商う旅の話と祭りと別れ
纏めました。
仕留めた獲物を馬にくくりつけ村へと戻るとどことなく騒がしい。
だが村の入り口に目をやると、
見慣れた一頭引きの馬車が止まっている事から村のお抱え商人が来ている様だ。
彼らを探して村の広場に移ると、
大きな革製のシートを広げその上に雑貨や食品や武器などが置いてあり、
その傍らには値札が張られていて露天を開いているのが見受けられる。
また売るだけではなく従者らしき少年が秤をもち、
巻き尺を腰に携え買い取りも平行して行っている様だ。
買い取りも狩人が仕留めた獲物だけではなく、
村人が作った工芸品などを売ったり、この村は亜人が多い事から、
エルフの霊藥といった不思議な薬を始め、
ミル姐さん(アラクネと呼ばれる下半身が蜘蛛の亜人)が作る織物や
ドワーフのじい様達が毎回至高を凝らした装備品など様々な売買が行われる。
少年が顔を真っ赤にして何かの商談をしているのが見えたので近寄って確認すると、
卑猥なほど透けたレースで仕上げられた女性用のショーツを広げ、
ドワーフのじい様が誇らしげに滔々となにかを語っている。
い・・・今の僕には理解できない。
じい様曰、ミル姐さんの紡いだ糸に魔術を込め、
それを更にドワーフ秘伝の付加術で強度を高めた逸品らしい。
そんじゃそこらの刀では切り裂く事など出来ないらしい、プレートメイル並の防御力があるそうな。
いかに名品かを語り終えた後、
「実演をしてみせようぞ。他の者は武器を持つのじゃ、」
などとのたまい、ドワーフのじい様がえっちな下着を、防御力の薄い頭(毛髪的な意味で)に被り、
他のドワーフがじい様の頭にバトルアクスを降り下ろすなどと言うカオスな惨状が繰り広げられていた。
つまりはこうだ。
「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
ドワーフがすけすけのギャルのぱんてぃーを禿げた頭に被ったかと思うと、
他の奴等がぱんてぃーに対して攻撃しだしたんだ!変態ドワーフはにやにやしているだけで
なにが起きているのかまったくわからなかった。
HENTAIだとか紳士だとかそんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ…!
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。」
そんな訳で一時撤退して
人がはけたら改めて砲弾猪の皮やらを売りに行くことにしよう。
◆◆◆
日が傾き始め商人さんたちは
一段落したようでシートを片付けはじめていた。
「こんちゃす、買い取りお願い出来ますか?」
30台半ばほどの商人に話しかける。
「おぉクルス君かね、品物はなんだい?」
彼はベリナスさんといい、
商人の家系に育ったが自身の商会を立ち上げる為に行商を始めたという野心家である。
少しくすんだ金髪を持ち、糸目で笑顔を絶やさないが無精髭のせいか、
気の弱そうな見た目の優男に見える。
だが実際は利の為なら僻地の村であろうと進んで赴き、
盗賊に会えば切り伏せ、賞金を元手に更に積み荷を増やすと言う物理的に豪腕な商人である。
「朝方から狩りにでて、砲弾猪を仕留めたんです。皮と蹄、後は牙をお願い出来ますか?」
馬に着けた袋から戦利品を取りだし計測をする少年に手渡していく。
「なかなか大物を仕留めたんですねぇ、冒険者でもGランク5人で仕留める獲物を1人で仕留めたなんてクルス君は才能があるみたいですねぇ。」
砲弾猪の牙の大きさを計ったり、
指で弾いて強度を確かめるベリナスさん。
「冒険者ですか、話には聞くんですけど、実際の所はこの村に支部とかない上、近くの支部と言えば王都しかないらしくて、どんなものなのか知らないんですよね。登録できるのならしてみたいのですけれど、どうやったらなれるんです?」
異世界と言えば冒険者
これは基本だよね!
