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〖回帰地獄】  作者: amago.T/
1/11

episode-1

 誰もいない教室。

 黒板の落書き。

 天井の汚れ。

 なにもかもがいつもどおり、日々変化する。

 今日は本を貸す約束もあるから、いつもよりやや早めに登校した。

 まだ朝の部活も始まっていないような時間帯に自分の席に着き、鞄の中を確認する。

 少しの教材と筆記用具、それに古ぼけたハードカバーの本が二冊。

 片方は、昨日の朝友人に貸す約束をした本。

 もう片方は、趣味に関するもの。

 誰かにみられるとヤバいのだが、昨日の夜遅く(今朝早く?)に発見したため、安心できる保管場所が確保できず、鞄の中に放り込んだまま持ってきてしまった。とりあえずは自分の目の届くところにおいておきたかったのだ。

 暇なのでそろそろ始まってきた部活動の人間観察と共に、読書と見せかけた観察記録をつける。


 暫くして、一部の部活動が活動を終え始める頃になり、ようやく友人は登校した。


「よっす」


 軽く手を挙げて声をかけると、眠そうな声が帰ってくる。


「お~、はよー」


 ついでに欠伸をして、目尻に涙をためる。


「これ、昨日言ってたヤツ」


 鞄の中を見ず、重さで判断して一冊のハードカバーの本を渡す。鞄の中身を見られたくないためだ。

 それを受け取り、友人は表紙を見てから笑った。


「相変わらず早えーな」

「人間いついなくなるか分からんからな。」


 これはいつも本当に思っていることだが、本音は明日から長期の用事が入って暫く会えないからだ。

 別に会おうと思えば家も知っているし会えないことはないのだが、いろいろとマズい。


「それも一理あるんだろうけど……お前いつもソレ言うな。

 なんかあんの? 病気とか」


 本を鞄にしまいながら友人が言った。


「いんや? 親族にガンが多いとか、そういったのも無い。」


 ただ、仕事で死ぬことが多いってだけ。

 親戚は皆似たような職種で働いている。

 俺もそろそろ見習いとして修行中。明日からの仕事もその関係。

 父の時は夕方元気に仕事にでていって、翌朝には警察から連絡が入った。

 叔母の時はまたねと言って、次にあうのは葬式だった。

 他の親族も似たようなもの。若くても老いていても、仕事の関係でなんの前触れもなく突然死ぬことが多い。


「そ? ならいいんだけど。

 よくマンガとかであるさ、親友には変に気遣ってほしくないから死ぬまで伝えませんでしたー的なのはヤだからな?」

「俺とお前が親友だとでも?」

「思ってないけど?」

「だよな。」


 二人でひとしきり笑った。


 朝の部活動を終えて教室に入ってきた女子生徒が「なに笑ってんの? 男同士で……キモい」と嫌悪感丸だし(おそらくわざとだろう)の顔でそう言うまで、笑いは止まらなかった。

 ずっと、笑っていたかった。

 こんな日々は、もうきっと、今日で終わりだから。

 次に会えるのがいつかも、会えるのかどうかも分からない。

 もし会えたなら、彼は、今までどおりに接してくれるのだろうか。


放課後。

 清掃をサボり、友人に別れを告げて、目的地へ向かう。

 家には帰らず、このまま向かう。

 そのために部屋の中は整理しておいたし、本を家においておかずに持ってきたのだ。

 途中、公衆便所で着慣れた服装に着替え、必要なものを移しかえたショルダーバックを肩からかける。

 ふと違和感を覚え、鞄を開ける。

 中をみる。

 少しの教材と筆記用具。それに古ぼけたハードカバーの本が一冊。

 なにも変なところはない。

 気のせいだったのだろう。

 借りている倉庫に寄って、不必要な物をおいていく。

 靴もはきかえる。


 そこから駅まで歩き、鉄道を利用して少しだけ、学校から離れる。

 駅を出てすぐに、そこは一面田んぼ。

 少し歩くと家が(まば)らに。

 こういうところの方が、かえって隠れやすい。

 民家の一つに入っていく。

 名義は誰だか忘れたが、親戚の持ち物だったはずだ。

 納戸を開くと地下へと続く階段があり、そこを降りていく。

 おおよそ地下三階分ほどの距離を下り、平らになったコンクリートの直方体の中を直進する。暗く、明かりはないので壁を手で伝いながら。

 1メートルほどの段差を飛び降りると、そこにある上り階段を上る。

 もうすでに距離感はだいぶ麻痺している。

 元々方向音痴だし。

 木製の蓋を押し上げると、埃一つない真っ黒な空間に出た。

 蓋を元の位置に戻し、これまた黒いカーペットをかける。

 照明を(とも)すと、壁一面のスクリーンには映像が流れ始めた。四方それぞれ一つずつ、計4つ。

 緊張を解き、中央のソファに掛ける。

 正面の映像を視界の端に納めながらショルダーバッグの中の本を取り出す。

 今回の用事には関係ないが、早めに、安心できるところで確認しておきたかった。

 本を開く。

 ふつうの本だった。

 文字を目で追っていく。

 嫌な予感がする。

 最後までパラパラとめくる。

 これは、友人に貸す約束をした本だ。

 では、今朝友人に渡した本は──……間違えた。

 今から訪ねることはできない。

 いったんここにきてしまったからには、用事を終えるまで離脱の選択肢はない。

 あの中身を見ないでくれよ……!

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