episode-6
目を開けると、銃口が鼻先に突きつけられているのが見えた。
朝ではない。何か腹部に圧力を感じ、目を覚ましたのだ。
触れているわけではない。だが、避けられない距離。
背後は固いベッド。
ベッドに横になっている少年に馬乗りになっている少女が左手でしっかりとつかんでいるそれは、少年には見覚えのない形のものだった。
基本的な銃の形から外れてはいないと思う。
だが一般的なものでもないのだろう。
銃身に巻かれているベルトも、どこか厨二チックである。
少年はその巻き方を、どこかのマンガかラノベの挿し絵で見たような気がした。
「まだ寝てていいよ。」
「……そうする。」
少女の言葉に、少年は慌てもせずに受け答えをする。
「でも──この時間はいつもだと誰もいないけど、今日は珍しく出張から帰ってきたお隣さんがいるから、静かにね。」
そう告げ、再び目を閉じた。
再び目を開けたのは、日付が変わってからだった。
視界の隅の電波時計がそう告げていた。
「──ずっと、その姿勢?」
寝ぼけている少年の問いに、少女は素直に頷いた。
「君も、眠くないのかい?」
その言い回しに疑問を覚えないでもなかったが、眠気で思考が停滞しつつある少女はあえてそこに触れることをしなかった。
「……眠い。」
少女は欠伸をかみ殺した。
「一緒に眠るかい?」
「──君は、どうかしてるよね。」
寝ぼけ眼の少女とは対照的に、少年は、徐々に覚醒してきていた。
「どこが?」
「……顔に銃を突きつけられても、平然として寝るとこ。」
「──その銃、安全装置外してないよね?」
「ロックは元々ついてない。
片手だと、いろいろ面倒だから。」
「そうなんだ。」
そこで少年は、少女の右腕が肩口から無いことに気がついた。
部屋が暗いために今まで気がつかなかったのだ。
「……妹と、同じだ」
少女はふと、意外そうな顔をした。
「君には妹がいるの?」
「いたって言った方が正しいかな。」
「いた……過去形? もう、いないの?
死んじゃったの?」
「今は一応、行方不明ってことになってるかな。
生きてはいるよ?」
「どうしてわかるの?」
「自分で言うのも何だけど、妹はその……ブラザーコンプレックスでね。
少々僕の影響を受けやすいみたいなんだ。
昔僕がハマってたマンガに、発信機を他人につけるのが趣味な人が出てきて、それを知った妹が、なぜか居場所を常に教えてくれるようになったんだ。
そういえば、追いかけてきてくれてもいいんだよって言って出てったかな。」
「ならそれ、行方不明じゃないんじゃ」
「知っているのは僕だけだから。
一応ってつけただろう?」
「妹さんは、今、どうしてるの?」
「さぁ。」
「さぁって……」
「数年前から行方不明だから、今、何をしているのかなんて、わからないよ。」
「……居場所が分かるのに、どうして?」
「興味ない。
……まぁ、本当は知ってるけど。」
「何でそこで言っちゃうのさ」
「どうせ隠す気ないから。」
少年の言葉に危うく倒れそうになり、銃の先を少年の顔の横につくことで何とか回避した。
銃をそんな雑に扱うと危ないとの言葉が少年の中に湧いてきた。
「妹は僕の言うことなら何でもきいてくれるから、たまには現状報告してねって冗談で言ってみたら、定期的にすべての行動を詳細に書き込んだレポート的なのを送ってくれるようになったから。」
そう言って、少年は布団から片腕を抜き出し、外気に晒した。
「ちなみに、たとえそれが殺人であったとしてもきいてくれると思うよ」
その腕を、枕元に向けてある銃に触れさせた。
少女は言葉に衝撃を受けたためか、それには気付いていないようだ。
「──……殺人を、させたの?」
「命令したことはないよ?」
少年は、少女の言葉を否定しなかった。
「でも、させたことはあるんだね?」
「冗談で言ったら、数日後に事後報告が来てね。」
少女の表情の変化を眺めながら、少年は先を続けた。
「そんなことは冗談でしか言わないから、これからはそんなこと実行するなって命令しといたんだけど、『お願い』なら聞いてもいいよねって笑って言ってたから、どうなるんだろ。
それ以来冗談でも言わないように気をつけてるよ。」
少女には、目の前の少年が化け物に思えてきた。
今までに仕事の中で出会ってきた醜い人間たちとは異なる異様さを、感じた。
そんなことを笑顔で軽く言ってのける彼を、同じ人間とみなしたくなかった。
そこで少年の手が銃に触れていることに気付き、慌てて銃を持ち上げる。
「君は妹に、似ているね。
右腕が肩からないところとか、そっくりだ。」
そんな特徴で似ていると評するのはおかしいと思う。
「……妹さんは、腕、どうしたの?」
「小さい頃に、事故でね。
本人は、その時の記憶も欠けてるからたぶん知らないだろうけど」
少女は、自身と照らしあわせてみる。
自分も、腕をなくした経緯を知らない。
生まれたときにはあったのか、それすらも。
家族の記憶すら曖昧だ。
血縁は不明だが共に暮らしていた兄は、とうの昔に亡くなった。
「……この時間だと、2つ隣のおじさんが仕事を始める頃かな。」
「君はそうやって、私が諦めるのを待ってるの?」
少女は、改めて銃を構え直した。
「ん~……そうじゃない。
もし殺るんだったら、証拠は残したくないだろう?
