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第三十八話


「あー……で、どなたっすか?」

 酔い醒ましの苦い葉を噛みながらクロウは目の前に座るエルフに問いかける。二人が座っているのカウンター席であり、先程まで説教垂れていたサクヤはセエレがいるテーブルへと移動していた。妖精モドキとゴスロリ忍者の眼差しが、発表会の子供を不安そうにしながらもエールを送る母親のそれで非常に鬱陶しい。

「私はエノク魔術師協会ドルイド部門に所属しているミーガンといいます」

「……魔術師協会の人がどうして俺のところに?」

 エノク魔術師協会についてはクロウも知っていた。エノク冒険者協会の傘下組織として魔術師協会は存在しており、ギルドからの資金援助などを受けて魔術師協会は培った魔術知識や成果をギルドの利益として差し出している。こう言うと下部組織としてスケールが小さいように思えるのかもしれないが、世界最古の組織に連なるのは伊達ではない。エノク魔術師協会にはエノクの糸から得た古代魔術の知識は勿論のこと、世界中の魔術を集め研究開発を続けて六大国に引けを取らない成果を上げ続けている組織だ。

 他国にも様々な魔術師協会は存在しているが、他が相互援助組織としての面が強いのに対し、巨大な組織であるエノク冒険者協会の保護下にあるエノク魔術師協会は――他の傘下組織も同じだが――研究機関としての面が非常に強い。取り扱う魔術ごとに部門分けされており、クロウの目の前にいるエルフはドルイド部門に所属していると言った。

 ドルイドと云う単語に嫌な予感を覚えつつ、クロウはそれを顔を出さずにミーガンの話を聞く。彼女はマオから差し出されたお茶を受け取ってから話し始める。

「エノクの糸でヴェノムドラゴンの暴走。その事件時、ある冒険者の方が作った薬によって多くの方が死を免れたと聞きました」

「あいつらの体が丈夫だったのと、材料が偶々あったんだよ。あいつらの運が良かったんだな」

「それでもあれだけの抗毒薬を作れるなんて、素晴らしい知識だと思います。残っていたのを見させてもらいましたけど、見たこともないものでした」

「昔取った杵柄だよ。それで、褒めてくれるためにわざわざ会いに来たのか?」

「いえ、ドルイドとして大変興味深いと思いまして、是非ともお話を伺いと思いこうして訪ねさせていただきました」

「ふうん、真面目だな」

 気のない返事をしながらクロウは視線だけを動かしてミーガンを観察する。美しいエルフだが着ている帽子やローブから野暮ったさが窺える。より具体的に言うのならオタクなのだ。研究とか未知の知識や技術が大好きな研究者気質のエルフなのだろう。

 ミーガンが最初に現れた時に感じた森の臭いも森に住むエルフだからではなく、どちらかと言うと日常的に調合を行って薬草の臭いが移った類だろう。

「だけど魔術師協会にいる程のドルイドに面白いと思えるような物はないぞ」

「いえ、そんな謙遜されなくても。調合の様子を見ていたサポーターの方にもお話を伺ったのですが、初めて聞く調合法でした」

「えーっと、つまりなんだ?」

「よろしければその知識の一端でもお教えいただければ」

 ミーガンの言葉にクロウはやはりと云う思いしかなかった。研究者タイプは知らない知識に弱く、未知があれば飛びつく生き物だ。教えて欲しいと言い出すのは太陽が昇るがごとく自明の理であり、言わなかったら逆に何を企んでいるのか疑うところだ。

「勿論、報酬は出します。冒険者協会を通じて正式な指名依頼としての手続きも行います」

「いや、それは…………」

 こちらを説得しようと自然に熱が入り始めるミーガンに若干気圧されながら、クロウは視線だけを動かしてテーブル席を見る。

 四つの瞳がやれと脅していた。

「…………わかった。それで受けよう」

「ありがとうございます!」

 項垂れ了承するとミーガンは本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。テーブル席の方では満足そうに頷く妖精モドキにゴスロリ忍者。三者三様の様子を一望できたマオは引きつった愛想笑いしか出来なかった。


