良かった?」

「その真意は分からん。もしかするとユリアスが攻めて来ると分かっておったのかもしれん。儂にリンボス近隣に生える植物の種を大量に渡しおったのよ」

「子泣き草はそれでか」

 先程クロウが対処した動く植物はリンボス近隣に生息する珍しくもない植物であるが、子供のような鳴き声を上げるのはそこでしか生えていない他所から見れば珍しい物であった。

 リンボス王はやはりユリアスとの戦争が回避できないものと分かっていたのだろう。クロウもまたユリアスに人質として送られる前にリンボスのドルイドとしての知識と技術を叩き込まれた。まるで形見分けだ。

「親父は何をしたかったのか」

 勝てないと思っていても逃げるなり何なりとやりようはあった筈だ。そもそも攻めて来ると分かっていながら息子を人質に送る意味が分からない。

「あーっと、それじゃあ……〈マステマート〉って聞いたことないか? うちの秘術らしいんだけど」

「さすがに秘術のことまで聞いておらん。どんなものかは聞いてもいいかの?」

「……死霊術だ。術式の中に封じられた魂を兵として使役する」

 少し躊躇いの後、クロウは言う事にした。秘術と言っても滅んだ国の物。そしてそれの現在の持ち主は自分である。そもそも何の取説もなしにあんな物使ってはいられない。

「死霊術か。珍しくもないが……」

「ドルイドの感覚だなー」

 普通は死霊術と聞けば嫌悪を抱くものだが、ドルイドはそうではない。薬草の知識を持つ薬剤師という面だけでなく、ドルイドは葬儀を取り仕切る者でもあった。未練を残し怨恨だけを糧に暴れる魂を癒し浄化する司祭の役割も持っていた。だから一般にイメージされるものとは違った認識を持っている。

「そういえば……」

「心当たりがあるのか?」

 クロウは思わず前のめりになる。期待していなかったが、父と交流の深かったカレキが知らなければそれ以上の当てがあるとも思えなかった分、自然と食いついてしまった。

「リンボスの始まりはある死者の魂を慰撫するためだったと」

「魂をねえ……」

 ドルイドらしい始まりと言えた。問題はその魂なのだが、やはり思い浮かぶのは巨人の軍団だ。彼らが何者なのかクロウは知らない。

「どこの誰の魂とかは?」

 素性の手がかりはないかとクロウが訪ねと、カレキは深刻な表情のまま沈黙した。

「……おい、どうしたんだよ?」

「いや、その話を聞いたのは酒の席だったし、リンボス王は冗談だと笑っていたのだが…………」

 すぐに答えずカレキはクロウを見る。真剣な目にクロウは嫌な予感を覚えた。記憶の中を探ろうとしているのでもなく、何か厄介な問題を前にしてどう対処する冷静な思考を巡らせている。そんな顔だ。

「聞くが、何かあったのか?」

「あった。数回それを使った。特に体調に変化がある訳じゃないが、今後はどうなるか分からない」

 事実に少し嘘を混ぜた。口の軽い男だとは思っていないが、どういう経緯でネイ達に伝わるか分からないからだ。疑っているらしく探るように少しの間じっと見てきたカレキだが、重々しく口を開く。

「カラミティ・モンスター」

「なに? もう一度言ってくれ」

「カラミティ・モンスターだと言ったんだ」

「…………もう酔ったかな? この酒、度数はいくらぐらいだ」

「そんなに高くはない。それに、この名前を聞けば酔いも覚めるだろ」

 ――ああ、まったくだよ! クロウは胸中で悪態をつきながらコップに残っていた酒を一気飲みした。

 台風や地震など災害そのものが手に負えない現象だが、それ以上にどうしようもない災厄の種というのがある。自然現象、人為的関わらず手に負えない怪物のような災害をカラミティ・モンスターと総称するのだ。

 悪意しかないと思われるような周辺環境の相互干渉によって起きる大災害、まさしく生きた災害としての大怪獣、或いはその可能性。

 カラミティ・モンスターは伝説としてまたは目の前に迫り来る驚異として世界中に存在している。分かりやすくその存在が知らされているのはサクヤの出身国であるアハシマだ。あの国では太古の昔から御堂と呼ばれる存在が人身御供となってアハシマの大地を守っているのだとか。

「だが、そこまでの厄ネタか?」

 クロウの〈マステマート〉に眠る巨人達の魂は確かに強力で内側から山一つを崩す力を持っているが、果たしてカラミティ・モンスターと呼ばれる程の力を持っているとは思えない。いや、もしかするとあの夜に一瞬だけ見た手の骨が理由か? それでも感染現象を起こす厄介な物は探せばあるし、それらもまたカラミティ・モンスターと呼ばれてはいない。

