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第二十四話


 そこは地獄と言っていい程の光景が繰り広げられていた。

 壁や床が不気味な青白い炎に包まれ、火に触れていなくともそこから発せられる熱であらゆる物が燃え溶けている。

 炎の中からは同じ青白い炎の体を持つ悪魔達が群れを成して現れる。明らかに普通のものとは思えない青い炎の中から生まれて来る彼らを率いるのは、上半身だけの存在である魔人だ。

 魔人とは先天的或いは後天的に強大な魔力を持った上で何かしらの邪悪な意思と力の働きによって変異した存在の総称だ。

 火の精霊イフリートの魔人は数百年単位で集めた魂と魔力を惜しみなく投入し、悪魔の軍勢と呼べるだけの戦力を従えていた。自らも炎の大剣を持って憤怒を表すように全身を猛らせている。

 対するのは死霊の軍勢だ。武器を手にし、鎧を着て、群れではなく規律を持った集団だ。その身は骨だけでありながら、息を揃え一分のズレも無いその軍人然としたその動きは練度の高さを伺わせる。

 しかし、おそらくは彼らの将と思われる数体が異様であった。巨人のような体躯は勿論、統一性のあった兵達とは明らかに趣が違う。何よりもそれぞれ種類の違う武器が生物の一部を使っており、巨人の体躯と比較しても巨大であったのだ。

 軍としての粛然とした動き、個として際立つ異様さ。

 反する二つで構成された戦闘集団。巨人よりも尚巨大な武器を持つ者らに率いられた死霊の軍勢はクロウ達を守るようにして円陣を組んでいた。

 両陣営の戦闘は既に始まっており、姿形が異様な両者がぶつかり合う姿は正に地獄に於ける化物達の権力争いのようであった。


「ネフィリム…………?」

 目の前で繰り広げられる別次元の戦い。それに汗だくの顔を向けていたクロウは口の中で魔人が言った名を呟いた。

 大半の魔力を一瞬で消費したせいで体が重い。前のように気絶しなかったのは、気づかない内に魔力の量が増えていたのだろう。もしかすると、ジョブシステムの補正のおかげかもしれない。だが、こうまで苦痛を感じるのなら素直に気絶した方が良かった。

 そんな苦しみに耐えながら、クロウは魔人が骸骨の巨人達を見て発した名に気を取られていた。

 〈マステマート〉についてクロウが知る事は少ない。リンボス王家に伝わる死霊魔術であり、代々受け継がれていく物であるという程度だ。

 〈マステマート〉の内にある死霊達の正体や経歴など知らず、それを探ろうにも故郷は燃えて知る術は無い。

 ネフィリムとは一体? それにあの魔人との関係は? 分からない事だらけであった。

「クロウ、大丈夫?」

 体が回復したネイが起き上がり、サクヤが支える反対側からクロウに声を掛けて来る。

「お前ほどじゃない。体力が消耗したままなんだからじっとしてろ」

「青褪めた顔をしてるのはクロウの方よ。あなたこそ、いきなり死んでアレの仲間入りしないでしょうね?」

 セエレもまた、宙を浮いてやって来る。その言葉は悪態のようでいて、クロウの身を案じていた。

「俺の死因は肺癌か肝臓癌って決めてるから安心しろ」

「どんな死に方よ!? というか何なのこいつら! 怖いんだけど!」

 その後ろでは円陣の中央にいる骸骨の巨人に怯え、フォールムを壁にして隠れているヴィヴィが泣き言を漏らしていた。

「すっごい死霊魔術だけど怖ッ! 魔人とか戦ってるし! どんなってんのよアレ! 『叡智の砦』の禁書庫でもこんなの見た事ないわよ!!」

「喧しい女だな」

 こちらも気になる単語を口に出していたが、それよりも今は目の前の光景だった。

 クロウ達を縦を持った骸骨の兵士達が円陣を組んで守り、更に魔術師が魔術による障壁を張っているおかげで流れ弾の炎弾などを防いでくれている。それでも轟音が鳴り、視界が炎に包まれる時もある。