 メトシュラの中心である冒険者協会でその日の内に依頼申し込みと受注を流れ作業で行った後、クロウ達は魔術師協会の施設へ行くために路上を進んでいた。

 ミーガンは後日でも良いと言っていたのだが、サクヤは善は急げと急かしたのだ。金に目が暗んだ訳ではなく、単に最近怠け気味だったクロウを働かせたいだけである。

「保護者同伴」

「人のことパーティーリーダーにしといてそれ言うのか」

 しかもわざわざサクヤだけでなくセエレまで一緒だ。ネイは残念と言うべきか幸いと言うべきか外出中で、一応ヴィヴィも誘ったのだが興味はあるものの仕事で行くと自由がないのと鍛冶屋からフォールムの新しい装甲が届いたのでそれの取り付けに忙しいそうだ。アレイストは元から選択肢になかった。

 結局、年長者三人がミーガンの依頼を受ける形となった。

「皆さん、こちらが魔術師協会です。まず、受付で入館許可を貰ってください」

 魔術師協会は中央からそれなりの距離を歩いた場所にあった。敷地を囲む高い塀の向こうには何棟もの塔が建っており、互いに何本もの橋で繋がっていた。

 門を潜り、塔の一つにある受付所にて入所許可書を貰ってからミーガンの案内で塔を登っていく。塔内部は空洞で螺旋状の階段が地上からずっと上にまで続いている。

 螺旋階段は魔術が作用しているのか自動で動いており、左右で昇降を分担し移動させてくれる仕組みになっていた。

「危ないな。手摺があっても怖くないかこれ?」

 螺旋階段には手摺があるものの、乗り越えようと思えば乗り越えられ、不可抗力でも勢いがあれば柵を乗り越え落ちてしまうだろう。

「下には重力を反転させる魔法陣があって、落ちても浮かび上がるようになってますよ。自力で階段に戻れないと永遠に落下と上昇を繰り返しますけど」

「もっとやりようはあるだろうに」

「魔術師って偶に馬鹿よね」

 その魔術師の一員であるミーガンも否定しきれないらしく、彼女は曖昧な苦笑を浮かべた。

 暫く自動階段に運ばれるまま進んだ先でミーガンが降り、クロウ達もそれに従う。

「ここからがドルイド部門のフロアになっています」

 扉の上にあるアーチには確かにドルイドに関しての施設だと刻印されており、扉表面にも植物を連想させるデザインがされていた。

 森を思わせる扉の先に進んで行くと、室内にも関わらず濃い森の臭いが漂ってきた。普通の森などよりもずっと濃厚な、凝縮された緑が開放された目眩がするほどの臭い。

 ミーガンに案内されるまま進む中でクロウは故郷を思い出していた。リンボス王国は山々に囲まれた国であった。毒の森に囲まれていると言ってもよく、ついでに言えば毒の花粉にも覆われ、根を足代わりに徘徊する植物型モンスターにも遭遇する。外の世界に出てつくづくあんな場所で生活出来たものだと祖国の事ながら呆れる。

 いくつかの部屋を通り過ぎる。扉が開けっ放しになった大きな部屋は栽培園となっており多くの花が育てられている。別の場所では魔術師達が薬草をすり潰すなどの作業を行っていた。

「材料は東南方面でよかったですね?」

「ああ。そっちの出身なんでね」

 クロウが依頼されたのは調合の知識を教えること。ただし、膨大な知識を持っている魔術師協会と被っている部分も多いだろうから東南方面に群生している植物を使った薬を実際に制作するということになっていた。

「ありがたいです。ユリアス帝国が版図を広げてからあの辺りの精霊信仰は廃れて多くの知識が失われてしまいましたから。あっ――」

 そこでミーガンは立ち止まって気まずそうに振り向いた。ユリアス帝国によって失われた筈の知識をクロウが知っている意味を察したのだ。

「す、すいません。配慮が足りていませんでした。無神経な頼み事をしてしまって」

「気にしなくていい。嫌だったら依頼なんて最初から受けない。それに、あの辺りは争いが絶えなかったからな。ユリアスがなくても、他の国が来ただろうし」

 毒の土地に守られたリンボス王国へまともに攻め込もうとしたのがユリアス帝国だけであったのだが、そこまで言う必要はないだろう。

 軽く手を振るクロウにミーガンはそれでも申し訳なさそうにしている。その時、通路の奥から場違いとも言える声が聞こえてきた。

 子供が泣き叫ぶ声だ。母を求める夜泣きする赤ん坊の鳴き声が奥の通路から響いて来ていた。同時に足音のような慌ただしい音も聞こえる。

 四人が通路の奥に視線を向けるのと同時、それが天井の灯りの中へと姿を現した。

 植物であった。植物のような植物だと思われる動く謎の物体であった。頭の部分の蕾が猫の頭部のように見え、目や髭のような模様まである。茎から伸びる葉を腕のように振り回し、根を足にしてドタバタと走っていた。

