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ポンコツ管理職のド底辺note副業奮闘記 〜社内一の地味な事務員が、実は月20万稼ぐマーケティングの天才だったので弟子になります〜  作者: 肉球ぷにぷに


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4/12

第4話:テストと検証

「うしっ……これだ。これは絶対にバズるぞ」


 会社での昼休み。

 俺、平民凡太は自席のPCの前で、持参した自分のMacBookを開きながら一人でニヤついていた。

 周囲の同僚たちが連れ立ってランチに出かける中、俺はコンビニで適当に買った高カロリーな菓子パンを片手に、noteの下書き画面と格闘している。


 俺たちエリートは、一度理屈で納得してスイッチが入りさえすれば、そこに圧倒的なリソースを投下することができる生き物だ。

 あの冷徹な麗子師匠の教えに従い、「ポンコツ管理職のド底辺副業記」という屈辱的なアカウント名と泥臭いポジションを引き受けた俺は、初の無料記事『チームを崩壊させた過去の俺へ』を無事に、そして魂を削るような思いで投稿した。


 結果は、投稿して三日で『スキ』が五個。


 収益はもちろんゼロのままだが、読者の顔が全く見えなかった過去三ヶ月のブログの完全な無風状態に比べれば、確かな「読まれている」という熱と手応えを感じていた。「続きが読みたいです」という好意的なコメントまで一つ付いたのだ。


 そして今、波に乗る俺が勢いで書き上げた、記念すべき第二作目の無料記事案が完成したところだ。


 名付けて、『なぜポンコツ上司は、Excelのセルの色にこだわるのか? 〜色彩心理学からひもとく、無能の生存戦略〜』だ。


 我ながら完璧な切り口だった。

 上司の無能さをイジるという、サラリーマン特有の大衆受けしやすいエンタメ要素に、色彩心理学というエリート好みの知的なソースをトッピングしている。

 この絶妙なバランス。これぞ、読者の知的好奇心をくすぐる神記事と言って差し支えないだろう。これで一気にフォロワーを増やし、最高のタイパで収益化の土台を作ってやる。


「これ、絶対に受ける。俺のビジネスマンとしての長年の勘がそう告げている。よし、さっそくこのまま推敲して公開を……」


 俺が意気揚々とマウスのポインタを『公開設定』のボタンに合わせた、その瞬間だった。


「……何を勝手に公開しようとしているんですか」


 背後から、文字通り氷のように冷ややかな声が脳天に降ってきた。


 麗子だった。


 いつもと変わらない地味なグレーのカーディガン姿で、ファイリング用の書類の束を抱えた彼女は、俺の背後に幽霊のように音もなく立っていた。ヒールの足音すら立てない、恐るべきステルス性能である。


「うわっ! お、驚かさないでくれよ、脳鳥さん」


「その自信満々に鼻の穴を膨らませた顔。また自分の『勘』を過信して、ろくに検証もせずに見切り発車しようとしていましたね」


 麗子は俺のMacBookの画面を、ゴミ収集所の可燃ゴミの分別間違いを見るような、細めた眼差しで見下ろした。

 そして、書類の束の固い角で、俺の肩を軽く、しかし鋭く正確に小突いた。


「っ痛!」


「凡太さん。ネットでコンテンツを出す時の大前提の鉄則は分かっていますよね。推測や直感で出さず、常に客観的に成果を測定する」


「当然知ってるって。異なる二つのバージョンを出して、どちらが反応が良かったかを比較する『ABテスト』が代表的だ。マーケティングの世界じゃ常識中の常識だ」


「では、なぜその常識をやりもしないんですか」


 麗子は、俺の神記事のタイトル『なぜポンコツ上司は、Excelのセルの色にこだわるのか?』を、細く白い指で小突いた。


「教えてください、凡太さん。あなたが『絶対に受ける』と自信満々に鼻を鳴らしたその直感は、一体どのデータに基づいているんですか?」


「え? いや、それは……俺の長年のビジネス経験というか、エリートとしての嗅覚というか……。人間の心理的に、上司の愚痴とアカデミックな知識の組み合わせは絶対にインプレッションを稼げるはずで……」


「つまり、『根拠のない個人的なただの思い込み』ですね」


 バッサリと、一刀両断に切り捨てられた。

 俺の三十一年間のエリート人生(自称)で培ったロジックが、二十代半ばの地味な事務員によって、ワンフレーズで否定された瞬間である。


「いいですか。noteに限らず、すべてのビジネスにおいて『自分が良いと思ったものが絶対に売れる』なんていうのは、傲慢で三流なクリエイターの最悪な勘違いです。あなたが良いと思った色彩心理学なんて、借金に苦しむ泥臭いサラリーマン読者にとってはどうでもいいノイズでしかないかもしれない。常に正しい答えを持っているのはクリエイターの頭の中ではなく、『市場』、つまり読者の頭の中だけなんです」