 時偶、こちらに突っ込んでくる悪魔もいるが、鉄壁の守りの前に弾かれてそこを骸骨の兵士が群がって仕留めていく。

 特に、苛烈――と言うべきか派手と言うべきか。ともかく破壊の規模が大きい場所もあった。

 身の丈を超える武器を扱う骸骨の巨人達だ。杖を持つ魔術師は守備に徹しているが、その他はそれぞれ斧、槌、弓、槍を使って群がる悪魔達と戦っている。

 彼らに挑むのは悪魔の中でもより恐ろしい外見をした明らかに強力な存在であったが、骸骨の巨人達はそんな上級悪魔を撫で斬りにしていた。

 そして、炎の魔人との一騎打ちは特に激烈であった。

 魔人と骸骨の巨人。二者が武器を振るうだけで風圧が突風となり、ぶつかった瞬間に発生する炎と衝撃波が周囲に暴力となって襲いかかる。

 洞窟内を燃やす炎が衝撃波で消え、炎によって再び燃え上がるのを繰り返す。消える度に壁や床に亀裂が入り、悲鳴を上げていく。

「ちょっとこれ、不味くありませんの?」

 クロウを支えるサクヤが焦りを見せる。

 巨人に率いられた死霊の軍勢と魔人に従う悪魔の群れ。その戦いに目が行きがちではあるが、状況把握に長けたサクヤが洞窟の異変に気付いた。

 炎で燃えて見えづらいが、洞窟の壁にはヒビどころか亀裂が走っていた。しかも鉱石さえも溶かす炎がそこから中に入り込む事で、崩壊をより進ませる。

 とうとう青白い炎でさえも溶けきれなかった岩石が天井から落ちてきた所で、サクヤ以外にも洞窟の寿命が迫っている事を視覚的に理解できた。

「ど、どうするのよ!? 崩れちゃうわよ! あいつら、あんたが操ってるんでしょう!? なんとかしなさい! というかどんな魔術!?」

「分かってる!」

 魔術に対する好奇心が最後に漏れたヴィヴィをウザいと思いながら、クロウは命令を下す。

「洞窟が崩れる前に決着を付けろ!」

 本当にただ命令しただけ。実際の所、〈マステマート〉の術者はクロウだが彼らを意のままに操れる訳では無かった。国が燃えた時のように、クロウの願いに反して国を見捨てた事もあった。

 だから、クロウは彼らに命令を下しながらも、ただ頼み込んでいるだけなのだ。

 今回はクロウの意を汲んでくれたのか、魔人と戦っていた大剣使いの骸骨が敵の隙を作ると、距離を数歩離し大剣を肩に担ぐようにして構えた。

 それだけで、何かする――と云う気配が伝わって来る。魔人もまたそれに気付いたのか、骸骨の巨人から発せられる重圧に対抗するかのように炎剣を宙に放り投げる。

 炎の大剣は宙に留まり膨れると、球体となって大きくなっていく。最終的には魔人よりも巨大になった炎の塊はまるで青白い太陽だ。

「え? あ、おい、ちょっと待てバカ野郎! 何するつもりだ!」

 クロウが苦痛も忘れて叫んだ。魔人の炎球を見たからではない。仮にも術者だからか、死霊達のどのような行動を起こそうとしているのか察する事が出来た。

 だからこそ魔人ではなく、死霊の方をクロウは止めようとしていた。

 骸骨の巨人が駆け出し、魔人が炎球を放つ。

 迫る炎に向けて骸骨の巨人がその爪牙の剣を振り下ろした。

 上から下へ、ただ大上段からの振り下ろし。何の魔力も篭っていない物理的な一撃。魔力の篭った攻撃に対して明らかな威力不足――の筈だ。

 だが、大剣の一撃によって魔人が放った炎球が真っ二つとなって弾けた。

 剣先から発生した衝撃波はそのまま地面を砕いて割り、一直線に魔人へと突き進む。

「グォオオオオオオォォッ!!」

 そして、炎で出来た魔人の体をも真っ二つにし、それだけに留まらず後ろの壁さえも破壊して大きな亀裂を地面から天井まで作った。

「こんな、こんなことで…………認めぬ、認めぬぞネフィリムゥゥッ!」

 たったの一撃。先程の攻防が遊びだったかのように一撃で、物理的な攻撃が効かない筈のイフリートの魔人は断末魔を上げる。

 最後に死力を振り絞ったのか半分となった体で死霊へと突進しようとするが、それもまた一振りで弾かれる。

 空気そのものが爆発したような音と共に魔人の体はバラバラとなり、最後には蝋燭の火よりも小さくなって消えた。

「………………」

 呆気ない。あれ程の重圧を与えてきた魔人が倒れるにしては呆気ない最後であった。

 魔人が従えた炎の悪魔達も主の死によって逃げるようにして消えていく。散々燃えていた青白い炎も消えた。

 危機は去った――かのように思えた時、洞窟内が大きく揺れた。

 死霊と悪魔の戦いによる余波、そして先の巨人が放った一撃が決定打となって洞窟の崩壊が始まったのだ。

 目に見えるほどの振動が起こり、足元が覚束無いほどに、そして天井から岩などが落ちる状況の中で魔人を倒した骸骨の巨人は大剣を片手で持ったまま肩を竦め、首を横に振った。

