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第十七話


 ようやく落ち着いた後、サクヤによるネイの中にある力の正体への探りが始まった。

 と言っても何ら特別な事をしている訳ではなく、伸ばされたネイの両手の上にサクヤが手を重ねて目を瞑っているだけであった。

 手を重ねているのは、サクヤの言では触れている方がより深く読み取れるとの事だからだ。

「………………」

 眠っているようにも見えるが、集中しているようで額から汗が流れ落ちていた。暫くするとサクヤが目を開け、緊張を解すように細く長い息を吐いた。

「終わりましたわ。……あの、お二人はどうして身構えていらっしゃるのですか?」

 サクヤがクロウ達の方に顔を向けると、クロウとセエレが臨戦態勢を取っていた。

「いや、ほら。こういうのって触れたらドカンってのが定番だろ」

「こ、この人達は!」

「無事だったんだからいいだろ。それでどうだったんだ?」

「まったくもう……。結論から言いますと、ネイさんの中にある力には意思が感じられません。炎の魔力の塊ですわね。なんの仕込みも感じられませんわ。ただ…………」

「どうした?」

「魔力のイメージが狼だったのです。私見ですが、ネイさんは精霊と何かしら関わりのあった一族ではないでしょうか。血が薄くなって廃れたものの、隔世遺伝のような形でネイさんに発現したのでは? アハシマでも、先祖が持っていた力を子孫に発現した話はよく聞きますわ」

「直接的な害はなさそうね。単純な魔力の塊だとは予想出来ていたけど、狼は予想外ね」

「血筋か…………」

 サクヤの説明を聞いてクロウは口の中で呟く。自分もまた受け継いだ力が、<マステマート>がある。死霊を体内に飼っているようなクロウと違って、幸いにもネイの場合は力が大きいだけのようだ。

「獣型の精霊って事は良くも悪くも原始的だ。力の出だしも多分、感情や本能が切っ掛けだろう。ボスの時も、戦闘状態が続いて極限状態に陥ったからだろうな」

 クロウ達が見守っていたとは言え、大猪の相手を単独で行った時のネイは極度の興奮にあった。闘争本能や生存本能に触発されて眠っていた力が表に出てきたのだろう。

 自由に使えるようになるにはまだ先ではあるが、使いこなせば強力な武器になるだろう。

「セエレの時はボスの時と違って暴走したよ?」

「そりゃお前、あんな猪よりもこいつの方がおっかないに決まってるだろ」

「……一体何をしましたの?」

 サクヤの言葉に元ラドゥエリは昔の話だと言って誤魔化した。


 ネイの力の正体の探りが終えたその日の夜、クロウは自室の窓際に寄りかかり、そこから往来の様子を見下ろしながら煙草を吸っていた。後ろのテーブルにはセエレが座って、妖精族用の服を自分で手直ししていた。

 ネイとサクヤは一階の食堂で、夕食の時間が来るまで雑談している。

「ネイの力が地雷じゃなくてホント良かったな」

 ネイの出生の話が気になる所だが、呪いの類ではないと確信できただけでも肩の荷が僅かに軽くなる。

「仕組みは分からなくても、意図を読み取れる超能力者はそういう所で便利よね」

 ネイの肌に浮かび上がる刺青の元となる力が強すぎる魔力と云うのはだいたいがセエレの予想した通りだ。しかし、彼女はラドゥエリ。魔力を上手く扱えてもそれは主に戦闘用なので魔術に関して詳しい訳では無い。

