表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

短編 小説

至高の時

真の至高は、【誰にも見せられない情けない顔】をしている時にやって来る!


さあ、現実を見てみましょう。


我々庶民にとっての「至高」は、もっと地味で、もっと滑稽で、誰かに話したら「へー(棒)」と言われるレベルの場所に潜んでいのだ。


人が本当に


「ああ、生きててよかった!」


と震える瞬間って、だいたい生理現象か物欲絡みじゃないですか?


「冷凍庫の霜だらけの奥地から、一ヶ月前に隠した『ハーゲンダッツ』を発掘した瞬間」


(もはや考古学的な感動だ!)


「限界ギリギリで駅のトイレに駆け込み、個室の鍵を閉めた0.1秒後に訪れる、あの『尊厳が守られた』という名の呼吸の軽さ!」


(世界で一番軽い呼吸はここにある!)


次の瞬間に訪れる一気に押し寄せる瞬間


まさに


【至高の時】



「一日中悩み抜いて結局何も浮かばなかった企画書を、パソコンがフリーズして全データ飛ばしてくれた時の、『もうやらなくていいんだ』という悪魔的な安堵!」


(絶望の底から湧き上がる、謎の開放感!)


そう! 重要なのは、高尚な「外側の出来事」なんかじゃない。


「自分の脳内麻薬と、胃袋と、膀胱がどう反応したか」


これに尽きるのだ!




分類してみたぞ!

誰も求めてない「至高の時」の滑稽すぎる三形態


そんな曖昧で掴みにくい

(というか掴みたくもない)


「至高の時」


を、あえて学術論文ぶって、誰も得しない3つのカテゴリーに無理やり分類・解剖してみた。


1. 【努力・報われ型(という名の「気絶」)】

努力が報われたときの静かな熱……なんてカッコいいもんじゃない。


(実例:3日連続の徹夜明け、風呂にも入らず布団に倒れ込む時の、「意識が飛び、泥のように眠る」あの一瞬の快感)


※それは「至高」ではなく、ただの「シャットダウン」


2.【ぬるい繋がり型(という名の「共犯関係」)】

誰かとのつながりが生む温度……なんて美しいもんじゃない。


(実例:Zoom会議中、上司が熱弁している裏で、同僚と「この話、先週も聞いたよね?」とチャットを送り合う時の、背徳的でぬるい連帯感)


※友情というより、もはや共犯者


3.【圧倒的沈黙型(という名の「フリーズ」)】

自然や芸術に触れたときの圧倒的な沈黙……なんて高尚なもんじゃない。


(実例:満員電車で、隣の強面のおじさんのイヤホンから、AKB48の「会いたかった」が音漏れしていた時に、周囲の乗客とアイコンタクトだけで会話する、あの気まずすぎる沈黙)


※「聞かなかったことにしよう」という人類愛が試される瞬間


さあ、これらをひとつひとつ大袈裟に(そして無駄に丁寧に)辿りながら、「何が人を満たし、何が我々の腹筋を震わせるのか」、そのどうでもいい共通点を探っていきたいと思います!


シートベルトをお締めください、低空飛行で参ります!




【成果の至高】〜「努力」という名のドM行為と、ショボすぎる報酬〜


長い努力は、ほとんど**「さいの河原の石積み」**である!

何ヶ月も続けてきた仕事、学習、あるいは筋肉以外に誰も褒めてくれない趣味


(そう、筋トレ)


世間はこれを「努力」なんて美しい言葉でラッピングしますが、剥がしてみれば中身は


「終わりのない拷問」


です。


実際は


「ゴールがあるかも分からない暗闇の迷路を、全力疾走でカベに激突し続けている状態」


ですよね?


「昨日より今日が良くなってる?」


知るか!


毎日鏡を見ても「あれ、シミ増えた?」と絶望し、進んでいるのか退化しているのかさえ分からない!


なんなら、3歩進んで、つまづいて、5回転がってスタート地点より後ろにいる日の方が多い!




点と点が「線」になる? いや、**「接触不良」**が直っただけ!


けれど、そんな地獄のデスロードの先に、ふいに


「あ、繋がった(ピカーン!)」


と脳内でLED電球が光る瞬間が訪れます!

積み重ねてきた点


(=部屋の隅に溜まったホコリのようなタスク)

と点

(=諦めかけたドブ色の希望)

が、ようやく線になり、まるで誰かが背中をそっと押したように感じる……


……って、それ、背後霊が「早くどけ」って押しただけかもしれませんけどね!

冷静に分析すると、その「感動の瞬間」の正体はだいたいこれです。


思い通りに動かなかった手が急に軽くなる時

→ (解説:単に湿布が効いてきたか、脳が疲労で麻痺しただけ!)


何度も書き直した一文がようやく腑に落ちた時

→ (解説:単に締切10分前になって、クオリティへのこだわりを捨てただけ!)


