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第十九話


 クロウが寝泊りする部屋の中で削る音が小さく響いていた。

 クロウが乳鉢の中で乾燥した植物などを粉末状に砕いている音だ。小さなテーブルの上には調合道具や薬の材料が所狭しと並べられており、独特の臭いが漂っている。

 部屋の中にはクロウだけではなくネイとセエレ、サクヤの姿もあった。三人は口を開けず、静かに調合の様子を見ている。

 サクヤは襲撃者撃退の後、今まで泊まっていた宿を引き払い、『翠海の渡り鳥』へと引っ越して来ていた。部屋は節約の為にもネイと一緒に二人部屋で泊まっている。

「……じっと見られると困るんだが」

 手を止めたクロウが振り返る。三対の目と合った。

「本当に調合が出来るんですのね」

「私もびっくりだわ」

「勧めたのはセエレさんでしょう!?」

「久しぶりなのは確かだけどな。ネイもこんなの見てつまらんだろ」

「ううん。結構楽しい」

 意外と思うセエレとサクヤと違い、ネイは単純な興味から調合の様子を見ていた。

「そんな楽しいかね。ほら、これで出来たぞ」

 クロウは乳鉢の中の粉末を幾つかに分けて薬包紙に包んでいく。器用に三角に包んだそれをクロウはサクヤに投げ渡す。

「頭痛がしたら水で飲め。酒と一緒に飲むなよ。それと、あくまで痛みを緩和するだけだから超能力者が起こす頭痛そのものを治す訳じゃないからな」

「分かっていますわ。それにしても、久しぶりと言いつつも見事の手際でしたわね。私も薬草を使う事はありますけど、複数の種類を混ぜて使う程の知識はありませんわ」

「昔取った何やらだ」

 クロウは素っ気なく言いながらテーブルの上にある物を片付けていく。調合道具は何故か何でも売っている雑貨屋で買い、材料は専門の店で購入した物だ。

「で、これからについてだが」

 片付け終えると、今度は複数の紙を並べた。それはギルドに貼られているクエスト書であった。

 クロウ達はパーティーは現在資金難であった。エノクの糸から得られるアイテムの換金程度ではこれからの活動には不足なのだ。

 エノクの糸には未だに宝の山が眠っている。だが、冒険者全員がそれを手にするという事はない。

 モンスターを倒し剥ぎ取った体の一部や体内の魔力の結晶、人型モンスターが持っていた武具などがダンジョン内での主な収入だが、それだけで生活費全てを賄えない。

 何よりエノクの糸を昇ってより価値のある者を手に入れようと目指す以上、装備や消耗品の補充が必要となる。それらはとてもダンジョンで活動するだけでやり繰りできるものではない。

 そこで収入源となるのがギルドが仲介して紹介される依頼だ。モンスターの討伐、薬や道具の材料となる物の採取、中には単純な肉体労働などの仕事がギルドを通して紹介されているのだ。

 メトシュラではエノクの糸の攻略が冒険者の役割だが、地方のギルドでは主にクエストをこなすのが仕事である。

「わたくし個人の資金をパーティー用としてお渡ししましょうか?」

「俺をヒモにする気か。どうせクエスト報酬からパーティー用と個人とで分配するから気にすんな。で、ギルドから取ってきたこのクエストを受けようと思う」

 サクヤの提案を断ると、クロウは複数のクエスト書を指で軽く叩く。

「指定モンスターの討伐と根引きね」

 クエストにはメトシュラ近隣の村近くに現れたモンスターの討伐と、メトシュラ周辺に生息するモンスターの根引きであった。

「同時にいくつも受けられるの?」

「受けられる。それにこうやって目的地の移動ついでにモンスターの討伐で小遣い稼ぎをするのはよくある手だ」

「目的の村まで馬で数日のようですけど、足の方はどうするんですの?」

「途中で目的の村による商隊に相乗りする。商隊の護衛クエストもあったが、既に取られてたから足代として護衛するっつう事で交渉した。帰りは歩きだけどな」

「…………意外でしたわ。ちゃんと下準備されているのですね」

「俺一人だけならこんな事しねえよ。面倒臭い。そより、何か意見あるか?」

 クロウが一度三人を見回すが、意見や反対が無いようであった。

「それじゃあ、明日の朝には出発するから準備しておいてくれ」

 それでその場は解散となった。


 翌朝、クロウ達は商隊の馬車に相乗りして目的の村を目指した。

 途中、何度かモンスター達と遭遇して商隊護衛の冒険者達と共に難なく撃退する事に成功する。

 モンスターの根引きクエストにはモンスターを倒した証明として体の一部を剥ぎ取りして保存する必要があったが、これはダンジョン攻略で自然と身につくものなので問題なく順調に道中は進み、村に到着できたのだった。

