第二十七話
「十層クリアして来たわよこの野郎!」
昼下がり、『翠海の渡り鳥』亭のドアを突き破るようにしてヴィヴィが飛び込んで来た。
「へー、それは良かったな。ご苦労さん」
非常に疲れた様子で半ばヤケクソ気味に叫ぶ少女を、昼間からカウンターで酒を飲んでいたクロウはいい加減な対応で迎えた。
「ご苦労さん、じゃないわよ! これでジョブシステムが手に入るから、パーティーに入れてくれるって約束でしょうが!」
「あー、そう言えばそうだったかもな」
邪神教団の研究所を見つけてしまった一件から数日、ヴィヴィが半ば無理矢理仲間に加わった。だが、共にエノクの糸に昇る条件としてクロウはヴィヴィに一人(フォールム付き)でジョブシステムを手に入れて来るよう言ったのだ。
「あんた、まさか忘れてた訳じゃないでしょうね?」
「覚えてる覚えてる。取り敢えず、そんな入口で立ってないで座れ。一食分、無理の無い範囲で奢ってやる」
「ちっ、予防線張るとか女々しいわね」
小さく舌打ちしたヴィヴィはカウンター席に座り、腹の膨れる物ではなくデザートを注文した。
「もう十層突破したの? まだ二日しか経ってないのに」
店の中にはクロウの他にもネイ達が思い思いに時を過ごしていた。サクヤが小さなお茶会を店の隅で開いてネイとセエレを誘っており、街の中で見つけた服やアクセサリーがどうのととても忍者と思えない会話を行っていたのだ。
「あんなの楽勝よ。フォールムもいるし、何より地図があるんだからボス部屋まで一直線よ」
ネイの疑問にヴィヴィはあっさりと種明かしをした。地図さえ持っていれば最短距離でボスの部屋まで行け、僅かな期間でジョブシステム会得のテストをクリア出来る。
「だろうな。まあ、このテストは何も知らない素人に最低限の知識を覚えさせる為の物だからな。次からは俺達と一緒にエノクに昇るぞ」
「分かったわ。ところであんた達、どこまで進んだの?」
「四十層を越えた所で止まってる」
「そう。教団とやり合った割にはまだ低い層なのね。もしかして来たばっかり? それにしては…………」
店主バーバラの手伝いをしている獣人のマオから果実を切っただけのデザートを受け取ったヴィヴィは後ろを振り返ってネイ達を見る。
「よくこんなに色物集めたわね」
「鏡いるか?」
「どういう意味よ!」
「飲んだくれのあんたも人の事言えないだろうに」
カウンターの中で食器を磨いているバーバラが口を挟んだ。
「いきなり会話に入ってくんなババァ。俺が一番まともだろうが」
「それは無い」
「ありませんわね」
反論したクロウの背中にセエレとサクヤから否定の言葉が突き刺さる。
「特にお前らには言われたくねえ!」
「……あんた達、本当にどういう関係よ」
「クロウは優しいよ? 色々と教えてくれる。セエレもお世話してくれるし、サクヤも服とか化粧の仕方とか、料理の事とか詳しいの」
「………………」
言い返して無視されるクロウを余所にネイがフォローする。そんな彼女をヴィヴィは若干眩しそうに見つめた。
「おーい、裏になんかデカイ人形が座ってたけど、なんだありゃ?」
騒がしくなり始めた店内に、剣士が一人入って来た。
「アレイストか。少なくとも俺は剣馬鹿のお前よりまともだ」
「何でいきなり喧嘩売って来てんだお前。喜んで買うぞ、おい」
「あんたら、店の中で暴れるんじゃないよ。腹に風穴開けて花でも生けられたいのかい」
クロウとアレイストが睨み合った瞬間にバーバラが釘を刺した。冒険者が集う宿と食堂の主は喧嘩騒ぎにも慣れているのだろうが、言っている事は粗暴な冒険者より怖い。
「……外の魔導人形は新しくうちのパーティーに入った奴のだよ」
魔導人形のフォールムはダンジョンの中に入れても流石に宿の中には入らず、裏庭に置かれる事になった。過去にも似たような冒険者がいたのか、屋根があるだけマシだろう。
パーティーの人数が増えたと聞いてアレイストがクロウの隣に座るヴィヴィを見、テーブル席のサクヤを見る。
「女ばっかりだな」
「――――――」
クロウの動きが明らかに硬直し動揺していた。
「敢えて目を逸らして事実を…………ッ!」
「どうしてそんなに憤っているのです? こんなに綺麗どころが集まっていると云うのに失礼ですわよ」
「馬鹿が。ブスばっかなら同情の割合が多くなるが、容姿レベルが高いと妬みの度合いが強くなるだろ!」
「容姿云々は兎も角、何故同情されるのですか?」
