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第三十一話


 竜とは見た目だけを言うなら基本的に角や翼を生やしもっと巨大にしたような姿をしている。種類によっては外見的特徴は変わってくるが概ね見た目での識別はより凶悪なトカゲだと思えば良い。

 ただしそれは外見だけの話だ。生物としての格で言えばクロウ達が邪神教団の施設で戦った大蜥蜴シリーズなど足元に及ばず、例外を除いて凡ゆる生物の頂点に立つ種族である。

 勿論、ドラゴンと言っても弱い強いがあるのでその全てが最強の名を冠する訳では無いが、少なくとも一番弱いとされる通常の竜でもエノクの糸では千層を越えた場所にしか現れない。

 エノクの糸は階層数が増える毎に難易度が上がる。迷路は複雑化し、仕掛けられたトラップが凶悪に、過酷な環境へと変化していく。当然、モンスターの強くなっていく。

 では、千層を超えたダンジョンではどの程度のクラスのモンスターが出現するのか。それこそピンからキリまであり、その中で竜は別格の存在ではあるが――――単体で小国一つを滅ぼすモンスターと遭遇する可能性がある。

 それが千層を越えると云う事だった。


「ゲートに戻れ!」

 竜の雄叫びだと知ると、クロウは叫んで後ろを振り返る。

 空気を盛大に震わせた竜の声の後、ダンジョンそのものを揺らすような振動が響いて来る。音は段々とクロウ達の方へと近づいてきていた。どうやら、下の階層から現れたクロウ達の存在を察知したようだ。

「手を繋げ! 同時に行くぞ!」

「なんでよ!?」

「いいから! 念のためだ!」

 クロウの頭の片隅にギルドカードに表示された階層数が残っていた。二百以上の階層をいきなり飛ばしての移動、竜の咆哮。もし全てが勘違いで無ければ万が一の事を考えておくべきだった。

 クロウはネイとサクヤの手を掴み、ヴィヴィはネイと手を繋いで残った手でフォールムの指を掴む。セエレはネイの肩へと乗る。

 洞窟の奥からとうとう咆哮の正体が姿を現す。首だけで振り向いてその姿を確認する。

 それは紫と緑の斑模様をした鱗と黄色い瞳を持った竜であった。大人が五人以上横に並んでも余裕で通れる通路を何とか通れる程巨大な体躯を持ち、翼は無いが肥大化した四肢と鋭い爪が特徴的であった。

「また厄介な…………」

 クロウが苦々しく呟いたところで、転送ゲートの光が地面から溢れてクロウ達を別の場所へと転送した。


 光が晴れ、視界が広がった所でクロウが目にしたのはこれまた広く、洞窟と言うには人の手がある程度入ったような通路がいくつも伸びていた。

「………………」

 全員の間に沈黙が下りる。

 クロウは懐から再びギルドカードを取り出して現在地の階層を表示させる。


『四百二十一層』


「…………はい、点呼ー」

「一」

「あっ、えっと、二!」

「三ですわ」

「は? あ、あっと、四!」

 ヴィヴィの後に続いてフォールムが片手を上げて五本の指を広げた。

「よし、全員いるな。原因はさっぱりだが転送ゲートが何かバグってる。しかも本来なら千層以上にしか出現しない竜種までいた。明らかに非常事態だ」

 パーティーメンバーに振り返ったクロウの声はいつも通りではあったが、目は真剣そのものだ。

「サクヤ、周辺を見て回って比較的安全そうな場所を探して来い。戦闘は出来るだけ避けろ」

「わかりましたわ」

 クロウの指示を受けてサクヤの姿が音も無く消えた。

「ダンジョンの中で安全な場所ってのもおかしいが、とにかく休める場所に移動するぞ」

「移動した後はどうするの?」

「助けを待つ。冒険者の活動は自己責任だが、ギルドだってそこまで薄情じゃない。特に、エノクの糸で異常が起きた以上、それを放置しておく筈が無いからな」

 不測の事態が起こり、それによって如何なる被害を被ったとしてもそれは冒険者の自己責任で片付けられる。メトシュラの治安維持活動をエノク冒険者協会が行っていようと、街ならともかくダンジョン内で起きた出来事に彼らは責任を持たない。

