第二十八話
クロウはネイと共にメトシュラの中を歩く。手にはエノクの糸攻略で必要な消耗品の補充と魔人との戦闘で使い物にならなくなったネイの装備の買い直しだ。
セエレやサクヤも行くと言い出したのだが、武具はともかく服であるコート選びになると時間が掛かりそうなのでクロウが留守番を命じた。買いたい物だけすぐに買う男と他の商品も見て吟味する女の買い物の仕方は相容れないのだ。
新調したネイの槍と盾は前と変わらない。だが、コートは空気の通しが良い物ではなく火に耐性の強いコートにした。それはネイが少しずつ炎狼の力を制御出来るようになって来たので、燃えない事を重視したのだ。
「ネイ、しっかりと前を見て歩け。危ないぞ」
買い物袋を手に下げたクロウは隣で歩くネイに注意する。彼女は自分のギルドカードに映し出されたジョブシステムを見ながら歩いていた。それには――
ジョブ:槍士
スキル:《武器習熟補正:D》《槍習熟補正:E》《体幹補正:E》
ステータス補正
パワー:1.5
タフネス:1.3
スピード:1.4
センス:1.2
マジック:1
――と表示されていた。
「槍士」
「そうだな。槍士だな」
四十層のボスを倒し、魔人との戦闘を経験したネイ。同じくジョブシステムにも経験値が蓄積されて成長しており、ジョブを変更できる程にまでなっていた。
買い物の帰り、協会本部でその更新を行った結果、ネイは槍を主に扱う戦士として『槍士』になっている。
残念ながらネイ以外ではジョブの変更が出来るほどジョブシステムの経験の蓄積が出来ていなかった。四十層のボス戦に参加しなかったからだろう。
「スキルも増えた」
「そうだな」
『槍士』となったネイは《槍習熟補正》のスキルを得た。これ《武器習熟補正》のように武器に取り扱い、特に槍に関して補正を受けられると云ったものだ。《体幹補正》は『戦士』時に得ていたスキルで、言わばバランス感覚の補正だ。
「いいから仕舞え。宿に戻ったらいくらでも見れるだろ」
「うん」
ネイは頷いてコートの内側にギルドカードを仕舞う。まるで新しい玩具を手に入れた子供のようであった。
だが、こうして成長を目で確認できるのはモチベーションの向上に繋がる。街を歩けば時々、ネイのようにギルドカードを眺めている冒険者を見る事が出来るが、それは成長し新しいジョブへとランクアップしたからなのかも知れない。
「これ作った奴、案外あくどいかもな」
「何が?」
独り言に反応したネイに何でも無いと言いながらも、クロウはジョブシステムについて考える。
ジョブシステム付与の儀式の時に見た魔法陣は難解でクロウに解けるような物ではなかった。高度なのは勿論、材料として使用されているという魔具の消費も馬鹿にはならない。
ジョブなどと銘打っているが、それは使い手の得意とする戦い方を補助し安定させる役割に過ぎない。現に、『戦士』から『槍士』になったネイだが、『戦士』から派生するジョブは言ってしまえばどんな武器を使うかの違いでしかない。例えば剣を使うアレイストなら『剣士』、弓使いなら『弓士』と云った風に。それでも補助がある分、安心感が違うのは間違いない。
それに、ジョブは何も用意されている物だけでなく、相応のマジックアイテムを媒体にすれば専用に調整したジョブを作ってくれると云う。
そんなとんでもない代物をエノク冒険者協会は試験をクリアした冒険者全員に配っている。多少の心得がある者なら誰でも試験をクリア出来るようになっており、ほぼ無料も同然だ。
クロウが特に気にするのはこのジョブシステムがリンボス王国に代々伝わっていた《マステマート》の感覚と似ていたのだ。あくまで感覚的なので厳密な所は分からないが、共通する部分があるのは間違いない。
今まで《マステマート》の事など気にしていなかった。もう使わないのだからと放置してきた。
しかし、ネイの暴走に魔人との戦い。二度も使用した結果知った体の異変に、魔人が残した手がかり。
知らないで済ませて良いものでは無いとクロウは思い始めていた。
このままジョブシステムの経験を積めば《マステマート》についても何か分かるかもしれない。それに、エノク冒険者協会の書庫には古今東西の知識が蒐集されていると聞く。一般には開放されていない本もあるが、冒険者ランクによっては閲覧できるらしい。
「結局、エノクの糸に昇るのに落ち着くんだよな」
「ん?」
「明日頑張ろうって話だ」
誤魔化していると、『翠海の渡り鳥』亭に近づいて来た。だが、そこでクロウとネイは不意に立ち止まって宿の裏庭に通じる小道に振り向く。
「油の臭いがする」
「機械油だ。これはヴィヴィだな」
クロウが小道に入り、裏庭に回る。その後ろをネイが付いていく。
裏庭、フォールムが待機していた場所。屋根から布が掛けられており、周囲から見えないようになっていた。近寄ってみると、中から何か作業している音が聞こえる。
「ヴィヴィ、入るぞ」
布を捲ってクロウとネイが中に入る。
「せめて返事を聞きなさいよ」
「それならもっと厳重にして立札でも掛けておくんだな」
ヴィヴィの文句を一蹴してクロウは中を見渡す。
