第十三話
新年明けましておめでとうございます。
ギルド本部に到着したクロウ達はジョブシステムの窓口に向かった。
十層攻略の証明書を見せて案内されたのが、地下にある空間だった。
巨大な岩をくり貫いたように床や壁、天井には一切の繋ぎ目が一切無い。代わりに床には魔法陣が描かれていた。
「陣の中心に立ってください」
クロウはここまで案内したギルドの職員に言われる。
ジョブシステムの付与は一人ずつ順番に行われるという事で、ネイやセエレは上の階で自分の順番を待っていた。
指示通りに魔法陣の中心へと歩きながら、クロウは足元のそれに視線を這わす。
魔術師の冒険者が主に使用する魔法陣は単純な命令を吹き込む目的の物で簡単な形をしている。これは即時展開が必要となる攻撃魔術を使用する為だ。
その際の役割は例えば、セエレがよく使う氷の魔術で言うと氷を飛ばす砲口の役割などだ。
素早い判断と動作を求められる戦闘では一々複雑な魔法陣を展開していては間に合わない場合が多いからこそ、戦闘用の魔術は術者に相応の力量を必要とさせる。
設計図の役割を持つ魔法陣を使う場合は主に大規模な魔術を執り行う場合だ。魔法陣を起こせば必要となる魔力も数人で補える利点もある。
この地下空間に広がっている魔法陣こそジョブシステムを人に付与する為の物なのだろうが、どんな物かと言えば複雑怪奇の一言に尽きた。
クロウは多少の魔術の知識がある。大魔術の魔法陣もいくつか知っている。だが、床にあるそれは知識の中にある魔法陣など比べ物にならないほどに複雑で、何がどうなってるのか多少知識を齧った程度では分からない代物であった。
――〈マステマート〉クラスだな。
先祖代々と続く呪いのような魔術。それを使用した時に浮かび上がる魔法陣と同等かそれ以上の難解さだ。
そんな物を試験があるとは言え、ある程度の実力しかまだ持っていない冒険者に渡すエノク冒険者協会とは信じられない組織だ。
言われたまま魔法陣の中央まであるいたクロウは視線を床から周囲へと向け直す。
魔法陣の外側には四人の魔術師らしきローブ姿の者達がそれぞれ四方に立っている。おそらく、彼ら彼女らが魔法陣の制御と操作を行うのだろう。
「それでは今からジョブシステムを付与いたします。そのまま立っていて下さい。すぐに終わりますから」
職員はそう言って近くの魔術師に合図を送ると、魔術師は一つ頷いた後に他の魔術師達へ視線を向ける。
全員が同じタイミングで持っていた杖を掲げ、詠唱を始める。
魔術師達の詠唱に反応し、杖の先端に嵌め込まれた宝石が、魔力が込められた特殊な石が輝く。同時にクロウの足元の魔法陣も光を発し始めた。
蛍の光のような光の粒子が魔法陣から空中に漂い始める。無数に浮かぶ光の粒子は魔法陣と共に徐々にその光量を増して行き、粒子がクロウを中心に陣の中で渦巻き始める。
粒子どころか光の渦の中、あまりの魔力の奔流と光の強さにクロウが思わず手で光を遮る。
渦はどんどん内側へと狭まり、クロウの体を包み込む。
完全に光の粒子に埋もれると思った瞬間、光が消えて元の暗い地下の光景へと戻っていた。
「終わりましたよ」
「あ、ああ…………」
終わりが呆気なく、見た目が何か変わったという点は無い。光の渦は印象的だが、これでは拍子抜けだ。
しかし、クロウは先程まで無かったものを感じていた。
肉体的な違和感ではなく、自分の内側に別の力があった。規模そのものは弱々しくも、自分に力を与えている。
例えるなら、体内にもう一つ心臓が出来、より熱い血が流れるような感覚だ。
――どういう事だ?
