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恋愛小説

獣のひとの王 夢と恋の物語

掲載日:2026/06/24


 眠っている、王がいた。


 鎖と桃色の氷の中に、王は縛られて永く永く眠っていた。


 とある作家が、その王の墓所を守りながら、物語を書いていた。


 代々、そうであるらしい。


 王は、物語を落とすのだ。

 

 巫祝性の高い物書きが、だから、代々眠る彼の安否を見守る。


 かの王の容貌は、白い獣の耳の他の上半身は人間の男性そのものだった。

 下半身は白銀の獣の毛におおわれていて、爪はするどく、まるで狼のようだが、二本足で立ち上がって歩く形をしている。

 尻尾もあるのが桃色の氷から見えた。


 衣服のようなものは、纏っているようには感じられない。しかし、彼は凛として荘厳でそのことに何も抵抗感を抱かせなかった。




☆★☆


 私は、物語のファンだった。

 流れ伝えられてくる物語にあまりにも惹かれてしまい……、いや、何か焦燥感をすら覚えて、遠い遠い所で作家をしている人のもとを訪ねた。


 そうしないでは、いられなかった。


 子供の頃から、私は物語に親しんでいた。

 そして、17になるころ、どうしようもなくその物語の源流の地を、渇き飢えながら求め探し出し、其処へなんとしても追い付いていこうとしてしまった。



 作家さまのおられるお堂には、文書の山と2人の書生、そして冷たい空気だけが居座っていた。


「あの……、私、作家さまの物語のファンで」


 おずおずと、私は書生さんにそう伝えた。


 お堂を開けた時、何故かこの場の全てが私を注視していたように思え、気まずかったし気圧されたが、それでも私は弱々しく発言をした。


 そうしないでは、いられなかった、から。


「……まさか、きみ」


 書生さんが戸惑うのが解った。


「来てしまったのね。たぶん、そうなのよ」


 もう一人の女人の書生さんがそんな事をいった。


――はいってもらって――


 作家さまから、書生さんへお声が掛かった。


 私の肩が、プルルと震える。


「良いのですね」

「仕方がない、通しましょう」


 私は作家さまの書庫に通された。


「……!」


 中性的な身なりの、思っていたより背の低い小さな方が、通された書庫に一人おられた。


――この方、だ。この方が作家さまだ――


 私は腰を折れるだけ折って身を低くした。


 最上級の、礼をとった。


「ああ、これは。そうね。そういうこともあるのね。貴女が私のファンなの」


 作家さまは、私の腕を引いて真っ直ぐに立たせると私の全身をようく見て、そう呟かれた。


「……、お、おしかけてしまって、私……」


 羞恥が私に覆い被さる。


「ちがう。此処にはそもそも人なんか来られないはずなのよ。それを貴女は辿り着いてしまった。……でもね、貴女が本当に魅せられたのは、わたくしの作った物語ではないの、だから、少し、困ったような気持ちがするのよ」


「……え?」


 作家さまは、何を仰られておられるのだろう。


「貴女が次代。そして、永遠。貴女は彼に合うべきよ」


 作家さまは、少し寂しそうに見えた。なにか、諦めをつけてしまったかのように、それでも、やはりそれをどこか惜しむように、少しそのお顔を私からそらした。


「――ついてきて」


 作家さまは、私の方へ振り向かず、書庫の更に奥へ進まれていく。


 私は、その歩みに頭で考える速度ではなく、付いていってしまうのだった。


 書庫の先は、暗がりとちょっとだけの灯りが続いていた。


 いつの間にか、周りの壁が、まるで鍾乳洞のように硬く、古くなっている。


「――ごらん」


 私の目の中に、とても美しい景色が入ってきた。

 


「けもの、のひと」


 桃色の氷のような封印。

 流麗な文字の呪符たち。

 烏の濡れ羽色の鎖。


 その中央にいる、彼。

 眠っている、彼……。


 私は作家さまを押し退けて、桃色の氷に触れた。


 一秒でもはやく、美しいこの男性をかき抱きたかった。


 私があなたに触れる。


 触れなければいけない。


 わたしはあなたの……!


 桃色の氷は冷たくはなかった。


 私はかれの胸に頬を埋めるイメージで、氷に手を()()()


 私の手は、阻む氷などお構いなしにするすると彼の胸へ置かれる為に入っていってしまったのだった。



――ずいぶん遅かったじゃねぇか――


 獣のひとの王は、私に拗ねたように話かけた。


 私は作家さまが私たちを見ているのを、遠く遠く背中で感じた。


 獣のひとの王。


 あいたかった。


 あいたかった、王さま!!


 涙が溢れて、私は俯く。


 だって、人間の涙は、不純物を流すために出るもので、この世でいちばん汚い物質なのだから。いま、彼の胸に近い私のこの穢れが、彼をよごしてしまってはいけないから。


「……んだよ、つれねぇなぁ」


 私の遠慮も思考もお構いなしに、王は鎖をとき、自由になった腕を全て使って私を抱きしめた。


「――ながかった。さすがにな、あえないかとおもった。……辛かった」


 王は、私を抱きしめながら、細く言葉を出して私の肩に頭を置いた。


「俺のおまえ、やっとまた合えたんだな――」


 やっと。永いこと、永いこと、私たちは会えなかった……けれども、今代になって。


「王、王、私の王さま、おあいしたかった」

「なんだ、やっと素直になったな。いいんだ、合えたんだからいい。ただな」



――もう、離さない、離せない、はなしはしない。





 私と獣のひとの王は、心を離さず、眠りに就いた。


 

 

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