「男女混合パーティーなんて面倒しかないだろうが!」
サクヤの疑問にクロウが力説する。切実に語ってはいるが、手に持つ酒のせいで飲んだくれの愚痴にしか見えない。
「クロウの言う事も間違ってないさ。パーティーの中に異性が混じってトラブルが発生するってのはよくある話だね。最悪、パーティー解散ってのも聞く話さ」
だが、数多くの冒険者を見てきたバーバラがクロウの意見に同意した。
「でもこいつの場合、女より酒だぜ?」
「剣馬鹿に言われたくない」
「やれやれ、甲斐性が無い男どもだよ。あんた、店に何の用で来たんだい? 冷やかしなら帰んな」
「ああ、悪い。鳥の唐揚げでもくれ」
「それで何の用だよ。まさか肩身の狭い俺を笑いに来ただけなのか? だとしたら唐揚げの中身を虫にするぞ」
カウンター席に座ったアレイストをクロウが睨む。
「休みついでに様子を見に来ただけだ。最近どうだ? どこまでエノク昇れた?」
「四十層。最近は資金繰りで昇って無かったからな」
「あー、資金繰りな。あれは大変だ。安物の剣はすぐに駄目になるし、だからって質の良い物を買おうとすればもっと金が必要になるしな」
装備と消耗品の調達に苦労するのは冒険者共通であった。前衛を担当する戦士はその武具に、後衛を担当する魔術師は魔術の触媒などの調達に悩まされる。
「なら、暫くは資金調達で昇らないつもりか」
「いや、金なら当面の間心配要らなくなったから、攻略を進める。血気盛んな新しいのが入ってきた事もあるしな」
「誰が血気盛んよ」
「反応したお前だよ。それで、そういうお前はどうなんだ?」
隣で反応したヴィヴィをあしらいつつ、クロウは逆に聞き返す。
「ボチボチだな。行ける階層は増えてないが、俺は別に上を目指してる訳じゃないからな。上の階層に行ければそりゃ強いモンスターと戦えるが、だからって実力足りてなかったらただの無謀だしな」
「そこまで馬鹿じゃなくて良かったよ。そもそもエノクの糸を単独で進むのはただの自殺だからな」
いくら戦闘能力があろうと、エノクの糸内部には様々なトラップや奇々怪々な能力を持ったモンスターがいる。例え万能の天才であろうと、人には頭が一つと腕が二つしかないのだから。
「まあ、少しずつやっていくさ。長い事ソロやってると上に行ける機会は少ないが、二年でようやく剣士としてそこそこの評価をされるようになったからな」
「だったらこっちのパーティーに入ってくれよ。男は俺一人しかいないからうんざりしてんだよ」
クロウの言葉で女性陣から視線が集中するが、クロウはそれを無視した。
「クロウ、楽しそう」
「男は女の尻を追いかけても、結局一番気楽に話せるのが同性なのよ」
「殿方が揃うと馬鹿騒ぎをするのは世界共通ですわ」
「あー、それ分かる『叡智の砦』の男子達も子供みたいにはしゃいで、女子が近づくと途端に大人しくなるのよね。ぶっちゃけホモじゃないの?」
「ざけんな! 枯れててもそっち方面に思われたくねえよ!」
「男の友情ってのはある意味夫婦の仲よりも近しいからね。あながち間違ってないさね」
「いきなり会話に入って宣ってんじゃねえよババア! あと酒お代わり!」
クロウが怒鳴ってカウンターの上に空になったコップを乱暴に置いた。それに驚く事なく、バーバラは肩を竦めた。
「まぁまぁ……そういえば、クロウさんとアレイストさんはお知り合いのようですけど、それならパーティーとか組まれないんですか?」
マオがクロウを宥めながらコップに酒を注ぎ、話題を変える。
「よく出来た曾孫だな。俺もアレイストに加わって貰えばより攻略が楽になるのは分かってる。幸い、こいつソロで活動してるし引き抜く必要もないからな」
現在、クロウ達のパーティーは五人。大まかに言うと斥候が一人、戦士が二人、魔術師が二人。それに魔導人形のフォールムを加えた編成となっている。
バランスが良いパーティーに思えるが、残念ながら直接攻撃を担当する戦士に該当するクロウとネイの実力がセエレとサクヤ、ヴィヴィの三人と比べると劣っているのが問題だった。
いや、魔人が言ったようにネイには炎狼の精と呼ばれる存在の力がある。まだ完全に制御しておらず未だに暑い暑いと着重ねる事を嫌がってはいるが、逆に言えば伸び代があると言える。
だが、成長期を過ぎて冒険者として既にある程度のクロウにはそれが無い。ジョブシステムの加護やスキルによってはこれからも変わって行くだろうが、研究所の戦闘で経験を積んだ今でもまだまだ不足していた。
