第二十話
森の奥、人が入り込む事が無いような場所にその洞窟はあった。
獣の顎が開いたような形をした洞窟の口の中は完全な闇に包まれている。だが、その喉奥から甲高い悲鳴――
「ああああぁーーーーっ! もう、メンドくっさいわね! とっとと、くたばれコンチクショー!」
――ではなく怒声が響き渡っていた。
ローブを羽織った少女が洞窟の奥で騒いでいる。青い髪を両サイドで結んでおり、ローブを羽織っていた。手には金属で出来た杖が握られており、その先端は前を向いていた。
少女の前方は外の光が一切入らない洞窟内にも関わらず赤い光で照らされていた。
赤い、炎の光によって。
「火を吐くな! 酸素が、酸素がぁ!」
少女の目の前には赤錆色の肌をした人ほどの大きさの蜥蜴が群れを成していた。蜥蜴が呼吸する度に隙間から火の粉が散り、手足の爪によって地面が熱され赤くなっている。
「熱っ、熱い! 暑いの通り越して熱ッ! 洞窟でサラマンダーとかアホじゃないの!? ええい、ぶっ倒しなさい!」
サラマンダーに囲まれた状況でありながら、少女が怒鳴り散らすと背後で大きな影が動いた。
それは全身が鉄で出来た人形だ。
「やれ、フォールム!」
鉄人形は人で言う目の部分を光らせ、前進しながら太い腕を振り下ろす。鉄腕は先頭にいたサラマンダーの頭を潰し、血潮をぶちまけた。
他のサラマンダー達が火を巻きながら躍りかかるが、外見にそぐわぬ素早さと動きを見せる鉄人形は腕を振り回してサラマンダーを叩き落とし、足で踏み潰して行く。
「<アイス・ボール>!」
その後ろで少女が魔術を行使する。杖の先端から胴体ほどの丸い氷塊が生み出され、それが真っ直ぐに群れへと放たれた。
氷塊は群れの一部を押し潰し、周囲に氷の破片を撒き散らす。
サラマンダーが引き起こす熱によって塊共々氷が溶け、水蒸気がその場に満ちた。
「今のうちに逃げるわよ、フォールム!」
言うやいなや、少女は後ろを振り返って走り出した。鉄人形は少女に従うと追いつきながら掌を上に向けて少女に差し出す。
大きな手の上に少女が飛び乗り、鉄人形は加速してその場から逃走する。
「道に迷って寝れる場所には良いかなと思った洞窟がまさかこんな事になるなんて。本当にツイてない!」
サラマンダーが跋扈する洞窟の中、少女の叫びが響いていった。
◆
早朝に村を出発したクロウ達は村人達が教えてくれた洞窟の前に到着した。
「なーんか、おかしな足跡があるな」
洞窟前の地面を見ながらクロウは頭を掻く。到着してすぐに入らず、まず不審な点がないか確認作業を行っていた訳だが、あって欲しく無かった不審な点を見つけてしまったのだ。
「見てみろ。人間の足跡が洞窟に伸びている」
クロウはネイを呼び、地面に薄く残っている足跡を指差した。
「だが、村人は誰一人洞窟に入ってないと言っていた。モンスターが住み着いてると分かってれば入らないわな。しかもサイズから女子供だ。更に面倒なのが隣だ」
「大きいね」
「しかも土の沈み具合からかなり重い」
クロウが見つけたのは洞窟へと入っていく小さいのと大きな足跡の二つだ。前者は沈みが浅い事から女か子供。足跡の距離と向きから推測される歩き方で女の可能性が高い。後者は逆に沈みが深く、かなりの大きく重量もある。
「大きい方、似たようなのを知っているわ。多分、魔導人形の類よ」
ネイの肩に乗っていたセエレが付け加える。
「魔導人形って、帝国にもある兵器の?」
軍事国家であるユリアス帝国には自律型戦闘人形が存在している。魔力を動力源とした複雑な機構によって動く物を魔導機械と呼ばれ、人形の場合は魔導人形と呼ばれる。
戦闘用魔導人形はラドゥエリに並ぶ帝国の主力の一つであり、一部では都市の防衛の為に動いている姿を簡単に目撃できた。
「魔術でゴーレムを作ったり、人形を動かすのがあるけど、足跡から見れる足裏の溝は滑り止めは魔導人形によく付けられてるわ。それに、魔導人形は基本的に金属で出来ているからゴーレムよりも重いわ」
