第十五話
「ゴスロリで忍者とか盛り過ぎだろ!」
サクヤに対して開いた口が塞がらなかったクロウは再起動と同時に心から叫んだ。
「そりゃあ、各所からお断りされる訳だよ! スカウト以前に冒険者目指してますって時点で既にアウトだったけど、そんな格好で忍者とかアホか!」
「し、失礼な。趣味が入っているのは確かですけれど、この衣装にはちゃんと意味があるのですわ!」
「じゃあ言ってみろ!」
「こうして派手な格好をする事で相手の意識を引きつけ、そこで出来た意識の死角を突くのですわ」
確かにサクヤの格好は目立ち、気を取られるのも頷ける。だが、それが実用できるかどうかは別である。
「そこまで言うなら見せてみ――」
言葉の途中でクロウは自分の腰に手を伸ばした。
「あら、お気づきになりました?」
腰に下げた剣が鞘ごと無くなっていたのだ。そして当の剣は目の前にサクヤが両手で持っていた。
「おー」
クロウは感嘆の声を上げるネイの肩にいるセエレに視線を送ると、彼女は小さく首を横に振った。
セエレも気付かなかったようだ。
「お前…………」
クロウは目を細めてサクヤを見る。対してサクヤは視線を笑みと共に剣を返した。
◆
「クロウさん、この先にあったトラップは解除して来ましたわ」
洞窟の中、場違いなゴスロリ衣装のサクヤが微笑を浮かべていた。
サクヤの実力を垣間見たクロウ達は後日、仮採用という形でパーティーに彼女を加えてエノクの糸の三十五層まで来ていた。
サクヤのスカウトとしての腕は確かで、クロウが手間取っていたトラップの解除を難なくこなしていた。モンスターの感知も素早く正確で、前は二日以上かけていた道も一日で踏破した。
「早いな」
「この程度、問題ありませんわ」
そう言って口元を隠して笑うサクヤは前会った時とは僅かにデザインが違う格好ではあったが、変わらず紅く派手であった。
それなのに服には土埃一つ付いていない。整備されていない道をハイヒールで歩いているのに支障は無く、疲れもなさそうだ。夜目も利くようで、明かりがなくとも危なげなく進んでいく。
「フフッ、やはりこうして皆でダンジョンを進んで行くのは良いですわね。今まではソロでしたから、寂しかったのです」
聞けば、サクヤは既に五十層近くまでをソロでクリアしていた。
冒険者になったのはクロウ達がメトシュラに着く少し前の事で、最近は仲間探しばかりしていてエノクの糸には生活費を稼ぐ為だけに入っていたらしい。
「人がいた方が寂しくないよね」
「ネイさんの言う通りですわね。それもこれもあなたが私を誘って下さったおかげですわ」
ネイに賛同するサクヤは上機嫌だ。
「どう思う?」
歩きながらサクヤを見ていたクロウが自分の肩に乗るセエレに聞く。
「見ての通り。申し分ないどころか新米である私達には不釣合いな実力者よ彼女。その気になればもっと上の階層だってソロで行ける筈よ」
「だよなぁ」
未だ全力を出していないのは一目瞭然だ。忍者と言うのは伊達ではないのだろう。
「今の所問題は無いようだし、このままいてくれると助かるわね」
「まぁ、見た目はアレだが断る理由はないわな」
少しの時間でサクヤの人となりまでわかる訳がない。実力は十分過ぎるほどで寧ろこちらのパーティーに入って大丈夫なのかと思うほどなのだし、クロウはサクヤが望むならこのままパーティー入りを認めていた。
「見た目はアレだけど」
「ネイと同じでちゃんと理由があるんだから良いじゃない。細かいわね」
「いや、だからこそ周囲がせめて外見をまともにしておかないと」
「昼間から酒を飲む男が何を言ってるんだか」
セエレが肩を竦めた。
「ネイさん、止まって下さい。トラップがありますわ」
サクヤが斜め後ろを歩いていたネイを静止する。
「うん。でも、どこにあるの?」
「こちらに糸がありますわ。そのすぐ後ろにも。二重トラップ、と言ってもワイヤーを使った簡単な物ですけど」
