第三十二話
「どうにもならんな、これは」
毒に冒された冒険者達の容態を一通り診て回ったクロウが不意に漏らした言葉がそれだった。
「クロウ…………」
「そんな顔しても無理だぞ。治せない」
ネイに呼ばれたクロウは首を振って断言した。
「そうじゃなくて…………これ、本当に飲ませていいの?」
ネイの手にはコップが握られており、その中には謎の半固形物が存在していた。
ヴェノムドラゴンの鱗を思わせる紫と緑の色が混ざったスライムのような液体で、揺らしてもいないのに気のせいか独りでに蠢いているように見える。しかも、虫の足や羽らしき物が時折表面に浮かんでは隠れるように沈んでいく。
「流し込め」
立てた親指を下に向けながらクロウは死刑宣告を言い放つ。
「止めろォォォッ! それを俺に近づけるなァ!」
「動いてる! 動いてるッ! 何かこっちに向かって動いてるよぉ!」
「イヤアアアァァァァッ! なんか絡みついて来たわ!」
広場が阿鼻叫喚の地獄絵図へと化した。毒で動けず生死の境を彷徨っている筈の冒険者達が悲鳴を上げて体を引きずり謎のスライムから逃げようとするが、他の冒険者達によって取り押さえられ、無理やり口の中にスライムを流し込まれる。
「少ない材料で何とか作ってやったんだぞ、コラ! ありがたく胃に流し込め!」
冒険者達から集めた薬草やら薬やらをゴリゴリと削って混ぜ合わせ粘土状にしていたクロウが半ばキレ気味に患者の口にスライムを流す作業に混ざる。
「げほっ、オエッ、マッズゥゥ…………」
「何か胃の中で動いてるような感触がするんですけどォ!?」
「うぅっ、えぐ、ぐすっ…………」
味の不味さに毒とは別に青褪める者、喉元過ぎても襲う感触に叫ぶ者、それに泣き出す者まで現れた。
スライムとも言える薬(?)を作ったクロウは全員がそれを胃の中に流し終えたのを確認すると、大きく息を吐き、腕を回して凝った肩を解しながら集団から離れる。
そして、煙草を取り出して一服し始める。
「別方向に悪化したように見えるが、これで助かるのか?」
一息つくクロウに、入口で見張っていた冒険者の男が声をかけた。
「無理無理。毒への抵抗力を一時的に上げただけだ。今日が峠に変わりない。それまでに助けが来るかどうか賭けだな」
「やっぱり完治は無理か」
「材料が足りない。てか、治すにはヴェノムドラゴンの肝が必要になる」
「…………基本、だな」
自らの毒で死ぬ馬鹿な生物はいない。毒を作る機能と共にそれに対する免疫を持つのが普通だ。だからこそ、同じ生物から毒と薬の両方を作る事が出来る。素材集めの依頼を何度か経験した事のある冒険者ならば大凡のその関連性は分かっているだろう。
「いざとなったら、俺達でやれると思うか?」
「さあ? 俺はここにいる冒険者の実力を知らないからな。だけど、逆だったら俺は無理だって答えるね」
「本当なら俺もだ。だが、あいつらを助けるのに関係なく覚悟を決めなきゃならないかもしれねえ」
男の言葉にクロウは黙って煙草の煙を吐き出す。
ダンジョンの中に閉じ込められ自発的な脱出が出来ず、強力なモンスターが徘徊している現状、必ずどこかでヴェノムドラゴンと対峙しなくてはならない。
毒で死ぬか、殺されるかの違いでしかない。
「もっとも、偵察に行った連中が帰って来てからの話だけどな」
「他にもいたのか」
「ああ、攻撃と動きに特化した精鋭だ。マスク持たせて、ヴェノムドラゴンの偵察に行って貰っている」
マスクとは対毒用のマスクの事だ。毒に対しする治療薬は勿論だが、そもそも毒性が強い空間に入る場合によく使われる道具だ。マスクの中には毒を通さないフィルターが仕込まれており、それによって呼吸器官に毒を防ぐ仕組みとなっている。