おそらくその力の正体はジョブシステムで、確かに自分に力をくれる物として喜ぶべき筈なのだが、クロウには疑問が生まれた。
ジョブシステムを心臓と例えたが、そうなるとクロウは三つの心臓を持つ事になる。
一つは元来の心臓。二つ目はジョブシステムの力の源。そして残るは〈マステマート〉の術式だ。
ジョブシステムと〈マステマート〉。共にクロウの中に植えつけられた術式だが、ジョブシステムは力を与えているのに対して〈マステマート〉は魔力を吸い続けている。
本来なら全く違う筈なのに、クロウの魔術的感覚は二つに似た気配を感じていた。
「どうしましたか? 何か不具合があるのなら検査いたしますよ」
「ああ、いや。戸惑ってただけなんで」
ジョブシステムの付与に不備があったのかと勘違いしたギルド職員に何でもないと言い、クロウは違和感の正体を頭の隅へと一旦置いた。
クロウに続いてネイとセエレをジョブシステムの付与を終えた後、翠海の渡り鳥亭に戻ってきた三人はダンジョンでの疲れを癒していた。
夕食までの時間を潰すため、カウンター席で果汁のジュースを飲んでいたネイが不意に首を傾げた。
見た目の割りに通気性の高い外套を羽織った少女は両の掌を見下ろして閉じたり開いたりしている。
「ネイさん、どうしたんですか?」
そんなネイの様子を見つけ、カウンター越しにマオが声をかけた。
「強くなった気がしなくて」
どうやらジョブシステムを手にれたのにその力を実感出来ていないようだった。
「今日手に入れたばっかりなんだろ? 私の時もそうだったさ」
聞こえていたのか、仕込みをしていたバーバラが口を挟んできた。
「ジョブシステムってのは成長しないと意味がないからね。エノクに行くなりモンスター倒すなりして経験を積んでからでないと実感が沸かないだろうねえ」
「ババア、冒険者だったのか?」
「昔の話さね」
年の重ねを感じさせる白髪に顔に刻まれた皺。高齢ではあるが溌剌とした態度を維持しているのは冒険者だったからだろう。
「ネイ、ギルドカード見てみろ」
昼間から酒を注文していたクロウに言われ、ネイは自分のギルドカードを取り出す。
カードには今まで無かったジョブシステムの項目が追加されている。
「ジョブの所を指でなぞってみな」
ネイのジョブは『戦士』。それを指の腹で触れると、カードの上に同じサイズの半透明な板が出現する。
新たに出現した板にネイが指を突っ込む。水のような軽い抵抗はあったが、板の表面に波紋が広がり指が貫通した。
「これ、なに?」
「ジョブの内容。人には見えないが、所持者には見えるようになっているから」
板にはジョブシステムで得た恩恵の詳細が表示されていた。
ジョブ:戦士
スキル:《武器習熟補正:F》
ステータス補正
パワー:1.1
タフネス:1.1
スピード:1
センス:1
マジック:1
「武器習熟補正ってあるけど、なに?」
「武器の取り扱いに補正が掛かるんだよ。たしか手のブレを抑えたり、持ってる武器の重さを軽くしたりするんじゃなかったっけ?」
「その通りだよ。最初はみんなFから始まって、成長してランクが上がると小突いただけで岩も割れるようになるのさ」
エノクの冒険者として知識だけはあったクロウの説明の補足をバーバラが行う。
「ステータス補正は?」
「素の力を上昇させる」
「項目の隣に数字があるだろう? その数値分、元の力を倍にするんだよ。これも成長すると倍率が上がっていくから頑張るんだね」
「へー…………」
自分のカードを眺めていたネイは顔を上げて、クロウとセエレに視線を向ける。
「どうした?」
「二人のは?」
自分のを見たら他のも気になったようだ。
クロウとセエレはそれぞれ違うジョブを選んでいた。その違いも知りたいのだろう。
酒飲みと妖精モドキの二人は少女の好奇心を満たすため、カウンターにカードを置いてジョブの項目をなぞる。
ジョブ:スカウト
スキル:《罠感知:F》
ステータス補正
パワー:1
タフネス:1
スピード:1.1
