そして二人は出会った【アウトサイドへいらっしゃい番外】
番外編…というか一作目が始まる前のお話でございます。おっさんと女子高生の出会いを書いてみたくなったもので…;;。続きをお待ち下さってる方おられましたら、本当に申し訳ございません;;。
最近のゲームは、絵ばかり写実になり過ぎて、昔のような味のある面白さが失せてしまっていると思う。
『GAME OVER』と、ド派手な文字が浮かぶ画面を前に、仁谷平蔵は憮然としながらそう思った。
幼い頃の夢を叶えてこのゲームセンターを買い取った平蔵であったが、いざ最新のアーケードゲームをやろうと意気込んでみれば昔とは比べ物にならない程画面はキレイで、更に比例するかのように難易度までバカみたいに上がっている。
その最たるものがシューティングゲームだ。
「こんなもん避けられるかだぁぼがああああ!!!」
と、幾度筺体を殴り付けたか分からない。あまりに殴り過ぎて店舗スタッフに泣きながら「壊れますううう!!!」と羽交い絞めにされたのはいい思い出だ。もちろんその後、収まりがきかずにそのスタッフを殴り飛ばしたのだが。
しかし、後日落ちついて店内を観察してみれば、平蔵が手も足も出なかったゲームを涼しい顔でワンコインクリアしている者が何人もいたのだ。
あいつら、オカシイ。
なんであんなゲームをクリア出来るのだ。
しかも少し前から自分の手足とするべく面倒を見始めた、ストギャン『GateKeeper』のリーダー、木島正平までもがコイン数枚使ったものの同じゲームをクリアしてみせた時には、悔しさのあまりにボコボコにしてしまった。
それ以来、木島は平蔵の前では全くゲームに手をつけなくなってしまったのだが、とりあえず平蔵の不興を買う行動を避けようとする辺り、彼は期待通りの頭の良さを持っているようだ。自分の人を見る目もまだ錆ついていない。
そんなある日。
平蔵はとある話を部下(舎弟)から聞いた。
平蔵のゲームセンターは他店と同じく、プリクラやUFOキャッチャーを多めに置いている。特にUFOキャッチャーはこちらの出費が少ない割に客が意地になってガバガバコインを突っ込んでくれるので、いい稼ぎ頭となっている。
だが。
最近、そのUFOキャッチャーで、最小限の金額で景品を山のように獲って行く猛者が現れたというのだ。
しかもその猛者は、他のゲームをやっても神がかりなテクニックを見せ、対戦台は常勝、オンラインランキングのレコードも次から次へと塗り替えているという。
「…ゲーム○ンターあ○しか?」
大昔に爆発的大ヒットを飛ばした漫画をつい思い出した平蔵は、19歳の正平に「何スか?それ」と真顔で訊かれたので、とりあえずぶん殴っておいた。
おっさん世代しか知らない漫画だ。若造が知らずとも仕方ない。だが、他人におっさんであることを突きつけられるのは腹が立つ。ワガママかもしれないが、デリケートなお年頃なのだ。察して頂きたい。
ともあれ、UFOキャッチャーの件は経営上少々気になるところでもあったので、平蔵はひとまず店舗スタッフにその猛者が来店したら連絡を寄越すよう命じ、様子を見ることにした。
数日後、スタッフからの連絡を受けた平蔵は、正平を引き連れその猛者を見るべくゲーセンへ向かった。
あのお客様がそうです、と案内され行ってみれば、平蔵がこのゲーセンでまともにプレイ出来る数少ない筐体の一つ、レースゲーム【Passing Racer】に、都内で名の知られた有名進学校の制服を着た長い黒髪の女子高生が座っているではないか。
ゲーム上級者だというから、てっきり秋葉原でよく見るようなオタクの男を想像していたというのに、まさかの女子高生。
しかし、後ろから覗きこんでみれば、MTモードのMR2を信じられないような神テクニックを駆使して操っているのが分かる。
というか、峠道のコースにMR2を選ぶ辺り、よく分かっているではないか。
平蔵は、胸の奥の何かを大いに刺激された気がした。
女子高生がゴールラインを割ったのを見て、すぐさま彼女の隣のシートに滑り込む。
素早くシートを調節してから、背後の正平に「小銭くれ」と手を出し、300円を受け取るとそれをコインホールへ落とし込む。
ついでにジャケットの内ポケットから以前作っていたこの筺体のゲームカードを取り出すと、それも差し込んだ。
画面が「対戦受付中」から「Now Loading」へ変わる。
どんな女だ?と少々興味をかられて隣を見れば、横顔だけでも十二分に美少女と分かる小顔がそこにあった。
こんな夜遅い時間、しかも有名進学校の制服を着たこれほどの美少女、一人でこの辺りを歩いていればタチの悪いナンパに引っ掛かりまくりであろう。
男を咥えまくってるようなビッチタイプのギャルならまだしも、見る限り、育ちのいいお嬢さんというカンジだ。
なんでこんな女がこの時間、こんな店に?
