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ポンコツ管理職のド底辺note副業奮闘記 〜社内一の地味な事務員が、実は月20万稼ぐマーケティングの天才だったので弟子になります〜  作者: 肉球ぷにぷに


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第1話:ポンコツエリートと最強事務員

「ふっ……やはり、今日も『ゼロ』か」


 上場企業、オメガ商事の薄暗いオフィス。定時をとうに過ぎた夜八時。


 俺、平民(へいみん)凡太(ぼんた)(31歳)は、課長補佐という立派な職位を持つエリートだ。

 誰もいなくなった静まり返ったフロアで、PCの排気音と、壁掛け時計の秒針がチクタクと進む音だけがやけに大きく響いている。機密情報を扱うこの営業推進部では、残業する者すらも限られている。そんな中で、俺はただ一人、自らのスマートフォンを死んだような魚の目で睨みつけていた。


 画面の中央で燦然と輝いているのは、副業として始めたブログの今月の収益――【0円】という、残酷なほどに無慈悲な数字である。


「これは俺の実力不足ではない。単に『タイパ』が悪いから本気を出していないだけだ。……そうだ、そういうことにしておこう」


 俺は誰に聞かせるわけでもなく、一人ごちた。

 実家の父親が事業に失敗して残した借金。それを少しでも早く、俺の代で返済してしまうため、俺はどうしても「本業以外の収入」として月にあと10万円は稼ぎ出す必要があった。

 もちろん、自称エリートである俺の思考プロセスに抜かりはなかった。本業で培った論理的思考力、徹底的なデータ分析、そして完璧なタスク管理能力。これらをフル活用すれば、個人で稼ぐなど造作もない……そう周囲に(心の中で)豪語していたのが三ヶ月前だ。


 だが、現実は想像以上に甘くなかった。

 ブログを開設してからの三ヶ月。初期費用として数万円をかけてハイスペックなサーバーを契約し、毎月のドメイン代だけが虚しくクレジットカードから引き落とされていく。

 それに比べて、肝心の記事数はたったの「2本」にとどまっていた。


 なぜか?


 めんどくさいからだ。


 いや、正確に言えば違う。時間をかけて完璧にリサーチした記事を書いても、もし誰にも読まれなかったら……というリスクを過剰に想像してしまい、キーボードを叩く指が動かなくなってしまうのだ。


 俺は自他共に認める優秀なマネージャーだ。無駄な社内会議を半分に削減し、古臭い業務フローを効率化し、常に最短ルートで成果を出すことを絶対の美徳としている。コスパやタイパに見合わない労働は、ビジネスマンとしての悪である。

 だから、「もっと効率の良い稼ぎ方があるはずだ」「SEOの根本的なアルゴリズムを完璧に解析してから書いた方が無駄がない」などと、分析ばかりに時間を費やし、三本目の記事を一文字も書いていなかった。


「今日もまた、情報収集で終わってしまったな……」


 俺が特大の溜息をつき、スーツのネクタイを少し緩めたときだった。



「お疲れ様です、平民課長補佐」


「ひえっ!?」


 背後から突然かけられた無機質な声に、俺はビクンと肩を大きく揺らした。手からスマホが滑り落ちそうになるのをギリギリでキャッチする。


 振り返ると、そこに立っていたのは同じ部署の事務職、脳鳥(のうとり)麗子(れいこ)だった。


 地味なグレーのカーディガンに、黒髪を後ろで一つにまとめただけの簡素なヘアスタイル。化粧も最低限で、愛想笑い一つせず、いつも「定時で帰るマシーン」と化している彼女だ。キラキラした港区女子系の同僚たちとは常に対極に位置している存在だった。


「あ、ああ、脳鳥さん。びっくりした……残業? 君が定時を過ぎて会社にいるなんて珍しいね」


「給与計算システムのエラー対応です。ようやく復旧したので、もう帰ります。戸締まりと空調の電源、お願いしますね」


 感情の起伏を一切感じさせない、ただの業務連絡。

 ロボットのような報告だけをして、彼女はくるりと背を向ける。


 その時だ。


「あっ」


 コトン、と鈍い音がした。

 麗子の手から滑り落ちたスマートフォンが、俺の革靴のすぐ横に転がってきたのだ。


 画面はロックされておらず、点灯したままだ。

 親切心からそれを拾い上げようと身を屈めた俺の視界に、とんでもないものが飛び込んできた。


 それは、メディアプラットフォーム『note』のダッシュボード画面だった。つい先日、俺も副業のリサーチとしてアカウントだけは作ってみたものの、まったく使いこなせていないあのサービスだ。