諦めずに続けてきた作業が一気に形を持ち始めた時

→ (解説:単にPCがフリーズしかけて、本能的に「保存」連打した火事場の馬鹿力!)



胸の奥がじんわり熱くなる(逆流性食道炎ではない)

それは、大げさな成功とは限らない。

むしろ、静かで小さな手応え(というか、ミジンコレベルの地味さ)のことが多い。


しかし、その瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる!


「ああ、俺(私)、やってきてよかった。天才か? いや、神か?」


と、自分で自分に国民栄誉賞を授与するかのような、根拠のない圧倒的自己肯定感が立ち上がってくる!


成果だけじゃなく、『自分はちゃんと**「とりあえず今日は死なずに」前に進める』という生命体としての肯定**が立ち上がってくる!


その感覚こそが、長い努力を支える、


究極の自己満足という名の「精神安定剤」


なのだ!



小さな成功は、【カーペットに絡まったコロコロ】のように日常に潜む!


そして、日常の中にはもっともっと控えめな“至高”があります。


誰かの「ありがとう(社交辞令含む)」に救われる瞬間。

昨日よりも少しだけうまくできた(気がする)、という小さな前進(誤差の範囲)。

周囲の誰も気づかないような変化でも、自分だけは「靴の裏にへばりついたガム」のように、その一歩を確かに感じ取れる。


大きな成功なんて、年に一度、忘年会のビンゴ大会で「たわし」が当たるかどうかの確率です。 けれど、こうした小さな達成は、日々の中にハウスダストのように無数に散らばっています。


それらを丁寧に(コロコロで)拾い上げることで、人は**「まあ、明日も会社行ってやるか」**という、ギリギリの生存意欲を取り戻していくのです。


むしろ、小さな成功こそが、**日常という暗くて長いトンネルを照らす、スマホの画面のような“ささやかな灯り”**なのかもしれません。


(※ただし、バッテリー残量は常に3%で、低電力モードです。)




「至高の時」とは、人生の「バグ」を愛でることである〜


人生は、【低予算のB級映画】だと思えば楽になる!


ここまで、我々は「至高の時」という大層な言葉を、顕微鏡で覗いて、ピンセットでいじくり回してきました。


•努力の報酬 = 勘違いと自己満足 (と腱鞘炎)

•人との繋がり = ぬるい共犯関係 (とパジャマ)

•圧倒的な沈黙 = 気まずさとフリーズ (と音漏れ演歌)


結局のところ、私たちが追い求めている「幸福」や「満たされる瞬間」なんて、映画のクライマックスのような派手な演出ではありません。


むしろ、映画のエンドロールが流れた後に、間違って映り込んでしまったNGシーンのようなものです。


期待しすぎてはいけません。 人生にCG予算はありません。

脚本家もだいたい酔っ払っています。



ハードルは、【地中に埋める】くらいでちょうどいい!


「至高の時」を見つけるコツ。

それは、期待値のハードルを極限まで下げることです。

下げて、下げて、なんなら地面を掘って埋めるくらいでちょうどいいのです。

そうすれば、躓く《つまずく》ことすらありません!


•信号が青になっただけで、**「神に選ばれし私!」**と錯覚できる。


•カップ焼きそばの湯切りで麺をこぼさなかっただけで、**「ミッション・インポッシブル達成!」**と震えることができる。



•スマホの充電が残り1%で帰宅できただけで、**「アポロ13号の生還!」**のような感動を味わえる。


外側の出来事なんてどうでもよいのです。

重要なのは


「どれだけ安上がりな脳みそで、日常のバグを楽しめるか」


これこそが、真の勝者(というか、幸せな馬鹿)の条件なのさ~。


さあ、「最高の至高」を探す旅に出ようぜ!


今のあなたは。

もう、空から金色の紙吹雪が降ってくるのを待つのはやめまるのだ。

首が痛くなるだけだぜ。


その代わりに、足元を見てみろ。

ソファーの隙間に挟まった100円玉や、スーパーで貼られた半額シールが、あなたを待っている。


それこそが、私たち、俺たちが手に入れられる現実的な「至高」だ。


心を(一瞬だけ)震わせ、明日への活力を(3分だけ)与えてくれる、愛すべき人生のガラクタなのだ。


さあ、顔を上ろ。

胸を張れ。


(いや、やっぱり下を向いて小銭を探してください)


あなたの日常に、「ぷっ」と吹き出すような、滑稽で愛おしい至高の時が訪れますように。


(※ただし、拾った100円玉は交番に届けましょう。それが真の勇者です。)



FIN

読んで頂き、ありがとうございます。


【メモリーバンク】異端者扱いされた俺が“量子の魔法”を使ったら世界が変わる――

https://ncode.syosetu.com/n3941kr/


も読んでいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