1章-3
「お見苦しいところをお見せしました。」
女性はわずかに目を細め、苦笑いしながら、
「お気になさらず。」
その声に、部屋の空気が少しだけ柔らかくなった。
女性は静かに姿勢を正して、
「名乗るのが遅くなって申し訳ありません。
私はエルと申します。」
「ホムラと言う。」
青年は軽く会釈をした。
フウタは慌てて姿勢を直し、勢いよく頭を下げて、
「フウタと言います。よろしくお願いします。」
そして、フェルトは小さく咳払いをして、
「こちらこそ、紹介が遅れまして申し訳ないです。
私はフェルトと言います。」
「どうぞお掛けください。」
フェルトは椅子を勧め、自らは台所へ向かう。
湯を沸かす音が、小さく部屋に広がる。
背を向けたまま、静かに言った。
「それで、フウタに、どのようなご用件でしょうか?」
湯呑みに湯を注ぐ音が小さく響く。
「カグヤ様の命を受けてまいりました。」
フウタの指先がわずかに震え、フェルトは何も言わなかった。
「…カグヤ様って、あの?」
と、ぽつりとフウタが聞き返した。
すると、フェルトは一瞬制するような視線を送った。
「はい。三柱様の観測によると、北の大地でわずかな揺らぎがあったそうです。」
その言葉に、お茶を運ぼうとしていたフェルトの手が止まる。
(…三柱。)
胸の奥が、わずかに冷える。
(ーーアイツの言っていた通りね。)
「揺らぎ?それは一体…。」
お茶を配ろうと湯呑みを手にしたその瞬間。
ビクリと大きくフェルトの身体が跳ねた。
しかし、先ほどの"揺らぎ"とは全く違う。
明確な悪意があった。
フェルトは弾かれたように窓へ向かい外を見やる。
結界の表面に、蜘蛛の巣のような亀裂が大きく走っていた。
「外だな。」
フェルトが振り向くより早く、ホムラはすでに外へ向かっていた。
その動きを追うように、エルも静かに立ち上がる。
去り際にエルは声をかける。
「フェルトはあの子を守ってあげて。」
返事をするより先にフェルトは振り向いた。
フウタは立ちすくんでいる。
顔色は青い。
「大丈夫。絶対に守るから。」
両肩に手を置く。
その手の下で、フウタの指が固く絡み合っているのに気がついた。
まるで祈るように。