「儂の方で何か関係しそうな伝承などがないか資料を漁ってみよう」

「助かる。ああ、それとジョブシステム関連の技術の流れも追ってくれ」

 カレキの眉が寄って皺を作る。彼が所属するエノク魔術師協会の上が冒険者ギルドだと思えばそんな顔をするのは当然であった。それが分かっていたクロウはすぐに理由を説明した。

「感覚的なものだが、術式が似てる。今の俺にはジョブシステムが二つあるような感じなんだよ」

「ふむ、なるほど。ジョブシステムの基礎理論自体は大昔に完成して世界中に流布されているからな。何らかの形で死霊術に応用した可能性は高いな」

 カレキの協力に感謝しながら、現在判明している限りの情報をクロウは話した。

「悪いな。礼と言ったらなんだけど、俺に出来ることなら請け負う。冒険者だからな。まあ、大きな仕事はパーティーと相談させてもらうが」

「当然だな。だが丁度良い。お前さん、ほれ、儂の弟子から依頼を受けていただろ。ちょっと内容を変更したい」

「どんな風に?」

「さっきも言ったが、リンボスの植物の種を王から譲り受けていたのだが、正直育てるのに苦労しておる。手伝ってほしいのじゃが」

 クロウは苦笑しながら肩を竦める。確かに、植生する地域で生まれ育った人間の方が育て方をよく知っているだろう。何と言ってもリンボスを囲む毒山は共生に共生を重ね肉食獣もびっくりな弱肉強食を繰り返してきた種ばかりが生えている。世界一と言っても過言ではないエノク魔術師協会でも手を焼くだろう。

「いいぜ。というか、下手して外に漏れたらメトシュラでもどうなるか……」

「だから今まで手を出せなかったのじゃ。最悪、この塔が隔離されてしまうからな」

 我が故郷ながら本当に、本当にどうしてあんな風になってしまったのか。

「今ふと思ったんだが、あの山ってどうなってんだ?」

「ユリアスにどうにか出来る筈がなかろう。隔離地域として厳重に封鎖されてダンジョン化しとるよ」

 ユリアス帝国も、よくもまあ攻め入ったものである。


 ◆


 魔術師協会の塔を出た三人は宿への帰路についていた。

「まさかクロウさんが魔術師協会の長の一人と面識があったなんて驚きですわ」

「俺もだよ。奇妙な縁だが」

「仕事も見つかって良かったわね」

「おい、人をニートみたいに言うな」

 セエレをクロウは睨みつけるが、彼女は無視して逃げるようにふわふわと宙を移動した。

 カレキと暫く話した後、依頼はまた後日という形で別れた。クロウはエノクの糸の冒険者として勿論ダンジョンを昇っていくつもりだが、時間を作っては魔術師協会に赴いてリンボスの植物の栽培や生態について教える事となった。

「ヴェノムドラゴンの一件で色々物資を消費した物を補充できる。フォールムの修理が終わったら計画を練って――」

 歩きながら喋っていると、前方の方で人だかりが出来ているのを見つけた。場所は『翡海の渡り鳥亭』の目の前だ。

「……何かイベントの予定でもあったか?」

 クロウの呟きにセエレとサクヤの二人が首を振った。

 人だかりの中心には路上のど真ん中にも関わらず四角形のリングがあった。出かける際には無かった筈のそれの上では冒険者らしき男が刃の部分にカバーを付けた剣や槍で戦っており、リング周囲では見物人達が集まって騒いでいる。賭けも行われているようで、かなりの大騒ぎになっていた。

 更にその周囲では近隣の飲食店が酒や食事を運んで商魂逞しく働いている。それはクロウ達が泊まっている宿も同じで、マオが店と路上を行ったり来たりしている。

「路上試合でしょうか。それにしては大騒ぎに……」

 何でそんな事になっているのか呆然と眺める三人の視界に、見知った人物二人が通り過ぎる。

「何やってんだあいつら」

 相も変わらず無表情のネイと不機嫌そうに眉をしかめたヴィヴィの二人がマオと同じウェイトレス姿で客から注文を取っていた。

「第三試合、勝利をおさめたのは北方から来た大蟹の異名を持つゴールデンクラブだーっ!」

 どこからか、司会と思われる少女の声が観客の喧騒に負けない音量で聞こえてきた。微妙にハウリングしているところから、音を増幅させる魔術か魔導機械を使っているらしい。

 普段と違う二人の姿に気を取られている内に試合が終わったらしく、勝者と敗者の冒険者がリングから下りて行く。そして入れ替わりに上がって来たのがアレイストだった。

「ああ、うん。取り敢えず、酒とポップコーンを頼むー!」

 どうしてこうなったか考えるのを取り敢えず止めて、クロウは観客に混ざることにした。

 

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