だけど王都まで馬でも半月は掛かるので周りに詳しいことを聞くことも出来ず、気になっていたのだ。
ベリナスさんは詳しいようだし、話を聞いてみる事にする。
「そうですね。冒険者ギルドってのは国に縛られず依頼を請け負う組合の様な組織なのですが、人口が多い所には大抵支部があり、そこで申し込みをすればいつでもなれますよ。たしか15歳からだったかと思いますが。」
まぁ想定内かな、
だがそこで終わりではないらしく続きを話始める。
「他にはギルドは王都で学院と言うもののも経営していて魔法学科から騎士学科や総合学科や商人学科などの専門的な指導もしてるんです。そこで冒険学の単位を取れば自動的に冒険者資格も取れたはずですね。」
ほうほう
さすがに様々な人員を囲んでるだけあって手広くやっているようだ。
けれど中世ほどの文明しかないこの世界で学費を納められるのはあまり多くはないのではないかと言う疑問も沸き上がる。
「基礎から指導してくれるのは良いですね。でもお高いんでしょう?」
苦笑いで答える
「変わった言い回しですね。まぁ確かに高いのはありますが、入学の時に選抜試験があって結果しだいでは学費免除と言う制度もあったかと思います。けれど卒業後3年ほどギルドで勤務する事を条件とした奨学金もあったはずですよ?」
人材の囲い込みか。
けれどこれは一考の価値のあるいい話を聞けたかも知れない。
考えていると、べリナスさんの話は終わっていない。
「それに学院はいいですよ?私も商人学科と冒険学を学んだのですが、その時代の友人とは今でも仲良くしています。まぁ王都でばったり会った恩師に説教されたりなんてのもありますがね。」
苦笑いしながら答えるベリナスさんだったが言っている言葉に反してどこか嬉しそうなのが印象的だった。
◆◆◆
買い付けも終えベリナスさんを村から見送りった後の深夜。
冒険者の話が頭から離れずに寝付けなかったため、
俺は一人外にでて考えていた。
考えが堂々巡りになり空を見上げる。
昔の地球とは比べ物にならないほど輝く星を見て、改めて異世界に生まれたと言う現実を思い返させる。
母のリオナはまだ若い。
子供の俺から見ても美人だし、
村の人から口説かれるのも何度か見ている。
綺麗な人なのに着飾りもせず、せっせと薬を売り、俺の為に働き育ててくれる。
感謝してもしきれないほどだ。
俺がいなければ素敵な男を捕まえたり、綺麗な服を買い漁ったりも出来るのに、
口にするのはいつも
「クルスの為なら苦なんてないわ」と言う俺の事ばかり。
俺のせいで母さんの自由を奪っていると思うと胸が苦しかった。
大好きだからこそ俺がいない方がいいのだと思う。
今日聞いた話、俺は多分もう一人でやって行ける。
別れるのは寂しいが、俺には親がいない事なんて慣れてる。
冒険者になったら彼女でも探そうか。
きっとあいつもこの世界にいる気がする。根拠は無いけどそう思ってるんだ。
あと3年で15歳になる。
そしたらお別れをしよう。
今まで騙していた事を告げて。
きっと気持ち悪がられるだろうが、騙したままでいたくはない。
大好きだから嫌われたくないけど、
大好きだからこそ騙したくない。
俺は声もあげず、ひっそり泣きながら別れを決めた。
気付けば俺の頬を濡らした涙の様に冷たい粉雪が降っていた。
◆◆◆
「よう、兄弟!飲んでるか?」
「おう、おっさん!飲んでるぜ!」
互いに声を交わし、ジョッキをぶつける。
「「友に祝杯を!」」
掛け声を掛けたらお互いジョッキを持った右手を組み、そのまま麦酒を飲み干す。
飲み干したら互いにジョッキを打ち付ける。
決意を固めたあの日から三年がたった。
明日が別れの日であり、日の出が過ぎたら王都へ向かう商隊と共に生まれたこの町から離れ一人立ちをする。
この事はもうみんなには話してある。
正直寂しいものだが、ジョッキを合わせた人達も寂しいそうな表情を浮かべても引き留める言葉は言わない。
彼らの気持ちが痛いほど伝わって来る。
「はぁいクルス、飲んでるかい?あっちに行っても元気にするんだよ?姉さんとの約束さね!」
赤ら顔のミル姉さんが声を掛けてくる。
「あはは、風邪とか引かないように気を付けます!」
彼女には成長する度に余った布地だからなどと沢山の服を仕立ててくれたり、母さんへの誕生日に一緒に髪留めに使うリボンを編んだり数えきれないほどの思い出がある。
今にも泣き出しそうな彼女に報いる為
笑顔を崩さず、
「「友に祝杯を!」」
この言葉だけで十分だ。
そのまま笑顔で別れ広場へ足を向ける。
この広場へ続く道も小さな頃はとても長い道のりだと感じていた。
それが今ではとても短く感じるのは成長したからなのか、それとも思い出が溢れ過ぎて思い返せないほどの日常を過ごして来たからなのかは分からない。
小さく思いだし笑いをしたり感慨に耽っているといつのまにやら、馴染みの深い喧騒が近付いてくる。
軒先に照らされたのは、酔っぱらって樽に押し込められたドワ爺だ。
樽から足と手だけだしちょこまか走り回る様子に他の村人が笑い声をあげる。
彼は頑固そうな見た目だし偏屈だけど何時だってみんなの為に鉄を打ち刀の手入れをして、遠くからみんなの命を守ってくれていた。
樽に押し込められて俺の姿は見えていないだろうし、ちょっくら悪戯してやろう。
ジョッキに麦酒を注ぎ、樽の上から見えるハゲ頭に景気よく浴びせて大声を上げた。
「友に祝杯を!」
そして雷が落ちる前に逃げ出す!
