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第二十六話


 空が白み始め、空気が冷たく澄み始めた夜明け。

 夜中にセエレと見張りを交代したクロウは欠伸をしながら窓から見える空を眺める。

 平穏だ、と思いながら視線を小屋の中に移す。そこには捕らえた邪神教団の導師とヴィヴィが座っていた。

「ふむふむ。それで?」

「だから私は単純な構造を持ち、様々な環境に適応した大蜥蜴種を元に量産を開始したのだ。同じ導師の中には合成魔獣や魔術適正の高い人間を使っているが、そんな複雑な構造な生物を戦力として量産させるなど効率が悪すぎる! 何よりも発掘された魔導機械をそのまま流用出来たからな! 技術力だけでなく戦力としての有用性まで配慮した私こそ、真の天才! 好きなものを好きなだけ作るのも醍醐味ではあるが、やはりこう大人としては仕事も完璧にこなしてこそ――」

「流用って言ったけど、洞窟の研究所にあった魔導機械は元々その用途で作られていたって事? 何時の時代のよ? 魔導理論もキルフォーンでも聞いたことのないものだったし。それにあんな安定して生物を作れるなんてどこから発掘して――」

 クロウの目の前では顔面が腫れ上がったロマノフが簀巻きにされた状態で喋りまくっている。死霊達に蹴られまくって歯が抜け、口の中も傷ついている筈なのに痛くはないのだろうか。

 ヴィヴィは知的好奇心を満たす為にロマノフから研究の事を聞いており、足元にはロマノフから聞き出した魔術知識や魔導機械の話をメモした紙が散らばっていた。

 この二人、昨夜からずっとこの調子であり、クロウはこういう情熱を捧げられる物に関して夢中になって話す人種を何度も見た事があるので慣れており、無視していたから平気ではあったのだが、最初に見張りを行っていたサクヤは辟易していた程だ。

「おい、早くて昼前にはギルドが来る。下手な事を聞くと要らない疑いをかけられるぞ」

 今更な気もするが、クロウは忠告する。ヴィヴィがやっている事は事情聴取と変わらない。あまり自称天才のロマノフを啄いて知らなくても良い事まで知ってしまう可能性だってあるのだ。

「その辺りは分かっているわよ。サクヤにも言われたしね。理論は聞けたからもういいわ」

 徹夜で話を聞いていたヴィヴィは目の下に隈を作りながらもその瞳は薄暗い部屋の中で炯々と輝いているように見えた。

「そういえば、あんたが使っていた死霊魔術。専門外だけどあれも興味あるわね」

 好奇心に満ちた瞳が自分の方に向き、クロウは顔を苦虫を噛み潰したように歪ませた。

 この手の好奇心の強い人種は冒険者では珍しくない。まだ見ぬ未開の土地、未知の生物、知識、冒険心を満足させるには自由と運任せではあるが資金を得る大きなチャンスがある冒険者になる者が多いのだ。

 ヴィヴィのような魔術や魔導に関心ある者の場合は少ないが、エノクの糸から発掘される魔術理論や魔導機械の事を考えれば危険を顧みず自らダンジョンに昇る学者もいるのは間違いない。