 セエレが見逃している可能性はあったが、今回でその憂いも無くなった。どんなに魔術の腕が良くて隠蔽が上手くとも、意思までは隠せない。

「精霊由来なら、ドルイドの血を引くクロウの出番じゃない?」

「…………よく知ってるな」

「昔、任務に必要な資料を探している時に見つけたのよ。リンボス王国の調査資料書」

 クロウは、ジョブシステム風に言うのなら本来は精霊信仰の司祭であるドルイドであった。祖国であるリンボス王国の王家が元々はドルイドだからだ。

 ドルイドは精霊と死者の魂を慰撫する者だ。だから、ネイの力が精霊による物であるのならクロウが指導すべきとするセエレの主張は間違っていない。

「無理だっての。ガキだったからドルイドの修業は全然だし、魔力だって<マステマート>の維持でほとんど使われてる。と言うか、そんな資料が残ってたのか?」

「ユリアス帝は随分とあなたの国を警戒していたわ。実際、侵攻時は帝国も大きな被害を被っている」

「自分の庭での防衛戦なんだから、そりゃあそうだろ」

「<マステマート>も警戒しての事だと思うわ。この目で見て、その力が分かった。…………大丈夫なの?」

 背中から感じるセエレの視線にクロウは煙草の煙を外へと吐き出す。

「前もそんな話をしたな。蒸し返すなよ。そもそも冒険者は危険な仕事だ。多少の危険なんて承知の上だ」

 振り返らず、空を見上げてクロウは答えた。メトシュラの頭上にはエノクの糸が垂れ下がっている。巨大な糸だが、陽炎のボヤけて日を遮る事も無い巨大ダンジョンだ。

「それよりも、残りは後一つだな」

「例の貴族の事? それこそ諦めたと判断して話は終わったはずよ」

 無理矢理な話の切り替えだったが、セエレはそれに乗ってくれた。

 現在、クロウ達は冒険者活動をするに置いて懸念を抱えている。リンボス王国の生き残りであるクロウや元ラドゥエリであるセエレの存在も問題と言えば問題だが、前者は既に逃れて十年を超えている。後者は帝国の法で解脱したラドゥエリの自由が保証されている。

 国外のメトシュラまで帝国が追う理由にならない。

 クロウが言った残り一つと言うのは刺青の力に続いてネイに関する事だ。

「変態貴族がまだネイを諦めていない可能性がある。お前のコネでその辺り探れねえか?」

「無理よ。私の知り合いはラドゥエリばかりだし、検問されるわ。私があの貴族の事を報告出来たのはまだ軍に席が残っていたからよ。解脱者は自由だけど、逆に帝国の保護からも抜けるのよ」

 国の兵器としての宿命を背負ったラドゥエリが解脱すれば自由と報酬が認められる。その後、国から出るのも帝国民として登録するのも本人の意思次第だが、一旦国の保護から外れるのは当然だった。

「だよなぁ」

 分かった上で聞いただけのクロウは同意すると短くなった煙草を窓の縁に置いた灰皿で揉み消す。もう一本続けて吸おうとするが、一階の食堂から外に漂い二階まで届く食事の匂いに、もうそろそろネイが呼びに来ると思い止めた。

 代わりに往来を再び見下ろす。この時間になるとエノクの糸から戻って来る冒険者の姿が目立つようになる。

「……まさか、いるの?」

「多分。いや、いる」

 何が、とは互いに言わない。

「頼りないわね」

「んな事言われてもな。そう言うお前は気づかないのかよ、元ラドゥエリ」

「この体になって魔力の変調は勿論、感覚が違うのよ。気配を前同様に察知するにはまだ慣れが必要だわ」

「まさにスケールダウンだな」

「それで、どうするの? 早めに処理しておいた方が良いんじゃないの?」

「そうだな。囮なんてどうだ? 普段は外に出る時、俺かお前が念の為付き添ってたけど、次はあいつ一人で夜道でも歩かせるか」

「それでクロウが後ろを付いて行く、と」

「ああ。お前はネイのコートにでも隠れて、俺はこっそり見守ってるから」

「サクヤは?」

「巻き込むのも悪いだろ。ネイには明日にでも話すぞ」

「了解」

 昔の癖が出たのか簡潔な返事だった。

「クロウ、セエレ、もうすぐご飯の時間だって」

 話が終わったタイミングで、ネイがドアを開けて現れた。その後ろではサクヤもいる。

「ああ、分かった。…………何だよ?」

 立ち上がって窓から離れた所でサクヤと目が合う。彼女は胡乱げな視線をクロウとセエレに向けていた。

「また悪い事企んでますわね」

「心読むなよエスパー」

「読まなくてもここに何だか悪い空気が漂ってますから分かります」

「どんな空気だよ」

「人聞きが悪いわね」

 平然と言い放つ二人を見て、サクヤは更に疑わしそうな目を向けるのだった。


 ◆


 休息の日を挟んだ夜、ネイはメトシュラの街を一人で歩いていた。夜と言っても酒場などでは賑わいが大きく、ネイが知らない繁華街のある地区では今から本番だと言わんばかりに喧騒に満ちているだろう。