回りもジョッキを掲げ一際大きな歓声が上がる
逃げたした背中からは
「こんの糞餓鬼がぁ!この礼にどつくまで死ぬでないぞ!小さき友に祝杯を!!」
と歓声のなかから一際大きな雷が聞こえた。
小さきは余計だっつうの!
そんな事を呟やいてまた走り出す。
長生きしろよハゲ親父!
小さな呟きが祭りの熱気に溶けていく。
走り着いた先にはゴードンさんがいた。
何も言わず腕を組み合わせ
ジョッキを煽り、音高くジョッキを打ち付け、雲がなく澄んだ星空と真ん丸い月に掲げる。
お互いに言葉は要らない。
狩人とは言葉なんかなくても通じ会える。
そしてお互いに「にかっ」と笑いあい別れる。
昔の様な街灯なんてないこの世界で小さなランプの灯りに集い、
飾らない別れの夜は更けていった。
◆◆
樽に入ったまま酔いつぶれたドワ爺を邪魔にならない道の端にどかし、
潰れたミル姉さんを抱き抱え家に届け、裸でひっくり返ったおっさんに水をぶっかけ叩き起こし
ゴードンの飲み過ぎたジョッキを取り上げたりしているうちに人は減り始め、祭りも終わりを迎えていた。
火照った体を夜風に当てて、侘しさを感じながら家路に着く。
小さな一軒家。
入り口には小さな畑があり薬草や調合に使う花などが植えられた、質素な畑。
毎朝母さんか水やりを欠かさずに世話をしていて、目を閉じればその姿がすぐに浮かんでくる。
その入り口をくぐり色褪せ始めたドアを開ければ傷だらけの柱がある。成長の記録と称して着けたナイフの傷やら色々な思い出が詰まった小さな傷。
そこから目を離し奥に目を向ければ、リビングには母さんがいる。
「お帰り」
「ただいま」
帰りを待っていただろう母さんがお茶を入れてくれる。
いつもと変わらない不思議な透き通る様な清涼感があるお茶だ。
母さんが好きなこの香りが部屋を満たしている。
そのまま居間の椅子に座り静かに親子の一時を楽しむ。
言葉なんて要らない。
これは親子だからだろうか、
自信を持って言い切れない罪悪感が胸をちくっと刺す。
だが、今日こそは全てを言わなければいけない。
「あのね、母さん。聞いてほしい事があるんだ。」
母さんは微笑んだまま何も言わない。
「・・・・・・・。」
自分が本当は異世界に生まれた事。ずっと子供のフリをしてた事、言わなければいけないのに言葉が出てこない。
そんな中、母さんは何も言わずそっと俺の手を取る事で答えた。
「・・・・っ、」
そっと母さんの手が俺の握り締めた拳をほどき、指を絡ませる。
微笑みを崩さない母さんはずっと俺だけを見つめていた。
その優しさに後押される様にぽつりぽつりと話始める
前世の事、
孤児だった事、
前世の記憶がある事、
子供の振りをして騙していたこと、
妹の事
、
妹も大事でもし可能性があるのなら探したいこと。
色々な事を話した。
騙していたことを話始めた頃には涙が押さえられず
しゃくりあげながらも全部を話した。
そして謝り泣いて詫びた
けれど母さん何も言ってくれない
涙が枯れて落ち着いてくると、
今度は嫌われてしまったのではないかという考えが頭から離れなくなり、俯いていた。
爽やかなお茶の香りだけが部屋を満たしなにも言わず、沈黙が支配していた。
なにも言ってくれない母の顔が見れない。きっと嫌われたんだ。
そりゃそうだ。自分の子供が実は知らない男でそいつは今の今まで子供の振りをしていたなんて気味が悪いだろう、きっと落胆しているだろうか、それとも蔑んでいるだろうか、
もう母だなんて言えない。
足が震え、いてもたってもいられない。
――逃げてしまおう――
そんな事を思ったとき、
俯いた俺の体に影が落ち、
震える背中を優しく引き寄せられた。
細い腕で頭を抱き寄せられ、
腰に回された腕は固く抱き止められ、涙でぐしゃぐしゃになった顔は胸元に優しく受け止められ、
いつのまにか小さくなった母さんは俺の事を抱き締めていた。
小さな体なのに広げた腕は大きく、すべてを受け止めてくれた。
「あなたが誰であろうと、私がお腹を痛めて生んだ大切な息子には代わりがないじゃない。あなたが家族を探したいならそうすればいいわ、だけど見つけてやりたいことも終わったなら必ずその子も連れて帰ってきなさいな。エルフの生涯は長いのだからいつまでだって待っててあげる。」
優しく耳元で囁いてくれた。
「クルスは私の大切な一人息子よ。誰よりあなたを愛してるし、どんな時もあなたの見方よ?だから笑って見せて?」
母さんの顔は見れなかったし何時までも涙が止まらなくて笑えなかったけど、きっと母さんは微笑んでいたのだと思う。
「母さんに会えて良かった。」
いつの間にか泣き付かれて眠るまで母さんに抱かれていた。