第十二話
今まで毎日更新していましたが、正月とストックが切れかけているので暫くは毎日更新は無理だと思います。
新年もよろしくお願いします。
蛍のように淡い光を放つ鉱石が洞窟内を照らしている。
エノクの糸第一階層から第十階層は洞窟型であった。場所によっては光を放つ鉱石が照らしてくれるが、大部分が暗闇で灯りを自前で用意していなければ足元さえ見る事はできない。
光る鉱石は通路ではなくある程度広い空間を中心に存在しており、それはボスが待ち構える部屋も同じであった。
一層からの道程の中で一番拓けた空間の中、風を切る音が反響し、刃が鉱石の光を反射する。更に喉が枯れたような獣の咆哮が洞窟内に轟く。
第十層に存在するボスが手斧を大きな弧を描いて振り下ろす。
緑色の肌に、毛の無い頭部からは短い角が何本も生えた醜悪な怪物は人間のように鎧を着込み、手には得物として立派な斧が握られている。
大男と言える体格に太い腕から繰り出される一撃をまともに受ければ、命どころか原型を留める事は出来ないであろう。ただしそれは当たればの話である。
袈裟に振り下ろされる肉厚の刃をネイは身を屈めて避ける。頭上を素通りしていく斧が起こす風圧に髪を揺らし、ネイは屈んだ体をバネにしてボスの懐に飛び込む。
薄暗い洞窟の中で、肉食動物のように光を反射する瞳が金の軌跡を描き、同時に槍の穂先が煌きボスの喉を貫く。
ボスである怪物は喉をやられてしまったせいで叫び声を上げる事も出来ず、代わりに滅茶苦茶に腕を振り回す。
ネイは喉を貫いた短槍を押し込み、切り口を広げてボスを蹴り飛ばして距離を取ってボスのリーチから逃れる。
ネイが後ろへと距離を取るのと入れ替わりに、彼女の脇を通って四本の氷柱がボスに飛来して行った。
後方では幾何学的な模様の魔法陣と共に浮くセエレの姿があった。
体格が妖精サイズになってしまった彼女は武器を持てない代わりに魔法を主体に戦闘へ参加していた。肉体の急激な変化のせいで魔力にも変調を来たしている為、ラドゥエリだった時の魔法を操る事は出来ないが、それでも知識と技術は失われていない。援護として魔法を行使する程度はこなしていた。
四つの氷柱はボスの体に突き刺さり、その勢いで吹き飛ばす。地面に転がった怪物は壁に激突してそのまま動かなくなった。
喉を貫かれても動いていたような相手なので、ネイは槍を構えたまま様子を伺う。すると、部屋の中心に円形の魔法陣が突如出現する。
ボス撃破によって次の階層へと続く転送ゲートが開かれたのだ。
「これでボス撃破だな」
モンスターの体から剣を引き抜いたクロウが特に何の感慨もなくゲートを見て呟く。
彼はボスをネイとセエレに任せ、自分はボスを小柄にしたような外見を持つ小鬼達取り巻きの対処を行っていた。
一番強いのを少女と妖精に押し付けた訳だが、ネイに実戦を積ませる意味とボスに集中出来るように雑魚を引き付ける役目があったので仕方がない。そう自己弁護していた。
「…………なんだか呆気ない? セエレの方がもっと威圧感あって強かった」
「こいつと一緒にしてやんなよ。比べられたモンスターの方が可哀想だろ」
クロウはそう言いながらモンスター達の死体を順に見て目ぼしい物はないか物色し始める。
ダンジョン内に出たモンスターの所持品は倒した冒険者の所有物になると決まっている。明確な法として決まっている訳ではないが、暗黙の了解としてモンスターの物は冒険者の物だ。そうでもしないと冒険者の生活が成り立たない。
それはエノクの糸でもそれは同じで、クロウは倒したモンスターの剥ぎ取りや所持品の回収を行っていた。
「碌なもんがないな。せいぜいがボスの持ってる武器か。まあ、十層ぐらいじゃこんな物か」
小鬼程度では金目の物は見つからない。せいぜいが石を削った棍棒程度で、ボスが着ていた武具が単純な鉄の素材として換金できる程度であった。
クロウ達は百貨店での準備の翌日からエノクの糸に潜っていた。
中は事前知識通り洞窟のような作りになっており、出てくるモンスターは緑色の肌に短躯な小鬼と黒い体毛の狼であった。初めてエノクの糸に入った事もあり、慎重に進んでボスのいる十層に辿り着くまで三日かけた。道中、他の冒険者と会う事もあったがトラブルは起きず淡々とそれぞれダンジョン内を進んで行った。そのおかげと言う訳ではないが、危なげなく攻略は進んで用意していた食料や傷薬が余るほどだった。