冒険者がよく持ち歩くのは口と鼻の顔下半分を覆う簡易版マスクだ。
フィルターは交換する必要はあるが、言ってしまえばそれだけの手間で傷薬ほど場所を取らない。だから例え毒のあるモンスターがいない階層でも念の為に持ち歩く冒険者は多い。
「おっ、噂をすれば戻ってきたな」
入口の方へと振り返った男に釣られてクロウもそちらに視線を向けると、冒険者の集団が部屋に入ってくる所だった。
その集団の中で、クロウは見知った顔を見つける。
剣馬鹿のアレイストがそこにいた。
「さて、これからどうするか話し合いたい。忌憚なき意見をくれ」
「紫ドラゴン殺そうぜ」
「忌憚なきとか言うから剣馬鹿が馬鹿言ったぞ」
広間の隅、そこでは比較的無傷な冒険者やそのパーティーリーダーが集まり、今後について話し合いを始めようとしていた。
車座となって集まって地面に座る彼等の手元には飲み物と携帯食料があり、休憩も兼ねていた。そして、大半が煙草を吸っていた。
「あそこ煙い」
「まるで流浪人の集まりですわね」
「中年教師が集まっての会議…………」
「男連中が一箇所に集まって話し合うとどうしてあんなに汚らしく見えるのかしら」
女性陣からは不評であった。
聞こえていた男性陣は苦い顔をするか寧ろふてぶてしい表情になる。
「というか、ヴェノムドラゴンを倒すのは決定なのか? それはいいんだが、その中に何で未だ百層以下の俺が加わってるんだ?」
「無傷だからだ。それに、色々と戦力があるようだしな」
男の言葉にクロウは嫌々ながら納得した。彼らの視線の先にはヴィヴィが従えるフォールムがいる。
魔導人形を個人で所有しているのはメトシュラで珍しく、鋼鉄の逞しいその造形はやはり戦闘面で期待される。特にサイズも大きいので大型モンスターに対抗する手段として目を付けられても仕方がない。
「まあ、仕方がないか」
ここで渋った所で無意味であり、協力して障害となるヴェノムドラゴンを排除するのが大事だ。
邪神教団の研究施設を見つけた時と云い、何だか非常に面倒な事態に最近巻き込まれてばかりいるような気がする。
「んん……?」
研究施設を思い出した時、クロウの頭の中で何かが引っかかった。
「どうした?」
「……いや、なんでもねえ」
今は関係ないと、クロウは思考を切り替える。
「それで、何か倒す当てはあるのか? というか、俺ここ来るの始めてだから不案内なんだが?」
「そんじゃ、確認も兼ねて分かってる範囲で説明するか」
そう言って、いつの間にかまとめ役のような位置になっていた男が地図を取り出した。手書きだが、正確に描かれているように見え、細かい注釈まで書かれている。
「ランダム転送されるゲートは使えない。せっかく運良く集まったこの人数がまたバラけてしまう」
「接触してれば一応同じ所に出るみたいだったぞ」
「それはこっちでも把握している。だが、ゲートで一度に移動出来る人数は限られているからな。移動した先にまたヴェノムドラゴンがいるかもしれない以上、ゲートでの逃亡は最終手段だ。そして差し迫った危機として――」
男の言葉を遮るように部屋の入口から雄叫びが聞こえてきた。
部屋にいる間、何度か聞こえていた。ヴェノムドラゴンの鳴き声がダンジョン内に反響して聞こえてきたもので、冒険者達に気づいたものではない。だが、そう遠くない場所にいるという証拠でもある。
「――奴だ。このまま逃げ隠れようにも毒にやられている連中がいる。このまま放っておく訳にはいかないし、何より冒険者がモンスターに怯えたままってのは個人的に気に食わん」
「問題は勝てるかどうかだ。ヴェノムドラゴンの情報は?」