 そんな邪神教団の導師に学術的質問を徹夜で行うような少女に目をつけられると云うのは避けたいクロウであった。

「死霊見てピーピー泣いてた奴が何言ってんだ」

「な、泣いてないわよ! ちょっと驚いただけ! あ、あのネイって子の精霊も気になるし、変わった妖精族だっているわよね」

 言い訳しつつすぐに話題を戻したヴィヴィにクロウは露骨に舌打ちした。

 ヴィヴィのような手合いには自分達のような人間は興味深いのだろう。ただ、その力が本人達もよく分かっていないのが問題だが。

「興味と言えば、お前『叡智の砦』の禁書庫がどうの言ってたな。あそこの出身者か」

「おおっ! 少女よ、『叡智の砦』出身者か。実は斯く言う私もそこの卒業生だ!」

 『叡智の砦』と聞いてロマノフがはしゃぎ出す。

 エノクの糸へのゲートがある六大国の一つにキルホォーンと云う国がある。魔術大国として有名なそこには『叡智の砦』と呼ばれる魔術師養成機関が存在している。

 魔術師を育てる場所は世界各国にあり、中には個人で行われている私塾のような物もあるが、『叡智の砦』は多数の養成機関の中でも最高峰と呼ばれる名門だ。

 他国からわざわざ入学して来る者もいるのだが、卒業者全員が表世界で活躍する訳でもなく、中にはロマノフのように犯罪者の道に進む者もいた。

「あんたOBなの!? 嘘っ、ヤダ!」

「少女はつまり私の後輩にあたる訳だな。フフフッ、知らずとは云え天才である私の叡智をこうして後進に――」

「ちょっとお前黙れ。塩練りこむぞ」

「………………」

 クロウの脅しにロマノフは口を閉じた。傷だらけの体に塩は流石に嫌だったらしい。

「お前、卒業したにしては若いよな。その癖、禁書庫について知っている。メトシュラに向かってるのもおかしいよな。お前……何かやらかしただろ」

 キルホォーンにもエノクの糸に通じる転送ゲートがある。技術と知識を求めてエノクへ行くのなら、わざわざメトシュラに向かう必要は無いのだ。

 クロウの指摘にヴィヴィは顔を背けた。図星のようだった。

「おい」

「ちょ、ちょっと禁書庫で…………」

 責めるようなクロウの一声にヴィヴィは観念したのか、顔を背けながらも自白し始めた。

「無断で入って、盗み見してたら、その……魔道書の中に封印されてた魔獣が暴れて……燃えた」

「燃えたって……禁書庫が?」

 ヴィヴィは無言で頷いた。

 どうやら予想通り、やらかしてキルホォーンで居場所が無くなったからメトシュラに向かっていたらしい。

「だってしょうがないでしょう! 禁書庫の侵入なんてみんなやってたし、魔道書の暗号なんて見つければ解くのが魔術師よ! それが偶々ちょっと強力で私の手にはほんの少し手に負えず、運が悪い事に棚にかかっていた防護魔術が動作不良起こしてただけよ!」

「開き直るなよ」

 そういえばここの所、少女とばかり話している。取扱書も無い多感な少女の相手は自分には荷が重いとつくづく思い、煙草が吸いたくなるクロウだった。

「終わった事なんだからいいじゃない。追い出されただけで、別に指名手配されてる訳じゃないんだから。それで、どうなの?」

「どうって……やっぱりお前、付いて来る気なのか?」

「さっきからそう言ってるじゃない。あたしだってフォールムとだけでエノクの糸を昇れるとは思ってないわ。あんた達のパーティーは女の子多いし、興味深いから丁度良いのよ」

 言ってねえよ、と思う前に女子が多いと云う事実にクロウはもうどうでも良くなってきた。

「ネイが良いって言ったらな。まあ、断りそうにないけど…………ん?」

 思考を丸投げしたクロウが小屋の外で動く気配を感じ、小屋の窓へと視線を向けると魔導人形のフォールムが中を覗き込んでいた。

 ロマノフの見張りに一人付いている体制を取っていたクロウ達だが、ヴィヴィがこうして自分の欲求を満たしているのもあって不眠不休で動ける魔導人形に外での見張りを任せていたのだ。

「外から何か来てるらしいわ」

「よく分かるな」

 付き合いが長いから、表情の無い魔導人形が伝えたい事も分かるのだろう。ヴィヴィの発言を信じ、クロウが小屋の外に出る。

 フォールムが指で方向を指し示した先を見ると、村を囲む魔物や害獣避けの柵の向こうから土煙を上げて向かってくる物体があった。

 それは六つの車輪を付けた大きな鉄の箱だった。馬も無しに自動で車輪を回し地面を走る魔導機械、魔導車と呼ばれる物だ。

 通常の馬よりも馬力があり、何よりも多くの人間や物を運べる利点がある。そんな車が真っ直ぐに村の方へ、クロウがいる小屋へと爆走している。

 車は減速する様子は無く、入口に回り込む挙動も見せない。このまま行くと柵を突き破るだろう。

「おいおい…………」

 そのまま突き破って入るかと思いきや、車が突然跳ねた。

 何か仕掛けでもあるのか、大人一人分よりも高い柵を軽々と乗り越えた車は地面にバウンドしながらも着地し、小屋に向かって走り続けたかと思うと車を横に向けてドリフトを行う。

 そして、ドリフトによって反転して後ろを向けた状態で小屋の前に停止した。

「――――」

 唖然としたクロウが再び動きを開始するよりも早く、車の後ろが開いた。どうやら、後ろの面は両開きの扉になっていたようだ。

「邪神教団どこだゴラァ!」

「狂信者は焼却してやる!」

「ブチ殺したらァァン!?」

 中から現れたのは全身鎧で武装した蛮族の群れだった。

「オラ、テメェが狂信者か!」

「違ぇよボケッ!」

 鉄の蛮族の一人がクロウに目を付けて突然胸ぐらを掴み上げてきた。兜のマスクで顔は隠れているのに鬼の形相をしているのをクロウは幻視した。それでも喧嘩腰で対応したのは向こうの勢いに乗せられたからか。

