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第十四話


「酷い目にあった。あの広場は二度と使わねえ」

 肩で息をするクロウは木の棒を杖にして歩いていた。即席盾は砕けたのでゴミ場だ。

「二人とも凄かった。私も頑張らないと」

「ネイは純真ね。それに比べこの男は酒を飲んで……」

「飲まんとやってられん。エネルギー充填だよ。充填」

 そう言って、クロウはジャケットのポケットから小さな水筒を取り出すと中の酒を飲む。

 それを見て、クロウの隣を歩くネイの肩に乗ったセエレが溜息をつくのだった。

「クロウはどこで剣や槍を覚えたの? 帝国のなんだよね」

「この男、帝国にいた時に兵士の訓練を見て盗んだのよ」

「何事も見て盗むのは基本だろう。身につけるのは努力次第だが。それなら、見られて困るような戦い方すんなって話で」

 何だか気取った言い方をしているが、疲労で足取りが覚束無い上に酒を片手に持っているので酔っぱらいが息巻いているようにしか見えない。

 酔っ払い男クロウとその介護をしているように見えるネイが宿に向かって歩いていると、若い男女の声が耳に届いた。

「悪いが、他を探してくれ」

「そんな…………」

 普段ならば雑踏に混じる音や声など気にはしないのだが、女の声が通りによく響き耳に残ったからだ。

 クロウ達が視線を声のした方向に向けると、冒険者風の若い男と背の高いの女が路上の端に立っていた。

 女は背中を隠すほどの長く真っ赤な髪と、それとは正反対の青い瞳を持っていた。女としては背が高く、着ている服越しからでもプロポーションの良さが分かる。

 何より格好が際立っていた。髪の色と同じ真紅のゴスロリ衣装だったのだ。スカートはふんわりと広がった何層ものフリルが付いており、逆に上半身は体にフィットした作りになってスタイルの良さが際立つ。頭には同じ色のカチューシャも付け、フリルの付いた袖から伸びる白い手にはこれまた紅の日傘を持っていた。

 目立つ。非常に目立つ。体質故に露出の高い格好をしているネイや見た目ちょっと大きな妖精族のセエレよりも目立つ存在だった。

 現に見た目と声に誘われたのか、その女を見ているのはクロウ達だけでなく、通行人達も興味深そうに男女二人を見ていた。

 困ったように頭の後ろを掻く男と悲しそうにする女のセットは傍から見れば痴情のもつれにも思えるが、二人の距離感からそのような雰囲気は感じられない。

「こっちの方針とそっちが合わなかった。それだけだ。来てもらって悪いが、まあ、あんたを受け入れてくれるギルドなりパーティーがきっとあるさ」

「……はい。ありがとうございます。それでは失礼させてもらいますわ」

 ゴスロリ衣装の女は頭を下げ、背を向けると歩き去っていく。紅い日傘を差し、姿勢良く、それでいて整った顔には僅かに残念そうな表情を浮かべて。

「……お姫様?」

 歩き去る女を見て、ネイがそう呟いた。

 ゴスロリドレスの女は肩を落としていても歩き方に気品さがあった。派手な衣装もあってネイがそう思うのも仕方が無い。

「さあなぁ。それより帰ろうぜ。腹減った」

 少女に対してクロウは興味なさそうだ。だが、そのまま歩き去る際に一度だけ後ろを振り返って紅い女に振り返る。

「都会は色んな奴が集まって来るもんだな」

 立ち止まったまま呟くクロウは顔は紅い女の方を向けつつも視線は別方向を見ていた。通りの店と店の間にある路地。そこには隠れるようにして立っている全身を隠すようなローブ姿の存在がいた。

