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ポンコツ管理職のド底辺note副業奮闘記 〜社内一の地味な事務員が、実は月20万稼ぐマーケティングの天才だったので弟子になります〜  作者: 肉球ぷにぷに


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第5話:返報性の法則

「機は熟した。次はいよいよ、この記事を有料で売ろう。500円くらいでどうだろう?」


 給湯室の隅。誰もいないのを見計らって、俺は麗子に向かって自信満々に宣言した。手には、昨日から徹夜で書き上げた新作noteのプロットが握られている。


 前回の「ABテスト」で、俺の書いた泥臭い愚痴とマネジメントの失敗談が、読者の強烈な共感を呼ぶという事実を身をもって知った。

 俺の『ぼんた@ポンコツ管理職』のアカウントは、たった一つの記事がプチバズを起こしただけで、一気にフォロワーが五十人まで増えていた。通知欄が「スキされました!」というポップアップで埋め尽くされる快感。これは、本業の定例会議で部長から「君の作成した資料は無難だな」と適当に褒められるのとは比べ物にならない、強烈な脳内ドーパミンの奔流だった。


 だからこそ、俺の優秀なエリート脳は、次なる合理的な最短ルートを計算した。

 これだけ需要があるのなら、もったいぶらずに次の記事からすぐに集金フェーズに入るべきだ。鉄は熱いうちに打て、というやつだ。


 しかし、ティーバッグの紅茶を静かにコップに淹れていた麗子は、完全に冷めきった視線を俺に向けた。


「……凡太さん。本気で言ってますか? 今のあなたから、誰が500円も出して見ず知らずの他人のテキストを買うんですか?」


「誰って、この五十人のフォロワーだよ。彼らは俺の過去の失敗談に猛烈に共感してくれた。だから、次に俺が提案する『具体的な解決策』の記事には、お金を払う価値を感じてくれるはずだろう?」


 俺の完璧な論理的推論に対し、麗子はフッと鼻で笑った。


「道端ですれ違っただけの見ず知らずのホームレスに、『素晴らしい人生の教訓を教えてあげるから、先に500円払いなさい』と言われて、あなたは財布の紐を緩めるんですか?」


「ホ、ホームレスって……。俺は一応、フォロワー五十人の……」


「【返報性の法則】ぐらいは知っていますよね?」


 麗子の口から、ビジネスの世界でよく耳にする心理用語が飛び出した。

 給湯室という日常的な空間が、瞬時にして彼女の支配する『残酷なビジネススクール』へと変貌する。


「あ、ああ、もちろん。人は、他人から何らかの恩恵(GIVE)を受けると、そのお返し(TAKE)をせずにはいられないという、無意識の義理堅さのような心理メカニズムだ」


「その通り。スーパーの試食コーナーでウインナーを二本も三本も無料で食べさせられると、大して欲しくなくても『買わなきゃ悪いな』と思ってしまう、それどころか『なんてサービスが良い店だ』と好感すら抱いてしまう、あの強烈な心理的負債のことです」


 麗子は紅茶を一口すすり、真っ直ぐに俺の目を見た。


「凡太さん。あなたは今、読者に対して、どれだけの恩恵を無料で与えましたか?」


「どれだけって……共感できる失敗談を、一記事だけ……」


「たったのそれだけです。試食用のウインナーの切れ端を一個、つまようじで渡した程度の恩恵しか与えていないんです。それでいきなり、500円のフルパッケージ商品を売りつけようとしている。傲慢もいいところです」


 麗子の言葉は、容赦なく俺のエリート的な自惚れをバキバキとへし折っていく。

 しかし、俺にもサラリーマンとしての意地と、譲れない価値観があった。


「でも! ここから先は俺が血と汗と涙を流して本業で身につけた、ガチのノウハウだぞ!? それを無料で全部タダで配るなんて、タイパが最悪じゃないか! 最低でも500円は取らないと、これまで費やした俺の時間が……!」


「また自分の都合(タイパ)ですか」


 麗子は無造作に俺に一歩歩み寄った。彼女の眼鏡の奥の瞳が、俺を完全に威圧している。


「いいですか。無名の初心者が最短で結果を出すためには、出し惜しみなんて一切してはダメです。自分が持っている最高のノウハウ、有料で売りたいくらい価値があると思う知識を、すべて【無料】で市場に投げ打つんです。『こんなに凄い有益な情報を、無料で読ませてもらって本当にいいのだろうか?』と読者が罪悪感を覚えるほどの、圧倒的なGIVEをしてください」


「すべて無料で……? もしそれで誰も買ってくれなかったら、俺の苦労はどうなるんだよ……」


「その『損をしたくない』というケチ臭い恐怖心が、凡太さんの小者っぷり、つまりは売上0円の原因なんです。人間の心理を信じなさい。圧倒的なGIVEを受けた読者は、必ずあなたに強烈な【返報性】を感じます。そして、いざ初めてあなたが有料の何かを出したとき、『いつも自分を助けてくれているぼんたさんだから』という理由だけで、喜んで財布を開いてくれるんです」


 俺は言葉を失った。


 エリートである俺は、常に「自分が得をする」ことばかりを考えていた。いかに効率よく、少ない労力で最大のリターンを得るか。

 だが、麗子の言うセールスの本質は真逆だった。「他人にどれだけ無償で奉仕し、圧倒的な価値を感じさせるか」が、最終的な自分の利益へと繋がるというのだ。


「……わかったよ。悔しいけど、また俺の負けだ。次の記事は、俺が三年かかって見つけた『若手のメンタル不調を防ぐ、無能上司からの防衛タスク管理術』の全貌を、一切の出し惜しみなしで、完全無料で公開する」


 俺がヤケクソ気味に宣言すると、麗子は「ふふっ」と、昨日よりもほんの少しだけ長く、柔らかく微笑んだ。給湯室の蛍光灯の下でも分かるくらい、その表情は愛らしかった。


「……良い覚悟ですね。その『自分の非を認めて、すぐに行動する素直さ』だけは、凡太さんの数少ない美徳ですよ。期待しています、私のポンコツ一番弟子さん」


 バカにされているはずなのに、なぜか心臓の鼓動が急加速する。

 俺は顔が熱くなるのを誤魔化すように、「俺はエリートだからな! 無料でも手を抜かないだけだ!」と負け惜しみを吐き捨てて、逃げるように給湯室を後にした。


 背後から聞こえた麗子の微かな笑い声が、なぜかその日一日中、俺の耳から離れなかった。


 たった一言「期待している」と言われただけで、腹の底から説明のつかない熱が湧き上がってくる。俺の足取りはやけに軽かった。今夜は徹夜してでも最高傑作を書き上げて、明日あいつを驚かせてやる。俺は誰に見られるわけでもなく、一人で固く拳を握りしめた。

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