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第三十話


 暗い洞窟の中、二つの赤い目が不気味に光っていた。

 小鬼族のゴブリンが赤い光を携えた壁に向けて必死に棍棒や手斧で攻撃するが、硬い音が響くだけで効果は無い。

 哀れにも見えるゴブリン達。だが、そんなモンスター達に容赦なく白刃が煌き息の根を止めていく。

「やっぱ壁役がいると安定するな」

 感想を言いながらクロウがゴブリンの喉に突き刺した剣を引き抜く。傷口から剣で塞き止められていた血が一気に吹き出し、ゴブリンの体躯が倒れる。

 クロウ達は現在、七十層に続く道を進んでいた。ヴィヴィが従えるフォールムが正面から攻撃を受け止め後衛を守ってくれるので、クロウとネイの負担が減った。魔術師のヴィヴィもいる事で魔術による援護の火力と数が単純に倍になったのも大きい。

 おかげでダンジョンの攻略速度が増し、数週間足らずで五十層と六十層を超えた。

 元々それだけの実力は全員あったのだ。ただ、クロウが目立ちたくない――パーティーの面子から手遅れだが――のと歳を言い訳にして無理をしなかったりと、良く言えば慎重で悪く言えば物臭故のマイペースでゆっくりとしたペースだったのだ。

 だが、見た目に反したサクヤの忍者スキルと超能力による索敵と感知能力に加え、手数の多い魔術師のヴィヴィと頑強な魔導人形のフォールムが加入した事でパーティーの質が上がったのだ。寧ろここまで実力があるのに遅々として進まなかったら逆にフラストレーションが溜まってしまう。

「敵の気配はもうありませんわ。剥ぎ取りの時間ですわね」

 音と臭い、そして超能力の透視能力によってモンスターの気配を探ったサクヤが敵がいなくなった事を伝えながら傘の中から剥ぎ取りようのナイフを取り出す。

「いや、その必要はないな。発生型だ」

 クロウの視線の先、倒したゴブリンの死体が塵となって消えていくところだった。

「あら、下の層ではゴブリンは生息していたんですが、ここでは発生しているのですね」

 通常、ダンジョンと呼ばれる場所にはモンスターが住み着いている。いや、モンスターが住み着いているからこそダンジョンと呼ばれるのだ。

 人為的でない限りモンスターは洞窟や打ち捨てられた建物を巣にし、そこで生活し繁殖して増え、周囲に害を撒き散らす。その為に放置は推奨できず、冒険者を雇い巣の破壊目的でダンジョンを攻略するのだ。

 そして超巨大ダンジョンであるエノクの糸のモンスターの成り立ちは特殊だ。一体どこから現れたのか世界で七つしかない転送ポートから入れないにも関わらずモンスターが住み着いて群れを形成している場合が一つ。これは出所を別にして通常のダンジョンと同じで正式名称ではないが生息型と冒険者の間で言われる。

 もう一つが発生型。これこそ謎に包まれており、ダンジョンの中でいきなり成体のまま誕生し死ねば塵となって消えるタイプだ。

「不思議。どうしてなの?」

 ネイがモンスターの消えた場所から小さな魔石を拾い上げる。発生型は肉体が残らず、素材を手に入れて売るなど出来ないが、代わりに魔力を持たない筈のモンスターでも魔石を落とす。

「知らん。そういう仕組みがあるのか、誰かがやっているのか。まあ、エノクの糸の謎の一つではあるな。そういうのはヴィヴィの方が詳しいんじゃないか?」

「そんなの分かんないわよ。でも、自然物で無いのは確かね。古代人が作った古代文明の遺産か、それとも神と言える超常の存在が作った遺跡か、その辺りの考察はいくらでも聞くけど共通してるのは“誰か”が作ったってことね」

「何で?」

「何でって……作った目的って事? それは、なんとなくじゃない?」

 ネイの問いにやや困惑しながらもヴィヴィがはっきりと答えると、セエレが鼻で笑った。

「その答え、ユリアス帝国の研究者とそっくりだわ」

「良かったな。六大国の中でも魔導機械の研究が進んだユリアス帝国のマッドサイエンティスト達と一緒だとよ」

「そんな言い方されても嬉しくないわよ! というか、さっき笑ったァ!」

「はいはい、皆さん良いペースなのですから先に進みますわよ。今日中にボス部屋前に移動する予定なんですから」

 サクヤに先を促されて、クロウ達は魔石を回収して先に進む。

 ゴブリンから出た魔石は少量で雀の涙程度の換金しかできないが、無いよりはマシだ。

 サクヤを斥候にしてクロウ、ネイの前衛が続き、ヴィヴィと最後尾にフォールム。セエレは小さな体と羽を持っているから適当にパーティーの列の中を飛び回る。

「さっきの続きだけど、生息型はどこから着たの?」

 歩きながら、先程の話がまだ気になっていたのかネイがクロウに質問する。クロウと一緒に追手を撒くために森の中を歩いた時と同じで、気になった物はすぐに聞く。あまり表情の変わらない少女だが、好奇心は年相応かそれ以上だった。