「セエレは帝国側のゲートから入った事があるんだよね? どこまで行ったの?」
「どこまで、と言うかいきなり三千層以上から始めされてそこの生息するモンスターの間引きが主な仕事だったから参考にならないわよ」
「三千…………」
「そもそもの基準が違うから、あんまり深く考えない方がいいぞー、っと……こんな物か。じゃあ、そろそろ行くぞー」
ボスが持っていた斧と損傷が少ない鎧を回収したクロウが振り返って休憩ついでに雑談していた少女達を呼びつける。
「剥ぎ取りしておいて何だが、あんまり長く放置しているとゲートが消えるらしい」
一層から十層までは階段が存在していてそれを昇って来たのだが、ボスがいた次の層はゲートによる転送で行われるようである。転送を行う魔法陣はボスを倒した後に現れてしばらくは残っているが、使用せずにそのままにしておくといずれ消えてしまう。
「それもパンフレットの知識?」
「いや、ギルドで無料配布の『冒険者のしおり』の方に書いてあった。漫画形式で分かりやすい上に全ページ色付きだから見てて楽しいぞ」
「私も見たい」
「帰りにどうせギルド通るから、その時にな」
「技術的にも資金的にも持ってるわねぇ、あそこは」
ネイは単純に無垢な好奇心を現すが、全ページカラーにした挙句に無料配布などと他の国々を基準にすれば無駄金もいいところであった。
「それじゃあ、行くぞ」
「このまま次の階層も攻略して行くの?」
「いや、軽く中見たら帰る。食料とかまだまだ余裕はあるが、ジョブシステムは早く貰っておかないとな。正直、どんな具合か実際に使ってみないと分からないからな」
あまりにも順調にダンジョン攻略が進んだので忘れそうであったが、最初はジョブシステムを手に入れる為の試練として第十層のクリアを目指していたのだ。試験内容が十層クリアなのは素人を篩にかける為なのか、それとも十一層からはジョブシステムが無いと危険なのかは分からないが、用心してここで退いておくのは悪い判断ではなかった。
三人が魔法陣の上に移動すると、発光していた魔法陣がより強い光を放ってクロウ達を包み込んだ。
その後、エノクの糸第十一層からゲートで帰還したクロウ達の目の前に広がっていたのは巨大な広場だった。その広さは広場を囲んで建てられたギルドの建物が小さく見えてしまう程だ。
広場にはクロウ達以外にも冒険者の姿が多く見られた。彼らは広場の中をある程度まで歩くと光に包まれ消える者達や、誰もいない場所に光が現れたと思ったら消えるのと入れ替わりに姿を現す冒険者達などがいた。
床には石畳が敷かれ、中央にはオベリスクだけが一本伸びるこの広場はエノクの糸に繋がる転送ゲートである。
広場そのものがゲートとなっており、どこかに立つだけで自由に移動ができ、ダンジョンを脱出した時も広場のどこかに姿を現す。
「それじゃあ、集めたもん換金してからジョブシステムだな」
「しおり」
「はいはい」
空には太陽が高く昇っており、影は濃い代わりに短い。ボスの間に入る直前の場所で休憩を取る為に一晩を明かし、翌朝に万全を期してボスに挑んだ。十層のボスを倒し、十一層内部を軽く見て帰ってくればそんな時間だろう。
物を換金してジョブシステムの登録を行う時間は十分にある。
広場からギルドの建物まで移動し、ダンジョンで手に入れてきた物を換金する。ボスが持っていた斧や鎧を含めてやはり二束三文でしか売れなかった。もっとも、メインはそこでないのでどうでもいい事だが。
「すいませーん、十層クリアしたのでジョブ下さい」
クロウが軽い調子で受付へと声をかける。ギルドカードの提示を要求されたので三人分を渡すと、ギルド職員はカードを一枚づつ職員側の台にある差し込み口に入れては引き抜く。
「…………確認致しました。十層クリアおめでとうございます。これでジョブシステムの付与が可能となりました」
職員の視線は受付の外からでは見えない台の下に向けられていた。そこに冒険者カードの情報を表示でもさせているのだろう。
「あれだけで分かるんだ」
「情報を読み取ってそれを文字として表示させる技術は珍しくないわ。研究肌の魔術師がよく使ってるわね。技術が発達した国だとよく見られるわ。帝国の研究所なんかスイッチが沢山並んでいてそれで情報を入力してたり、ガラスの表面に凄く細かい文字や数字の羅列が並んでいたわ」
