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第二十二話

「サラマンダーとロックリザードのゲノムをダァァァンク! そして誕生するは火属性と土属性が混ざって何か物理特化っぽい新種が誕生! 脳筋っぽい属性だから仕方ないね。だが私の研究はこれで終わらない! 更に電気ウナギもゴーッ、と見せかけてボッシュート! だって爬虫類と魚だよ? 地面と水じゃん。駄目じゃん。いや、待てよ? 爬虫類も元は魚だったと云う説もある。ならばオーケー? じゃあ間を取って両生類――ギャアアアァァッ、細胞が崩壊した!」

 見るからに頭のおかしい男がデカイ独り言を喚き散らしながら何か機械を動かしている。声も煩いし動きも気持ち悪い。率直に言うと、関わりたくない種の人間だった。

「世界には色んな人間がいるもんだな」

「そんな事より、これからどうするのよ。あたしとしてはこの場所に興味があるんだけど、連中には関わりたくないんだけど」

 自分よりもテンションの高い者を見れば逆に冷静になるらしく、落ち着きを取り戻したヴィヴィが指差しながら聞く。

「思いの外、数が多いからな。どうするか」

 叫び続ける男が目立っているだけで、施設の中には他にも人の姿があった。誰も彼もローブを着ており、魔導機械の調子を確かめたり、何か書類の束を抱えていたり、中には大きな台の上にモンスターの死骸を開いてそれを解剖などして研究に精を出している。

 誰の目から見ても怪しい施設と集団だった。

「…………ちょっと待って下さい。彼らがしている指輪を見ました?」

 何かに気づいたのか、サクヤが難しい顔をしていた。残念ながら、クロウ達の視力では指に嵌めている物まで見えなかったが、忍者であるサクヤにはそれが見えていたようだ。

「何かあったのか?」

「彼ら、邪神教団の指輪をしていますわ」

「なんだと?」

 その単語を聞いて、全員が驚きで目を見開いた。唯一、ネイだけが首を傾げる。

「邪神教団?」

「三柱の邪神を崇める集団の総称だ。色々名前はあるが、まとめて邪神教団って呼ばれてる。分かりやすい悪の組織で、全人類の敵だ」

 名を変え、体を変えて長い間暗躍し続ける邪神の下僕達。クロウの言った全人類の敵と云う表現は大袈裟な物ではない。歴史を紐解けば様々な暗躍を繰り返し、時には国一つを操り世界を社会の表と裏で恐怖と混乱を招いた過去を持っている。

 世界各国から危険視される彼らは社会の地下に潜りながらもその活動を続けており、名を変えても三柱の邪神を信仰する事を含め幾つか変わっていない部分がある。

 伝統と言うべきか、信徒は邪神のシンボルが刻印された指輪を所持しているのだ。そして、施設の中にいる彼らがそれを嵌めている。

「……おい、待て。という事は、だ。あのキチ――喧しい男が首に下げてるメダルはもしかして」

 クロウが男の動きに合わせて揺れる鎖で繋がれた金属のメダルを指差す。細かい彫刻の部分は分からないが、大きさからメダルが下げられているのは判別出来た。

「ええ……導師のメダルですわね」

「懸賞金ッ! 導師クラスを引き渡せば金になるぞ!」

 世界中の国々から目の敵にされている邪神教団には階級が決まっており、幹部クラスになるとそれだけで賞金首扱いだ。そして捕らえた者には報酬が渡される。

 それはメトシュラでも同じで、導師クラスは幹部でも下の方であるが今回のクエストをいくつも達成しても届かない程の額が首に懸けられている。

「捕縛すればしばらくの活動資金に問題はないけれど、どうするの?」

「んー…………」

 クロウは施設襲撃への難度と金を頭の中で天秤にかける。自分達だけなら引いていただろうが、ヴィヴィとフォールムの戦力があればあの人数を制圧する事も可能だ。

 だが、結局クロウは首を横に振った。欲を出しすぎるのは危険だと思ったからだ。施設は大きく、全体の戦力が把握出来ていない。依頼としては既に波状しているのだから欲張る必要は無いのだ。

