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もしものハチ

夏になってくるとなぜか冬の風景を書いてしまいます。

 雪が柔らかく僕に降り積もる、ある日。


 僕は駅のホームであの子を見つけた。



「う~、寒い」


 僕は手を互いに反対側のコートに突っ込んで顔はからし色と茶色のしましまマフラーにうずめる。


 緑色と茶色で囲まれているこの村はこの季節になるといつも空の上からやってくる白色に一面を塗りつぶされてしまう。


 今日も小さな白色たちが僕の頭を染めていく。


 毎日染められるので、もう僕の頭の色は真っ白なんだけどね。


 早く目的地に着いてしまいたいけど下手に急いでみっともなく転ぶのは嫌なので気持ち早めに急ぐことにする。


 しばらく歩くと僕の目的地である駅が見えてきた。


 テレビで見る大きくてきれいな駅とは対照的な小さくて今にも崩れてしまいそうな木造の駅。


 この村唯一の駅なのだけれど利用者は滅多にいないし、無人駅ということもあって寂れている。


 そんな駅に何の用があるかというと僕自身もあまり用はない。


 いや、きっとあったんだろう。


 でも今は自分でもよくわからない。


 ただ家にいると落ち着かないのでここに来ている。


 駅の中に入り僕は切符も買わずにホームの中に入り込む。


 本来なら、駅員さんが立って切符を切ってくれるんだろうけど、ここはさっきも言ったとおり無人駅。

 