「………………」

 クロウは自然な動作で振り返っていた首を戻すと酒を飲むために水筒に口をつける。そして酒を喉へと注ぐ代わりに疲れたように溜息を吐くのだった。


 ◆


 ネイに盾の扱い方を教えてからしばらく、クロウ達は三人でエノクの糸を昇っては街で休憩とネイの訓練を繰り返す日々を送っていた。

 エノクの糸の攻略も三十層を越えた。だがここで問題が出た。

「罠とかウザい」

「スカウトが何言ってるのよ」

 『翠海の渡り鳥』亭一階のカウンター席で干し肉を齧りながらクロウが面倒そうに呟いていた。

 エノクの糸に出現するモンスターは今の所問題は無い。後衛担当であるセエレがその小ささ故に庇う必要がなく、それでいて強力な魔法も使えるので火力が申し分ない。

 問題はダンジョン内に仕掛けられた罠だ。

 ダンジョン内には至る場所に罠が仕掛けられている。最初は簡単な物だったのでクロウでも解除する事が出来たのだが、昇るに連れて数と質も上がっていた。

 罠を避ければ遠回りになり、時には避けては通れない場所に仕掛けられていた事もあった。

 その場合、罠の解除はクロウの仕事だ。ネイは最近キャンプ知識を覚えてダンジョンで実地練習をしている。罠を見つけれても解除は無理だ。

 元ラドゥエリであるセエレは罠を即座に感知し、経験からどのような物か察する事ができるが、解除ではなく破壊するタイプだ。攻城戦ならともかく、限られた空間と持てるリソースに限界があるダンジョン内では魔力を無駄に出来ない。

 だから消去法とジョブからして担当がクロウになるのだが。

「《罠感知》だけでトラップ解除できるか!」

 ヤケクソ気味にクロウが叫ぶ。

 店内では迷惑行為なのだが、同じく店にいた他の冒険者の内数人が自然と頷いていた。おそらく、過去にジョブをスカウトを選んだ者達なのだろう。

「ズブの素人ならともかく、ある程度経験ねえと意味ねえ!」

 クロウは冒険者歴は長いのでスキルが無くてもある程度見破れる。セエレに至っては見ただけで察知できる。

 ジョブシステムよって得られた《罠感知:F》が完全な死に体スキルと化していた。

「段々とダンジョンも広く複雑になってくるし、モンスターの数も増えるし。面倒な」

「何か対策を考えるしかないわね」

「そうは言ってもな。俺が経験を積んで罠解除のスキルを得るか、専門を雇うしかないだろ」

 前者はどの程度の経験でジョブが成長するか分からず長期戦になる可能性がある。

 後者についてはギルドの方で冒険者を紹介する部署があるのでスカウト技能を持つ冒険者を見つけるのは難しくない。

 だが、ネイと云う良くも悪くも純真な少女がいるパーティーに一時だけならともかく、付き合いが長くなるようならある程度信用できる人物で無いといけない。エノクの糸を昇る度にスカウトを雇うなどやっていられないのだから。