「クソがっ」

 村の中にある集会所、外からの来客などがあった場合に宿泊施設を兼ねた建物の中でクロウが悪態をついた。それにサクヤが微苦笑する。

 サクヤを始め、女性陣はクロウの機嫌の悪さに何も言わない。自分達に原因があるからだ。

 コートは着ているがその下は露出の高い格好に独特の容貌のネイ、元ラドゥエリで童話から出てきたような妖精族に見えるセエレ、忍者でゴシックロリータ衣装の派手な格好をしたネイ。

 そんな三人に囲まれた平凡な冒険者のクロウが逆に目立つのは仕方の無い事であった。男女比が偏っているの要因の一つであろう。

「そう言えば女ばかりだったんだよな。あぁ、まあ仕方が無いか」

 独り言をブツブツと言っていたクロウだが、時間が経つにつれて自己完結して猫背になっていた背を起こし始める。

「仕事の話をしても良い?」

「ああ、何とか。まさかこの俺がやっかみの視線を受ける側になるなんて……」

 セエレに促されて、まだ愚痴を零しながらクロウは机の上に広げられた地図を見下ろす。村近くにある森の地図だ。

 クロウ達は村に着いてすぐに村長の元に赴き、依頼の詳細を訊ねた。そして寝泊りする場所として集会所と地図を借り受けた。

 クエストは森深くにある洞窟に住み着いたモンスターの討伐だ。地図にはその洞窟の場所も描かれているので道中に困る事は無い。

 問題なのは住み着いたモンスターだ。

「大蜥蜴って聞いてたんだが、何か緑色だったと云うのもあれば赤錆色だったって云う目撃証言もあるんだよな」

「大きな蜥蜴で赤錆色ならサラマンダーね」

「サラマンダーって?」

「火を吐く大蜥蜴よ。足は速くないけれど動き自体は素早いわ。爪や牙にも熱いから、それで傷付けられたら傷口が焼けるから気をつけるのよ」

「しかし、サラマンダーは火山地帯に生息している筈では?」

「そうなんだよ。なんで森にいんだよ?」

 サラマンダーと云うモンスターは主に火山地帯やせいぜいが荒野に生息している。火を吐くのは火や熱に強い耐性に加え自らの力にした特性だ。

 サラマンダーを知らなかったネイはよく分かっていないが、クロウ達三人は疑問を浮かべていた。

「迷い込んだんじゃないの?」

「迷い込んだにしても、この近くに火山も火属性の魔力が強い土地もない。だいたい、火事になってないのがおかしい。あいつら、矢鱈滅多に火を吐きまくるからな」

「森はよく燃えるから。歩いているだけで爪の熱で根が燃えるし、食事だけでも牙で植物が燃えるわ」

 サラマンダーの特徴を教えるようにクロウとセエレがネイの疑問に答えていく。

「じゃあ、どうして?」

「どうしてだと思う?」

「…………元気が無いとか」

「体内の魔力が無ければ可能性はあるが、結構前からいるようだし、弱っていたなら既に死んでいる」

「でも、最後に村の人間が見たのは三日前なのよね。弱っている可能性は低いわ」

「なら、森を燃やさないように気を使っているから?」

 首を傾げたネイの言葉に三人の視線が集まる。

「……あながち外れてないかもしれないな。野生のサラマンダーはそんな器用な事は出来ないが、飼われて調教された奴ならそんな事も出来るだろう」

「つまり、人為的なのですわね。意図は不明ですけれど」

「あくまで可能性だけどな。だとしたら…………酒飲んで良い?」

「駄目」

 クロウの望みをセエレは簡潔に却下した。本人も予想していたのだろう。特に反抗せず、深々と溜息をつくのだった。そしてやる気を失ったようにだらしなく椅子にもたれ掛かる。

「行かなきゃ実際の所は分からないが、気をつけるしかないな。あー……ところで、村長が風呂を貸してくれるらしいぞ」

「あら、それは良いですわね。移動中は入れなかったのですから、ここで汚れを落としましょう。ネイさん、一緒に入りましょうか」

「うん。あっ、でも私と一緒だと熱湯になるよ?」

「私が魔術で調整するわよ」

 風呂と聞いて若干沸き立つ女衆であったが、それも仕方が無いのかもしれない。逆にクロウはどうでも良さそうだったが。

「覗きには気をつけろ。メトシュラに近い村だが、スケベ心までは離れないぞ」

 村と云う環境は排他的になりやすい。特に冒険者となれば余所者の代表で敬遠されがちだが、メトシュラに近いこの村では然程毛嫌いされていない。同時に、一定の距離感も保たれている。

