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ポンコツ管理職のド底辺note副業奮闘記 〜社内一の地味な事務員が、実は月20万稼ぐマーケティングの天才だったので弟子になります〜  作者: 肉球ぷにぷに


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9/12

第9話:「100円」を払わせる一貫性

 金曜日の夜二時。

 自室のベッドの上で、俺はスマホを握りしめたまま、微動だにできずにいた。


 昨夜、俺はこれまでの集大成である初の有料記事(500円)をリリースした。

 麗子師匠の悪魔的な教えに従い、無料部分で読者の傷口(中間管理職の絶望)を徹底的に広げ、感情が最高潮に達した瞬間に無慈悲なペイウォールを下ろした自信作だ。


 これだけやれば、少なくともフォロワー百五十人のうちの一割、十五人くらいは喜んで500円を振り込んでくれるだろう。俺はそう皮算用し、昨晩はエビスビールで一人前祝いまで済ませていた。


 だが。

 公開から丸一日が経過した現在の「有料記事購入者数」は――


【ゼロ】


 見事なまでの、真ん丸のゼロだった。


「なんでだ……。スキはもう三十件もついているんだぞ。なんで誰も買ってくれないんだ……」


 暗い部屋の中で、液晶の光に照らされた俺の顔は、きっとこの世の終わりのような絶望に染まっているに違いない。

 無料でノウハウを配っていた時とは違う。今回は「お前の情報には、500円の価値すらない」と市場から明確に突きつけられたのだ。エリートとしてのプライドを粉々に砕かれ、俺はそのまま泥のように眠りに落ちた。



 週明け、月曜日の給湯室。

 俺はコーヒーメーカーの前で、死人のような顔で立ち尽くしていた。土日もずっとダッシュボードをリロードし続けたが、売上は相変わらずゼロのままだった。


「……おはようございます。ずいぶんとひどい顔ですね」


 いつものように音もなく現れた麗子に、俺はすがるような目を向けた。


「師匠……ダメだった。お前の言う通りにペイウォールを引いて、感情のピークで壁を作ったのに、誰一人としてお金を払ってくれなかった」


 俺の悲痛な報告を聞いても、麗子は全く動じることなく、持参したマイボトルに静かに緑茶を注いだ。


「当然です。凡太さんの記事には、人間にお金を払わせるための最後のピースである『一貫性の罠』が抜けているからです」


「一貫性……?」


「はい。人間は一度自分の意思で『そうだ』と認めたことや、宣言したことに対して、最後まで一貫した行動を取り続けたくなる生き物です。一度『私にはこれが必要だ』と口に出してしまったら、それを簡単に覆すことは心理的に非常に強いストレスになる。その性質を利用するんです」


 麗子は俺の正面に立ち、真っ直ぐに俺の瞳を射抜いた。


「凡太さん。あなたの記事のリード文(冒頭)は、相変わらず『私はいかに苦労してこのノウハウを見つけたか』という自分語りから始まっています。読者はそれを他人事として読んでいるだけです」


「じゃあ、どうすればいいんだよ」


「読者自身に、『自分ごと』として強烈な肯定(イエス)を言わせるんです。リード文の冒頭をチェックリスト形式に変えて、読者の痛みを抉るような質問を三つ投げかけてください」


 麗子が指を一本ずつ立てながら、淡々と、しかし恐ろしいほど正確に言葉を紡ぐ。


「一つ。『あなたは今、自分が一生懸命働いているのに、部下が全く動いてくれないことに絶望していませんか?』」

「二つ。『自分だけが夜遅くまでサービス残業をし、上司からは無能扱いされる理不尽さに、限界を感じていませんか?』」

「三つ。『このままの地獄の環境であと十年間、自分の人生をすり減らして生きる覚悟はありますか?』」


 俺は言葉を失った。

 それは、かつての俺自身が夜な夜な一人で抱えていた、どす黒い絶望そのものだった。


「この質問に『イエス』と答えてしまう読者は、間違いなく深手を負っています。そこで、トドメを刺すんです。『もし一つでも当てはまるなら、この記事はまさに「あなた」のために書かれたものです。ここから先を読めば、その地獄から抜け出す具体的なシステムが手に入ります。ですが、現状を変える覚悟がない人は、ここでブラウザを閉じてください』と」


 麗子の冷徹な声が、給湯室に響く。


「こう宣言(コミットメント)させられた読者は、もう引き返せません。自分の痛みを認め、『現状を変えたい』と心の中で肯定してしまった以上、その解決策が有料の壁の向こう側にあるのなら、彼らは一貫性を保つために、財布を開くしかなくなるんです」


 俺は自分の手が微かに震えているのに気づいた。


 これはもう、綺麗な「文章術」などではない。

 読者の心の最深部にナイフを突きつけ、自らその傷口を認めさせ、そして最後に薬を差し出して代金を要求する。どこまでも泥臭く、残酷で、そして圧倒的に正しい「商売」の真髄だった。


「……わかった。昼休みにソッコーでリード文を書き直す。読者に逃げ道を一切与えない、地獄の質問リストを作ってやる」


 俺は唇を固く結び、ノートPCの置いてある自席へと足早に戻っていった。背後から、「良い目つきになりましたね」という麗子の小さな声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕などなかった。



 その日の夕方。

 終業のチャイムが鳴り響くオフィスで、俺は自席の引き出しの下に隠したスマホの画面を、瞬きもせずに見つめていた。


 昼休みにリード文を「一貫性の罠」へと書き直してから、約五時間が経過している。


 画面の中央。

 ずっと『0円』という無慈悲な数字を表示し続けていたダッシュボードに、信じられない変化が起きていた。


【今月の売上:1,500円】


「……っ!!」


 俺は危うく、フロア中に響き渡るような奇声を上げそうになり、慌てて自分の口を両手で塞いだ。


 売れた。

 俺の文章が。俺の泥臭い経験と知識が。

 見ず知らずの他人が、俺の書いたテキストに価値を感じて、身銭を切ってくれたのだ。


 本業のボーナスで数十万振り込まれた時よりも、はるかに心臓が激しく脈打っていた。全身の血が沸騰するように熱い。「ゼロ」から「イチ」を、自分の力だけで生み出したという圧倒的な全能感。


 俺は震える指でスクリーンショットを撮り、即座にメッセージアプリを開いて麗子に画像を送信した。


『売れた! 売れたぞ麗子! 3人も買ってくれた!』


 十秒後。既読マークがつき、短い返信が届いた。


『当然の結果です。おめでとうございます、凡太さん。

 ……金曜日の夜、いつもの駅前で軽く祝杯をあげましょう。もちろん、凡太さんの奢りで』


 その文面を見た瞬間、俺の顔はどれだけ引き締めようとしても、だらしなく緩みっぱなしだった。


 1,500円の初収益。

 居酒屋で二人分のビールを頼めば、一瞬で消え去ってしまうようなちっぽけな金額だ。借金返済はおろか、俺の「タイパ」という観点から見れば大赤字もいいところである。


 だが、この時の俺にとって、それは世界中のどんな宝石よりも輝いて見える、価値のある1,500円だった。


 俺はスマホを胸ポケットにしまい、いつもより力強い足取りで退勤のゲートを抜けた。金曜日の夜が、小学生の遠足の前日のように待ち遠しかった。

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