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ポンコツ管理職のド底辺note副業奮闘記 〜社内一の地味な事務員が、実は月20万稼ぐマーケティングの天才だったので弟子になります〜  作者: 肉球ぷにぷに


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7/12

第7話:本屋巡りデート(?)

 金曜日の定時後。

 会社の給湯室で、俺は麗子から思いがけない指示を受けた。


「明日は空いていますか? 十三時に、新宿の大型書店の前に集合してください」


「え? 新宿の……本屋の前に? それってつまり……」


 俺の口が自然と『デート』という単語の形に開きかけた瞬間、麗子は無表情のまま、手に持っていたティーバッグの紐をギリギリと締め上げるように引っ張った。


「市場調査です。前回の見出しの書き直しノウハウで、凡太さんのコピーライティングの引き出しの少なさが浮き彫りになりました。明日は、市場で最も過酷な勝負をしている『あるモノ』から、言葉のフックを作る実践技術を学んでもらいます。遅刻したら罰金として五千円没収ですからね」


 一切の甘さがない業務連絡だけを残し、麗子は早足で給湯室を去っていった。

 俺は残された紙コップを握りしめたまま、小さくガッツポーズをした。名目はどうあれ、あの「定時で帰る無機質マシーン」である彼女と、休日に二人きりで外出できるのだ。悪くない。いや、全く悪くない展開だ。



 土曜日、十三時。

 新宿駅南口の大型書店の前。五分前に到着してスマホをいじっていた俺の前に、麗子が現れた。


 その姿を見た瞬間、俺の頭の中から「マーケティング」という単語が消し飛んだ。


 会社での地味なグレーのカーディガンとは全く違う、淡い水色のワンピースに薄手のアイボリーのノーカラージャケット。髪は後ろでまとめるのではなく、緩やかにウェーブを描いて肩に下ろされている。いつもの丸眼鏡はそのままだが、それが逆に知的な色気を放っていた。

 どこからどう見ても、洗練された大人の女性の休日だった。


「遅刻はしていませんね。合格です」


「お、おう。当然だろ、エリートたるもの五分前行動は……って、随分と今日は、その……」


 俺がしどろもどろになっていると、麗子は不思議そうに首を傾げた。


「何か? 私はただ、土曜日の外出にふさわしい最低限のTPOを弁えただけですが」


「いや、うん、すごく……似合ってる。会社でもその格好でいれば、確実にモテるのに」


 俺が無意識に本音を漏らすと、麗子は一瞬だけきょとんとした後、ほんのりと頬を染めて視線を逸らした。


「……セクハラ発言として人事部に報告しようか迷うところですが、今日は特別に見逃してあげます。さあ、中に入りますよ」


 少しだけ早歩きになった彼女の華奢な背中を追いかけながら、俺は自分の口元がだらしなく緩むのを止められなかった。


 書店に入ると、麗子は真っ直ぐに「雑誌コーナー」へと向かった。

 ファッション誌、ビジネス誌、ゴシップ誌、週刊誌。夥しい数の雑誌が平積みされ、あるいは棚に並べられている。


「ここは、日本で最も激しい『言葉の戦場』です」


 麗子は、棚に並んだ女性ファッション誌の表紙を指差した。


「凡太さん。読者が雑誌を手に取るかどうかは、表紙に踊る『第一見出し(メインコピー)』で決まりますよね。立ち読みの読者が表紙に目を留める時間は、平均してわずか〇・二秒と言われています」


「〇・二秒……まばたきするレベルだな」


「その〇・二秒で読者の足を引き留めるために、プロの編集者たちが血眼になって編み出した『心のフック』が、この雑誌コーナーには何千、何万と無料で公開されているんです。こんなに素晴らしいコピーライティングの宝庫は他にありません」


 麗子は、あるビジネス誌を手に取った。

 表紙には大きく『課長昇進で「終わる人」と「変わる人」 の絶対的な違い』と書かれている。


「例えばこの見出し。ただ『管理職の心構え』と書くのではなく、あえて『終わる人』という強烈なネガティブワードを使って、読者の恐怖心を煽っています。さらに、『絶対的な違い』と言われると、自分はどちらに属するのか答えを知りたくなりますよね」


「なるほど……。人間の『損をしたくない』『負け組になりたくない』という心理をうまく突いているな」


「その通りです。では次、あちらの女性ファッション誌を見てください」


 麗子が指差した先には、『たった三着で完成! 奇跡の着回し一ヶ月コーデ術』という見出しが躍っていた。


「これは『具体的な数字』と『手軽さ』の組み合わせです。読者は面倒なことが嫌いですから、『たった三着』という数字でハードルを極端に下げつつ、『奇跡の』という強い形容詞で期待値を釣り上げています」


 俺は唸った。

 ただの雑誌の表紙の文字の羅列が、麗子の解説を聞くことで、緻密に計算された心理学の結晶に見えてくる。


「すごいな。こうやってプロの言葉の選び方を因数分解していくと、俺のアカウントでもそのままパク……いや、応用できそうだ」


「良い気づきですね。優れたクリエイターは、決してゼロから言葉を生み出しません。すでに市場で効果が証明されている『言葉の型』を収集し、自分のコンテンツに合わせてパズルのように組み替えているだけなんです」


 二時間近く、立ちっぱなしでノートにメモを取りながら雑誌のキャッチコピーを解剖し続けた。

 休日のデート気分はどこへやら、完全にスパルタなビジネス講義だったが、俺はそれが全く苦ではなかった。むしろ、隣で真剣な横顔を見せる彼女と同じ景色を見ていることが、どうしようもなく誇らしく、心地よかった。


「ふぅ……そろそろ次に行きましょうか。次は実用書コーナーです」


 麗子が少しだけ疲れたように首を回すのを見て、俺は「ちょっと待っててくれ」と告げて、文芸書のコーナーへと走った。


 数分後、俺は一冊のハードカバーの小説を手に戻ってきた。

 それは、最近話題になっている、美しい装丁のファンタジー小説だった。


「これ。いつも休日にカフェで本を読んでるって言ってたから。あの……今日のお礼だ。受け取ってくれ」


 唐突なプレゼントに、麗子は目を丸くした。


「……こんなの、頼んでいませんけど」


「わかってる。でも、これは俺の『返報性の法則』だ。お前からいつも圧倒的な量のGIVEをもらってるから、俺の中に心理的負債が溜まってて、爆発しそうなんだよ。だから、受け取ってくれないと俺が困る」


 麗子は一瞬ポカンとした顔をした後、手で口元を覆い、肩を震わせてこらえきれないように吹き出した。


「くっ……ふふっ、あはははっ! 何ですかそれ、せっかく教えた知識を、こんなくだらないナンパの口実に使うなんて……最低のエリートですね」


 声を出して笑う彼女を、俺は初めて見た。

 その笑顔は、どんな雑誌のコピーよりも強烈なフックで、俺の胸の一番奥を正確に撃ち抜いていた。


「……ありがとう。大切に読みますね」


 本の角を両手で大事そうに撫でながら、麗子はほんの少しだけ上目遣いで俺を見た。

 その瞳の奥に、ただの師匠と弟子という無機質な関係ではない、確かな熱が宿っているのを、俺は見逃さなかった。


 絶対に、この期待に応えたい。月20万なんていうちっぽけなゴールではなく、この女と同じ高さに立って、堂々と隣を歩ける男になってやる。

 俺は下唇を強く噛み締め、心の中で強烈な誓いを立てながら、次の実用書コーナーへと歩き出す彼女の背中を、弾むような足取りで追いかけた。

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