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第二話

「糸送り……」

 予想通り面倒な依頼だとクロウは内心毒づいた。糸送りとは何かしらの理由で国を追放されてエノクの糸に送られる事を指す。しかも、その対象となるのが主に上流階級である貴族。

 貴族社会は複雑怪奇だ。それを政治と言うのかもしれないが、ともかく一筋縄ではいかない。例えば、何か問題を起こした貴族がいたとする。明確な処罰を与える事もあるが、貴族同士の関係や政治的判断によってそれを行えない事がある。そういう場合、国から追放してエノクへ冒険者として送り出すのだ。

 エノクの糸はまだ誰も踏破した事のない超巨大ダンジョン。そこに眠る秘宝は物によって国一つを滅ぼすも発展させるも自由だ。だからどの国も子飼いの冒険者や自らの兵士をエノクの糸攻略に向かわせている。

 糸送りは、名誉と地位を回復させたければ国に有益となる実績を手に入れて来いという事である。勿論、そう都合良く行く訳がなく、実質的な国外追放と変わらない。

 クロウは改めて三人を見る。老夫婦の上品さは貴族の家に仕えていて身に付いたものなのだろう。そして、少女の方は夫婦の態度から仕えている貴族の子なのだろう。その時点で色々と邪推できるが、根掘り葉掘りと聞く話でも無いとクロウは判断した。

「それで依頼内容は?」

「私をエノクの糸のあるメトシュラまで護衛してほしいの」

 依頼内容も予想通りではあった。ネイが何かをやったと言うよりは周りに何かがあって人身御供になったのであろうが、糸送りという事は他の貴族から恨まれている可能性が高い。

 王が決めた正式な処罰を表から否定する者はいないだろうが、暗殺者など雇って秘密裏に始末する可能性もある。野盗に襲われて死んだと知らばっくれればいいのだから。

「…………だめ?」

 押し黙ったクロウの反応にネイが首を横に倒す。外見年齢よりも精神が幼い印象を受ける。

「そういう訳じゃないんですが……」

 クロウは隣に座るコザックを盗み見る。わざわざギルドの前に待たせた男は目を逸らした。

 エノクの話を今朝したばかりでそこへ行く少女の護衛とは、コザックはどうしてもクロウをエノクの糸の冒険者にしたいらしい。そしてもう一つ、餌があった。

「……一つ聞いていいですか?」

「なに?」

「ユリアス帝国の貴族なのですか?」

 老夫婦が肩を僅かに震わせた。この街は冒険者ギルドが所有する領域内にあるが、広大な面積を持つユリアス帝国ともそう遠くない。ここで貴族と言えば、それは帝国の貴族だと簡単に分かる。

「うん、そう。色々あって、追い出されたの」

 ネイは老夫婦とは対照的に気にしていないようだった。

「ユリアス帝国は嫌い?」

 子供ゆえの真っ直ぐな問いに、クロウではなくコザックが反応を見せる。恍けるように逸らしていた視線をクロウへと向けて反応を確かめようとしている。

 コザックが嫌がらせや悪巧みでネイの依頼を紹介したのではないのだろう。所長という立場なのである程度の駆け引きを心得ている彼だが、自分を育ててくれた第二の父と言えるコザックをクロウは信頼していた。だからこそのお節介であり、懸念なのだろう。

「帝国は嫌いじゃないです。嫌がらせしたい程度には好きです」

「そ、そうなんだ」

 笑顔で答えられたネイを含む三人は若干引いていた。隣でコザックは安心したような呆れたような溜息を吐く。

「つまり、引き受けてくれるんだな?」

 コザックの確認にクロウは簡単に頷いた。訳ありで厄介な依頼だとは分かっているが、リスクを怖がっては冒険者などやっていられない。正確には、リスクとリターンの計算が出来ない馬鹿が犯罪を犯さずにやれる仕事が冒険者しかないというだけなのだが。