 けれども、エノクの糸の完全攻略を理念に掲げるギルドにとってダンジョン内での異常は見逃せない。それにどんな冒険者であろうと、将来ダンジョンで何かしらの活躍や発見をする可能性はある。

 だから事態を察したエノク冒険者協会が助けに来る可能性は高い。少なくとも、明らかにおかしな転送を行うゲートの修正は行う筈だ。

「法則性は分からないけど、何度かゲートで移動すれば戻れるんじゃない?」

 ヴィヴィの提案にクロウは首を横に振った。

「行った先にまた竜がいたらどうする? あの時は距離があったから逃げられたが、今度はそう上手く行く保証は無い。それに、もしこれが人為的なものならそう簡単に帰してくれると思うか?」

「人為的って、まさか転送ゲートに細工なんて出来る筈がないでしょう!」

「転送ゲートなんてエノクの糸以外にも地上に沢山あるだろ。空間魔術を使える奴ならゲートだって弄れる」

「確かにそうだけど…………」

 クロウとヴィヴィの会話を聞いていたネイが首を傾げ、二人の邪魔をしないよう肩に乗るセエレに尋ねる。

「空間魔術?」

「空間に作用する魔術の事よ。離れた場所の空間を歪ませて物理的な距離を限りなくゼロにしたり、その逆に距離を離させたり。転送ゲートにも空間魔術の理論が使われているわ。勿論、エノクの糸のゲートにもね」

「その通りだ。空間魔術の使い手ならゲートに細工して、ランダム転送なんてさせる事も出来る。セエレ、ヴィヴィ、転送ゲートを調べられるか?」

「無理よ。高度過ぎるわ。それに空間魔術を扱うには高い適正と長い研鑽が必要なの。例え理屈で解ってもそれを扱うなんて出来ないわ」

「ヴィヴィの言う通りよ。だからこそ空間魔術を使える魔術師は貴重なの」

「だよな…………。となると、やっぱり救援待ちになるか」

 クロウが溜息を溢しながら頭を掻いていると、偵察に出ていたサクヤが戻ってきた。

「どうだった?」

「何体か苦戦しそうなモンスターはいましたが勝てない相手ではありませんでしたわ。それよりも、私達以外の冒険者を発見しましたわ」

 サクヤの報告を聞いてクロウは少し考える素振りを見せた後、口を開く。

「案内しろ」


 エノクの糸内部では全てが迷路のような通路になっている訳ではなく、ボス部屋然りある程度の広さを持った空間がある。

 モンスターが決して入って来ない訳ではないが、それでも体を休める為のキャンプ等を張るには丁度良い場所だ。

 本来なら現在のクロウ達では入れない筈の四百二十一層にも当然休める部屋がある。サクヤが他の冒険者を見つけたと云う場所もそこであった。

 クロウ達が七十層以下で見たどの部屋よりも広く、ちょっとした広間と言った大きさであった。そこに、冒険者達が集まっていた。

「一目見ただけで事態の深刻さが分かるな」

 何か情報が聞けるかもと思ったクロウであったが、部屋の中を見ただけで非常に危機的状況である事が分かってしまった。

 部屋の中には数十人の冒険者達がいた。彼らは疲労困憊で地面に座るか壁に寄りかかっており、その顔は青ざめている。まるで物言わぬ死体だ。

 動いている者もいるが、そこは地面の上に寝かされ魘される冒険者の治療に当たっている者達だ。包帯が血で滲んでいるのは勿論だが、何よりも目を覆うのは横になっている者達の肌が紫色に変色している点だ。