「エノクの糸には転送ゲートでしか入れないんでしょう? それなのにどうして生息型はいるの? 最初からいたの? でも、エノクのモンスターが地上に出てくるって話もバーバラから聞いた事ある」

 クロウは歩みを止めずに少しの間考える素振りを見せてから口を開く。

 エノクの糸に存在するモンスターの生態系は謎だ。いや、素材などを取り扱い倒し方も研究されているのである程度は分かる。

 多種多様な種とそこから進化した生物についてはエノクの糸の中で完結していてもダンジョン自体があらゆる環境を取り揃えているような状態なのでまだ分かる。

 だが、地上にいる生物と全く同じの個体がいる場合があるのだ。その逆も然りである。これはエノクの糸からも外へとモンスターが流出する仕組みが無いと説明が出来ず、実際にそういった現象は数年置きに発生している。

 逆に、地上からも七つのゲート以外にエノクの糸へ行く方法が無ければ互いに同じモンスターがいる理由を説明できない。

「普通に転送ゲート使ったんだろ」

「モンスターってゲート使えたの?」

「人間並の知能があれば使えるだろ。それにエノクの糸にいるのはモンスターだけじゃない。エルフやドワーフみたいな亜人種は元々エノクの糸で生活していたらしい」

「そうなの?」

 地上で人間と共に暮らす他の人種がエノクの糸出身と聞いて、ネイの目が僅かに見開かれる。

「そういう言い伝えがあるってだけで実際は知らん。大昔は人間以外の人種を差別する風潮があって、モンスターと同じ扱いをする為にそう云う方便が出来上がったからかもしれん。今となっては馬鹿らしい話だが、未だに差別する連中がいるのは確かだ」

 現代では馬鹿らしい人種差別だが、過去には奴隷目的で亜人狩りが行われた歴史があるのは事実だ。人を物のように扱う免罪符として、亜人達がエノクの糸から生まれたモンスターと同じであるという話が出回ったのかもしれない。

「それと、ダンジョンには裏道とか結構あるようだぞ。その辺りはセエレの方が詳しいんじゃないか?」

 セエレはまだラドゥエリだった頃、ユリアス帝国側のゲートからエノクの糸へと何度か昇った事がある。この中で誰よりもエノクの糸の実態を経験した者なのは間違いない。

「あったわよ。別の出入り口」

「あったの!?」

 大きく反応をしたのはヴィヴィであった。

「そんなのがあるならもっと簡単に上に行けるじゃない」

「でも、そんな抜け道、わたくし一度も見た事ありませんでしたわよ?」

「私が行ったのは三千層より上だから、低い層では無いのかもしれないわね」

 三千層と聞いてサクヤとヴィヴィが驚いた表情を見せる。三千層以上となれば冒険者の中でも極一部のトップしか到達できておらず、エノク冒険者協会でもまだ四千層すら超えていないのだ。

「ユリアス帝国最大の戦力はラドゥエリだと言われていますけど、そこまで戦闘力があったのですね」

「おっそろしい国ね」

「解脱した今となってはそんな高い層そうなんて無理だけどね」

「………………」

 行けないとは言っていない点や、ラドゥエリの中でもセエレが特別優秀だった事など色々と突っ込みどころはあったが、クロウは面倒だったので何も言わなかった。代わりに話を戻す。

「ギルドが抜け道を見つけ次第塞いでるって話もある。低い層なんかはあっても全部潰されてるんじゃないか?」

「噂話ばっかりね。でも、それが本当だとしたらどうしてなのかしら。やっぱり、エノクの糸から得られる利益を制限するため?」

「モンスターの行き来を制限する意味もあるんじゃないか? エノクの糸から強力なモンスターが外に流出すれば、地上の生態系が崩れるからな」

 他にも理由があるのかもしれないが、ここで考察をしたところで答えが分かる筈がない。ネイやヴィヴィの好奇心を擽ってはいるがそれだけで、低い層を進んでいる最中のクロウ達には関係の無い話であった。

