第三十五話
いつもの投稿時間より遅れて投稿。
明日に引き伸ばすよりはいいかなと。
ヴェノムドラゴンの首から伸びた氷の刃。内側から突き刺さり体表の鱗を飛び散らさせた刃はクロウによって投げ入れられたセエレの魔術によるものだ。
内側からならば鱗に阻まれず貫ける。竜の体内はブレスを吐く構造から魔力に満ちている為に奥深くまでは進む事は出来ず、喉で魔術の行使を行ったセエレ。
最大魔力で行使された魔術は氷の刃を発生させるもの。それが大小も角度も様々に竜の喉を突き破って表に出てくる光景は蕾が花開くようであった。
生命力高い竜とは云えども首が中からの攻撃に、堪らず体を倒した。そして同時に氷の花が砕けて、中からセエレが現れて鱗の上に降り立った。
セエレは魔力を大量に消費したせいか飛ばずにその場で膝を付いて動かない。
地面を揺らして崩れ落ちた竜は首から大量の血を流して池を作る。そんな有様になっても流石と言うべきかヴェノムドラゴンにはまだ息があった。
息も絶え絶えの竜にフォールムが近づき、両手を組んで頭部に向けて振り下ろした。
頑強な鱗を持つ竜ではあるが、瀕死の状態で無防備な頭部を何度も殴打されれば生き続けるなど不可能で、十に届くほど回数を殴られたところでようやく動きを止めて死に絶えた。
「や、やった…………」
「ヴェノムドラゴンを、倒したぞ」
完全に動きを止めた竜を見て、冒険者達が喜びの声を上げる。だが、強敵を倒したと云うのにその声には力が無かった。
ヴェノムドラゴンが最後に吐きだした毒の息。それにより、マスクに内蔵されたフィルターが限界を迎え、全員が毒に侵され始めたのだ。
毒の耐性が低い者は膝を付き、強い者も苦しそうに体をふらつかせる。
炎で体を守っていたネイもまた魔力が枯渇しそうになっていた。
「急がないとマズイな」
唯一平気なのはクロウだけだ。彼は急いでヴェノムドラゴンの死体へと駆け寄りながら布と水筒を取り出し、水筒を逆さまにして布を濡らす。
「邪魔」
「くっ――」
そして濡れた布でセエレを掴むと、説明も何もなしに布でセエレを覆い、フォールムに向けて投げる。
濡れた布などで毒が体内に入るのを防ぐ。ほんの僅かな時間しか保たない対応ではあるが、体が小さなセエレは毒の巡りが早い為の処置である。
セエレはクロウの意図が分かったのか文句は言わないが、毒の苦しみとは別に物扱いに苦い顔をしながらフォールムの手に収まる。
ヴェノムドラゴンの首、セエレの魔術によって切り裂かれた部分にクロウは剣を突き刺し、傷口から竜を解体し始める。
解毒剤を作る道具は調合を何時でもすぐ行えるように持っている。材料もだ。肝心なヴェノムドラゴンの肝もサイズからして一体で十分。
問題はそのヴェノムドラゴンの解体にかかる時間だ。急がなければ、直接吸い込んだような状態にある冒険者達の命が危険だ。
「俺も、手伝う、ぞ……」
竜の腕を斬ったアレイストが苦しげに呼吸しながらクロウに近づいて来る。彼はほとんど気力だけで立っているような状態であった。
「いらん。休んでろ」
クロウは見向きもしないで、ヴェノムドラゴンの腹を何とか捌き始める。内側からでも鱗が邪魔をして簡単に切る事はできないが、確実に腹にまで刃が進む。
ヴェノムドラゴンの肝さえ手に入れば即効性の解毒剤が作れる。ユリアス帝国に人質として行く前に、叩き込まれた知識がそれが可能だと教えてくれる。
どうして地上でも滅多にいないヴェノムドラゴンの毒の治療薬の作り方まで故郷にあったのかとか、十歳程度の子供にリンボス王国の知識の集大成を叩き込んだ理由など、疑問に思うがその思考を振り払ってクロウは急ぐ。
ようやく腹から肝を取り出せるほど切り裂いた時、彼らは地面に響く揺れを感じた。
覚えがある。有りすぎるほどに。それは戦闘中難度も感じたヴェノムドラゴンの巨体が起こす振動だ。
誰もが表情を強ばらさせ、顔を上げる。
部屋に通じる通路の奥から別個体のヴェノムドラゴンが姿を現した。それも一体だけではない。他の通路からも紫色の竜が現れ、計三体のヴェノムドラゴンが冒険者達を囲んだ。
「おい、冗談だろ…………」
同族を思いやる感情があるのか、三体のヴェノムドラゴンは倒れた仲間を見ると、その周囲にいる冒険者達を唸り声と共に睨みつける。
「万事休す、か」
ヴェノムドラゴンは身を屈める。
「走れる奴は逃げろ! サクヤッ、ネイとヴィヴィを!」
クロウが叫ぶのと同時にヴェノムドラゴン達が動き出す。
「クロウッ!?」
「いいから行け!」
まだ動ける者は仲間を背負い逃げ道を探し、生存を諦め座り込む者がいる中でクロウのように他を逃がす為に気力を振り絞り武器を構える冒険者もいる。
「フォールム!?」
アレイストもその一人だ。そして、フォールムもまた主である少女を守る為に前に出た。セエレもまた起き上がり、魔力を振り絞り始める。
「二人共、行きますわよ!」
留まろうとするネイとヴィヴィを連れ、サクヤが脱出を試みる。
各自がそれぞれ動き始めるが、ヴェノムドラゴンの方が速い。
クロウの目の前にも一匹、ヴェノムドラゴンが飛び掛ってくる。
「年貢の納めどき、か」