 そこに、俺の目を疑うような数字が表示されていたのだ。


【今月の売上:204,500円】


「……に、にじゅうまん!?」


 俺の悲鳴に近い声が、静まり返った夜のオフィスに響き渡った。


 幻覚かと思った。2,045円の見間違いではないか。あるいは、一年間の累計額か。いや、画面にははっきりと『今月の売上』と書かれている。


 麗子は「チッ」と小さく、しかし明確に舌打ちをして、俺の手からひったくるようにスマホを奪い返した。

 そして、普段の温厚(というより無機質)な事務員とはまるで違う、絶対零度の氷のような視線で俺を射抜いた。


「……見ましたね」


「見、見間違いだよな? なんだその数字……単なるテキストサイトだぞ!? なんで事務員の君の給料と変わらないような額が、副業のダッシュボードに……」


「会社には内緒です。就業規則ギリギリですし、何より面倒ごとは嫌いなので、絶対に黙っていてくださいね。いいですね?」


「ま、待て!」


 冷たく言い放ち、足早にエレベーターホールへと向かおうとする麗子の前に、俺は回り込んだ。


 エリートのプライド? コスパ? タイパ?

 そんなものは、借金というリアルな重圧と、月20万円という神々しい数字の前では、吹き飛んでしまうチリと同じだ。


「頼む! 俺にもその稼ぎ方を教えてくれ!」


「……は?」


 麗子が心底嫌そうな、あるいは汚物を見るような顔をした。

 無理もない。社内で「期待のエリート」と持て囃されている男が、年下の地味な事務員に泣きついているのだから。


「俺も副業ブログをやってる! でも、もし読まれなかったらと思うとタイパが悪すぎて、まだ2記事しか書けてないんだ! だからずっと0円のままで……ううっ、借金の返済も厳しくて、本当に助けてくれぇ!」


 俺はスーツの膝を躊躇いなくオフィスのタイルカーペットにつき、土下座の構えに入った。三十路エリートによる、一抹のプライドも残っていない渾身のスライディング土下座である。


 麗子は、文字通り路傍の石っころを見るような目で俺を見下ろした。


「つまり、『やる前から失敗する言い訳を並べ立てて、結局何一つ行動していない口先だけの無能』ということですか?」


「ぐはっ……!」


 正論の剣が、俺の心臓を物理的に貫く音がした。


「タイパが悪い? 笑わせないでください。行動しない人間の時間がどれだけ余ろうと、その価値は永遠にゼロです。ゼロに何を掛けてもゼロのままですよ、エリート様」


 容赦ない。

 普段の地味な事務員モードとは違う、これこそが「月20万を個人で稼ぐ絶対的強者」の冷酷な素顔だった。


 だが、ここで逃がすわけにはいかない。

 俺は土下座のまま、ズリズリと這い寄って彼女の足首にすがりついた。


「お、俺のポンコツっぷりは認める! だが、本業でのタスク管理能力と数字への執念だけには自信がある! 師匠の言う通りに絶対動く! コスパとかタイパとか、もう二度と口にしない! だから、弟子にしてくれ!」


 静寂が降りた。

 オフィスの空調の音だけが響く中、俺はただひたすらに下から懇願の眼差しを向け続けた。


 しばらくの沈黙の後。


 麗子は「はぁ……」と、心底面倒くさそうな特大のため息をついた。


「……本気ですか」


「本気だ! 冗談でこんなスーツの膝を汚すような真似はしない!」


「私、教えるとなったら徹底的なスパルタですよ? 言い訳ゼロ、絶対服従が条件です。少しでも泣き言を言ったら、その瞬間にコンサルは打ち切りです」


「なんなりと!」


 俺が即座に叫ぶと、麗子は呆れたように肩をすくめながらも、なぜかその丸眼鏡の奥の瞳には、少しだけ面白がるような、悪戯っ子のような光が宿っていた。


 こうして。

 口先だけのエリート管理職と、社内一地味だが月20万を稼ぐ冷徹な「noteの達人」による、誰にも言えない秘密の師弟関係が唐突に幕を開けたのである。

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