「邪神教団がいるだけでも報告すれば十分だ。帰るぞお前ら」

 クロウがそう言って、早々に踵を返す。

「ああぁ、そんなぁ……」

 ヴィヴィが未練がましく何か言っているが、それを無視して洞窟を引き返していく。だが、その奥の闇に何か輪郭が見えた。

「…………あ?」

 それは大きかった。具体的に言うならクロウ達が現在いる通路の隙間を無くすほどに。

「あら? 何だか乾いた土の臭いが――」

 ヴィヴィを引き剥がそうとしていたサクヤが後ろを振り返って、体を硬直させた。

 暗がりの中のそれは徐々に近づいてき、竪穴から届く光の中にまで進んでようやくそれの正体が判明した。

 岩で作られたような肌をした巨大な蜥蜴であった。

「ロックリザードォッ!?」

 クロウが叫んだ時点で、全員が臨戦態勢へと移る。

「気づけよ忍者!」

「申し訳ありませんわ!」

 クロウがサクヤに文句を言うと、威嚇されたと勘違いしたのかロックリザードが口を開いて喉から角笛のような声を上げ、太い四肢を動かして突進し始めた。

「フォ、フォールム!」

「受け止めさせるな! 全員、飛び降りろ!」

 クロウの判断は早かった。フォールムでロックリザードの突進を受け止めさせようとしたヴィヴィを止め、全員で竪穴へ飛び込むよう指示を出す。

 魔導人形のフォールムならロックリザードを受け止めれるだろうが、先の声で施設にいる邪神教団の信者達に自分達の存在を知られた。魔導人形とモンスターがぶつかれば奥に進める隙間がなく、後ろから信者達に狙い撃ちされてしまう。

「サクヤ、掻き回せ! ネイ、ヴィヴィと一緒にモンスターを相手しろ!」

 竪穴へと続く傾斜を滑り下りながらクロウは指示を飛ばす。

 サクヤが自ら斜面を走って加速し、勢いが付いた頃に跳躍する。重さを感じさせないほど高く跳んだサクヤは赤いフレアのスカートを広がらせて宙を舞う。その服の装飾の隙間から無数の煌く物を覗かせて。

 信者達がロックリザードの声に振り返り、クロウ達に気づいて何か反応するよりも早く彼らの頭上に刃の雨が振った。

「あいつ、どれだけ仕込んでんだよ」

 ゴスロリ女が宙を舞っていたかと思えば刃が降り注いで来たという冗談みたいな状況に、信者達が慌てている隙を付いてクロウは着地すると前転して勢い殺し、一番近くにいた信者へ一気に距離を詰める。

 起き上がりの時点で剣を抜いていたクロウは、刃を寝かせて腰だめに構えたまま体当たりをする。

 剣は信者の胸を貫き、一撃で行動不能にする。

 クロウはすぐさま信者の体を蹴り飛ばすと同時に剣を引き抜き、次の相手へと向き直る。

 だが、世界から敵とされる邪神教団に所属しているだけあって荒事には慣れているらしい。隙を突けたのは一人までで、クロウが次の相手を見定めた頃には信者達は戦闘体勢を取っていた。

「侵入者だ!」

「モンスターを出せ!」

 剣を取り出し、笛でサラマンダーなどのモンスターを呼ぶ信者達にクロウは舌打ちする。

「引き篭ってる割には手馴れてるな」

 相手の方が多い以上、囲まれれば終わりだ。クロウは走りながら仲間達の様子を確認する。

 サクヤはクロウと同じように走り回り、目立つ衣装で敵の注意を引きつけている。ネイはヴィヴィと共にモンスター達と戦闘を始めようとし、更にその外周から信者達が動きまわる。フォールムは、クロウ達を追って転がり落ちるように下りてきたロックリザードと相対していた。

「貴様らァ! ここをこの私、導師ロマノフの研究所と知っての狼藉か! 捕らえて、実験! 人間は爬虫類に退化出来るのかの刑にしてくれるッ!」

 クロウはデカイ声の男、ロマノフを無視してモンスターの入った水槽に身を隠した。

 直後、各所から破砕音が響く。足元に漂ってくる冷気からセエレが魔法で破壊活動を行ったようだ。その証拠に、ロマノフが悲痛な絶叫を上げる。

「ノォォォォオオォォォォッ!」

 クロウは野太い声を聞きながら、近くにあったケーブルを切断していく。魔導関係の物には詳しくないが、機器が繋がるケーブルは人間で言うところの血管や神経のような物だとは分かっていた。