 有人改札用の木の枠二個だけがあっても止められるはずがない。


 というか、ここではもう切符も買えるはずがないのだけれど。


 ホームに出ても屋根があるこちら側と向かい側のホーム以外は相変わらず白一色だった。


「……」


 僕はため息とも言えない小さな空気の塊を少しだけ吐き出すといつもと変わらずベンチの方へ歩き出す足を――止めた。


 いつもとは違うものがそこにあったからだ。


 僕は息を止め、その風景の中の異物をジッと見つめた。


 髪が長い、僕と同じくらいの年ぐらいの女の子。


 こんな寒い雪の中で彼女は夏用のセーラー服姿をしていた。


 白のセーラー服から見える腕は細く、頼りない。


 僕がじっと彼女を見ていたからだろう。


 彼女と僕は不意に目があった。


 向こうもまさかこんなにしっかりと目が合うとは思っていなかったんだろう。


 驚いたように目を見開き、すぐに取り繕うように少し頬を上げる。


 かくいう僕も彼女と似たような反応で苦笑いをしながら彼女のそばまで歩いた。


「えっと、コンニチハ」


「コンニチハ」


 僕が挨拶をすると彼女も似たように返してくれる。


「隣、いいですか? いつも座ってるから座らないと落ち着かなくて」


 僕が半分真剣に隣の席を指差すと彼女はまたもや驚いたかと思うと今度はクスクスと笑いだした。


「いいですよ」


 彼女は口に手をあてながら笑って言う。


 僕は少々恥ずかしさも感じながら彼女の隣に腰を下ろした。


「いつもってよく電車に乗るんですか?」


 彼女が僕に尋ねてくる。


「電車には乗ったことないですよ。毎日ここで座ってるんです」


 僕がそう返すと彼女は僕を不思議そうに見つめた。


 どうやら彼女は表情豊かな人らしい。


「僕からも聞いていいですか?」


「なんですか?」


「どうして冬に夏服なんですか」


「あぁ、これ」


 彼女は自分が着ている格好を今思い出したように見る。


「これしか持ってないんです」


「寒くはないんですか?」


「慣れましたから平気です。昔は寒がりだった気がするんですけど」


「僕は寒いのが苦手です。昔はもっと寒さに強かった気がするんですけど」


 僕がそう言うと彼女は横目で僕の服装を見た。


 ロングコートとマフラーの下には五枚くらいは着込んでいる。


「夏服の私と冬服のあなたが並んでる光景って傍から見ると面白そうですね」


 そうでしょうか。


「あの」


 僕は控えめに彼女に言う。


「お話するなら名前を教えてもらえませんか? いろいろと不便なので」


「あぁ、ヒトミです。あなたは?」


「僕はハチです」


「ハチさん、私からも一ついいですか?」


「なんです?」


「私、実は敬語が苦手なんです」


 言いたいことはわかった。


「僕もだよ。ここからは気楽に話そう」


「うん、そうしよう」


「ヒトミはさ、ここにはどうやって来たの?」


「どうやってって電車だよ。私はずっと電車に乗っていてここについから降りたの」


「そうなんだ」


「ハチは?」


「え?」


「電車に乗らないのにどうして駅に来てるの?」


 そう尋ねられた僕は少しの間口を閉じた。


 ヒトミにどうやって説明すればいいのかを考えていた。


「……待ってるんだ」


「何を? 人?」


「わからない。けどずっと僕は待ってるんだ」


「……」


 ヒトミは僕を見て黙り込む。


 どうやら「話を聞くよ」ということらしい。


「僕が待っていたのは、電車に乗ってる人かもしれないし、貨物列車に乗って運ばれる僕宛の何かかもしれない」


 僕はじっと自分の手のひらを見つめる。


 待たなくてはいけないと思い始めたのはいつからだっただろう。


 僕はいつから忘れてしまったんだろう。


 わからなくて、わからなくて、わからなくて……。


「……それでも、ここで待っていると不思議と落ち着くんだ」


 僕がそう言うとヒトミがスカートの上で手をグッと握りこむのが視界の隅に見えた。


「君もそんなことがあるの?」


「私も、私も忘れてしまったの」


「何を?」


「……さっき、私は今来ている服しかないって言ったよね?」


「うん」


「私は家出をしたの。家族とケンカして」


 ヒトミは目の前の何かを見つめながら話す。


「家出して、ちょっと遠くまで行こうと思ってさ。それからが、わからないの」


「帰る場所がわからないの?」


「うん、家出をして、電車に乗って、それから何かがあったはずなの。誰かが、待っていてくれていたような。そんなものを描いていた気がするの」


「……」


 じゃあヒトミは、ずっと家に帰れてないんだね。


 そんな言葉を僕は飲み込んだ。


「似てないようで、似てるのかな。私たち」


 ヒトミが言う。


「僕は待っていて、ヒトミは帰ろうと思ってる」


「でも私たちはそれが何かを忘れてしまってる。実はそれがお互いのことだったら一件落着なのにね」


「それでも僕らは今日がはじめましてだよ」


「うん」


「……」


「……」


 僕らは互いに黙り込む。


 僕は空を見上げた。


 屋根の上から顔を出す空はいつの間にか雪を降らせることを止め、薄い青色に染まっていた。


 遠くから電車がやってくる音が聞こえる。


「次のに乗るの?」


「うん、ここに降りたのはただのなんとなくだったし」


「……」


「……あのね」


「何?」


「私思ったんだけどハチは間違えてると思うんだ」


「え? 何を?」


 僕はいきなりそんなことを言われ驚いてしまう。


「ホームは誰かを迎える場所じゃなくて、誰かを送り出してあげるところだよ」


 真剣な眼差しで言う彼女に唖然とされながらも何度か脳内で彼女の言葉を繰り返しているうちに僕の口からは笑いがこぼれ落ちた。


 決しておかしなことではないのに心がくすぐったい。


「うん、その通りなのかもしれない」


 電車が僕らの前に止まる。


 僕は立ち上がりヒトミの手を握って立たせた。


「いってらっしゃい」


 僕はヒトミに笑っていう。


「君がいつかここに帰ってくるのを僕は待ってる」


 対してヒトミは驚いたように嬉しそうに意地悪そうに。


 一つの表情でいろんな感情を僕に見せた。


「ここに戻ってくる前に帰る場所を見つけちゃうかも知れないよ?」


「それでもいいよ。もし見つけたらヒトミの帰りを待っていた誰かと一緒に来ればいい」


 ヒトミは電車に乗り、ドアが静かに閉まっていく。


「じゃあまたいつか」


「うん」


 電車は走り出し、消えていく。


 僕は線路を見下ろす。


 線路の上に積もった雪たちはまだ溶けておらず真っ白なままだった。


 僕は駅を出る。


 僕とヒトミは似てないようで似た者同士だ。



 そんな君のことを、僕はずっと待っていよう。

ここまでご覧頂きありがとうございます!m( _ _ )m

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