 だが、ネイは酒場が並んだ賑やかな通りから徐々に外れ始め、細い路地の方へと入って行く。

 メトシュラには冒険者ギルドによる警邏が存在するが、それでも全域を細やかに把握出来る訳がなく、夜の人の少ない場所となると身の安全は保証できない。

 今のネイは手ぶらで武装していない。だが、四十層のボス戦時に燃えた部分を切って直した肩出しのコートの内側には短槍を隠し持っており、更に内ポケットにはセエレが隠れていた。

「来るかな?」

 暗い路地裏をゆっくりと歩きながら、内側に隠れたセエレにだけ聞こえる声で呟く。

「来なければそれでいいわ。それと、顔の向きは正面を向けていなさい。なるべく目線もよ」

 言われ、ネイは俯きそうになった顔を上げる。

 ネイが囮となって追っ手の有無と迎撃を行う事になった訳だが、一番危険な役割であると説明を受けたネイは二つ返事で頷いた。

「上手くできるかな」

「大丈夫よ。クロウが何とかするわ。そのぐらいの甲斐性は見せるでしょう」


 その何とかすると言われたそのクロウは屋台で買った肉饅の入った袋を抱えて物陰からネイの背中を見ていた。

「この肉饅ってのは美味いな」

 少女を囮に使った行為に何の罪悪感も抱かずに、クロウは肉饅に舌鼓を打っている。

 白い小麦粉の皮に包まれた豚の挽肉からは何とも言えないジューシーな匂いが漂い、食べてみれば肉汁が溢れそれが皮に染み込み、大雑把な味付けではあるが食欲を更に上げる旨味があった。

 竜国から伝わってきた蒸し料理らしく、メトシュラでは豚肉以外にも各地方特産の様々な材料を皮に包んだ物が存在している。中には本当に蒸し料理に使うのかと思う物まであり、その種類は豊富だ。

「帰りにも買っておくかな」

 肉饅を食べ終えたクロウは手に付いた豚肉の油を舐めとる。出来立てなのでその油は火傷しそうな程熱かったが、煙草の火も指で揉み消すほどなので大して気にならない。

 更には懐から小さな銀色の水筒を取り出して、その中に入っていた酒まで飲み始める。

 何とも呑気な男であった。

 そして、そんなクロウを見下ろす影が一つあった。

 闇に溶け込む藍色のローブで全身を隠し、手には光を反射しないように黒塗りの短剣が握られている。

 影は音もなく路地を構成する建物の屋根を歩き、クロウの頭上へと移動する。

 クロウが酒を飲み込み、水筒を仕舞う為に動くタイミングで屋根から飛び降りる。短剣の刃を下に向けたまま、人の死角である直上からの奇襲であった。

「――――ッ!?」

 直後、影は空中で身を翻して体を器用に回転させると、背後から飛来していた投擲物を短剣で弾く。

「なんだ、本当に来たのか」

 続いて言葉と共に下から剣閃が煌き、影は短剣を持っていなかった方の手でもう一本の短剣を取り出してそれを受け止めた。

 影は剣に弾かれ、落下本来の軌道から外れて地面に着地する。空中で動き回るという曲芸のような動きをしたせいか、ローブのフード部分が頭から落ちて男の顔が顕になる。

「ああ、ちょくちょく通りの方で見た顔だな」

 剣を片手にクロウが男の方に振り返っていた。持っていた水筒は邪魔だと言わんばかりに地面に捨てられている。

「やれやれですわね。ダンジョンから戻ってばかりなのに人をこき使って」

 男が首だけ動かして背後を見れば、紅いゴスロリ衣装の女が夜だと云うのに日傘を片手に立っていた。もう片方の手には男が弾いた飛び道具、クナイが握られている。

「働き甲斐があるだろう? さて、洗いざらい吐いてもらおうか」

 男の頭越しにサクヤへ不敵な笑みを向けたクロウはそう言うと、自分を殺しにかかった相手へと斬りかかった。


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