センス:1.1
マジック:1
ジョブ:術師
スキル:《基礎魔術補正:F》
ステータス補正
パワー:1
タフネス:1
スピード:1
センス:1.1
マジック:1.1
スカウトがクロウで、術師がセエレだ。スキルや補正の入っている項目が違うが、その強さとして見れば違いは無かった。
「他の人も見えるように出来るんだ」
「ああ。でも、仲間内ならともかく自分のステータスを人には見せない方が良い。逆に見せてくれるよう言うのもな」
「マナーと言うやつよ」
「マナー……分かった」
ネイは頷き、二人のステータスを見た後に自分のを再び見下ろす。
「成長すればエノクの糸攻略も楽になる?」
「なるとは思うが、実際そこんとこはどうなんだ? 経験者さんよ」
「何のためにジョブシステムが開発されたと思ってるんだい?」
つまり、ジョブシステムが無ければ攻略もままならないという事だった。
「………………」
「まだまだこれからよ。強くなる為にも、クロウと訓練するんでしょう?」
「うん……」
まだまだ先は長いと項垂れるネイをセエレが慰めた。
「ああ、そうだ。訓練で思い出した。この辺りでそういう事出来そうな場所ねえか? どっか開けた場所でも良いんだけど」
「あんた、約束してたんなら事前に下調べしておくもんだろう。気の利かない男だね」
「場所だけで良いのなら沢山ありますよ。ギルドも訓練場を無料で貸してくれますし。器具や特殊な環境下での訓練なら有料ですけど」
詰る曾祖母の代わりにマオがクロウの質問に答えた。
「取り敢えず近場のを書き込んでくれないか? あと酒のお代わり」
クロウはメトシュラの地図と空になったコップをマオに前に置く。
「ふふっ、分かりました」
「酒はこっちで用意するから、書いてやりな」
マオが地図に訓練場の場所を書いていくなか、バーバラが新しい酒を入れ始める。
「訓練とは言ってたけど、その子槍使いだろう? あんた、槍を人並みに教えれる程度の腕はあるのかい?」
「んー、基礎ぐらいならぼちぼち」
酒が満たされたコップを受け取りながらクロウは曖昧に答える。そんな態度を見て、バーバラがセエレに大丈夫かと視線を向ける。
「腕が落ちてなければ大丈夫よ」
それに気づいたセエレはそう言うと、彼女は両手で葡萄の一粒に齧り付いた。
翌日、クロウ達は朝から宿の近くにある訓練場にいた。
訓練場と言っても広場のような場所で頑丈そうな壁に囲まれているだけである。
クロウ達以外にも周囲には自主訓練を行っている冒険者の姿も見られ、それぞれ自分の鍛錬に余念がない。
「じゃあ防いでー、突いてー。はい、もう一回」
熱心に鍛錬する冒険者達の中、隅の方で間の抜けたクロウの声がする。
雑貨屋で買った安い木の杖を槍に見立て、木の板に雑な取っ手を付けただけの盾を持っていた。
対面にはネイがおり、彼女は元々持っていた槍の穂先に布を巻き、エノクの糸攻略時には持っていなかった円形の盾を左手で持っていた。
クロウはまず自分が槍と盾を持った動きをしてみせ、同じ動きをネイにやらせた後、組手として相手を想定した上で一連の動きをやらせていた。
それだけを先程からずっとやっている。
「やっぱり基礎が既に出来ている分、覚えるの早いな」
「そうなの?」
「そうなの。お前の叔父さんはやっぱ元から盾も使わせる気だったんだな。次のダンジョンは盾持っていくか」
ネイの戦い方に盾が足りないと思ったクロウは盾を買った訳だが、今まで短槍一本のみだったネイにいきなり盾を使わせても逆に怪我をするだろうと配慮して前回は持って行かせなかった。
だが、クロウが見る限り問題は無い。後は慣れるだけだなと思った。
「正面から受け止めるなよ。相手の攻撃を横から叩くようにして受け流すんだ。盾で武器を攻撃するつもりで」
「盾って、みんなを守る為の物だと思ってた」
「そういうやり方もあるけど、そういうのは体格の良い奴に任せるべきだな。お前は自分の身を守って、敵を攻撃する為に使え。盾で殴るんだ」