「そんな事言ったって、“天災”の度に生態系が狂ってるじゃない」

「……“天災”って何?」

 ネイが首を傾げると、残る全員が少女に振り返る。

「箱入り娘だったから勘弁してやれ」

「え? いや、流石に……帝国出身なのに知らないの?」

「えっと、ラッパの音を聞いた事ありませんか? ネイさん」

「ラッパ? そういえば、聞いた事あるかも…………」

「メトシュラにいればその内経験するだろ。いいから、ほら行くぞ。その日の為にも先に進んで稼いでおかないと」

 そう言って、クロウは話を打ち切ってダンジョンの先へと促した。

「このペースなら二、三ヶ月の間に百層まで行けるだろう。そうなれば、メトシュラの冒険者としては一人前だな」

 十層攻略が冒険者として認められるのならば、百層で一人前と言われるのがメトシュラの冒険者だ。

 クロウ達のパーティーであれば百層越えは実力的に何も問題ない。

 ただし、世界とは無情な事に実力が足りていれば上に昇れる訳がなく、そこには才能や努力だけではどうしようもない運と云う要素が絡んでくるものである。


 それから危なげなく七十層のボスを倒したクロウ達は次の階層に続く転送ゲートの出現を目にしていた。

 七十層のボスは大地虫と呼ばれる巨大なミミズ型のモンスターであった。人を丸呑み出来る口を持ち、しかも丸い口には鋭い牙が円心状に二重三重にも並んでいた。大地虫はその掘削機を裏返したような口で地面を高速で掘って地面の下から奇襲を仕掛けてくる厄介なモンスターだ。

 だが、地面に潜った大地虫が掘った穴へセエレとヴィヴィ、ネイが炎を流し込み、サクヤが透視能力と忍者としての優れた五感で大地虫が出てくる場所とタイミングを事前に察知、フォールムがそれを待ち構えて大地虫を拘束、その隙にクロウが毒で動けなくして後は全員で袋叩きにした。

「忍者のわたくしよりも毒の扱いが上手い冒険者がいる件についてどう思われます?」

「作り方教えてやるからそんな目で見るな」

 物欲しそうな目を向けてくるサクヤにクロウは大地虫の口の中に放り込んだ毒の入った瓶と同じ物を手の上で弄ぶ。

「そんな物、いつ作ったのよ? 買い出しだって、必需品の補充だけだったのに」

「酒飲みながらだけど? 材料は洗剤と宿で出た食材の使えない部位だけだからな」

「怖いわっ! 何でそんな材料であのサイズのモンスターを短期間で痺れなくする毒なんて作れるのよ!」

「台所って本当は怖いんだぞ」

「知りたくない事実よ!」

「何時までも駄弁ってないで行きましょう。もたもたしているとゲートが閉じるわ」

 セエレに注意され、クロウとサクヤ、ヴィヴィがゲートの手前まで移動する。

「ゲートを登録した後どうする? まだ余裕はあるけど?」

「いや、少し見てから帰ろう…………」

 ネイの言葉にクロウは首を振る。そして、不意に後ろの外へと続く扉を振り返る。

「…………なあ、六十一層に入ってから他の冒険者とかいたか?」

「そういえば、ここ数日の間見なかったわね」

 セエレの答えにクロウはサクヤに視線を送る。偵察の役割を持ち、気配に敏感な彼女なら他の冒険者の存在を感知しているかと思ったが、サクヤは首を横に振った。

「気に掛かるのは確かだけど、取りあえずはゲートを通ってしまいましょう」

「そう、だな。消えない内に急ぐか」

 違和感を覚えたクロウであったが、時間を置けば転送ゲートは消えてしまう。急いで魔法陣の上へと移動し、パーティー全員が転送される。

 転送の際に生じる光が消え、目の前にボス部屋とは違う光景が広がる。

「…………なんだかいきなりガラッと雰囲気が変わったね」

「いや、流石に変わりすぎだ。節目の百層を越えたならともかく…………」

 転送ゲートを抜けた先は洞窟型ではあるが立体的で壁からはそういった性質の鉱石が含まれているのか淡い光を発していた。

 単純に平面的な洞窟の迷路だった七十層と比べると明らかに雰囲気が違っている。

「まさか別の階層だって言うんじゃないでしょうね? ボス部屋のゲートを抜けた以上は次の層なのは間違いないわよ。一つ次のゲートしか行けないんだから」

「そうなんだが…………」

 ヴィヴィの言うとおり、ボス部屋に発生するゲートでは一つ次の階層へしか行けない。だからここは七十一層で間違いない筈なのだ。

 クロウはギルドカードを取り出す。ギルドカードにはゲートで行ける階層数が表示される機能があった。

 それを見て、クロウは声を上げた。

「なっ――三百五十一層だと!?」

 クロウが驚いた直後、畳み掛けるように洞窟の奥から腹に響くほどの重い雄叫びのような音の衝撃が伝わって来た。

「この声はドラゴンね」

 凄まじい音の振動の中で、セエレがと呟きが不吉な程によく聞こえた。


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