第三十六話
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メトシュラから離れたとある街。その宿の一室にてジグレット・オスカーは一枚の硬貨を親指で高く打ち上げてから掴み、再び弾く事を繰り返していた。
彼は端的に言うと小悪党に分類される犯罪者だ。盗みを働き、それを売り捌く。時には情報の売買を行ったり、どこかの犯罪者組織に雇われ小遣い稼ぎをしている。
自ら大きな事は行わず、社会の闇から生まれる利益のお零れを預かる程度のそんな悪党であった。
意味もなく、ただコインを弾いているとドアがノックされる。
「……開いてるぞ」
硬貨を掴んでしまいながら返事をすると、ドアが静かに開いて外からローブを着た男が入ってきた。フードで顔の上半分を隠したその男は素早く部屋の中に入ると、閉めたドアに寄りかかる。
「よう、それでどうだったんだ?」
「ボチボチ、と言ったところか。最終的には救助隊が編成されてヴェノムドラゴンは一掃され、ゲートは一日も持たず正常化された。それと救助隊の中にはガルナオルの姿があったな」
「ハッ、二千層越えの冒険者に出張られちゃあ竜も形無しだな。やっぱり、もっと浅い層で暴れさせた方が良かったんじゃねえの?」
「三百層以下だと狭すぎる。逆に五百層より上だと広くて冒険者との遭遇率が減る。誘導しか出来ない以上、あの辺りが丁度良かったんだ。お前にも脱出して貰う必要があるからな」
「そんなもんかねえ。何にしてもこいつは返すぜ」
ジグレットはポケットの中から紫色の石を取り出した。半透明の石の中をよく見てみれば、鱗のような物が入っている。
「臭いやら餌でモンスターを釣るのはよくある手だが、まさかこんな石一つで意のままに操れるとはな。まあ、ヴェノムドラゴンは誘導するぐらいしか出来なかったけどよ」
ジグレットは石をローブの男に向けて投げ渡す。片手で受け止めた男は石を一度眺めてから懐に収める。
「その石、一体何なんだ?」
「所詮は模造品だ。亜人は元々エノクの糸に生息していたという話は知っているか?」
「ああ、そんな言い伝えは昔からあるな」
「その種族の王は代々、宝玉を所持していたそうだ。宝玉には対応する種族の支配する力が宿っていて、王はそれを使い支配していたと云う話がある」
「それの模造品が石か。そんな物が存在していたなんてな」
「全てエノク冒険者協会によって破壊されたがな。だが、破片ならばこちらでも確保している。宝玉は亜人だけでなくモンスターに対応する物があって、その破片を解析してようやくここまで漕ぎ着けた。大蜥蜴程度のモンスターなら自由に操れるのだが…………全く、あの口デカが余計に施設を拡張しなければ」
「デカ口?」
「こちらの話だ。それより、次の仕事も頼んだぞ。我々、『翡翠の三剣』はエノク冒険者協会に目を付けられているから、短期間しかメトシュラに潜れないからな。ククッ」
「何でそこで嬉しそうなんだ?」
「決まっているだろう。奴らに『敵』と認定されたと云う事はつまり、我々の信仰が偉大なる三柱にそぐうものである証左でもあるのだ。敵対するのに認められてこそ確証を得られるのはおかしな話だが、表裏一体と言える程に奴らと我々は気が遠くなるほど戦い続けて来たのだからな!」
「……そ、そうか」
ローブの男、邪神教団『翡翠の三剣』の幹部である狂信者が勝手に盛り上がるのを見て、ジグレットは若干引き気味になった。
「おっと、それよりも次の仕事の話だ。連中も馬鹿じゃない。今回の『石』といい、身を削ってようやく本命から目を逸らせている。せいぜい、頑張る事だな」
「この手の仕事には危険は付き物だ。小悪党なりに頑張らせてもらうさ」
「その強かさこそが正しくお前の強みだ。さて、向こうはどう対応してくるか」
◆
「超殺しで」
少女特有の高い声でそんな物騒な言葉が会議室の中で響いた。
場所はメトシュラ北区にあるエノク冒険者協会本部の会議室だ。そこではギルドの定例会議が行われていた。
財務や街の警備などを担当するギルドの運営に関わる各部門の責任者と傘下の各協会の長が集まっている。そして、ギルドグランドマスターと少女だ。
先の発言はギルドの象徴である少女から放たれたものであった。
エノク冒険者協会がシンボルマークは長い歴史の中で何度か変更されて来たが、少女と羽根の象徴だけは変わらなかった。
その象徴の役割がプエマと呼ばれるものだ。実質的な権限こそはグランドマスターが持っているものの、最終意思決定権はプエマが形式上持つとされている。
今代のプエマであるマリーは長い金の髪をシニヨンにした青い瞳の少女だ。病的にまで白い肌をした少女で、本来耳がある所が魔導機械らしきパーツが嵌っており、首元や関節の一部などに金属部品が見えた。
