私の困惑。1
坂田さんに腕を引っ張られ、連れて行かれたのはスタジオだった。今まさに撮影真っ只中なのか、慎ちゃんがセットの中で動いていた。
―いつも、画面の中でしか見たことのない”神城慎”がそこにいた。
どきん。
見知ってる、幼馴染の慎ちゃんが、なんか知らない人に見えた。
ううん、知っているはず。だって、この慎ちゃんはいつもテレビや紙面で見る、芸能人・神城慎で、それこそ生まれたころからずっと知ってる人なのに。
何で、それが突然知らない男の人みたいに見えたんだろう。
カット、という声がかかると慎ちゃんがセットから私の方に来てくれた。
「ごめん、碧依。重かっただろ? 助かった」
私が握ったままだった慎ちゃんの荷物を、慎ちゃんに言われて初めて思い出した。
そして、慌てて私はカートを慎ちゃんに差し出して、お仕事気を付けて行ってきてね、と告げて立ち去ろうとした。
したんだけど。
「慎。さっき、PVで共演するはずだった女優さんが急遽来れなくなったようなの。でも、撮影スケジュール的に余裕がないから…碧依ちゃん、申し訳ないけど、私たちを助けると思って、慎のPVに出てくれないかしら」
…坂田さんの口から聞こえた言葉に、とっさに頭の中にクエスチョンマークが飛び交う。
『ぴーぶいにでてくれないかしら』
って言ったよね?
えーと、それって要は私に慎ちゃんと一緒になってビデオカメラに映れ、とそういうことなんだろうか…え?
「…坂田さん、何言ってるんですか。そんなこと、碧依にさせれません」
「でも、スケジュールに余裕がないのは慎が一番知ってるでしょう、この撮影が終わったらすぐ新幹線に飛び乗るのよ。これ以上、PVの撮影を滞らせるわけにはいかないわ。
ごめんなさい、碧依ちゃん。碧依ちゃんの顔は、映らないようにスタッフには伝えるわ。そして、映っていないかどうかを最終的に貴女に見せて判断してもらう。でも、とにかく今は本当に時間がないの。慎を助けると思って―出演してくれないかしら」