要は前に出て驚異を直接排除する力が足りてないのだ。
「色物ばっか何か集まって…………」
女性陣から避難の声が浴びせられる。
「この姦しさと周囲の反応から脱却する為にも、アレイストが仲間に加わってくれればありがたい」
「え、断る」
「おいこらテメェ。人が真面目に話してんのに。お前が泊まってる宿にカマドウマが群がるようにしてやるぞ」
「地味な嫌がらせ止めろ! 単純に、そっちのパーティーの実力がはっきりしてねえんだよ。俺だってエノクの糸を昇った自負がある。何か別の理由がない限りせめて百層は越えてなきゃパーティーは組まねえ」
「アレイストの言う通りだね。あんまり安請け合いしていると他の冒険者も同じように見られて迷惑をかけるもんさ。ただの戦闘バカかと思ったらちゃんと人並みに考えられる頭はあるようだね」
「この店、会話に割って入って口撃して来る奴多くねえか?」
「それには同感だ」
「あんたら……ぐだぐだ話してるけど結局どうすんのよ?」
野郎二人だけで話してあまり話が進んでいないのを見て、ヴィヴィが結論を急かした。デザートは既に食べ終わっている。
「そうだよ。男なら猥談の一つぐらいおし」
「マオー、ここの仕事辞めたらどうだ? 本気で」
「婆さん、客が引けて暇なのは分かるが黙っててくれ」
舌打ち一つ残して去っていくバーバラを見送り、切り替えるように溜息を付いたクロウとアレイストは顔を上げる。
「取り敢えず、百層超えてからの話だな」
「あんたら、そこに行き着くまで長いわよ」
「正直、この年まで女日照りだった身としては女子と何を話したら良いか分からん。その分、気安く話せる分ぐだぐだになった」
「この男、ハーレムパーティー築いておいて何を言ってるのかしら」
「クロウさんの場合、単にそれよりも一人でお酒を飲んでいるか煙草を吸ってるだけですもの」
「クロウ、休みの日は一人だよね」
「あんたさぁ、嫁を取り損ねた中年独身教師と同じ臭いがするわよ」
「味方いねー」
棒読み気味に呟き、マオに注いでもらった酒を飲む。ちょうどアレイストが注文した唐揚げも来て、会話が一旦中止となる。
「ああ、そうだ。ついでに少し注意しておこうと思ってたんだ」
「ついでにって……まあ、いいや。それでなんだよ?」
「邪神教団っているだろ? あいつらがまた活発に活動し始めたって噂が出てる。実際、いくつかのアジトの発見と重要人物の逮捕があったらしい」
知っていた。その内の一件はクロウ達が関与していたのだから。おかげで当分の間、金には困らない。
「俺が来た時は丁度休眠期だったみたいで関わった事無かったけど、これからはそうも行かないだろうな。先輩冒険者の話によるとどこからでも湧いて来るらしいし」
「まるで害獣扱いだな。そういえばババアは元冒険者なんだろう? 何かあった?」
「追い出したかと思ったらこれさね。いいかいマオ、あんたらも。こういう男はヤる事ヤッたらこっちを放って一服するような輩なんだから注意しとくんだよ」
若干一名分かっていないながらも女性陣が元気良く返事をする。
「今日は何だ? 厄日か?」
「それでクソ邪神教団だったね。クソだね。クソクソ」
「おい、飲食店店主」
「いくら潰してもまた忘れた頃に出てくるんだから、そこらの畜生や害虫の方がまだマシさね。私も痛い目遭わされたよ。あー、思い出したらムカついてきた。問答無用で殺しても許される奴ってのはあいつらの事を言うんだね」
普段と変わらないような口調で話すバーバラだが、言葉から険のようなものが感じられる。
ロマノフを引き取ったギルドの態度は流石に過剰と思っていたクロウだが、この様子だと邪神教団への対応はメトシュラ内で共通のようだった。
実際、教団に関しては悪い噂しか聞かず、田舎の冒険者協会支部で活動していたクロウの耳にも時偶胸糞の悪い話が届いたほどだ。
「まっ、そういう訳だからあんたら全員気をつけるんだね。ダンジョンの中なら関係無いと思っても、むしろそこが危ない。なんたって、エノクの糸は本来自分達の物だと言って何百、何千年もエノク冒険者協会に喧嘩を売ってきた相手だ。実際、あいつらが動く時はダンジョンでも何かが起こる。エノクの糸攻略は、あいつらとの戦いでもある訳だからね」
いつもと違う真剣味の帯びたバーバラの言葉に、店にいた全員が気圧されるように静かに頷いた。