牙を剥き出しにして襲い来るヴェノムドラゴンを見上げならクロウは呟く。リンボス王国に伝わる〈マステマート〉を使用しても間に合うかどうかの瀬戸際で、クロウは咄嗟にそれを使用するという判断が出来なかった。
使い慣れていない故の遅れもあるが、クロウは〈マステマート〉を敬遠していた。禁忌に類する術であり、邪神教団の施設を潰した後の体の異変もあった。何よりネイの護衛を引き受け、セエレに襲われた時もネイがするまで使うという発想が無かったほどだ。
だからこそ生まれた判断の遅れによりクロウは間に合わないと本能で悟った。
クロウが諦めた瞬間、黒い影が突如として割って入った。竜巻のように影が回転したかと思うと、ヴェノムドラゴンの首が刎ねた。
「――はぁ!?」
クロウが突然の光景の驚愕する間にも影は目にも止まらぬ速さでその場から移動し、冒険者達を襲おうとしていた他二体のヴェノムドラゴンに飛びかかる。
影が通り過ぎた瞬間に二匹目の胴体が袈裟に斬られ大量の血を噴出させ、三体目は右手足を切断され倒れる。
「今のは…………」
三匹のヴェノムドラゴンを瞬く間に倒して漸く影が動きを止めた。振り返ってその姿を見たクロウは目を見張る。
影は人だ。側頭部から前へと伸びた二本の太い角に背中から生えた翼、そして鱗の生えた尾を持つ男。
人間や獣人、エルフ、ドワーフなど人型の知的生命体――大きな括りで人族と呼ばれる種族の中でも最強と謳われる竜人族であった。
竜人は冒険者達や自分が斬ったヴェノムドラゴンに目もくれず、竜の鱗を容易く斬り裂いた得物である大剣を背負い直すと背中の翼を羽ばたかせて洞窟の奥へとすぐに飛び立ってしまった。
「おいおいおい、あいつどこから来た? というか、何の説明も無しにどこ行く気だ!」
助けに来たのか、冒険者なのか。それさえも分からず混乱する最中、複数の足音が竜人の男が来たと思われる洞窟の方から聞こえる。それも物凄い速さで、だ。
「あの野郎、また先に行きやがった。ここのゲートはまだ直してねえのに!」
「どうやら片っ端からランダム転送するつもりらしい。僕の方からテレパシーで連絡を取っておく」
「それはいいんだが、トドメを刺してないぞ」
最初に現れたのは鎧を着込んだ剣士風の男と軽装の少年、同じく軽装だが金属の手甲と具足を付けた白い服の男が現れた。
「あいつ、後始末ぐらいはちゃんとやっておけよな」
「とっとと殺してしまえ。また毒を吐かれてもつまらん」
剣士の男と手甲の男が素早く二体のヴェノムドラゴンにそれぞれ駆け寄ると、虫の息だった二体にトドメを刺す。
剣士の男は両手剣で竜の頭を割り、手甲の男は駆けた勢いを乗せた拳で砕く。
クロウ達があれだけ苦戦した竜をいとも容易く殺していた。
「…………何者だ、あんたら」
冒険者の一人が苦しげな呼吸を繰り返しながら現れた彼等を見る。
現れた三人が振り返った時、更に多くの人々が次々と部屋の中へと駆け入って来た。格好も種族もバラバラな多くの集団だ。
「私達はギルドから救助を依頼された者です! 皆さん、もう大丈夫です!」
その中の一人、杖を持った少女が声を張り上げながら言うと同時、杖を地面に突き刺す。するとそこを中心にして淡い緑の光が地面を波紋のように広がっていく。
「この光の中に入れば毒を緩和できます。もう少しの辛抱ですよ!」
杖を持った少女がおそらくは毒へとの抵抗力を上げる又は抜き落とすような魔術を使用したのだろう。ヴェノムドラゴンの毒で苦しんでいた冒険者の苦しげな表情が僅かに和らぐ。
「解毒剤を作ります!」
「おい、怪我人を一箇所に集めろ。あと、毒が邪魔。消毒しろ消毒」
「死体、必要な部位以外燃やせ!」
「他の仲間はどこだ? とっとと回収しねえと間に合わねえぞ」
「仕方ねえ。透視とテレポートを使える奴に行かせよう。どうせ後続も来るんだ」
ヴェノムドラゴンの肝を取り出して解毒剤を作る者、毒に汚染された空間を魔術を使って消毒する者、部屋を通過点にここにはいない他の冒険者の救助に向かう者などそれぞれが迅速に行動していく。
救助と云う言葉と共に軽減される毒に冒険者達がほっと息を吐く。
ヴェノムドラゴンとの戦闘、徐々に体を蝕む毒。最後には三体同時にと、それらを前にした緊張と死の予感にずっと気を張っていたのだ。
終わりを確信した時に間に合った救助隊。地面からの癒しの光の中で冒険者達の気が緩み、目の前で進む事態をゆっくりと飲み込んで行った順番に彼等は地面に腰を下ろしていった。
「はぁ……やれやれ、命拾いしたな」
それはクロウも同じで、毒が効かない体質とは云え竜を前にしていた緊張が一気に抜けた。
疲れたように息を吐き、自然な動作で煙草に手が伸びる。
「お前も吸うか?」
「要らねえ」
危機が去り、剣を構える必要もなくなったアレイストが首を振る。緩和されていると言え、間近で毒を浴びたような状態の中で剣士は気丈にも立っていた。
「それより、あっちはいいのか?」
「ああ? ――ああ…………」
煙草に火を付けようとした所で、クロウは気付いた。自分が逃がそうとしていた少女達がこちらを睨んでいる事に。
思わず顔を逸らしたその先にはフォールムが立っており、気のせいか魔導人形もまた気まずそうに顔を背けていた。