マリーは祖を魔導人形とする種族だ。一口で魔導人形と言っても様々な構想で生まれ、その種類は多い。中には生体部品で作られ、人と何ら変わらない魔導人形も存在している。
そんな魔導人形が何かしらの理由で自由意思を得、生まれながらに存在する意味を持たずとも稼働できる個体から製造或いは産み落とされたのがマシーナーである。
「……マリー様、流石に言葉が過ぎます。何より変な単語を作らないで下さい」
報告の為に立ち上がっていた情報統括部門の責任者がマリーを諌めた。
「確かに奴らは下水を這い回る鼠よりも、狭い隙間に入り込む害虫よりもおぞましいクソカス以下の存在で滅却するのに何の躊躇いも無い正にこの世の害悪を煮詰めた存在ですが、プエマであるマリー様がそのような物騒な単語を口にするのは如何なものかと。この場合は――消毒、と可愛らしく愛嬌溢れる感じで」
「しょうどく」
「素晴らしいです。今度の邪神教団撲滅キャンペーンイベントのスローガンはそれで行きましょう」
「アホの事言ってないで報告の続きをしろ。邪神教団を殺す事には変わりないがな」
口を挟んで話を戻させると同時に物騒な事を口走ったのはメトシュラの警備とエノクの糸を攻略する戦士達を統括する戦闘部門の長だ。
若い情報統括の長と違い、老齢に差し掛かった男だ。だが腕の太さは二倍ほどあり、顔に刻まれた傷が歴戦の勇を思わせる形相をしている。要は威圧的な外見をしていた。
彼らは定例会議の中でエノクの糸で起こった事件についての調査結果を情報統括部門からの報告を聞いていた最中だった。
途中でマリーが思わず口走ってしまったが、報告はまだ続いているのだ。
「そうですね。それでは改めて今回のエノクの糸で起こったランダム転送とヴェノムドラゴンの下層移動について結論を言いますと――全部邪神教団が悪い」
「知ってた」
異口同音に会議に出席する者達が頷いた。
「復習の為もう一度簡易に説明しましょう。詳細は後でレポート配るので各自で見てください。まず、ダンジョン内の転送ゲートの細工ですが、これは邪神教団の派閥の一つ『翡翠の三剣』の幹部ギリアムの仕業ですね。らしい存在を発見しました逃げられましたけれど」
一口で邪神教団と言っても派閥は多く、中には箔付けの為に邪神教団と名乗っている組織まであるぐらいだ。
「皆さんも知っての通り『翡翠の三剣』は腹立つ事に結構大きい組織です。ウン十年経っても残っていますからね、ああ、ウザイ。しかもこのギリアムって奴が空間魔術師なんですよね。それでゲートを弄った、と。空間魔術師とか嫌いですわー」
「お主も空間魔術師だろうに。それと、ランダム転送はこちらで直しておいた。ついでに外付けの対抗魔法陣にパッチ当てておいたからの」
「おおっと、完全にブーメランでしたね。まあ、私は自分の事嫌いですが、それはともかくありがとうございます」
情報統括に突っ込みを入れたのはエノク冒険者協会傘下のエノク魔術師協会の長である。ただし人ではない。
椅子には顔の無い人形が座っており、両腕で豪華な装丁がされた赤い大きな本を抱えている。声はそこから聞こえてきた。
赤い本こそエノク魔術師協会の長だ。魔術の研究のし過ぎで魔道書に成ったと噂されるが、真実は不明である。
「それじゃあ次にヴェノムドラゴンの群れが急にくっそ狭い下層に降りた件ですが、原因不明です。『翡翠の三剣』の仕業なのは――名前、どうにかならんのでしょうかね――間違いないですが、方法が分からない。魔術でも道具でもない。一応、精神に干渉を受けた形跡は見られますが、テレパシーで干渉したには名残が無い。いやぁ、実に――そう、実に困った話でして」
情報統括の声が低く会議室に響き渡る。それだけで部屋の中には重圧が降り注ぐ。
顔には笑みを浮かべたまま目は笑っていない情報統括の怒気がそれだけで常人なら息を詰めてしまうだろうが、この場にいる全員がそれを軽く受け流す。
「超能力者協会も魔導技師協会も原因の特定は出来なかった。ああいや、貶めるような言い方をしてしまって申し訳ありません。ただ、魔術だろうが超能力だろうが魔導技術だろうが、我々が、エノクの糸を上を目指すエノク冒険者協会が、不倶戴天の怨敵である連中に遅れを取っているかもしれない。そんな事実はあってはならない。これは由々しき事態ですよ皆さん。私はこれが言いたかったのです」
会議室に沈黙が落ちる。情報統括に対して無言で怒りを表しているのでは無い。彼の言う通り、この場にいる長達も同じ意見だからである。
邪神教団に対するエノク冒険者協会の対応の仕方は苛烈に見える。それは教団の事になると途端に口が悪くなるのが原因ではあるが、罰し方に関しては他の犯罪者と変わりはない。
単純に邪神教団がそれだけの事を現在過去を含めそれだけの事件を起こしてきた。未来でもそうだろう。