「じゃ、じゃあどうしろって言うんだ! わざわざ公開前に、読者のターゲット百人にアンケートでも取ってから書けって言うのか? そんなのタイパが悪すぎるだろ! 俺は効率よく最短で記事を書いて、早く稼ぎたいんだ!」


 つい、俺の持病である「タイパ至上主義」の言い訳が口をついて出た。

 テストや修正なんて面倒くさい。最初から正解の一発だけをスマートに打ちたい。見当違いの記事を書いて「失敗した」という事実を突きつけられ、傷つく痛みを味わいたくない。


 麗子は「はぁ」と、本日何度目になるか分からない深い溜息をついた。


「タイパタイパと連呼する割には、誰も読まないブログに三ヶ月間も固執して、一発で当てようとずっと空振りし続けていたのはどこの誰でしたっけ?」


「うぐっ……!」


 麗子の放つ正論のナイフが、俺の心臓を何回も抉る音がした。


「いいですか。この記事の『内容』自体は悪くありません。ですが、タイトルの方向性がこれで合っているかは、誰にも分からないんです。だから、測定するんです」


「測定って、どうやって?」


「これと全く同じ本編の内容で、タイトルの方向性を全く変えた『泥臭い共感重視の別バージョン』を下書きでもう一つ作ってください。そして、明日の昼の十二時と、夜の二十一時に分けて、別々のタイトルで投稿して、読者の反応がどう違うか……どちらの『スキ率』が高いかをABテストするんです」


「一日に二回も記事を投稿しろって!? しかもわざわざ別のタイトルを考えて!? そんな面倒な……」


「や・る・の!」


 麗子の低くドスの効いた声と、丸眼鏡の奥でギラリと光った鋭い眼光に、俺は思わず「ヒィッ」と情けない声を漏らして首を縦に限界まで振った。


 ――絶対服従。言い訳禁止。それがこのコンサルの条件だったことを、俺は細胞レベルで思い出したのだ。



 後日、揺られる帰りの通勤電車の中。

 俺は吊り革に掴まりながら、スマホのnoteダッシュボード画面を食い入るように見つめていた。周囲の乗客の肩が当たるのも気にならないくらい、俺はその画面の数字に釘付けになっていた。


 俺が、麗子の命令に泣く泣く従って投稿した二つの記事は以下の通りだ。


【A案:俺の自信作】

『なぜポンコツ上司は、Excelのセルの色にこだわるのか? 〜色彩心理学からひもとく、無能の生存戦略〜』


【B案:麗子師匠の修正案】

『「セルの色を青にしろ」と深夜にキレる無能上司に、心の底から殺意を覚えた夜の話』


 俺のエリートとしてのプライドを賭けた予想では、圧倒的にA案の勝利のはずだった。

 B案はあまりにも下品で、感情的すぎだ。知性の欠片もない。あんな乱暴なタイトルでクリックする人間など、リテラシーの低い層だけだと思っていた。


 だが、現実に俺の目の前のダッシュボードに表示されている結果は、あまりにも残酷だった。


【A案】PV:45 スキ:2(スキ率 4.4%)

【B案】PV:320 スキ:45(スキ率 14.0%)


 ……完全なる、反論の余地がないB案の圧勝だった。

 PVもスキの数も、桁が一つ違う。それどころか、B案には「めちゃくちゃ分かります! うちの上司も全く同じです!!」といった熱い共感コメントが数件も付いていたのだ。


「うそ……だろ……」


 俺の『知的なエリートの直感』は、麗子の指示で作った『人間の泥臭い感情を突くド直球のコピー』の前に、木っ端微塵に粉砕され、チリとなって消滅した。読者は知的好奇心より、生々しい他人の苦労への「無骨な共感」を求めていたのだ。


 スマホを持ったまま立ち尽くす俺の端末がブルッと震え、メッセージアプリに麗子からの通知が入った。


『ダッシュボード、見ましたか? これが「市場の答え」であり、すべてです。凡太さんのゴミみたいなプライドと直感より、数字という残酷な事実だけを愛してくださいね。お疲れ様でした』


 その事務的で冷たいテキストメッセージに、俺は完膚なきまでに叩きのめされた敗北感と……それと同時に、背筋がゾクゾクするような奇妙な高揚感を覚え始めていた。


「……悔しいけど、すげぇよあの女。本当に、ビジネスとしての再現性が異常だ。俺の想像のずっと上を行ってる」


 満員電車の中で、俺は一人で小さく笑みを作ってしまった。マスクをしていなければ、明らかに不審者だっただろう。


 テストを繰り返し、直感を排除し、数字という事実だけを淡々と積み上げ、読者の求めるものに正解を近づけていく。

『タイパが悪くて面倒くさい』と切り捨てていたその泥臭いクリエイターの作業が、なぜか少しだけ、知的なゲームのように面白く思えてきたのだ。


 この師匠についていけば、いつか借金を返せるかもしれない。いや、俺のつまらないプライドなど到底及ばない、あの人が見ている高い景色に俺自身も追いついてみたい。

 俺は無意識のうちに、吊り革を握る手に強く力を込めていた。

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