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第二十三話


 信者達の魂を糧にその呼び掛けに応じた存在が姿を現そうとしていた。

 前触れとして広い竪穴の天井まで届く青白い炎は魂を捧げて空となった信者達の体を容赦なく燃やし尽くして灰にする。

 主人を失った培養で生み出されたモンスター達も、その後を追うかのようにして青い炎に包まれた。燃え尽きて尚その場で燃え続ける炎の中からは青い人魂が現れ、周囲を飛び回る。

 洞窟が炎に包まれる中で、クロウ達は一箇所に集まっていた。

「ど、どうすんのよ? 逃げ道が無いわよ!」

 研究施設が燃え盛る中で四方を囲まれたクロウ達の逃げ場が無くなっていた。

「そのフォールムさんなら炎でも平気なのでは? サラマンダーのブレスにも耐えていましたし」

「だめよ。この炎はただの炎じゃないわ。金属だって燃やす悪魔の火よ!」

「とにかく、守りなさい! 壁を作るから、フィールドを。<アイス・ウォール>!」

「ア、<アイス・フィールド>!」

 セエレが氷の壁を作り、ヴィヴィがそれを強化する魔術を張る。

 人の身長ほどの氷の壁がクロウ達を囲うと、更にフィールド系魔術によって巨大化すると同時に炎によって生じる熱を軽減する。

 だが、二人の魔術師が協力した氷の壁も簡単に溶かされていく。

「無駄だ」

 溶けていく氷と青い炎の向こうから重低音の声が聞こえてきた。見れば、信者達が作った召喚魔法陣の上に巨大な人型の炎があった。

「魔人…………」

 クロウが炎の存在を見て呟いた。邪神教団の信者達が自らの命を生贄にして呼び出したのは超常の存在である魔人であった。

 下半身は無く、上半身だけで二メートルを超える。頭の左右から角が生えたシルエットをした青い炎の塊だ。声は彼から聞こえてきた。

「我が炎はあらゆるものを燃やし尽くす。それが氷だろうと鉄のゴーレムだろうとだ。脆弱とは云え、我に魂を捧げた者達との契約だ。貴様達は我が炎によって塵も残さず燃やし尽くしてくれよう」

 周囲に人魂を浮かべる魔人が丸太のように太い腕を上げて掌をクロウ達に向ける。すると青い炎の壁が出現して押し寄せてくる。

 それがトドメとなって氷の壁が完全に溶けた。

「ちょ、ちょっとどうすんのよ、これぇ!」

「騒ぐな! 下がれ下がれ!」

 涙目で叫ぶヴィヴィにクロウが怒鳴り、炎の壁から逃げるように全員を後ろに押しやる。

「逃げ場なんてありませんわよ!?」

 構えつつも、サクヤもまた叫ぶように言った。誰も彼も目の前に迫る危機に表情を固くしている。

「――チッ」

 クロウは苦々しく舌打ちし、自分の胸を押さえる。この状況を打開する術をクロウは持っていた。先祖から伝わる封印された死霊を操る〈マステマート〉なら、あらゆる生命の上位に存在する魔人に対抗できる。