「型は帝国なのに中身は所々別物ね」
セエレは広場に備え付けられたベンチで荷物を椅子にして座って二人の訓練を見学していた。
元ラドゥエリであるセエレはユリアス帝国の武術についても精通している。しかし、得意にしていたのが長槍で、今のサイズでは実演しても逆に見にくい。
だから口出し程度で済ませているのだが、クロウの指導そのものには文句が無いようであった。
「ぶっちゃけると、ガワは帝国にして術理はリンボスにしてみようかと」
「遠まわしな嫌がらせか何か?」
セエレは呆れたように溜息をついた。しかし、まだまだ成長期とは云えネイは小柄だ。防御に回すよりは攻撃と回避に専念させた方が良いのも確かだった。
「一段落ついたか?」
「無視してたんだから喋りかけて来んなよ」
間を見計らった少年の声にクロウは舌打ちをして、振り返る。
鞘に収めた剣を担ぐアレイストが立っていた。
実はクロウ達が広場に来た時には既におり、素振りを行っていた。剣が凄い勢いで振り下ろされ、勢いが衰える事もなく続ける様にクロウは他人のフリを決め込んでいたのだ。
「知り合い?」
ネイが首を傾げる。訓練でかいた汗がその拍子に滴り落ちた。それを見てセエレがタオルを運んで来る。
「一緒にコザックの所で冒険者をしていた奴だ。エノクの糸では先輩に当たるけどな」
「アレイストだ。ジョブは剣士」
「ネイだよ」
「セエレよ」
「よし、自己紹介も終わったし帰れお前」
「何でそんな邪険にすんだよ?」
「と言うか、何か用があったんじゃないの? 素振りが終わったらずっとこっち見てたし」
アレイストを追い返そうとしたクロウをセエレが止めた。
「邪魔するつもりは無かったんだが、何だか懐かしくてな」
「懐かしい?」
「俺もクロウから戦い方を教えてもらったんだよ。剣だったけど」
「新米冒険者の教育って金貰えたし。ギルドのご機嫌取りも出来たから」
ネイとセエレの視線を受けてクロウは面倒臭そうに答えた。
「見て覚えて、やって身に付けろってノリで。最終的には人が剣振ってる横で酒飲みながら口だけ挟んで来るから気を付けた方がいいぞ」
クロウがわざとらしく視線を逸す。その反対側にある荷物の中にはしっかりと酒が紛れ込んでいる。
「まあ、だから向かい合って教えて貰っている光景が懐かしくてな。つう訳で、久々にやろうぜ」
そう言って剣馬鹿は鞘に入れたままの剣を構えた。
「そう来るだろうと思ったから嫌だったんだよ! テメェ、素振りの途中から仮想敵を俺に絞ってやってただろ!」
「ああ。でもやっぱ実物相手にしないとイマイチなんだよな」
「言いながら斬りかかって来んな畜生ッ!」
頭を狙って振り下ろされた一撃をクロウは半身になって避けつつ、前を通る瞬間に即席盾で剣の腹を殴った。
ただ叩いただけのように見えて、力の方向を意図的にずらして手から抜け落とさせる一撃であった。
それを察知したアレイストは寧ろベクトルの変化に逆らわず、柄だけを握って維持したまま、自分の姿勢の向きだけを変え、剣のコントロールを取り戻すと即座に切り返して来た。
「マジで止めろ馬鹿! 十層攻略したばっかの攻略者が三百層越えの相手になる筈がねえだろ!」
「ジョブシステム切ってるから安心しろ。だいたい、そう言いながらまともにやり合えてるじゃねえか」
「うっせバーカッ! 一杯一杯だよコンチクショウ! 明らかに昔より剣速上がってるだろ。有り得ないぐらいに」
必死に喚くクロウは木の棒の先端を持ってアレイストのリーチ外から牽制を繰り返す。
それを楽しそうにアレイストが間合いを詰めていく。
何とも珍妙な図が広場の一角に出来上がっていた。
「……止めた方が良いのかな?」
「放って起きなさい。それよりもちゃんと見て勉強するのよ。間合いが有利な場合の戦い方とそれを突破しようとする剣士の実演なんだから」
男二人が喧しく騒ぐのを見ながら、ネイとセエレはベンチに座って休憩した。
「ハハハッ、懐かしいなクロウ!」
「ギャアアァッ! 来んな剣馬鹿!」