二人の足元には左右の壁に伸びる細く床と同色の糸があった。そのすぐ後ろ、床に近い位置には最初の糸の影に重なるようにして黒い糸が更に設置されていた。
「一本だけかと思って乗り越えたら本命を踏んでしまう訳か。定番だが、効果はあるよな」
後ろからクロウがトラップを見た。長丁場となりやすいダンジョンの探索ではこのような精神をすり減らすトラップが効果的である。
神経が磨り減ったところでこそ、このような単純なトラップの方が掛かりやすいのものだ。
「よく見つけられたな」
「この程度の罠、簡単に発見できますわ。母からの鍛錬ではこれよりももっと悪辣でえげつない罠を散々経験したんですもの」
「それだけ凄いのに、なんで今まで断られ続けたの?」
「はうっ!?」
不意にネイの純粋な疑問がサクヤの胸を貫いた。
「クロウに見せた時みたいにすれば良かったのに」
「い、いきなり人の物を許可なく取るのは失礼ですわ。それに、何をやっているのかよく分かってくれない方が多くて…………時には怒らせてしまい、それ以来言われなければ見せないようにしていましたの」
「まあ、詐欺師の手法よね」
「なっ!? わたくしは詐欺師などではありませんわ!」
「まあ、そんな顔でミスディレクションかませばそう思われるよな」
「顔? 服装について言われた事がありますけど、顔?」
サクヤは首を傾げてクロウを見上げるが、クロウは答えなかった。美人が詐欺の手口を持っていると普通の人間よりも悪い印象が強くなる。
「罠の解除をしてくれ」
「え、ええ」
納得いってないようであるが、サクヤはスカウトの仕事を優先するようだ。
ゴスロリ女忍者は畳んだ傘の先端を壁に向ける。彼女が持っている傘はただの日傘ではなく、先端が鋭く尖っている。戦闘の際、レイピアのようにそれを扱いモンスターの喉笛や目を突いて殺していた程だ。
「………………」
何も無い壁を凝視するサクヤを後ろでクロウとセエレが胡乱気に見つめていた。
「ここですわね」
まるで向こう側が透けて見えているように壁を見ていたサクヤは壁のとある一点を突き刺す。
傘を引き抜くと、そのまま糸を二本とも踏みつける。罠は起動しなかった。
一体どうやったのか、サクヤは壁を軽く刺しただけで罠を無効化してしまった。
「どうやら、踏めば矢が発射される仕組みだったようですけど、解除しまし…………どうしました、お二人とも?」
感心して――おー、と口を開けているネイはともかく、自分をじっと見つめてくるクロウとセエレを見てサクヤがたじろぐ。
「超能力も使えるのかお前」
「…………よく今のでお分かりになりましたね」
超能力とは魔術とは別系統の能力だ。その使い手である超能力者は魔術師と違って念じるという行為だけで手を触れずに物を動かしたり相手の思考を読む力があると言われているが、その力は先天的な素質が必要とされ、数も少ないので未知の部分が多い。
「ゴスロリで忍者でエスパーとか…………」
「設定盛りすぎね」
「設定とはなんですか! 超能力は生まれ持ったもの、忍術は代々受け継いできたもの、ドレスは私が単に好きなだけですわ!」
「やっぱりその格好は趣味なんじゃねえか」
「い、いいんですよ。ちゃんと趣味に合わせた技術を磨いて来たんですから」
自白に照れたのか、サクヤはそっぽを向いて両手の人差し指を合わせる。
「とうとう認めたわね」
「……やっぱり、楽しいね」
騒がしくなった場を少し離れて見守るネイは満足そうに呟くのだった
サクヤを加えた一行のダンジョン攻略は順調に進み、三日目には四十層のボス部屋の前に到着していた。
「さーて、思いの外早くここまで着いたぞ。ボスはどうすっかな」
ボス部屋の前に到着したクロウは悩んでいた。水や食料は余裕があるのでこのまま引き返す事も可能だった。
「四十層のボスでしたら私一人でも倒せますが?」
「じゃあ、やるか」
「決断が早いのですね」
「いやだって、倒せる奴がいるならせっかくここまで来た訳だし、やらなきゃ勿体無いだろ。まあ、最初は経験積む為に俺らがやって、無理そうならサクヤに任せるけど」