「だから言ったじゃん、みたいな態度してんじゃねえよ! 喋れねえだろお前はよォ!」

 そんなジェスチャーが出来る程の意思があったのかと云う疑問以上に、今にも倒れそうになりながらも思わずクロウが怒鳴った。

「お、落ち着いて下さいな、クロウさん!」

 支えていたサクヤがクロウを宥めるが、その間にも洞窟の崩壊は進む。

「いやぁぁぁぁっ! 崩れるぅ!」

 ヴィヴィの悲鳴が轟音に掻き消され、天井の岩盤が振り落ちた。


 ◆


 数時間前までは山があったその場所は土砂が崩れ、山を構成していた岩石が辺り一面に転がっている。

 夕日が岩石を赤く染め、濃い影を作る光景は何もかもが終わった後のような寂しな思いを抱かせる。

 そんな凄惨な景色の中で不意に一部の岩が動いた。

「ふんぬらばッ!」

 気合の声と共に岩をどかし、地中から黒いローブの男が姿を現す。

 邪神教団の導師、ロマノフだ。

「ゼェ、ゼェ、いきなり崩壊して死ぬかと思った。だがしかぁし、だがしかぁぁし! 私はこうして生きている! これも日頃の行いと毎朝毎晩欠かさない祈りおかげ! ああ、偉大なる三柱様ありがとうございます。あなた方の忠実なる信徒はおかげでこうして生き延びられましたよ、と」

 その場で三回転した後に膝を付いて両手を合わせ、祈るポーズをしたロマノフはすぐに立ち上がる。

「さあ、この騒ぎを聞きつけてギルドの連中が来ない内に逃げるとしよう! この天才魔術師であり天才発明家でもある人類の宝的な私があんな野蛮人どもに捕まる訳にはいかないからな。ウワハハハハハハハッ!!」

 高らかに笑ったロマノフが歩き出そうとした時、地面から白く細い物が五本伸びて彼の足首を掴んだ。

 ロマノフが反応する前に地面から伸びた白い物体、骨の手はロマノフを引きずり込む。

 そのまま抵抗らしい抵抗も無く、邪神教団の導師は首から下を地面に埋まった。

「ハハハハ……ハハ――――は?」

 ロマノフがようやく自分の現状に気付いた時、岩を突き破って周囲の地面から骸骨の兵士が数体生えてきた。それだけなく、ロマノフを中心にして続々と骸骨の兵達が地面から出現していく。

 骸骨の巨人達も各々の巨大過ぎる武器で大穴を下から開けてから地上に現れる。

 最後に、瓦礫の一部が重力を失ったかのように宙へと持ち上がり、半透明な球状の膜のようなものに包まれたクロウ達が地面の下から姿を現す。

 球体の中心にいる魔術師風の格好をした骸骨の巨人が魔術で防壁を作り、クロウ達を守りながら地上まで移動したのだ。

 地上に降りると球状だった魔術障壁が解かれる。

「し、死ぬかと思った……」

「クロウ、大丈夫?」

 地上に降りた瞬間にヴィヴィが尻餅を付いて、ネイが死人より顔色の悪いクロウを心配する。

 サクヤの肩を借りているクロウは体がある分、周りにいる死霊の軍勢達よりもよっぽど死人めいた顔をしていた。

 だが、唯一生者らしいギラついた目で地面に埋もれたロマノフを睨みつける。意を察した死霊達がロマノフに詰め寄る。

「あー…………キミ達。暴力は良くないと思うよ。脳がなくて骨だけでも聡明なキミ達ならば分かっていると思うが、争いは何も生まないぞ。ここは知的生命体らしく穏便に話し合おう」

 死霊達の影が幾つも重なる中心で、冷や汗を流しながらも必死に口を動かすロマノフ。だが、当然と言うべきかクロウは命令を口にする。

「やっちまえ」

 直後、邪神教団の導師は死霊にフクロにされるのだった。


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