 破壊できそうな所を破壊していくと、水槽との間から大蜥蜴が顔を出した。

 もしかすると、村人が最初に見た物があれなのかもしれない。

 明らかに敵意を向けて迫って来る大蜥蜴を、クロウは跳躍して飛び越える。その途中で短剣を大蜥蜴の背中に突き立てた。

 即死しなかったが、それでも内蔵まで達したのか痛みでのたうち回る大蜥蜴。それを放置してクロウは先に進む。

 すると通路からは邪神教団の信者達が、機械の上や隙間からモンスター達が次々と現れる。

「どれだけいるんだよ、こいつらは」

 ボヤきながら、クロウは敵の集団に向かって剣を構えた。


 ネイは大蜥蜴に短槍を突き刺し、群がるモンスター達を排除していく。その後ろではヴィヴィが魔術で援護しており、更に後ろではフォールムがロックリザードと戦い続けている。

 肌の質感と同様に岩のような頑強さを持つロックリザード。通常の個体よりも遥かに大きなそれは邪神教団によって改良された結果だろう。

 体が大きいとそれだけで驚異だ。何よりも重量が違うのだ。それに加え硬い。

 だが、ヴィヴィの魔導人形であるフォールムはそんなロックリザードを一体で相手していた。

 身長は同等。重さは四本足で体積の大きなロックリザードが重い。パワーという点で負けていたが、フォールムは力ではなく技術で勝っていた。

 突っ込んできたロックリザードを半身になって避けながらモンスターの首と背びれを掴み、相手の勢いを逆に利用して投げる。

 ロックリザードはそれに逆らえず、集まってきた信者達やモンスター達を巻き添えにして機械にめり込む。

 フォールムは機械にめり込んで柔らかい腹を見せるロックリザードに向け、拳を振り上げる。

 まるで人族が使用する格闘技のように――いや、形は似ていても構造が違う以上同じな筈ではないが、膨大な経験の蓄積と理論に基づいて完成された武術なのは間違いない。

 魔導人形、フォールムだけの為の格闘技。その一撃を受け、ロックリザードの腹が破裂した。

「よくやったわ、フォールム! でも機材はなるべく破壊しないでェ! 後で調べるから!」

 自分の魔導人形の活躍にヴィヴィが歓喜の声を上げつつ、魔術を連射する。威力を低く調整しつつ、一度に放てる数を増やしているようだ。本来ならそのような調整は余計に魔力の消費を増やしてしまうのだが、金属製の杖のおかげかそうなってはいない。

 ヴィヴィが邪神教団の信者達を牽制し、相手の魔術を妨害するなどサポートに徹している間、ネイもリザード系のモンスター達を倒していく。

 だが、ネイがモンスターと戦っている隙を突いて信者の一人が短剣を手に背後から襲おうとしていた。

 寸前で気づいたネイは反射的に短槍を振り回す。通常の槍よりも短いとは云え、短剣とではリーチの差は歴然。ネイの短槍は信者の首から顎を斜めに斬り裂く。

 ネイが初めて人に手をかけた瞬間だった。

「ぁ…………」

 飛び散る血潮。苦痛と怒りで歪む顔。溢れていく命を表すように白く濁っていく瞳。

 それを目の当たりにしたネイの体が石のように固まった。

 倒れ落ちてしばらく痙攣した後、動かなくなった信者から血の池が広がり、ネイの足元にまで広がる。

「ネイ」

 自らの行動によって起きた結果にネイの意識が呑まれそうになった時、名を呼ぶ声がそれを留まらせた。

 振り返ると、いつの間にかクロウが立っていた。手には血糊の付いた剣が握られている。

「俺を見ろ」

 強く肩を掴まれ、クロウが屈んで目を合わせてくる。

「今は無事にここから出る事だけ考えろ。それだけを考えろ。できるな?」

「……あっ、う、うん」

「よし。ならヴィヴィの所へ行ってあいつを守れ。ついでに、フォールムを導師の所に突っ込ませるよう言うんだ。施設の被害を避けたいなら早期に決着つけろってな。返事は?」

 周囲に敵がいる為か、それともネイの気を逸らす為か、クロウは早口にまくし立てた。

「わ、分かった」

「よし、良い子だ」

 クロウはもう一度ネイの肩を軽く叩くと、駆け出して武器を構える信者達の方へと突撃して行った。

 ネイはその背中を見送ると、足元を見る。いつの間にか、死亡した信者との距離が離れていた。

「…………ヴィヴィの所に行かないと」

 ネイはそれに顔を逸らすと、自分のするべき事をする為に走り出すのだった。


「導師、このままでは!」

 邪神教団の信者の一人がロマノフの元に駆けつけた。彼の周りには他の信者達や従えたモンスター達が既に集まっており、防備を固めていた。

「ぐぬぬ、私のせっかくの研究成果が! 蜥蜴から徐々にグレードアップしてワイバーン、ドラゴンへと至り大量生産! 鱗だらけのドラゴンランド建設の夢が――はともかくとして、確かにこれはヤバイッ!」