 僅かな逡巡の後、クロウが口を開く。

「霧の国から――っ!?」

 だが、クロウの決断よりも早く動いた者がいた。


「ネイ!?」

 ネイがコートを脱ぎ捨て、炎の壁に向かって駆け出していた。露出した肌からは紋様が浮かんでおり、橙色から黄金の輝きへと変化していく。

 エノクの糸のダンジョンで戦った大猪との一戦から、ネイはより炎の力を操る技量を上げていた。

 全身から黄金色の炎を噴出させ、更にそれを広げて正面から青い炎の壁を受け止める。

 炎同士。だが全く逆の印象を受ける二つはお互いに飲み込もうとする勢いながら拮抗し始める。

「ほぅ、炎狼の精か。まだ生き残っていたとはな。だが、若い」

 拮抗したかに見えたネイの炎はしかし、青い炎に押され始めた。

「成長していたならば目はあったろうが、幼いその身で万に一つもありはしない」

 魔人が再び手を前に翳すと、青い炎がより勢いを増した。徐々に黄金色を飲み込む青。その近くにいたネイは地面も燃やす炎が発する強烈な熱を浴び、皮膚が焼けていく。

「下がれ、ネイ!」

「でも!」

 自らの内に眠る火の力をある程度操れるようになったネイは火に対する耐性があるにも関わらず前に伸ばした手から火傷を負っている。

 それを見てクロウが下がるように言うが、ネイはその場に踏み止まり続ける。

「クロウ! 早くッ!」

「分かってる!」

 セエレに叫ばれ、クロウは唱えるタイミングを外された魔術を発動させる。

「霧の国からいでよ咎人、その災いを振るえ――〈マステマート〉!」

 クロウが名を呼んだ途端、青い炎の光で小さかったクロウの影が地面に広がる。

「これはっ?」

「なっ、し、死霊!? あんた、死霊使いだったの?」

 クロウの〈マステマート〉を知らないサクヤとヴィヴィが自分の足元を超えて広がる影に驚く。クロウの魔術を知らない者が見れば戸惑うのも無理は無かった。

 影の中からは無数の骸骨が這い出て来て、その際に影が纏わり付いて彼らに武具を与える。

 彼ら骸骨の戦士達はクロウ達を守るように円陣を組み、炎から守るようにして大盾を地面に立てた。

 次に、身を呈して炎の壁を食い止めるネイの体を地面の影から伸びた巨大な手が掴んだ。

「――え?」

 まだ少女とは云え、人間一人の全身を片手で掴む白い骨の手は巨大であった。骨の手は影の中から腕を動かし、ネイをクロウ達のいる円陣の中へと放り投げる。

「ちょ、ちょっとぉ!?」

 それを見てヴィヴィが慌てるが、それよりも早く骸骨の兵士達が腕を伸ばして受け止めると、ゆっくりと地面に下ろす。

「あ…………」

「ネイ、無理をしては駄目!」

 体を起こそうとするネイの元へセエレと飛んでいき、怪我の状態を確認する。

 青白い炎の壁に一番近くにいたネイは自分の体から出る黄金の炎で身を守っていたとは云え、押されていた状況では完全に防ぎきれず、何よりも高熱によって全身に火傷を負った状態だ。

 炎から離れた事で、より焦げた臭いがネイから漂って来る。

「今、治癒魔術を。ヴィヴィ、手伝って」

「わ、分かっ――きゃあっ!?」

 駆け寄ろうとした時、足元から新たな骸骨が出現した事でヴィヴィが驚いて、フォールムの所まで飛び退いた。

 出てきたのは頭蓋骨。骸骨の兵士に囲まれている状況で今更驚く程では無いが、その出てきた頭蓋骨が通常よりも大きかった事でヴィヴィは驚いたのだ。

 頭蓋骨が影の中から糸で釣り上げられるようにして上昇し、その全身を現す。

 その大きさは他と違い、フォールムに匹敵するほどだ。巨人とも言える骸骨はクロウ達のいる円陣の中だけではなく、円陣の外にも複数、そしてネイを投げた巨大な手の持ち主も影の中から起き上がってきた。

「何だ、貴様達は? 巨人族のアンデッド……? それにしては何かが違う……。覚えがあるようなこの異質な気配は」

 炎の壁の向こうにいる魔人も訝しげに骸骨の巨人達に視線をやる。

 その間にも骸骨の巨人達に影が伸びて白い骨の体を包み、武具を形成していく。

 他の兵士達と違い統一性が無い。無骨で重厚、何よりも手に持つ得物が骸骨の巨人でさえ巨大と思える武器で、なまじ人の形をしているだけに遠近法が狂いそうになる。

 その光景に皆が唖然とする中、クロウが苦しそうにしながら膝を影で黒く染まった地面に膝から崩れ落ちる。

「ぐ、ぅ…………」

「クロウさん!?」

 サクヤが寸前でそれを受け止め、肩を貸して支えた。

「どうしました?」

「き、気にするな。魔力が一気に取られただけだ」

 〈マステマート〉は普段からクロウの魔力のほとんどを独占し、使用の際には一気に消費される。魔力を急激に無くすと体に大きな倦怠感と疲れが襲い、酷い場合には気絶する。クロウが前に暴走したネイを抑える為に使用した際に気を失ったのもそれが原因の一つだった。