 冒険者の中にも素行の善し悪しがある。それが分かっているからこその距離があるのだろう。

 だが、異性への興味はそれとはまた別だ。特に――内一人は人形サイズだが――見目麗しい女性が三人もいるのだから。

「大丈夫ですわ。もしそんな不届き者がいるならこうですから」

 言いながらサクヤの手が僅かに震える。直後、窓の縁に手裏剣が突き刺さり、外から物音がする。同時に慌てて離れていく足音が聞こえた。

「村人とはいざこざを起こすなよ」

「脅すだけですわ。それでも駄目なら軽く気絶させますが」

「或いは地面に首だけだして埋めるか。妖精魔術には何故か落とし穴を瞬時に作る魔術があるのよね」

「物騒な女どもだ。ネイ、見習うんじゃないぞ」

 どうでも良さそうに言いながら、クロウはテーブルに広げた地図を片付け始める。

「…………そう言うクロウさんにはそんな欲望はないのですか?」

「ハハッ、花より酒」

「これは安心して良いのか、酒に負けた事を悔しがれば良いのか、どちらでしょう?」

「両方じゃない?」

「じゃあ、クロウも一緒に入る?」

 瞬間、ネイの発言によって場が凍った。

「――後は女同士で任せた」

「さあ、ネイさん。お風呂に行きましょうねー」

「やれやれね」

 セエレとサクヤはネイを連れて風呂へと向かい、クロウは煙草に火を付けて明日の準備を進めるのだった。


 村長宅の風呂場は簡易な造りながら狭くは無く、二三人が入るに十分であった。

「本当のところ、どうなのですか?」

 旅の埃を落とし、湯の暖かさに一息付いていると不意にサクヤが脈絡なくセエレに問うた。彼女は髪を後ろまとめており、気持ちよさそうに湯船に浸かっていた。

 お湯を掬ったお椀の中にいたセエレはサクヤに視線だけを向ける。湯船の外で体を洗っている最中だったネイもまた顔を上げた。

「何が?」

 人形サイズでありながら、元の大きさでならバランスの良いスタイルだった事が伺えるセエレが頬に張り付いた髪を指で取りながら問い返す。

「クロウさんの事ですわ」

 背中を浴槽に預け、湯の中でサクヤもまた抜群のプロポーションを持っていた。同性と言え、人目がある中でその裸体を堂々と晒すその姿には自然と女としての自信が溢れている。

 そんな二人の体を見て、ネイが自分の体を見下ろす。主に胸を。

 年齢を考えれば仕方ない事で、ネイもまた美しい肌を持っており、将来が期待は出来るだろうが目の前の二人が特別過ぎて比べる対象として間違っていた。

「クロウ? いきなりどうしたのよ?」

「いえ、少し気になっただけですわ。何というか、背景が見えないんです。知識や動き、性格などでその人の歴史を大凡推測する事ができますわ。けれども、どうも時々不釣り合いと言うか、チグハグな所が見られて。私の経験不足と言えばそれまでですが」

「私も興味ある。クロウはあんまり自分の事喋らない」

「私が知ってるのは子供だった頃よ。それから十数年の間はまったく知らないわ」

 セエレはそう言うものの、二人からの視線は好奇心に満ちており、彼女は根負けしたように口を開く。

「はぁ…………。そうね、一言で言うと何を考えているのか分からない子だったわ。あと、神出鬼没」

「分からないという点では今も同じですわね。飲兵衛にしか見えませんが、普段何を考えているのでしょう」

「何も考えてないわよ。その場その場で動いてるだけよ。好き勝手に人の家を歩き回って、問題起こして、バレたら後先考えずに逃げる。反省もしないでそれを何度も繰り返してたわ」

「昔はヤンチャだったんだね」

「今はアル中にニコ中よ。人間、子供の頃はまともでも結局は大人になった時が肝心なの」

「それにしても、浅く広くはありますけど、あれほどの知識はどこから?」

「見て覚えたのよ。本人が言うには、一度目で見たものは忘れないらしいから。図書館に忍び込んでは本を読んでたから、それで覚えたのね」

「本がお好きだったのですか」

「今は見る影もないけどね」

「…………なんだか、さっきから貶してるね」

「別にそんなつもりは無いわ。ただ、あんな調子だと浮かばれないのがいるから、それを考えるとね」

「浮かばれない?」

 ネイが聞き返すが、セエレは答えない。けれど、昔を思い出しているのか少し遠い目をしており、奇しくも東の方角を向いていた。

「――ハッ、男の匂い!」

 何を嗅ぎ取ったのか、サクヤが湯船から勢い良く立ち上がった。お湯で上せた以上に顔が赤い。

「わたくし、聞いたことありますわ。最大のライバルは女ではなく男だと」

「真剣な顔で何言ってるの? それにそのワクワクした顔は何?」

「その浮かばれないという方の名前は!?」

「聞きなさいよ。言っておくけど、教えないわよ。何だか嫌な予感がするから」

 何とか聞き出そうとするサクヤとそれを躱すセエレ。ネイはそんな二人のやり取りをただ見上げていた。


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