「あんたらも帰れなくなった口か」

 入口近くに立っていた冒険者がクロウ達に声をかけてきた。見張りなのだろうが、その顔には疲労の色が濃い。

 だが、見張りに立って他を守るだけの気力はあるのだろう。

「………………」

 セエレとサクヤに目配せし、ネイ達を先に広場の中へと入るように促したクロウはその場に立ち止まって、冒険者の男と会話する。

「そうだ。ゲートが馬鹿になってるし、この階層でも有り得ないモンスターがいた。そっちは何か把握してるか?」

「原因は分からん。だが他の連中との情報交換で多少の事は分かった。まず、ゲートのランダム転送だが、どうやら三百一層から四百九十一層、つまり五百層までの範囲だけみたいだ。ここにいる連中はその間の層で活動してる冒険者ばかりだからな。それとモンスターの方だが、会ったのはヴェノムドラゴンだろ?」

 言われ、クロウはここへ転送される前に見たモンスタ―を思い出す。

 ヴェノムドラゴン――紫と緑の斑模様をした翼の無いドラゴンだ。肥大化した手足も特徴的だが、何よりも恐ろしいのは名前と毒々しい見た目の通り毒を持つ点だ。

 口から放たれる息は猛毒で、爪からも相手の動きを封じる麻痺毒が出る。だから対峙した際には毒対策は必須であるが、竜としての強靭な肉体まであるのでそれだけでは終わらない恐ろしいモンスターだ。

「本来なら千三百層以上に巣を持っているヴェノムドラゴンが少なくとも十体以上が徘徊している」

「おいおい…………」

 偶々一体だけが下の層に行っただけならばまだ偶然で片付く。実際、ギルドの掲示板に貼られている討伐依頼には偶に層に見合わぬ強さのモンスター対峙がギルドの名で張り出されている事がある。

 だが、千近い層を降りて複数の強力なモンスターが暴れまわっているなどおかしな話であった。ゲートの暴走と云い、明らかに何者かによる仕業なのは間違いない。

「向こうで横になってるのは毒で?」

「ああ、そうだ。ヴェノムドラゴンにやられた。今はサポーターや治癒魔術が使える魔術師によって何とか死なずに済んでいるが、時間の問題だ。それ以外にもヴェノムドラゴンに直接、な…………。ここにいるのは全員あいつから逃げて来たんだ」

「直ぐにでも地上で治療を受けるべきだろうが、自力で脱出するのは無理か」

「ゲートがあんな調子じゃあな。救援が来ても毒を受けた奴らは間に合わないだろう」

 そう言って、冒険者の男は目を伏せた。

「やれやれだ…………ん?」

 袖を引っ張られる感触にクロウが振り向くと、ネイがクロウの服を掴んで見上げていた。

「セエレがクロウなら何とか出来るって」

「人に無茶ぶりばっかかましてんじゃねえぞクソ妖精ッ!」

 クロウが毒に冒された冒険者達の容態を見ていたセエレに向かって怒鳴るが、妖精は顔を逸らして無視した。サクヤも――人には無茶ぶり言う癖に、と言ってくる始末だった。

 舌打ちしそうになるのを堪えながら、目の前にいる冒険者を見れば、やはり期待した顔をしている。更には袖を掴んだままのネイもずっと見上げ続けていた。

「……薬学の知識があるだけだぞ。ヴェノムドラゴンの毒なんて治療した事ないし、そもそも材料だって足りるか……。治癒魔術の方がよっぽどマシかもしれん」

「少しでも可能性があるなら頼む」

「期待はするなよ」

 クロウは冒険者にそう釘を刺すと、怪我人達のいる場所に向かって歩き出す。途中、足を止めないまま隣を歩くネイの頭に手を置いてわざと髪を乱れさせる。

「むぅ……どうしてクロウはそんな意地悪するの?」

 自分の髪の事ではないだろう。ネイが言っているのはすぐに毒に苦しむ彼らを診て行かなかった事だ。毒への知識があるセエレやサクヤを行かせた癖に、だ。

「悪いな。分かってても他人に振舞う気にはなれないんだ。お前は俺みたいな駄目な大人になるなよ」

 クロウはネイの頭から手を離すと、早足で冒険者達の方へと向かって行った。


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