「それにしては様子が……」

 だが、クロウは魔力の消耗以上に苦しんでいるようにサクヤには見えた。

「ちょっとちょっと、さっきから何が起きてるのよ! これ、本当にあんたの死霊魔術なの? 何かちょっとおかしいわよ!」

「いいから、こっちを手伝いなさい!」

 魔術師であるヴィヴィが〈マステマート〉の異常性に気づいて更に混乱しているが、セエレに一喝される。

 ヴィヴィは一度、円陣の中に現れた骸骨の巨人を見上げた。他の兵士達や同じ巨人達と違って全身を鎧に包んでいる訳ではなく、肩や胸に金属板で覆いそこから伸びるローブで全身を隠す魔術師風の格好をしている。手にも剣や斧、槍ではなく杖――それでも、巨大で斧のように鋭利な金属の半円が付いていたが――を握っていた。

 炎の魔人よりも禍々しくも見えるその骸骨の巨人に、ヴィヴィは若干怯えながらも迂回しようとして、骸骨の魔術師が動いた。

「――――っ!?」

 声も出ないほど驚き、肩を跳ねさせたヴィヴィが見上げる中、骸骨の魔術師は斧にも見える杖を持ち上げて掲げる。すると、杖に嵌め込まれた人の胴体ほどある宝石が煌く。

 すると、横になるネイの下に魔法陣が出現して火傷を瞬く間に治していく。

「嘘、こんな短い時間で…………」

 治されたネイも急に引いた痛みと消えた火傷に唖然としていた。

「お前ら、じっとしてろ。後はこいつらに任せるんだ」

 サクヤに支えられながら、クロウが言った。ネイの負傷は回復したが、逆にクロウからは玉の汗が流れ出ている。炎の熱が原因ではなく、明らかに〈マステマート〉を使った影響だ。

 けれども、死人のような顔をしながらもクロウは正面を向いていた。自分達を守る骸骨の兵士達の更に向こう、炎の壁を挟んで対峙する魔人と大剣を持つ骸骨の巨人を見ていた。


 炎の壁の内側にて突如広がった影。その中から現れた死霊の集団を、特に巨人が持つ武器を見て炎の魔人が驚愕していた。

「その武器は……まさか、まさか貴様らかッ!」

 彼らの持つ武器は巨大なだけでなく、何よりも生物の骨を牙、爪などを組み合わせた禍々しい物であった。

 その声に反応したのか、ネイを救出し炎の壁の前に立つ骸骨の巨人が動き出す。身を包んだ黒い全身鎧から金属音を鳴らし、兜の前部分から覗く顔の両の空洞が正面の炎を見やる。

 手に持つ大剣、巨大な獣の牙か爪をそのまま荒々しく削ったそれは禍々しく、青白い炎の光を反射してより不気味な輝きを放っている。

 骸骨の巨人が大剣を横薙ぎに振るうと、剣圧だけで炎の壁が吹き飛び霧散した。

 自らが放った炎が簡単に消し飛ばされた魔人だが、それに驚くのではなく、寧ろ逆に怒りに打ち震えるようにして体を構成する青白い炎を激しく揺らめかせていた。

「覚えている。覚えているぞ! 死霊に堕ちていようともその鎧、その武器、その力ッ! 忘れるものか――ネフィリムッ!」

 炎の魔人の体の炎がより猛々しく燃え上がる。魔人がより大きくなり、それに比例して火力が上がったようだ。辛うじて残っていた機材が溶け落ちる。

 周囲に漂っていた人魂も魔人の叫びに呼応してより大きくなり、蝙蝠の羽と羊の角を生やした悪魔の姿と成って空中から骸骨の集団を見下ろす。

 魔人の手から炎が伸びて炎の大剣と成る。

「魔王様を殺され、恥辱を味わい続けながらも力を溜めて来て幾百年。雪辱を晴らす機会がようやく巡って来た。殺してやるぞ、ネフィリム!」

 魔人が炎剣を振りかぶる。

 大剣を片手で持って肩に背負っていた骸骨の巨人が兜の上部にあったマスクを下ろし、完全に黒い鉄に身を包む。そして大剣を構えた。

「ウォオオオオォォォォッ!!」

 魔獣の爪牙と炎の刃が激突する。

 それを合図に他の骸骨の巨人と兵士達、それと炎の悪魔達もまた一斉に動いた。

 名も無い洞窟の最奥で、死霊と悪魔の戦闘が開始されたのだった。


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