「そう云う事でしたら私は後ろで控えてますわ。ここのボスの情報は要ります?」
「くれ」
「猪型の魔獣ですわ。体長が人より大きく、口から生えた牙での突進が要注意です。代わりに方向転換が苦手でスピードが緩むか壁に激突して止まりますわ。あと、怒ると余計に手が付けられなくなるので決着はお早めに」
「成る程な。ネイの盾の練習にはうってつけか」
クロウが振り返ると、左腕に盾を装着したネイが頷く。
「……危ないですわよ。ネイさんは正面から受け止めるタイプではないでしょう?」
「だから突進してくるタイプの相手が良いんじゃないか」
ダンジョンでのネイの戦い方を見ていたサクヤは心配しているが、逆にクロウは丁度良いと判断していた。
「そのぐらい平気だろ。ネイ、セエレの時よりもマシだから」
「なら大丈夫」
「な、何をしたのですかセエレさん?」
「昔の話よ」
「んじゃ、行くぞー」
返事を聞く間も無く、クロウがボス部屋へと続く扉を蹴り開けた。
「いきなりですわね!」
開いた扉の先は今までのボス部屋と同じく広い空間となっており、その中央には人間を一呑みできそうな程巨大な猪が横になっていた。
大猪はクロウ達に気づいたのか四肢で立ち上がり、敵意の篭った鳶色の目で睨みつけてくる。上下の顎からは刃そのものと言える鋭く尖った牙が何本も生え、部屋を照らす仄かな光を反射していた。
「<アイス・ニードル>」
そんな大猪に向けてセエレが氷柱を矢のように放つ魔法を使用した。ネイの後ろから。
飛来する氷柱を横に小さく跳ねるようにして大猪が回避した。巨体の割に軽快な動きだ。
氷柱を避けた大猪はクロウ達の方を改めて睨みつけると、片方の前脚で地面を引っ掻き始める。
「来るぞ!」
クロウ達はその場からそれぞれ別れて走り出す。同時に大猪が突進を仕掛けて来る。向かう先はネイだ。
セエレがネイの後ろに隠れていたせいで、氷柱を放ったのが彼女だと思われているようだ。
「ネイ、ちゃんと訓練通りやるのよ」
そして元凶は宙に浮いて離れた場所に退避していた。
「デカブツを想定したのはしてないけどな」
「ちょっとお二人とも、ひどくありません!?」
そうこうしている内に、大猪がネイへと突進する。
「ネイ、まともに受け止めようとするな! あくまで盾は受け流す為に使え!」
クロウの言葉を受けながら、ネイは身構える。スピードは勿論、大猪の巨体が接近して来るという状況は否応なく威圧感がある。
「牙にばかり意識を向けるんじゃない。全体を一つの物として捉えるんだ!」
「――うん!」
返事をすると、ネイは自ら大猪に向かって駆け出す。緊張による体の硬直を解す為と、自分でタイミングを計る為だ。
間近に迫った大猪が僅かに頭を下げ、牙の先端をネイに向ける。まるで刃で出来た藪だ。これを正面から受ければひとたまりもない。
「ふっ――」
ネイは短く呼吸を吐くと、衝突する寸前で横に跳ぶ。刃の範囲からはまだ逃れきっていないが、ネイは体を捻りながら盾で牙の側面を叩く。
大猪の突進の勢いと叩いた衝撃を利用し、ネイはより大きく飛んで大猪を完全に躱す。
残った勢いで回転する体を地面に足を付けてブレーキを掛けると、地面には連なった円が描かれ土埃が舞った。
ネイは即座に構え直すが、緊張の開放からか呼吸が僅かに大きくなっていた。
回避されたと知った大猪は徐々にスピードを弱めながら大きく弧を描いてカーブしていた。
「回避しながら攻撃できれば上々だったのに」
「最初の一回だからこんなもんだろ。セエレ」
剣を手に持ちつつも既に観戦モードに入っているクロウがセエレの名前を呼ぶと、彼女は無言で頷いた。
「<アイス・ウォール>」
セエレが魔術を行使すると、大猪の周りに氷の壁が現れ、適度に進行の邪魔をしてより旋回距離が大きくなる。その分、ネイの呼吸が整う時間が増えた。
「スパルタなのか過保護なのか分かりませんわね」