「おお、ありがとうございます!」

 それを聞いたトーイ夫妻が喜びで椅子から立ち上がる。よほど嬉しかったらしく身を乗り出す始末で、逆にクロウが戸惑うほどだった。

「で、では早速打ち合わせをしましょう。事情が事情なので、早い出発の方が良いでしょう」

「それならこっちである程度計画してある。今日中に出発出来るだろう。三人はこちらの準備が整うまでこちらでお休み下さい」

「重ね重ねありがとうございます」

「いえ。昔、食うに困ってた時に助けて頂いたお二人から受けた恩に比べればこのぐらい。クロウ、一緒に来てくれ。向こうで話をしよう」

 繰り返し頭を下げる老夫婦から逃げるように、コザックとクロウは部屋から出ていく。ギルドの中では既に職員が出勤しており、コザックはその一人に部屋へお茶などを持っていくよう指示すると隅に置かれた席へとクロウを連れて行く。

 職員達はまだギルドの開いていない時間にいるクロウの存在を特におかしく思う事もなく、二人を無視するように業務の準備を進めていく。

ギルドで育ったとも言えるクロウの存在は職員にとって馴染みのあるものであり、コザックが秘匿性の高いクエストをクロウに依頼するのはよくある事なので特に深入りしようとしないのだ。

「食い物の恩は確かに高いわな」

「うるせえ」

 自分の過去の一部を知られて恥ずかしいのか、コザックは頭の後ろを乱暴に掻いて誤魔化す。

「それで、もう大体決まってるんだろ? とっとと話せよおっさん。一石二鳥狙いやがってハゲ。恩返しと俺のエノク行き同時にやろうとしやがって未婚者」

「決まってる。話す。そんなに禿げてねえ! 結婚しない主義なだけだ!」

「……朝から血圧高いな。疲れない?」

「お前、マジで頭カチ割るぞ」

「悪かった。そんじゃ真面目な話と行くか」

「なら酒瓶から手を離せ。……はぁ、とりあえず大まかな事を言うと、お前はあのお嬢さんを連れて森を抜けるルートでメトシュラに行け。夫妻にはこっちで用意した偽物で街道のルートを行ってもらう」

「最短で危険な道だな。つっても、地元の連中にしてみれば安全ルートに早変わりだけどな。問題は体力が持つかどうかだ」

 ギルドの前で立っているだけで手に入れた酒を飲んでいても、クロウの頭は回っていた。

 森の中では野生動物の他に魔物も多く生息しているが、実は安全に通り抜けられるルートがある。馬車などの乗り物が通るのは無理だが、逆に徒歩でなら通る事ができる。

 ただし、舗装されている訳ではないので素人が通るには無理があった。

 依頼者の三人が早朝にこの街にたどり着いたのなら、彼らは夜が明ける前に出発したと逆算できる。ずっと歩き続けていたのなら、相当に体力の消費があった筈だ。そんな状態で素人が森の中を抜けるのは無謀だ。

「あのお嬢さんだけなら問題ないだろ」

「そう……だな」

 老夫婦には疲れが見れた。帝国からここまでどのように来たのか知らないが、苦労したのが見て取れた。対して少女の方は疲れを微塵も見せていない。外套や靴の汚れからネイが楽をしていたという訳ではないのだろう。

「依頼主の個人情報だから詳しい事は言えないが、お嬢さんはちょっと変わった体質でな」

 遠回しに糸送りの原因を説明されたが、クロウは興味なさそうに気のない返事をした。それでもコザックは構わず続ける。

「ユリアス帝国に網を広げていればだいたいの話は掴めるんだがな……。なんであれ、お前が気にするのはお嬢さんをメトシュラに送り届ける事だ」

「そのついでにギルド本部に行ってこいと」

「こういう形で行かせようとしたのは悪かったが、お前はこうでもしないと自分から行きやしねえだろ。まあ、帝国に思うところのあるお前には酷ですまないと思っている」

「いや、それこそ余計な気遣いだ。別に帝国のことなんて特に気にしてもいない――訳でもないが、まあ、仕事はきちっとやるさ」

 気にしていないのを装ってはいるが、帝国の話題を避けようとしている節が見て取れた。クロウ自身もそれを自覚している。だからこそ余計に追及されたくなかったし、正直に言えば帝国とは関わりのない人生を送りたかった。