ここにいる全員、若い者もいるが邪神教団には煮え湯を飲まされた経験を持っている。無かったとしても長としてエノク冒険者協会と邪神教団の長い時に起きた骨肉の争いを見れば嫌でも理解するのだ。
「――王の宝玉」
重苦しい沈黙の中でよく通る声が発言者以外の視線を集めた。
遺産資料部門の椅子に座る痩躯のエルフ男性が俯き加減のまま言葉を続ける。
「レガリアとも呼ばれるかつて人間以外の魔物を含めた全ての種族を支配する宝玉。先人の御歴々が全て破壊しましたが、欠片や資料だけは我々でも全て管理しておりません。それを元にモンスターを操る術を得たのでは?」
「ほう、なるほどなるほど。そういえば、メトシュラから離れた村近くの山で大量のモンスターを従えた邪神教団の信者がいたようで。残念ながら施設の方は埋もれてしまっていますが、発掘作業を急がせましょう」
情報統括が重圧を引っ込めて笑顔で遺産資料部門の長に向けると、もう話は終わりと椅子に着席した。
先程の言葉と矛盾する行動。何よりも遺産資料部門が何故それを知っているのか。だが、誰もそれを指摘しない。
遺産資料部門はエノク冒険者協会が創設から現代まで手に入れたあらゆる情報資料、魔具、過去に存在した文明の名残を保管している。
世界中が追い求める伝説の魔具などと謳われる物まで保管されているという噂まであり、中には世界そのものを揺るがす事実も保管されているとされる。
まさかとも思われる夢物語のような話だが、エノクの糸の直下の転送ゲートを長年保有し続けているエノク冒険者協会の歴史の長さから誰もが事実だと確信している。
ひっくり返せば世界そのものが終わるなどと言われている遺産資料部門は同列である筈の他の長達に対しても機密と云う理由で秘密にしている事が多い。
レガリアについても機密に触れる事項なのだろう。故に誰も知っていた事に触れない。
「レガリアについては後で資料を各部署に配布いたします。残念ながら詳細については伏せさせていただきますが」
秘密主義な所にも周りは口を挟まずただ頷いた。彼等でさえ遺産資料部門には容易に口出し出来ず、知りえない。
エノク冒険者協会内であっても遺産資料部門に干渉出来る者は僅かである。
「報告はもう終わりですか? 他に誰か何か言う事は?」
それは一連のやり取りをケーキ食って傍観していた《プエマ》のマリーか――
「それでは最後に糸下り部門では何かありませんか?」
マリーが水を向けた先、丁度円卓の向かい側にいる席の老人が代表となっている糸下り部門のみである。
『糸』と言う単語がついている時点でエノクの糸との関わりが窺えるが、彼らはエノク冒険者協会を半ば引退しながらも相互組織として身を置いているロートル達だ。
多数の種族が在籍するエノク冒険者協会では長生きする種もおり、世代交代の点から一定期間勤めるとまだまだ寿命が尽きていなくとも引退する。そうでなくとも純粋に歳を理由にして現役を退く者もいる。
名誉職の地位に付いた彼等はエノク冒険者協会が掲げるエノクの糸攻略を止めた者とし、それを揶揄する形で『糸下り』などと言われていたのだが時代が下っていつの間にか正式名称になってしまっていた。
『糸下り』の長がゆっくりと顔を上げて口を開く。
「ベアトリーチェや、会議はまだ始まらんのかのぉ」
「会議はもう終わりましたよ、おじいちゃん。それとベアトリーチェは先代の名前ですよ」
「はい、皆さんお疲れ様でしたーっ!」
これにてエノク冒険者協会定例会議が終了した。
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一方その頃――
「そこだっ、殺せ! 槍で捻るように刺し殺せ!」
冒険者達が鍛錬を行っている広場にて、酔っ払いが野次を飛ばしていた。というかクロウであった。
ベンチの上で寝転がり、肘をついて頭を支えながら瓶に入った酒を飲んでいるクロウは真面目に模擬戦を行っているネイとアレイストに茶々を入れており、ベンチから動く気配が一つもない。
ネイを追ってきた雇われ犯罪者に邪神教団の施設、そしてヴェノムドラゴン。立て続けに起こった事件の反動が本格的に来てしまっていた。
「そらそこで足払いだ! そいつはクソ生意気にもまだ成長期だから、足元とかの間合いが掴めきってないんだ! はい、そこでターンして顔面を槍で打っ叩け!」
「指示が当たってる分、腹立つな!」
「知るかバァーカ! お前が合流したせいで女パーティーに睨まれた俺の苦労が……苦労、が……オェ、吐きそう。お前らの動き見てたら目が回って…………」
「ク、クロウ!?」
「なにやってんだよ」
朝から飲んでいたクロウはその後、昼間から悪酔いしてネイに看病されて一日を過ごすのだった。
何故だろう。フリーメイソン的なイメージを出そうとした冒険者協会が書いてて何だがマフィアっぽく見えてきた。