 ロマノフが意味も無く叫ぶ。いや、危機にテンションが上がっているだけなのかもしれない。

 魔導人形が突っ込もうとしており、その後ろからは少女が二人ほど走って来ている。他にも冒険者風の男とゴスロリドレスの女が左右へと回り込もうとし、宙には氷柱を浮かせた怖い妖精がいる。

「だがしかァし、我々にはこれがある!」

 言うと同時、ロマノフが床を強く踏んだ。踏んだ箇所が沈み、ロマノフを中心に信者達やモンスターを囲み半透明の薄い壁が床から天井近くまで伸びた。

「こんな事もあろゥかとおぉぉぉぉ! 用意しておいた魔力障壁発生装置ィィィッ! ハーッハッハッハッハ!」

 勝ち誇るロマノフ。実際に、魔力障壁へ体当たりしたフォールムが弾き返された点から、自慢するだけはあるらしい。

「チィ、面倒な! おい、誰かパイプ探せパイプ! あれに魔力を供給してるラインがどっかにある筈だ!」

「一基だけじゃなくて、複数ある筈よ! 培養基とは別に存在してる筈!」

「こっちに怪しい管がありましたわ!」

「潰しなさい! 壊せないなら外すだけでもいいから!」

 だが、冒険者達は手馴れた様子で障壁を解除しようとしていた。

「………………」

 ドヤ顔のまま固まったロマノフの元に、障壁内の信者が近づく。

「ど、導師様。この壁ではこちらから反撃も逃げる事もできないのですが」

「あっ」

 一分の隙の無い魔力障壁は邪神教団の退路も塞いでいた。

「…………諸君、悪逆非道なる異教徒による卑劣な奇襲によって我らは窮地に追いやられた」

 いきなり真面目な声で喋り始めるロマノフ。

「だが、我らが信仰はここで終わりではない。この命、神に捧げてせめて神敵を討ち滅ぼそう」

「おお、導師様…………」

「流石でございます。一生ついて行きます」

「我らに神の加護があらんことを」

 茶番甚だしいが、洗脳でもされているのか周りの信者達はそれに違和感を抱かない。それどころか感涙までしている始末だ。

「さあ、皆の者よ。急ぐのだ!」

 ロマノフの声に、信者達が動く。円形を描くようにそれぞれが魔力障壁の傍にまで移動し、内側に向かって体を向けると詠唱を開始する。

 彼らがいる場所の中央から魔法陣が出現し広がり、光を放つ。

「クソッ、あいつら自分の命を代償に何か召喚しようとしてるぞ!」

 魔力障壁の向こうでクロウが苦々しく声を上げた。

 召喚魔術は契約した精霊や魔獣を呼び出す魔術だ。契約する方法は相手によるが、基本的には魔力を対価に手を貸すような内容が多い。

 邪神教団の信者達が行おうとしているのは、召喚魔術ではあるが、クロウは感じた異常な魔術の高まりと召喚の為の出入り口となる魔法陣から発せられる不吉な気配に信者達が禁忌の術を使おうとしているのに気付いた。

 彼らは自らの命を代償により強力な存在を呼び出すつもりなのだ。

 神の為だと喜々として命を投げ出す行いをする信者達の精神性は驚愕だが、それよりも呼び出される存在が驚異だ。

「間に合わないわ! 全員、離れなさい!」

 クロウ達が魔力障壁を解除して魔術を中断させようと試みるが、高まる魔力にセエレが指示を出す。

 クロウ達が魔力障壁から離れる一方で、その内部では魔力が最高潮にまで高まりつつあった。

 信者達の精神状態もトランス状態に陥り、自室呆然となって最早詠唱するだけの道具になりつつあった。

 そんな時、目を瞑って詠唱をしていた一人である導師が目を開けた。

 口パクしていた口を閉じ、目を細めて周囲を見る。

 右見て、左見て、もう一度右見て――誰も見ていない。

「………………っ!」

 ロマノフは足元のスイッチを押して魔力障壁を解除すると、一目散にそこから逃げ出した。

「あっ、あの懸賞金逃げやがったッ!」

 クロウが怒鳴った直後、ロマノフ以外の邪神教団信者達の命を糧に召喚魔術が発動。光り輝く召喚魔法陣から、青白い炎が火山の噴火のように噴出した。


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