その手助けができればと。」
「君は、おかしい。」
「さっきも言ったね。」
少年は、微笑んだ。
少女は銃を肩の高さまで引き、少年の上から退いた。
「一緒に眠るかい?」
「──君は、どうかしてるよね。
ターゲットと一緒に眠る殺し屋がいる?」
「ん~……色仕掛けとかで殺る人もいるんじゃないかな。
──てゆか、あなたは殺し屋だったの?」
「違うよ。
──私は、とある名も無き殺人鬼。
眠いや……やっぱ一緒に寝てもいい? 行くとこないし。」
「入るかい?
──ここに住んでもいいよ?」
「じゃ、たまにはお世話になるね」
少年は、布団の端を少し持ち上げて見せた。
「入れて。」
「銃は、そこの机に置くといい。
手は届くだろう?」
「左じゃ届かない。」
「あ……そっか。じゃ、こっちに置くといい。」
少年は、反対側の小さなテーブルを示した。
「誰も訪ねてはこないから、安心して。」
少年を睨みながら、少女は銃に巻かれたベルトの端を口にくわえた。
「君の寝ている間に銃をいじったりもしないから。」
「そう言ってするんでしょ?」
「しないさ。つまらないから。」
少女は羽織っていたポンチョを畳み、ベッドサイドのテーブルの上に置くと、その上に銃をそっと寝かせた。
「ねぇ」
「ん?」
少女は銃の見える位置に、少年の隣に潜り込んだ。
「君はどうして、銃を向けられても平気でいられるの?」
布団の中は温く、少女は久方ぶりの安寧を感じた。
「なんか、君には撃たれないような気がして。」
「私がお人好しか慈悲深い人か臆病な人間にでも見えるの?」
「僕はいつ死んでもいいから
俺はいつでも死にたいから」
少女には、少年の一人称が気になった。
「自殺志願者」
「自殺したいわけじゃない。
ただ、この救いのない世界に、絶望しただけだ。」
その言葉を聞き終える前に、少女は瞼をおろし、眠りについていた。
翌朝目覚めた少女は、隣に少年がいないことに気がついた。
慌てて周囲を確認する。
思ったよりも寝入ってしまっていたようで、閉められた厚いカーテン越しにも陽が強く照りつけていることが判る。
銃はテーブルの上のポンチョの上。動かされた形跡はない。
反対側のテーブルの上にはデジタル時計と、サンドウィッチの乗った皿にメモが置いてあった。
近づいて読むと、
『 おはよう。
僕は学校へ行くので部屋の鍵は
閉めておいてくれると助かります。
鍵は皿の裏です。
ポストにでも入れておいて
くれれば回収します。
横のサンドウィッチは食べてください。
余っていれば僕の夕食になります。
P.s 裏のはウィルスとか皆無だから』
と書いてあった。
裏にはアルファベットと記号が……まるでどこかのウェブページアドレスだ。
携帯電話を操作し、確認してみる。と、あった。
黒い画面に白抜きで 登録 入場 送信 閲覧 投稿 退場 の6つのリンクが張ってあるだけで、他にはなにもない。
サイト名すらなく、用途がまるで解らない。
とりあえずアドレスだけは記憶しておく。
携帯電話を閉じてポケットにしまい、ポンチョを羽織る。
銃は腰のホルスターに納めてサンドウィッチに手を伸ばした。
「――おいしい……。」
時系列がバラバラですね。