「だとしたら金持ちの子供とその護衛か? 魔導人形ってのはそう簡単に手に入る物でないし、維持にも専門家が必要で金が要るからな。問題は、何でこんな所でそんな奴がいるかなんだが……」
足跡は行きしかなく、帰りの方は見つかっていない。出入り口が他に無いとすれば、女と魔導人形はまだ中にいると云う事だ。
「皆さん、こちらを」
別の場所を調べていたサクヤがクロウ達を呼ぶ。
「通常の大蜥蜴に混じってサラマンダーの足跡を見つけましたわ」
サクヤが指し示す地面には鉤爪を持った動物の、それも僅かに焼き焦げた跡が残っていた。
「けれでも、大きさが違うのがいくつかありますわ。これは一体だけではありませんわね」
足跡の大きさの違いからサクヤはそう推察した。
「正体不明の人物と魔導人形に加え、サラマンダーが複数か。厄介な」
「どうする?」
「どうするも何も、行くしかないだろ。仕事なんだし」
セエレの問いにクロウは一蹴する。そして洞窟へと目を向けた。
洞窟の入口はまるで巨大な獣が顎を開けているような様相を以てクロウ達を待ち構えているようだった。
魔力によって光を放つ石を入れたランタンを片手に、クロウ達は洞窟の中を進んでいく。
「あー、うー、うおー」
歩きながら、クロウの口から情けない声が発せられる。
「しゃんとしなさい」
「うおっ!?」
クロウの首にセエレが魔術で作った冷たい水がぶつけられる。
「どうしたの、クロウ?」
「これ見ろよ」
聞いてきたネイにクロウは歩きながら足元を蹴る。
自然に出来た洞窟の足場は不安定で、少し歩くだけでも体力を消耗する。だが、クロウ達が歩いている場所は僅かながらなだらかになっているようであった。
「ぱっと見分かり辛いが、微妙に歩きやすいように整備されていやがる。つまり、誰かが長期間ここで活動してるって事だ」
「入口の時もそうだけど、よく見てるよね」
「まあ、長い間冒険者やってるからな」
「どうしてそこまで色々覚える事が出来たの?」
「仕方なく、かな。お前は何か色々と覚えたがるが、別に慌てる必要はないぞ」
「慌ててるように見える?」
「少し、な」
そう言って、クロウはネイの頭に手を置いて髪を掻き回す。
「女の子の髪を乱さない」
されるがままで髪の乱れも直そうとしないネイの代わりにセエレが注意し、ネイの赤いメッシュが入った黒髪を整え始める。
「へいへい。ところで、サクヤはどこまで行ったんだ?」
「今戻ってきました」
クロウが呟いた瞬間、サクヤがランタンの光の中に入ってきた。
「うわっ、びっくりした。どうやったの?」
「うふふ、企業秘密ですわ」
「忍者って何でこう自分から胡散臭い方向に持って行くんだろうな」
先行して洞窟の様子を探っていたサクヤは明らかに動き難い派手なドレスでありながら埃一つ付いていなかった。彼女だけ別の法則が働いているのかもしれない。
「それよりも、この先で洞窟前にあった足跡の持ち主らしき少女と絡繰人形を発見しましたわ。それとサラマンダーの群れ」
群れと聞いて、クロウは何もない天井を見上げた。暗雲どころか暗闇しか広がっていなかった。
「どうしましょうか?」
「どう、って言われても。どんな様子だった?」
「サラマンダーと戦闘していましたわ。悪態を叫びながら元気に駆け回っています。今なら追いつけますけど?」
「行くよ。仕方ないだろ。あー、面倒臭い。というかこの場合、報酬の値上げって誰に言えば良いんだ? ギルドは……仲介屋だから無視されるか。じゃあ、村長? 無理くせぇなあ」
ブツブツと愚痴を零しながらクロウは早歩きで洞窟の中を進んで行った。
「死ね、死ね、死ね! <アイス・フィールド>、<アイス・バレット>、<アイス・バレット>、<サンダー・バレット>!」
洞窟の先ではローブを着た少女が暴れていた。金属製の変わった杖を地面に平行に構え、次々と魔法を撃ちだしている。
相手はサラマンダーの群れだ。少女の前では鉄の人形が壁となって群れを抑えており、その後ろで少女が魔法を連射している。
「見事に前衛後衛分かれてるな」