それには偵察に出ていた冒険者が答え始める。
「ドラゴンだけあって鱗が硬い。下手な攻撃だと簡単に弾かれてしまう。まあ、一撃入れられた奴はいたけど」
男の視線がアレイストに向き、それを見た他の冒険者達が呆れるように半目になった。
「とうとう竜まで斬ったか」
「斬ってねえよ。鱗の薄そうな脇を狙ったんだが、振り抜けずに剣取られちまった。俺もまだまだ修行が足りてねえ」
「あんな事ほざいてる訳だが、実際どうなんだ?」
「ないわー。マジでないわー」
「俺、同じところを弓で狙ったんだけど弾かれた」
「そもそも、あんな暴れまわるドラゴンの懐に飛び込むとかイカレてる」
概ね同じ方向性の答えが返ってきた。
「やっぱお前馬鹿だわ」
「何でだよ!」
「それで、続きは?」
クロウはアレイストを無視して話の続きを促した。それに怒鳴る剣士ではあったが、周囲もそれを無視する。
「翼は無いが、強靭な四肢の攻撃が厄介だ。リーチがある上に素早く、岩も簡単に砕いちまう。そして何よりも厄介なのが、毒だ」
名前の通りに毒を持つヴェノムドラゴンを倒すにはやはりそれが問題であった。
「吐く息は猛毒、爪は神経毒。一撃でも受ければ戦闘不能になる」
「マスクの数は?」
「それは十分足りてる。問題はフィルターの数だ。確認したら、二十枚程度しかない」
「一枚でどのくらい持つ?」
使い捨てであるフィルターには限度がある。携帯し易い簡易版であるなら、長時間は期待できない。
「良くて三十分ってところだ。その間にヴェノムドラゴンを倒し、肝を手に入れなきゃならねえ」
「なんとまぁ……。肝心な事を聞くが、どうやって倒すつもりだ」
「それを話し合おうと思っている」
「じゃあ、案がある人ー」
クロウの一言で全員が黙りこくってしまった。近づいて攻撃するだけなら、命懸けとは云えここにいる冒険者なら出来るだろう。だが、頑強な竜の鱗を破れる者はいなかった。
「もう一回チャンスがあれば斬れると思う」
「本気で言っている上にやりかねないのがな……まぁ、賭けになるが候補の一つって事にしておくか。他には――って、これいつの間にか俺が仕切ってんじゃねえか!」
クロウが怒鳴ったところで誰も反応してくれなかった。その様にクロウは舌打ちすると自分でもどうヴェノムドラゴンを倒すか考える。
正直、〈マステマート〉を使えば倒せるだろう。だが、人目が多いこの時に使いたくはなかった。死んだ生物を操る死霊魔術師と云うのは人に忌み嫌われる立場で、これからのパーティー活動を考えれば使いたくない。それに使うとどんな副作用があるか分かったものではなく、何より前回で洞窟を破壊した前科があるのだ。広いとは云え、こんな洞窟型のダンジョンで使用したくない。
パーティーの他の面子ではどうだろうか? 残念ながら斥候役であるサクヤは直接的な攻撃力は低い。ネイも同じで、炎狼の火でも竜であるヴェノムドラゴンに効果は薄い。魔導人形のフォールムの拳なら通じるかもしれないが、竜相手に決定打になるほどの威力は無い。
物理的な手段では効果が薄いなら魔術ではどうだろうか。いや、残念ながら竜の鱗は魔術に対しても耐性が強い。手数と種類で回すヴィヴィでは威力が足りず、唯一可能性があるとすればセエレが大威力の魔術を使えそうなものだが、解脱して魔力が減った現状では大魔術は無理であった。
「うん、無理だな」
口に出してつい無理だと言ってしまったクロウだが、次の瞬間には何かを思いついたように天井を見上げると、後ろを振り返った。
「…………いや、可能性はあるな」
「凄く嫌な予感がするんだけど?」
クロウの視線を受け、白い妖精は酷く嫌そうな顔をするのだった。




