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第二十一話


「ちょっとォ、あんた誰!? というか何やって――げほっ、こほっ」

 魔導人形フォールムを従える少女、ヴィヴィは目の前で起きている光景に騒ぐ。

 煙幕を噴出する筒を持った黄金瞳の少女がサラマンダーの群れの隙間を走り回っていた。闖入者の出現にモンスター達も戸惑っているのか、攻撃もせず逆に少女に道を譲るように後退している。

 黄金瞳の少女は筒から煙が出なくなると、コートのポケットから新たな筒を取り出す。面倒になったのか、それとも楽しくなってきたのか、少女は一つずつではなく手に持てるだけの筒を持ち、手そのものに炎を纏わせて一斉に火を付けた。

「なんで<アイス・フィールド>の中で、けほっ、火が付くの、こほっ、こほっ、煙いわ、馬鹿ッ!」

 煙が充満して視界が遮られる中、少女は咳き込む。逆にフォールムはこの混乱に乗じて張り付いたサラマンダーを引き剥がすとヴィヴィの傍にまで移動していた。人間よりも目聡い魔導人形だった。

「こう視界が悪かったらどこに行けば分からないじゃない。こうなったら風の魔法で……」

 ヴィヴィが魔法で風を起こして煙幕を晴らそうとする直前、小さな音が足元でし、靴に何かが当たる感触がした。

 振り返ると、煙幕がまだ届いていていない洞窟の奥からゴスロリの女が手招きしていた。

「…………は?」

 洞窟という場所にそぐわない女の格好を目にして、ヴィヴィは呆けた。

「こちらに。サラマンダーが混乱にしている内に早く」

 サラマンダーの外界認識能力は熱と匂いに頼っている。煙幕は視界に遮る方に目が行きがちだが、粒子がモンスターの嗅覚と熱探知を遮っているのだ。

「――ああ、もう!」

 怪しいを通り越して妄想の類ではないかと思ったヴィヴィだが、窮地から脱せられる事から仕方なく変な女の案内に従いフォールムを連れ立って駆け走った。

 暫く走った先は今までの通路よりも広く、そして何よりサラマンダーの気配が全く無い場所だった。

「はぁ、はぁ…………」

 敵がいなくなった事もあり、戦闘の緊張から解き放たれたヴィヴィは座り込み、息を荒げた。傍にはフォールムが立っている。

「ネイさん、埃だらけですわよ」

「でも楽しかった」

 少し離れたところでは煙幕少女とゴスロリ女が余裕そうに談笑していた。

「はぁ、はぁ、ふぅ……で、あんた達誰よ!?」

 息を落ち着かせた途端、ヴィヴィは怒鳴って二人を指差す。反して二人は落ち着いて顔を見合わせた。

「私達は――」

 煙幕少女が口を開けた時、奥の暗がりから新たな人影が現れた。

 革鎧を着た軽装の男だ。真っ当な冒険者風の格好に剣を片手にしていた為にヴィヴィは一瞬だけ身を固くしたが、すぐに興味が男の担ぐサラマンダーとその上に浮く妖精に行く。サラマンダーは死んでおり、布のようにだらりと垂れ下がっていた。

 成人男性の身長ほどの体長を持つサラマンダーの重さを妖精の魔術で軽くしているらしく、男の方は軽々とサラマンダーを運ぶ。そしてヴィヴィの方を見た。

「俺達、依頼でここに来ただけだから、お前もう帰っていいぞ」

 ヴィヴィは脊髄反射で男の脛を蹴った。


「ヴィヴィよ。メトシュラに行く途中、ショートカットできるかなと思って森を抜けようとしたら――」

「道に迷ったの?」

「そ、そうとも言うわね。それで夜を明かすのに丁度良い洞窟を見つけたの。そうしたら、モンスターが外から大量に来たのよ。最初は大蜥蜴とかで苦戦しなかったんだけど、サラマンダーまで来て、段々と洞窟の中に追い詰められて。そうしたらもっと大量にサラマンダーが出てきて、ああなった訳」

 ネイの的確な言葉にヴィヴィは早口で説明した。どうやら、村人が最初に見た大蜥蜴の姿は本物だったらしい。

 モンスターがいない広いスペースの中、クロウが現れた時にちょっとした一悶着があったもののクロウ達とヴィヴィの自己紹介が既に終わっており、今はヴィヴィから何があったのか聞いていた所だった。