「うーん、想像できない」
「想像以上の物がまだまだあるって事よ。私も使い方は分かるけど、専門家なんかもっと意味不明な事をしているわ」
職員の仕事をクロウの後ろで見ていたネイが不思議そうに首を傾げ、セエレが簡単な説明を行う。
屋敷の敷地内から外に出た事の無いネイは知らないが、ユリア帝国は世界でも最先端を行く国家だ。
「もっとも、冒険者ギルドはもっとおかしな物を持っているでしょうけどね」
「あははー、そんな訳ないじゃないですかー。エノク冒険者協会は真っ当な一組織ですよー。さて、それではジョブシステムについてご説明させていただきますね」
「………………」
聞こえていた職員の笑顔をセエレは胡乱な目で見つめ続けるが、ギルド職員は笑顔を崩さない。
「ネイ、こういうのは誤魔化されて忘れるのが処世術というものだぞ」
「なんとなく分かった」
「セエレも止めろよ」
「そうね。軍にいた頃の癖が出てしまったわ。ごめんなさい」
「いえいえー。それではジョブシステムですが、まず最初に職種を選んで貰います。選んだ職種によって得られるスキルと能力が違います」
セエレの視線に構わず、職員は説明を開始した。
「例えば戦士を選ばれますと武器の扱いに補正が掛かる《武器習熟》が得られ、武器に関する扱いが少しだけ上手くなります。同時に筋力や耐久力、体力なども上昇しますが、代わりに魔術関連の補正は得られません」
「簡単に強くなれそうに聞こえてくるけど、そうじゃないんだろ?」
「はい。ジョブシステムを手に入れたところでいきなり強くなれる訳ではありません。最初は何も変わっていないように感じられるかも知れませんが、経験を積む事でスキルや能力補正が強くなっていきます。より強力なスキルを覚える事も出来ますし、更に経験を積めば新たなジョブへと変更できるようになります」
「例えば?」
「戦士ですと剣士や槍士、術師ですと各属性に長けた魔術師になります。ジョブの変化はその人の適正によって変化するので一概には言えませんが」
「最初は何を選べるんだ?」
「戦士、術師、スカウトの三つです。どれになさいますか?」
「俺は……スカウトにしとくか」
早々に自分の役目を決めたクロウはネイとセエレに振り返る。今までの行動から何を選ぶか分かってはいるが、念の為だ。
「私は術師ね。この体だと他に選択肢もないわ」
「じゃあ、私は戦士。でも将来的には魔法も使ってみたい」
「戦士のジョブを成長させて適正があれば魔法戦士などにもなれますよ。戦士から術師へと後で変更もできますが、その場合はまた一から経験を積み重ねなければなりません。それと、また戦士に戻した場合は変更前の経験値のままなので、色々試してみるのも手ですね。初回以外は有料ですが」
「ふうん、なるほど」
「ジョブが決まりましたら、こちらの十層攻略証明書を持って本部のジョブシステム担当の窓口をご利用下さい」
職員から十層をクリアしジョブシステムを受けれるという認可書のような物を三人分受け取り、クロウ達はギルドから立ち去る。
エノクの糸の転送ゲートである広場を囲むリング状の建物は確かにギルドの建物で、大抵の事はここで全て行える。
だが、組織としての運営を担うギルドの中枢である本部はまた別の場所にあり、そこで世界中の支部や冒険者の情報が集まると同時、エノク冒険者協会独自で集めた魔具や開発した技術、情報がそこにはある。魔具を材料にしたジョブシステムもまたそこで取り扱っているのだ。
本部はメトシュラの北区にあり、エノクの糸を囲む建物からも見える距離にある。と言っても、本部自体が巨大な砦や神殿のような規模なので遠近法が若干狂っている。そのせいでその実それなりの距離があった。
「どんだけデカイんだよ、メトシュラって」
「だから定期的に馬車が通っているんでしょう」
改めてメトシュラの広さに辟易したようにクロウが言葉を漏らす。
メトシュラは街と呼ばれているが、街と言うには大国の首都よりも広いのは確実だ。ダンジョンがあって冒険者ギルドがあり、集まる冒険者目当てに商業ギルドと店が建ち、その家族らが住まう住居も経つ。それの繰り返しで拡大して行ったのだ。
「散歩気分で歩けばいい」
「俺はとっとと荷物下ろして酒飲みたいよ」
「すっかり老けこんだわね」
「うっせえ」