そんな戦闘の様子をクロウ達はこっそりと眺めていた。
「助けなくてもいいの?」
「いや、助けるけど。一応、相手の立場を確認してからだ。もしかしたら敵かもしれないからな。まあ、違うみたいだが」
「シャァッ、オラァ! どんなもんよ! あっ、熱ッ、<ライトニング・ボルト>ォ!」
「凶暴さはそこらのモンスターの目じゃないな」
軽口を叩きながら、クロウは少女をじっと見る。
魔術師なのだろう。少女は戦闘のテンションからかかなりアドレナリンを脳内分泌させて魔法を撃っている。先程までサラマンダーに有効な水属性を使っていたのに、今では雷属性の魔法を連射していた。
あそこまで乱発しているといずれ魔力が尽きる上に頭の処理が追いつかず力尽きるものだが、少女にそのような兆候は見られない。
そのタネはおそらくあの金属の杖にあるのだろう。先端の丸い宝石部分が魔法を撃とうとする度に光り、時折少女が小さな結晶を杖へと入れる時がある。
「あれは魔導機械で作られた魔具なのか?」
「でしょうね。似たような物を帝国で見たわ。でも、あの魔導人形は相当古い物ね。多分、発掘品だわ」
一方セエレは魔導人形の方を注意深く見ていた。魔導人形はそう簡単に所持できない。帝国のように軍事用として製造できる資金と技術があるか、エノクの糸のようなダンジョンからの発掘品として入手するかだ。
どの国の型にも当てはまらない魔導人形はおそらく後者であろう。少女の歳でそれを所有しているのも奇妙だが、誰かから譲られたのならおかしくはない。例え動かなくとも、専門家に売ればそれなりの金額になる魔導機械は存続できる財産でもあるのだ。
「ねえ、いつ助けに行くの? そろそろ危ないみたいだよ」
ネイの言う通り、少女と魔導人形はサラマンダーの群れに追い詰められつつあった。
数が多いのもそうだが、洞窟は魔導人形が自由に動くには狭く、サラマンダーに取り付かれている。そして自身の体と壁の隙間から少女の方へと進むサラマンダーまでいる。少女が魔法で応戦するも、徐々に追い詰そろそろめられているのは間違いなかった。
「そうだな、助けるか。サクヤ」
「向こうに安全な場所がありましたわ」
逃走ルートを指し示しながら、サクヤは導線の付いた小さな筒を取り出す。
「あの子が<アイス・フィールド>を張っていたから火は付きにくくなっているわよ」
<アイス・フィールド>は水の魔力を周囲に張り巡らせ、火などを抑える魔法だ。そのおかげでサラマンダーの厄介な火や熱が弱まっている。
「それなら、わたくしが突入して場を掻き回しますか?」
「いや、それより面白い事を思いついた」
「妙な事を企んだ時の顔ね」
自分を守る魔導人形の後ろで悪態をつきながら少女ヴィヴィは焦っていた。止まらないサラマンダーの襲撃にジリ貧だと理解しているからだ。
狭い洞窟の中では魔導人形はその鋼鉄の腕を自由に振り回す事は出来ない。魔法で援護する自分の魔力も、そして杖に押し入れて魔力の肩代わりをさせている結晶も尽きようとしていた。
焦燥に駆られる中、ヴィヴィはサラマンダーが群がる洞窟の奥から二つの黄金の光が瞬いたのを見た。
「――猫?」
暗がりで見える炯々とした二つの光に猫を思い浮かべたヴィヴィだが、その疑問の答えを示すように奥から駆けてくる者があった。
赤いメッシュの入った黒髪と黄金の瞳を持つ少女だ。袖の無いコートを着ており、その下は胸当てとホットパンツと云う露出のある格好をしている。チグハグな格好だが、そんな物よりもヴィヴィの目に映った物があった。
見た目も格好も独特な少女の手には導線の付いた筒が両手にそれぞれ握られていた。
「まさか――」
筒を爆弾と認識し<アイス・フィールド>で火は付かないと頭では冷静に判断した直後、筒を持って走る少女の露出した腕に橙色の紋様が浮かぶ。
そしてその指先からは<アイス・フィールド>でも打ち消せない火が点った。
「ちょっ、止め――ッ!?」
ヴィヴィが思わず叫ぶも、黄金の瞳の少女は筒の根元に火の付いた指を突っ込んだ。