 一悶着の原因となったクロウは名前だけを名乗った後は蹴られた脛を気にしながらサラマンダーを解体していた。

 ネイが煙幕を張りながら走り回っていた間、その煙幕の中でクロウとセエレがサラマンダーの一体を倒して回収していた。

 クロウは喉を一突きで殺したサラマンダーを床に仰向けにし、その腹を切り開いて短剣で器用に内蔵を摘出している。

「あんた、さっきから何やってるの?」

「何か分かるかと思ってな」

 曖昧な言い方だが、サラマンダーがしかも群れで森の中にいるのはどう考えても不自然であった。サラマンダーを解体すれば何か分かるかもしれないと思っての行動だ。

「……魔物の生態に詳しいの?」

 興味を持ったのか、ヴィヴィが解体作業をしているクロウの後ろに回り込む。

「あんまり。ただ、手が加えられているなら必ず不自然な点があるはずだ」

 言いながら、クロウは取り出した内蔵を地面に並べる。血の臭いがむせ返るほど場に満ちた。

「剥ぎ取りは冒険者の基本ですけれど、まさか鑑識のような真似をするとなると微妙な心地になりますわね」

 サクヤはモンスターの死骸に集まる男女を余所に、臭いが流れぬよう臭い消しのスプレーを周囲に撒いていた。

「魔石が小さいわね。サラマンダーならもっと大きな筈よ。質も悪そうね」

 血だらけの腹の中を見て、顔色変えずにヴィヴィは指摘する。しかも手袋を付けたとは云え汚れるのも構わず、血だらけの魔石を掴む。

 魔石は魔力の高い魔物の体内に入っている事が多い魔力の塊だ。人と違いモンスターは体内に魔力を魔石に溜めて生態器官の一部として使う。

「外から手を加えられた跡は無し、か。だが図体の割に内蔵が未発達だ。骨も脆い」

「見てて気づいたけど、サラマンダーの魔力が活性化したのは攻撃の時だけ。調教しだいでは一応、そういう事も可能よ」

 モンスターの内蔵前で自分達の知識に照らし合わせてヴィヴィ、クロウ、セエレの三人がそれぞれ意見を言う。

「こいつらは天然物ではなく、誰かが培養して育てたモンスターだな」

 付いた血を拭いながら、クロウはそう結論づけた。

「モンスターの培養? そんな事出来るの?」

「見本がそこにいるだろ」

 ネイの疑問にクロウはセエレを親指で示す。

 セエレは元ラドゥエリだ。ラドゥエリは広義的に複数の生物の特徴を意図的に持って生まれたキメラで、悪く言えばモンスターと変わらない。

「研究目的でモンスターを造る魔術師は多いわ。当然、そのモンスターが暴れられたら困るから国

の認可が必要なんだけどね。軍事目的としてモンスターを扱う国も少なくないわ。当然、安全管理を含めて技術力が必要だけど」

 作られたとは云え、モンスターだ。その凶暴性は高く、得てして創造者の予想を超える事も多い。中には自国が生産したモンスターによって自滅した国もあるほどだ。

「ただの大蜥蜴退治がサラマンダー、かと思えば大量生産された培養モノ。面倒な依頼になっちまったな」

「これからどうされますの?」

「進む。誰かがこいつらを作っているのは間違いないんだ。その姿だけでも、欲を言うと物証が欲しいな。このまま帰って報告しても依頼は達成扱いになるかもしれないが、多少の証拠も持って変えれば評価にも繋がるし、万が一の為に村人への避難勧告もしやすいだろ」

 モンスターの培養には国の許可が必要となるが、メトシュラの場合はエノク冒険者協会の下部組織であるエノク魔術協会が許可を出している。

 こんな森の中の辺鄙な洞窟でそのような実験がされている筈もなく、近くの村の住人が知らないのもおかしい。

 今ここで戻り、以上の事を報告するだけでも依頼は成功扱いになるだろう。だが、もっと情報が有れば尚良いのは間違いない。

「そういう訳で、俺達はこのまま行くから。お前は帰れ。その魔導人形があれば後は大丈夫だろ。サクヤ、道を教えてやれ」

「要らないわ。あたしも連いて行くから」

 地図を取り出したサクヤにヴィヴィは待ったをかけた。肩に掛かったツインテールの片側を手で後ろへと払い、解体されたサラマンダーの死体に目を向ける。

「魔術師の端くれとして興味があるわ。それに、洞窟にいたサラマンダー全てが培養されたモンスターって言うならその量産には魔導工学が使われている筈よ。あたしは自慢じゃないけど、魔導工学にはそれなり以上――いえ、専門家と同等の知識があるわ」