「自分で、信用できそうなのを探すしかないか」

 酒に口を付ける前に、クロウはそう呟くのだった。

「………………」

 その呟きを隣に座っていたネイが無言で聞いていた。


 その日の午後、ネイはメトシュラの街を散歩していた。肩にはセエレを乗せている。

 鍛錬も無い完全な休暇である日は宿でクロウやマオと雑談したり、街の中を散歩して過ごしていた。

 外に出る場合はセエレが付き添う事が多く、だいたいは二人一緒にメトシュラを散策している。

 メトシュラは広大な街だ。歴史も長く、冒険者の街という性質上世界各地から人間が来るため様々な文化が存在している。

 古今東西の建築様式が混在しているように見えるが、景観を失わないよう建てられていて調和が取れている。

 雑多なようで計画的な街造りがされたメトシュラ。そんな街を見歩くのがネイの休日の過ごし方になっていた。

「楽しい?」

「うん。不思議な街で、飽きない」

 時々屋台で売られていた菓子などを購入し、食べ歩く。

 建物だけでなく、そこで生活する冒険者達の姿も飽きない。それこそ世界中の人間が集まっているのだ。

 武具に身を包んでいたり、ダンジョン内で過ごす為の大きなバックパックを背負っていたりと様々だ。中にはとても冒険者には見えない格好の者もいる。

 例えば、真っ赤なドレスの女など――

「――あ」

「あれは前に見たわね」

 歩いている先でネイは前に見たゴスロリ衣装の女を見つけた。セエレがあれ呼ばわりする女は前回と同様に冒険者の男と会話しているようだった。

 冒険者と言葉を交わしていく内に、女の表情が沈んだものとなる。そして、女は頭を下げると前のように肩を落として去っていく。

「………………」

「どうしたの、ネイ?」

 ネイは女の背中をぼんやりと見つめていた。

 セエレがその様子に疑問を覚える中、女と話していた冒険者が丁度ネイのいる方向の道を歩いて来る。その男にネイが声をかけた。

「ねえ、あの紅い人と何話してたの?」

「え? あ、ああ、彼女は参加希望者だったんだよ」

 肩に妖精族を乗せ、コートの下は露出の多い格好をした少女にいきなり話しかけられた冒険者は一瞬戸惑いを覚えたようだが、素直に答えてくれた。

「スカウトとして参加できるパーティーを探してるらしいんだが、俺の所は既にスカウトがいるからな。それに、あんな格好でスカウトとか言われてもね……」

「そうなんだ。教えてくれてありがとう」

 冒険者から話を聞いたネイは礼を言うと、紅い女が去って行った方向へと駆け足で進み始めた。

「ネイ、あなたまさか――」

「うん」

 簡潔に答えた少女は角を曲がり、紅い女の背中を追うのだった。


「……で、連れて来たと」

「うん」

 陽が高くなっても『翠海の渡り鳥』で酒を飲んでいたクロウの目の前には紅いゴスロリ衣装の女が座っていた。

 前に見た時と同様に派手な衣装が似合う女だが、その佇まいは品のあるものだった。座っている姿勢もまた優美で、どこかの貴族の令嬢と言われても納得するだろう。

 もっとも、クロウは紅い女からは貴族だとは思っていない。そういう匂いがしないのだ。

 クロウは一度女からネイへと視線を移す。

 少女特有の高い声で頷いたネイは変わらず無表情で何を考えているのか分かりにくい。

 ネイはパーティーの方針などを話す時はあまり口出しして来ない。それは人任せにしているのでは無く、単に知識と経験が足りていないので口を挟まないだけだ。彼女なりに考え、時には質問してくる。

 紅い女を連れてきたのも、彼女なりにダンジョン攻略の事を考えてだろう。エノクの糸の攻略を進めたいのは何よりも彼女なのだから。

 ふと、クロウはネイの肩にいるセエレと目が合う。

 ――早くしろ。

 ――お前がやれ。

 ――リーダーはあなた。私は外見に問題がある。

 ――クソが。

 元ラドゥエリの冷たい目とそのような無言の会話が行われた。

「あー、と……。あんたはスカウトでいいんだよな?」

 視線を女へと戻し、クロウは女が本当にスカウトなのか質問する。

 女の見た目からとてもスカウトとは思えないのだから当然の質問だった。

 ダンジョン内でのスカウトの役割は斥候だ。パーティーを先導し、モンスターや罠を感知。時にはその障害を排除する役割を持っている。不意打ちなど不慮の事態を避けるのはスカウトの腕にかかっているのだ。

 だが女はとてもスカウトとは思えない格好をしている。まだ魔術師の方が可能性はあった。

「はい。わたくし、名をサクヤを申します。ジョブは術師を選択しておりますが、これは魔術トラップ解除の補助の為です」

「なるほど。魔術の知識もある訳だ。ところでその名前、アハシマの人間か?」

 アハシマは東の果てにある国の名である。地理的に六大国の二つに間にある国で、その歴史上エノクの糸へのゲートを所有した事もないが、その兵は精強で長く独立し続けてきた国だ。

「その通りです。幼少の頃からの夢であった冒険者になる為、故郷を離れメトシュラにまでやって来ました」

「ギルトゥス竜国やユリアス帝国にもゲートがあっただろ。なんで世界を半周までしてメトシュラに?」

 何だか面接みたいだと思い自ら鳥肌を立たせながら、クロウは質問を続ける。

 面倒だと思いながらも、ある程度の素性は知っておかねばならないのだから仕方が無かった。相手もそれが分かっているのか、嫌な顔もせずに答えてくれる。

「やはり冒険者の聖地はメトシュラですから。それに、観光ならともかく冒険者として二つの国に行くと妙に警戒されますので…………」

 後半、サクヤの声が沈んだものとなる。クロウとセエレは納得した顔になるが、ネイは首を傾げた。

「警戒されまくってるな。なんだっけ? 侍とか忍者とか、おっかないのがいるんだよな」

 アハシマはエノクの糸へのゲートを持たないが、六大国に次ぐ軍事力を持った国として有名だ。特に侍という軍人と忍者という暗殺者が周辺諸国から恐れられている。

 現在アハシマが敵対している国は無いのだが、侍と忍者の戦力から警戒はされているのだ。

「はい。斯く言うわたくしも忍者なのですけど」

「ふーん…………は? 忍者?」

「ええ。母の実家が代々続く忍びの者でして、幼少の頃から教わりました。ですからスカウト技能には自信がありますわ」

「………………」

 クロウは改めて女を見やる。真紅の髪の上には白いフリルの付いた紅いカチューシャ、男ならつい目が行ってしまいそうな紅い服を押し上げる胸、沢山のフリルが付いた足首近くまで隠す紅いスカート、手には紅い日傘。

 容姿はともかく赤、赤、赤。紅過ぎる上にそれが似合っているのだからとんでもなく目立つ。

 爪先から頭の天辺まで無遠慮にサクヤを眺めたクロウの目は何言ってんだこいつと明実に語っていた。


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