「あれは…………」

「気持ち悪いわね」

「なんですのあれ?」

 セエレとサクヤは奇怪な植物らしき生物を見てドン引きしていた。

「あ、あれは経過観察中だった食人植物!」

「食人植物!? そんな物をここでは育てているんですの!?」

 サクヤが驚いている間にも食人植物はどんどん迫って来ている。進路上にいた魔術師達に噛み付こうとして蕾を開く。虫の口のような嫌悪感を抱く棘だらけ中身からは溶解液なのか透明な液体が飛び散る。

 魔術師達は悲鳴を上げながら横へ飛び退いて食人植物の魔の手から逃れる。何だか慣れた感があった。

「こっち来ますわよ」

「仕方ないわね。燃やすわよ」

「ああ、燃やすのは待ってください! あれは貴重な薬の材料になる可能性があるんです! 問題は数が少なく凶暴で対処法が分かってないだけで」

「それは大問題と言うべきじゃないのかしら?」

「俺がやる。子泣き草ならなんとかなる」

 呆れるセエレと慌てるミーガンの横を通り過ぎてクロウが前に進み出る。

 突撃してくる食人植物を前にしてクロウは無防備に構えもせず待ち構え、眼前にまで迫った瞬間に両手を勢い良く叩いた。空気が破裂した音が通路内に響く。

 途端、あれだけ激しく暴れ回っていた食人植物の動きが石のように固まった。

「こいつ、泣き叫ぶくせに大きな音には弱いんだよな。んで、根元を摘みながら蕾を捻ると」

 説明しながらその通りに実践して見せると、食人植物の蕾が簡単に引きちぎられた。頭を失った胴体(?)は萎れて床に倒れる。

「まあ、こんなもんだ。丁度良いからこいつ使って強心剤でも作るか……どうしたお前ら?」

 人の胴体ほどの大きさのわりに軽いのか、食人植物の頭を持ってクロウが振り返ると、女性陣が驚いた様子で固まっていた。

「いえ、どうしてここの方達でも手こずったモンスターをそうも簡単に対処できたのか驚いてしまって」

 サクヤの中では子泣き草という植物はモンスター枠に入ってしまっているようだった。仕方がないのかもしれないが。

「まさかクロウさんはこれの生息地出身の方だったんですか? わぁ、なんてことでしょう! 先生が持ってきた植物の多くがまだ研究中だったんですけど、これで研究が進みます!」

 ミーガンが感極まったと云った様子で駆け寄ってクロウの手を両手で握る。目がキラキラと輝いており、その童心のような純粋さにクロウは若干引いた。

「そ、そうか。良かったな」

 他人事に言いながら、助けを求めてクロウはミーガンに握られていないもう一方の手が持つ猫似の蕾を見る。当たり前だが何も答えてくれないし、そもそも何故セエレやサクヤではなく奇怪な草に視線を向けたのか本人も分からなかった。

「おーいっ、大丈夫かのお!」

 通路の奥、食人植物が走ってきた方向から一人の老人が駆けてきた。白髪に同じ色の髭を蓄えたエルフの老人で、ミーガンと同じような格好をしている。

 老人は床に倒れた食人植物を見ると、興味深そうにその死骸を検分し始める。

「ぬっ、見事に収穫されとる。誰がやったんじゃこれ? 儂に秘密でいつの間に覚えよって、黒歴史探ってバラすぞ」

「何だあの愉快なジジイ」

「私の先生です。ドルイド部門の長でもあります」

「あー、まあ研究機関のトップでパーかガチガチのどっちかじゃないと無理だよな」

 そういう風に納得する事にした。

「先生、それはこちらのクロウさんが見事に捌いてくれました。どうやら子泣き草の生息地出身らしく、採取方法も知っていたんです」

「収穫とか捌くとか何気に物騒ね」

 セエレの言葉は聞こえなかったらしく、老人とミーガンが話し出す。

「なんじゃと? それはありがたい話だが、これが生える山の住人達は――」

 そこで老エルフの視線がクロウを捉える。

「ま、まさか、クー坊なの、か?」

「えっ、こんな枯れ木みたいなジジイに愛称で呼ばれる覚えはないんだけど――ん? 枯れ木?」

 言葉を途中で止め、クロウは天井を見上げ、次に床に転がる食人植物の萎れた体を見、最後に老エルフへと視線を移動させる。

「名は体を表すカレキジジイか!?」

「一体どういう思い出し方じゃ!」


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