「セエレー。お前、魔導コンピューター使えたよな?」

「インデックスを見るぐらいならね。クロウも使えなかった?」

「俺も似たようなもんだよ。まあ、そこまで俺らがやる必要はないか」

「ちょっと聞きなさいよ!」

 無視するクロウとセエレにヴィヴィは怒鳴るが、怒鳴られた二人は気にした風もなく少女に振り向く。

「冒険者でもない子供がいてもなぁ」

「そっちの子だってあたしとそう歳は変わらないでしょ!」

「ネイは冒険者だし。信用も違う」

「あたしだって戦えるわ。魔術だって使えるし、私には魔導人形のフォールムがいるわ!」

「戦力的な意味な信用じゃない。仲間としての信用だ。戦闘能力が無いなら保護も考えたが、自衛出来るだけの力があるならこっちが協力する義理は無い」

「む、ぐぐ…………」

 言い負かされたヴィヴィの顔が赤く染まる。しかも年頃の少女らしからぬ唸りまで上げて。

 確かに、一度体勢を整えたヴィヴィとその魔導人形なら道さえ知っていれば洞窟からの脱出は簡単だ。しかし、未だサラマンダーが闊歩する奥へ行くには単純に手数が足りない。

 危ない目に自ら合わずとも、クロウ達の依頼に構わず脱出すれば良いのだが、自分から言ったように魔術師としての興味がそうさせない。

 探究心が強い性なのだろう。ヴィヴィはあれだけのモンスターを造り出す技術を見てみたいと云う欲望に駆られているのだ。

 だからこそクロウ達に便乗しようという打算があったのだが、それも正面から打ち破られてしまった。

「クロウ、そのくらいにしておいたら? 使えるわよ、彼女」

「まあ、便利そうなのは確かだよな」

「逃げてください、ヴィヴィさん!」

 クロウとセエレが言外での意を交わしたところで経緯を見守っていたサクヤが叫ぶ。

「お前は俺達を何だと思ってるんだ!」

「あどけない少女を囮にした挙句に人を扱き使う方ですわ!」

「作戦だよ、作戦。だいたい、俺だって下手な考え巡らすのは嫌なんだよ! 仮にもパーティーリーダーなんだから、仲間に任せて少しでも楽しようと思っても良いだろ」

「一度に矛盾した言葉をこうも吐くなんて……」

「…………大丈夫かしら、こいつら」

 騒ぐ二人の男女と通常よりも大きな妖精一人のやり取りを見て、ヴィヴィは先程の自分の申し出をキャンセルしようかと思った。

 つい、隣に立つフォールムを見上げるが、物言わぬ魔導人形は首を傾げて目に当たるレンズでヴィヴィを見返すだけだった。

 不意に、片方の袖を引っ張られてヴィヴィはそちらに振り向く。そこにはネイの姿があった。

「連いて来るんだよね? なら、よろしく」

「…………え?」

 真っ直ぐな黄金色の瞳に見つめられ、小さく疑問の声を上げたヴィヴィはクロウ達へと救いを求めるように視線を向ける。

「はい決定ー。そういう訳で、来ても良いけどちゃんと指示に従えよ?」

「とりあえず、フォールムだったかしら? その魔導人形には後ろを守ってもらいましょう」

「頑張ってくださいね。挫けては駄目ですわよ?」

 三人はそれぞれ好き勝手に言うと、手早く広げていた解体道具やら何やらを片付け始める。指示を出す側で行動の機先を起こすパーティーリーダーが細かい指示を出さない分、経験豊かなセエレやサクヤは自分の役割を見つけて行動するので、好き勝手しているパーティーに見えるだろう。

「だってさ。頑張ろう?」

 だが、ヴィヴィにはこの無表情で無愛想な顔をした露出高の少女の言葉が切っ掛けで年長者と思われる三人が行動したように思えた。


「意外と静かに歩くもんだな」

 洞窟内を進みながら、クロウは最後尾から連いて来る魔導人形のフォールムを見上げた。

「駆動系には気を使ってるもの」

「駆動系?」

「人で言う関節とか筋肉な。ここが柔軟でスムーズに動かないと音を立ててしまう」

「あたしとしては前を歩くサクヤが物音一つ立てないのが不気味なんだけど」

「忍者ですので」

 ゴスロリ衣装を着てハイヒールまで履いているのに足音も立てない汚れないサクヤは平然と笑顔でそう返した。

「……まあ、フォールムの場合は蓄積された経験の賜物だけど」

「そういや、この魔導人形ってどこで手に入れたんだ?」

「曽祖父が見つけて、何とか修理したのよ。それから代々使い続けているわ。ソフトウェアと戦闘データ、それで魔力炉は無事だったからボディの修理だけで動けるようになったのよ」

