episode-2 過去・出会い
ある夏の暑い日。
蝉が命を賭して泣いていた。
汗が目にしみ、彼もまた、泣いているようだった。
広大な霊園の一角、ある一つの墓の前でしゃがみ、彫られた名を凝視して額に深い皺を彫り込んでいた彼へ、彼女は話しかけた。というか呼びかけた。
「おーい」
彼は一度瞼をおろし、ゆっくりとあげてから声のした方──彼女の方へ顔を向けた。
「なに?」
怪訝そうな、というか嫌がっている風な彼の表情を確認しても、彼女は笑顔と雰囲気を変えない。
「なにしてるの?」
「見てわかるだろ」
この場所で、それ以外の目的を持つ者も少ないだろう。
「お墓参り?」
「それ以外になにがある」
「お百度参り?」
「それは神社じゃないか?」
「じゃぁ……怨恨による復讐の決意表明」
彼女は笑顔を崩さず、先ほどから、隠そうともしない怒りの雰囲気をまとっている。
「……何のことだ」
「その下に眠っているかもしれないのは、あなたのお母さん」
「かもしれないって何だ」
「お墓があっても、その下に骨があるかどうかはわかんないもん。」
「──確かに一理あるな。」
「あなたはお母さんを殺した相手を恨んでない。」
「あぁ。母はまともな死に方だったからな。」
「でも、お母さんの妹さん……叔母さんを殺した相手を恨んでる。」
「……──。」
彼女は彼の言葉を待っていたようだ。
「アレ、なんかコメントは?」
少し間が空き、蝉が落ちた音がどこかから聞こえた。
「ほしいの?」
「うん。」
「ん……じゃ、そんなのアンタには関係ないだろ」
「関係ないね。」
「……コメント」
「どうしろってんだ」
「ん~……まぁいっか。」
彼女は伸びをした。
「とにかく、その叔母さんを殺した人の目星がついたから、復讐しようって考えて、それをお母さんに伝えにきたのかなって。」
「……どうしてそう考えた?」
彼は立ち上がった。
それにより、今まで見上げる、見下ろすの関係だった彼と彼女が見下ろす、見上げるの関係になった。
「その前に質問い?」
「個人情報なら勝手に調べろ」
膝に付いた砂を払いながら、彼は適当に応えた。
「いいと受け取るよ。
あなたは私のことを知ってる?」
「知らない……」
「えぇっ!?」
「……て応えたらどうする?」
彼女の驚きように驚き、付け足す声が小さくなった彼。
「え? ホントは知ってるの?」
「知ってる……」
「どっち?」
「……て応えたらどうするんだ?」
「どっちなの??」
彼女は困惑しているようだった。
先ほどまで顔に張り付けられていた笑顔も禍々しい雰囲気もどこかへいってしまっていた。
「知ってる。言った方がいいか?」
「ここで言われて、ホントだったらヤだなぁ」
彼女は元の笑顔を顔に張り付け直した。
「そんなやましい素性なのか。」
「え? 今のはカマをかけたってヤツ?」
すぐにまた、少しはがれかけた。
「いいや。知ってるけど、そんなにやましい素性だとは思ってなかったからさ。」
「ホントに知ってるの?」
「やっぱ言わないと信用してもらえない感じ?」
「うん。」
彼女は躊躇なく頷いた。
「どこか誰もいないとこないかなー……」
彼女のその呟きは、おそらく意図的なもの。
「俺の本拠地でよかったら保証できるしこっから近いけど?」
「行っていいの?」
「素性のわかってるヤツなら大歓迎さ。」
「私はあなたのことをあんまり知らないのに?」
彼はしばし黙った。彼女が口を開きかけたのを制し、言う。
「……知ってるんじゃないの? さっきの件」
「あれは、結構当たるんだよ。
何パターンか用意しておいて、見ながら応用してくの。
ホットリーディング、だっけ?」
「コールドリーディング?」
「どっちも似たようなものだよ。」
「いや、違うだろ」
彼が民家に入っていくと、彼女も続いた。
「敵かもしれない人間を、こんなに簡単に招き入れていいの?」
「いいさ。どうせ俺がいないと死ぬんだし」
「……エ?」
「ちょい止まってて。後で戻ってくるから。
──生きたかったら、そこから半径1m以上動くな」
「ここで止まってればいいんだね。」