「嘘つけェ! お前から墓場と腐葉樹の臭いがすんぞオイィ! それとアル中ニコ中怠け者臭もすんぞロクデナシの定番臭じゃねェか!」

「悪かったな! 当たってるだけに反論し辛いぞチクショウ!」

 犬に匹敵する嗅覚を持った蛮族だった。

「おーい、確保終わったぞー」

「あんた、何で喧嘩してんの?」

 クロウと蛮族が言い合っている内に、他の蛮族がロマノフを引きずって現れ、ヴィヴィが小屋の外に顔を出していた。

「………………」

「………………」

 二人は小屋から出てきた集団に一度視線を向けた後、無言で顔を見合わせた。


「いや、ほんとすんません。自分、邪神教団の事になると周りに目が行かなくなるって言うか……とにかく本当にすんませんっした!」

 数分後、先程の剣幕が嘘のように蛮族――エノク冒険者協会が保有する兵士が頭を何度も下げてくる。

「いや、誤解が解けたならもういいって。自分でも胡散臭いのは自覚してるし」

 それはそれでどうなのか。しかし兵士は頭を下げ続けている。

「クロウさん、もう許して差し上げてはどうですか?」

「可哀想」

「いるわよね。人の頭が下がっているのを見下ろすのが好きな人間って」

「何で身内からディスられてんですかねえ」

 騒ぎを聞きつけたネイ達も来たのだが、クロウが悪者にされていた。

 その間にも他の兵士達がロマノフを小屋の外に連れ出していた。

「間違いない。顔が風船みたいに膨らんでるが、こいつはロマノフだ。共和国の研究施設から機材をパクった導師だな」

「パクったのではない! 勝手に貰っただけだ!」

「お前なに勝手に喋ってんの? 取り調べ以外で口を開くなよ」

「横暴だッ! 人権侵害である! そもそも大・天・才ッ、である私の口を塞ぐということはつまり人類の損ジヅゥ!?」

 言葉の途中で兵士がロマノフの顎をしたから軽く叩いて無理やり口を閉じさせる。いきなりの事で舌を噛んだらしく、ロマノフは痛みを堪えるので精一杯で静かになった。

「おら、とっととこっち来いやテメェ」

「キリキリ歩けよ。大天才なんだろ」

「傷の治療はしてやるから。たっぷりと染みる消毒液と傷薬を用意してあるから!」

 邪神教団の嫌われっぷりは尋常でないようで兵士達は辛辣だ。手錠をされたロマノフは兵士達が乗ってきた車の荷台へと乱暴に押し込められる。

「さて……。冒険者クロウさんとそのパーティーの方達ですね。そちらの少女と魔導人形は? パーティーに登録されていないようですが」

 ロマノフの照会をしていた兵士の一人がクロウ達の下に歩いてきた。

「こいつは偶々現地で協力して貰った魔術師だ」

「メトシュラで冒険者になろうと向かっていたら巻き込まれたの」

 ツインテールの片側をかき上げたヴィヴィがやや尊大に言う。

「誤魔化そうとしてるけど、迷子になったんだと」

「いちいち言う必要ないでしょ!」

「あ、あはは…………。申し訳ないのですが、ギルドカードの提示をお願いします。懸賞金の支払いの為にも必要ですので」

 特に拒否する理由も無いのでクロウはギルドカードを兵士に渡す。兵士は黒い箱を取り出して側面の差し込み口にカードを入れる。

「はい、確認しました。メトシュラに戻ったらギルドでカードをまた提示して下さい。そうすれば懸賞金が渡されます」

「ありがとさん。…………なあ、あいつ有名なのか?」

 返されたカードを受け取りながら、クロウは車の荷台の方に目を向ける。

「ロマノフですか? まあ、そこそこですね。教団内でそこまで重要な地位ではないようですが、学者としての知識と実績はあるんですよ。あんな性格だから他で疎まれていたところを教団に目を付けられたんでしょう」

「ふうん…………」

 あのデカイ声とテンションからは想像できないが幹部である導師の称号を得る程の技術力を持っているのはあの研究施設から見て間違いはないのだろう。

「邪神教団がああやって学者を雇って暗躍するってのはよくあるのか?」

「ええ。一体どこから現れるのか、いくら潰しても気が付けば湧いて出て来るんですよ」

「まるでネズミだな」

「気をつけて下さいね。大きな集団を潰せばしばらくは大人しいですが、暫くすれば突然息を吹き返して騒ぎを起こすのがあいつらですから。こっちも難度苦労させられたか」

 邪神教団は世界的に嫌われ者だ。逆に、邪神教団が不倶戴天の怨敵として目の敵にしているのがエノク冒険者協会だ。現在メトシュラと呼ばれるエノクの糸へのゲートがある土地は元は自分達の物だと言い張り、大昔からエノク冒険者協会に対して襲撃を繰り返している。

 ギルドから派遣させた兵士達がロマノフに対して容赦が無いのも、先程の勘違いでクロウが絡まれたのも邪神教団によって彼らが苦しめられた故なのだろう。

「なあ、その言い方だとこれから活発化した教団の連中がまだまだ現れるって風に聞こえるんだが?」

「…………賞金のかかった導師はまだまだ沢山います! 懸賞金で稼ぐチャンスですね!」

「全然嬉しくねえよ!」

 サムズアップして来た騎士の手をクロウは叫びながら思わず叩いたのだった。


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