「良い拾い物をしたわね。魔導人形で難題なのは魔力炉と頭よ。どっちも残っていたから即戦力となれたのね」

「自慢の魔導人形よ」

 セエレの言葉にヴィヴィは嬉しそうに胸を張った。

「ソフトウェアとか魔力炉って何?」

「脳と心臓だな。これが無いと動かないのは人間も同じだ。そういや、お前は何でメトシュラに?」

「お前じゃなくてヴィヴィよ。メトシュラなら目的は冒険者になる為に決まってるじゃない」

「そうですわよね!」

「ふうん。まあ、何だって良いか」

 何故か食いつきの良いサクヤを無視し、クロウは洞窟の奥へ視線を向ける。

 無視はしたが、サクヤの先導で進む一行はサラマンダーに会う事もなく順調であった。だが、もう随分と長い時間歩いている。

「……広すぎね?」

「明らかに、拡大させてるわね。それにしては無軌道だけど」

「そうですわね。周囲を軽くマッピングした時、サンドリザードが穴を掘っているのを見つけましたわ」

「モンスターに掘らせてるのか。あれだな、子供が秘密基地作るノリだな。しっかし、俺の方向感覚狂ってなきゃ、この分だと山向こうまで続いているかもな」

「えぇっ!? そこまで歩いた覚えはないわよ」

「サラマンダーから逃げ回ってて覚えてないんだろ。それに直線距離だからな」

「ここでモンスターの培養が行われているとして、村に近いのが疑問だったけれど、もしかすると向こう側から掘りすぎて繋がったのかもしれないわね」

「だとしたらとんだ間抜けだな」

「……あんた達、ちょっと気楽過ぎない?」

 雑談するクロウ達を見て、ヴィヴィは思わず呟いた。その声は全員に聞こえていたようだが、誰も気にしていない。

「こんな陰気な場所で緊張したままだと保たないぞ」

「そうですわね。それに、警戒はしているので安心してください」

 サクヤが言う通り、ヴィヴィとフォールムだけの時と違って探索は順調に進んだ。モンスターと遭遇してもサクヤが先んじて発見し、先制を取る事で気付かれる前に倒し、数が多い所では迂回する。

 そうやって極力戦闘を避けながら進み続けて数時間、クロウ達は予想していた場所に着いた。

 洞窟内に大きな竪穴が掘られており、外周には無数の浴槽が並び、モンスターが液体の中で漂いながら浮いていた。更にはパイプが張り巡らされ、地面や壁にはコードが伸びて様々な機械と繋がっている。

「なぁに、これ?」

「何と言うか、奇々怪々ですわね」

 その光景はネイやサクヤのような魔導機械の知識が乏しい者にとって別世界の光景に見えた。

 クロウ達は竪穴を見下ろす高い壁の穴からその光景を見下ろしているのだが、モンスターが野放図に穴を掘り勧めているという予想は当たっていたらしく、家主さえも知らない道のようだった。

「何と言うか。これだけの金があるなら俺にも分けて欲しいな。というか、どこのどいつだよ?」

「こんな場所で隠れて研究してるって事は犯罪者に決まってるわ。どこのどいつ、って部分は確かに気になるけれど。こんな施設、帝国でも大きな施設にしか無いわよ」

 セエレの言い方だと大きな施設ならいくらでもあるようだが、そんな疑問をクロウは口にしなかった。それよりも横のに注意しなければならなかったからだ。

「す、凄い設備だわ! これだけの数を安定に稼働させているなんてどんな魔力炉を使ってるのかしら? パイプの先を辿れば……嘘っ、あんなに小さいの? しかも見たことの無い型っ。培養もほとんど自動化されてるし、一体どんな魔導技術が!? こんなの、キルホゥーンの魔術学園にも無いわよ」

「おーい、あんまり乗り出すな狭いんだから。というか声を潜めろ」

 ヴィヴィが眼下の施設に夢中になっていたのを宥めるので大変だった。

 だが、疑問は最もだ。一体どこの陰気な魔術師がこれだけの施設を作ったのか、サラマンダー騒ぎに原因と思われる人物像にいくつかの推測と対処をクロウが知的好奇心旺盛な少女を押さえながら考えると、前触れもなく声が響いた。

「エェェェボルゥショオオオオォォォンッ!」

「……………………は?」

 竪穴の中心、そこには万歳の形で両手を広げて奇声を上げる一人の男が立って――いや、別次元から未確認生物が降臨しそうで流石の謎生物でも回れ右しそうな気持ち悪い踊りを披露していた。

「…………帰ろっか?」

 その踊りはネイまでもが逃亡を進言するほどだった。


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