「誰がきても、何をされようとも動くなよ」
「……なんか意味深」
「とりあえず、いったんさよなら」
「うん、またあとでーっ」
少年の背を見送り、足の位置は動かさず、部屋の中を見回す。
本当に何もない部屋だ。
一通りの生活用品はあるが、身分や個人の特定につながりそうなものは一つも無い。
流石プロといったところか。
耳を澄ませると、木製のものがスライドされる音が二度。
微かな足音が離れていく。
何もすることがない……。
あの子はもしかしたら、私をはめて、退治する気かも知れない。
私の特性は、たぶん理解してるから。
軽く手を振る少女に一瞥をくれ、地下を通り、どこかの部屋へはいる。
壁のひとつに手で触れると、パネルが浮かび上がった。
ソレを操作し、内側からロックをはずす。
作成された鍵を持ち、現れた扉から外へ出た。
「また戻んのか。メンドくせ」
ぼやきながら、早足で歩いて元の民家へ戻った。
「ただいまー」
「ヒョエ!?!」
玄関から民家へ入って声を出すと、彼女の不可思議な反応が返ってきた。
「……なんだよソレ」
「い、いや~……脅かさないでよ」
気のせいか、冷や汗をかいている気がする。
「脅かしたつもりないんだけど。
何で驚いたの?」
彼は内心笑みながらも、なるべく冷静を装って言葉を紡ぐ。
「いや、あの、君、あっちからでてったよね?」
「そうだけど?」
「何でそっちから戻ってくるのさ!?」
「何でって、玄関から家にはいるのは当たり前でしょ?」
「そうだけどさぁ……」
丸め込まれそうだが何か反論したいのが彼女から伝わってくる。
「なんかいけなかったわけ?」
「い、いや……いけなくなんかないけど……」
その場はうやむやに終わり、外から歩き、彼は、彼女を連れて来た場所へ戻った。
「ここ入って5押してね。」
この田舎では目立つ小さなビルの裏手にある、業務用エレベータ。その隣には関係者用のコンクリート階段もある。
そのエレベータの▽(下)ボタンを押して待ちながら、彼女にそう言う。
「このエレベータ?」
「そう。」
「君は一緒じゃないの?」
「初めての人はエレベータからじゃないとダメ。
俺は初めてじゃないから別の方からいく。このエレベータ、乗り心地最悪なんだ。」
すぐにエレベータはきた。
「5押して。その他はいじらず待つこと。
止まった階の突き当たりにある扉にこの鍵を差し込んで回して。」
彼は彼女をエレベータに押し込み、鍵を握らせる。
「変なことはするな。」
「わかった。
5階で、止まった階のまっすぐ突き当たりの扉の鍵なんだね。」
「Yes.」
扉が閉まった。錆び付いた駆動音と共に動くのを感じ、自分は階段で地下へと潜る。
部屋の端にある一対の直方体の埃を払い、中央のいすに座ってそちらを見つめていると、ガチャリとアナクロリスムな音がした。
そこの壁の一部が長方形にこちらへ開く。
その向こうからは、おどおどと形容できる彼女がおそるおそるといった感じで歩いてきた。
小さな電子音が鳴る。
「ひッっ」
目尻に涙をためながら、うつむきがちに、この部屋へ一歩を踏み入れた。
「ようこそ」
「ひッッっ」
彼女は肩を強ばらせ、ギギギっと、見たくないものでも見るかのように彼の方へと目を向ける。
「俺の本拠地へ」
彼の姿を確認すると、涙腺がゆるみ、大粒の涙を流し始めた。
「ここ、電子機器たくさんあるから、あんまり水分は困るんだけど?」
「……ゴメンらひゃい、ひぐっ……つい……えぐっ、驚いちゃって……」
「それでよくその仕事ができるな」
彼の呟きは呟きでしかなかったのだが、彼女はそれに答え、涙をおさめていく。
「いっつも怖くないとこれやってるもんっ
誰も近くになんかいらいもんっ
狙撃ばっからもんっ」
さりげない告白に、彼は驚いた。
事前に集めていた彼女の情報では、こんなに臆病だとはわからなかったし、狙撃が主だとも判らなかった。
「狙撃て……察は怖くないのか……」
「持ってるときは殺れるもんっ
持ってないときはバレないもんっ」
「なんか、開き直ってんだな、アンタ……」
毎日更新でも毎週更新でもありません。