 だが、コザックがこうして依頼を持ってきたのも縁なのかもしれない。どうせ避けられないと割り切って素直に受けるしかなかった。

「エノクに行ってもすぐにとんぼ返りするかもしれないけどな。とりあえず、依頼主の体力に気をつけなくていいのなら、今すぐにでも出発したい」

「その方がいい。糸送りという判決が下されている以上、正規の兵士は使えないが傭兵ぐらいは雇っている筈だ」

「帝国の冒険者は?」

「そんなにデカくないとは言え一都市のギルド所長だぞ。舐めんな」

「ああ、はいはい。なら次はもっと優秀な冒険者を指名してくれ」

 飲み干した酒瓶をテーブルの上に置いてクロウは立ち上がり、依頼者達が休んでいる部屋に戻る。

 依頼者の体力に気を遣う必要がないのならすぐに行動するべきだろう。クロウはいつ何があってもすぐに行動できるよう最低限の装備を常にしている。

「休憩中に申し訳ないが、そろそろ出発――」

 扉を開けて中に入ると、三人は外套を脱いで休憩していた。彼らはギルドの職員が出した紅茶を飲んで疲れを癒しているおり、そこに何の問題はない。ただ、ネイという少女の格好が問題だった。

 上はビキニ一枚で下はホットパンツという露出の高い格好だった。

「痴女?」

 思わず率直な感想が口から出た。

「失礼だろうが!」

 そして後ろからコザックに殴られた。

「お、お嬢様、上に何か羽織りましょう」

「暑いから嫌なんだけど、やっぱりこの格好って目立つの?」

 特に気にしていないのは本人だけで、ネイは外套を再び羽織らされる。

「この辺りでは珍しいですけど、薄着な冒険者はいますからそこまで気にするほどじゃないですよ。それよりも、お嬢さんの方はそろそろ出発しましょう。おら、とっとと起きて仕事しろ」

「暴力所長め。……とにかく、追っ手が存在しているのなら急いで出発しましょう。メトシュラの領内に早く着けばその分お嬢さんの安全は確かになりますから」

 殴り倒され、挙句に石を蹴飛ばすように脇腹を蹴られて起こされたクロウは服に付いた埃を叩き落とす。

 尤も、安全になると言っておきながら追手の事がなくとも安全の保証などできない。

 街道から外れた道を行けばモンスターだけでなく野盗の類は出るし、メトシュラに着いたとしても冒険者として活動すれば命など酷く軽い物に変わるのだが。

「出るならここを通っていけ。既に誰かが街を見張ってる可能性があるからな」

 コザックがデスクの裏に手を伸ばして何か動かす動作をすると、壁の一部が扉のように開き通路が現れた。

「こんな事もあろうかと、な隠し通路だ。外の森に繋がっている」

「大盤振る舞いだな。てか、ぶっちゃけ俺いるのか?」

「ぶっちゃけると案内人以上の意味は無い。護衛は最悪の場合だ」

 正直な中年の言葉に無気力な若者は肩を竦め、ネイの方へ振り向く。

「じいや、ばあや、それじゃあ行ってくるね」

「はい、お嬢様。どうかご無事で」

「お体は大事にしてください。手紙もお待ちしております」

「うん。気をつけるよ。手紙も書くね」

 別れを済ませたネイはリュックを背負い、クロウの元に移動する。

「それじゃあ、行きましょう」

「うん。よろしくね」

 クロウが通路を先行していき、ネイは一度振り返ってトーイ夫妻に手を振り、その後を追った。通路の入口では夫妻が見送る中、静かに扉が閉まっていった。


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