内心首を捻る平蔵をよそに、ロードが終わった画面には、平蔵のランサーエボリューションIIIのテールが表示されていた。
まぁ、いい。このお場ちゃんの腕前、ちょっと見せてもらおうではないか。
これまで、オーナーであることを隠して来店した客と何度も勝負を繰り広げてきた平蔵は、このゲームに関してのみ負け知らずであった。
しかも選んだ車はランエボ。WRCにも参戦しているラリーカーであり、こんなもん市販するのが反則と言われている程の高性能スポーツカーである。
ま、MR2ごときに遅れをとるとは思えないが。
…なんて事を思って軽くアクセルを踏み込んだ平蔵であったが。
二分後、彼は遥か遠く彼方にMR2のテールランプを拝みながらゴールすることとなった…。
「なん・・・だと・・・・?」
ありえない。これまで常勝街道驀進中であった自分が、MR2、しかも女子高生が操縦するそれに敗れるなどと。
しかもだ。
女子高生のタイムはコースレコードであったのだ。
これほどの屈辱があるだろうか、いやない。
「おい…!」
平蔵が恫喝するように声をかければ、女子高生は僅かに驚いた顔でこちらを向いた。
正面から見ると、完璧なシンメトリーに顔のパーツが配置されてるのが分かる。思った通り、芸能界にスカウトされてもおかしくない美少女だ。しかし、今の平蔵にそんなこたぁ関係ない。
「もっぺんだ!もっぺん勝負しろ!!」
「…いい、けど……」
女子高生はきょとんと小首を傾げ、
「おじさんのランエボじゃ勝てないよ?だって、パワーにばっかりポイント振ってて足回りとブレーキ性能、ほとんど強化してないでしょ?」
…確かに。
言われた通り、平蔵はこれまで稼いだポイントをエンジン馬力の強化に重点的に回していた。
足回りなんぞ、自分のテクニックでどうにでもなると軽視していたが故なのだが、女子高生が言うにはただでさえランエボは馬力が突出しているのだから、そんなもんを余計に強化するくらいなら、それ以外を十分に固めた方がいいのだという。特にブレーキ性能は重要だとも。
一理あるのは分かる。
平蔵も、確かにそうかも、と思った。
しかし、彼にはどうしても容認出来ないことがあった。
「オレぁおじさんなんて言われる程年食ってねぇ!!」
え?怒るのそこ??
後ろで店舗スタッフと正平が唖然とするなか、女子高生は「ん~?」と首を捻る。
「ちなみに年いくつ?」
「34だよこの野郎」
「わたし17。ダブルスコアじゃん」
あ…、と店舗スタッフが青褪めた時には、もう遅かった。
バキッ!!!
平蔵の足元で、安っぽい鉄製のアクセルペダルが、根元からばっきり折れていた。
本来なら拳が出ていたところであったが、さすがに女子高生を殴るのは思い止まったらしい。
しかし、その後必死の形相で怒りを抑え込みながら再戦を要求する平蔵に、女子高生も何やら察したのだろう。
顔を引き攣らせながらも快くリベンジに応じ、ついでにまたもや平蔵を完膚なきまでに叩きのめしていた。
後に、正平は語る。
あの時はさすがにゲーセンが破壊し尽くされるんじゃないかと思った、と。
「…で、おにへーさんはあれから全く上達しないよねぇ…」
「おめぇ…その口物理的に塞いでやろうか」
いつものゲーセンの、いつもの【Passing Racer】で、今日も並んで座るヤクザ男と女子高生の姿。
あれから何度か彼女に勝利した事もあったけれど、勝率では女子高生が相変わらず圧倒している。
今日も今日とて、圧倒的大差で後塵を拝まされた平蔵は、不機嫌全開の顔で咥えたタバコのフィルターを噛みまくるのであった。
出会った日からまだ半月も経っていない。
しかし、ジェネレーションギャップを抜きにしてもどこか掴みどころのない女子高生の綾と、広域指定暴力団神門巽一家二次団体・秋定組若頭補佐仁谷平蔵のおかしな勝負は、このゲーセンでこれからも続いていくのだろう。
何となく、そんな事を思う程度には、お互いがお互いの存在を受け入れていた。
そして、つかず離れずの関係が僅かに変化を見せるようになるのはもう少し。
「ねぇ、おにへーさん。わたしの復讐手伝って欲しいって言ったら…、手伝ってくれる?」
本編中に書くべき事ではありますが…。
平蔵は幼少の頃、お家が経済的に苦しく、同級生がゲーセンに行くのを羨ましく思っていた…という裏設定があったりします。所属団体で地位と経済力を手に入れた後、幼い頃のゲーセンで遊びたいという夢を叶えた…ということで。