ヴィヴィは分厚いエプロンと手袋を付けてシートの上に座り、何やら複数の部品を並べてそれを磨いていた。中央ではフォールムが腰を下ろしているのだが、腕の装甲が外されて中身の仕組み部分が露出している状態だった。
ネイはフォールムとシートに並べられた部品を交互に見ながらヴィヴィの横にしゃがみ込む。
「何してるの?」
「手入れ。教団との戦いの後にすぐエノクに昇ったからしばらくやって無かったの。明日の攻略前に点検ぐらいはしておこうと思って。なに? 興味あるの?」
「初めて見たから興味ある。帝国には沢山あるって知ってはいたけど、見た事は無かったから」
「そういえば、ユリアス帝国出身とか言ってたわね。世界で一番魔導機械が一般にも普及してるって聞いてたけど、何で知らないのよ?」
「色々あるんだよ。にしても、これが魔導人形の難しいところだよな。生き物と違って勝手に治らないから、維持には家畜とはまた別の知識が必要になる」
クロウがフォールムの剥き出しになった腕を見る。装甲を外され顕になった中には素人目では何が何やら分からない金属の筒やフレーム、ワイヤーがある。
「ここ、肘や指の動きと関係無い装置が無いか?」
「あんた、分かるの?」
「少しな。作れとか修理とか言われても困るけど」
「そこ、魔力炉からの魔力を別エネルギーに変換して放出する機能があるのよ。今は壊れてるけど」
「直さないの?」
ネイの率直な疑問にヴィヴィは首を横に振った。
「仕組みが分からなくて修理せずに放置してあるのよね」
「『叡智の砦』にいたんだろ? 魔導機械の教師とかは?」
「何されるか分かったもんじゃないのに見せられないわ。古い上に、当時には確実に稼働していた魔導人形なんだから」
「まあ、あれだけ動けるなら長い間稼働していたんだろうな」
フォールムはヴィヴィの指示に従って動いているが、細かい命令が要らず自分で判断し自律稼働する魔導人形だ。
細かい命令無しに自己判断できる魔導人形は便利であるのだが、その特性上情報の蓄積が必要となる。
人がただ剣を握っただけでは剣士になれないように、ある程度知識をあらかじめ覚えさせておく事は出来る魔導人形でも経験を積まなければ新兵と一緒だ。
その点、フォールムは優秀だ。教団の研究施設で見せた拳での戦いは殴り方を知っている程度ではできない、熟練した格闘技と言った完成度があった。
人型とは言え、構造が完全に人と一緒で無い以上、人が使う格闘技をそのままを使用できない。フォールムが見事な体術を行えるのは相応の経験を積んだからだ。
「発掘して動けるよう修理したら、シャドーボクシング始めたらしいわよ」
「なにその、退院して体の調子確かめる兵士みたいな行動。お前、何時の時代の魔導人形だよ」
クロウはフォールムの顔を見上げるが、魔導人形はただ目線を合わせるだけで何も語らない。
「魔導技師ギルドに相談はしたか?」
「えっ…………あるの、ここに?」
「お前さ、もうちょっと下調べしておけよ。エノク冒険者協会の傘下ギルドに魔導機械を研究してる所があるぞ」
エノク冒険者協会には魔術師ギルドをはじめとした多くの相互援助・研究機関・教育機関が下部組織として存在している。
魔導技師ギルドもその一つで、多くの技術者が発掘された魔導機械の研究や新たな魔導機械の開発を行っていた。
「まあ、フォールムを見せる云々は兎も角、一度見学にでも行っておけばいいんじゃないか?」
「わ、分かってるわよ。考えておくわ。そ、それよりちょっと手伝いなさいよ」
メトシュラに魔導技師ギルドがある事を知らなかったらしいヴィヴィは誤魔化すように手伝いを要求する。
「装甲が重くて一人じゃ大変なのよ」
「えぇ……まあ、いいけど。エノク攻略にフォールムの力は必要だしな」
「私にも何か手伝えることない?」
「じゃあ、磨くの手伝って。汚れるから手袋すんのよ? エプロンは……予備がないわ。いっそそのコート脱ぎなさい。布面積少ないから肌が汚れたって別にいいでしょ。後でお風呂入ればいいだけだから」
「雑だな」
自ら手伝いを申し出たネイに適当な事を言うヴィヴィに呆れながら、クロウは工具箱の中にあった道具を勝手に取り出してフォールムに近づく。
帝国に人質に取られていた時分、戦闘用魔導人形の製造工場に忍び込んだことがあったクロウはだいたいの工程を覚えており、少なくとも分解する程度の知識はあった。
今思えば、当時十歳ほどだったクロウを本気で殺しにかかったのはラドゥエリ関連含めてその辺りの情報を知ってしまったからなのかも知れない。
「腕からやってるみたいだけど、次はどこを外せばいいんだ?」
「胴体。そこの装甲が一番重いのよ」
「ふーん、重いねえ…………」
生返事をしながらクロウは再びフォールムを見上げる。口の無いフォールムだが、こちらの意図を察して留め具の部分が見えやすいように体の位置を変える。
「…………なぁ、これってフォールム自身に装甲を支えて貰えばいいんじゃないのか?」
「――あっ」
「――――」
ヴィヴィと何故か表情の無い筈のフォールムがその発想は無かったと云う顔をした。




