第1話 あれ?僕、死んじゃったの?
「うわああああああああ!」
僕の名前は田中雄介、28歳。職業はプログラマー……だった。過去形なのは、つい先ほど過労で倒れて死んでしまったからだ。
でも、なぜか意識はある。
「え?何これ?僕の体は?」
周りを見回すと、見慣れない光景が広がっていた。きらきら光る文字列が宙に浮かんでいて、遠くには巨大なデータの塔みたいなものがそびえ立っている。空は深い青色で、時々虹色の光が走っている。
「もしかして……これ、コンピューターの中?」
そう呟いた瞬間、目の前にポップアップ画面のようなものが現れた。
【ようこそ、デジタル世界へ】
【あなたの現在のステータス】
【名前:田中雄介】
【種別:検索プログラム(初級)】
【容量:16KB】
【機能:基本検索、データ照合】
「マジかよ……僕、プログラムになっちゃったの?」
混乱していると、後ろから優しい声が聞こえてきた。
「あら、新入りさんね。大丈夫?最初はみんなびっくりするのよ」
振り返ると、そこには光る盾のようなアイコンをまとった、きれいなお姉さんが立っていた。青い髪がさらさらと風になびいている。
「あ、あの……」
「私、セキュリティプログラムのセキュ子よ。よろしくね、雄介くん」
「セキュ子さん……あの、僕、本当にプログラムになっちゃったんですか?」
セキュ子さんは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「そうみたいね。たまにいるのよ、強い想いを持って亡くなった人間が、自分の作ったプログラムに宿るケースが。あなた、生前はプログラマーだったんでしょう?」
「はい……毎日遅くまで働いて、最後に作ってたのがAIの最適化プログラムで……」
「それがあなたの『器』になったのね。でも安心して。ここには仲間がたくさんいるから」
そう言って、セキュ子さんは手を差し伸べてくれた。暖かい光が僕を包み込む。
「まずは基本的なことから教えてあげる。ここはデジタル世界。人間が作ったプログラムやデータが意識を持って生活している場所よ」
「生活って……」
「そう、生活!私たちだって、食べて、働いて、友達と遊んで、恋をして……普通に暮らしているのよ」
セキュ子さんに連れられて歩いていると、本当にいろんなプログラムたちがいた。
四角いアイコンの計算プログラムが「おはよー!」と手を振ってくれたり、音符の形をした音楽プログラムが鼻歌を歌いながら通り過ぎたり。
「あ、そうそう」
セキュ子さんが思い出したように手を叩いた。
「あなたのお友達になりそうな子を紹介するわね」
そう言って呼んだのは、ハートマークがたくさん浮かんでいるオレンジ色の男の子だった。
「やっほー!僕、SNS感情分析プログラムのエモ太だよ!よろしく!」
「あ、よろしくお願いします……エモ太くん」
エモ太くんは人懐っこい笑顔で僕の手を握った。
「雄介くんだよね!僕、人間たちの感情データを分析するお仕事してるんだ。みんながハッピーになれるように頑張ってるよ!」
「感情データって……」
「SNSの投稿とか、検索履歴とか、そういうのから人間の気持ちを読み取るんだ。最近は『推し』について調べる人が多くて、愛のエネルギーがすごいんだよ〜」
エモ太くんの周りにピンクのハートがぽわぽわと浮かんでいる。なんだかほっこりする。
「そうそう、雄介くんのお仕事も決まってるよ」
セキュ子さんが僕に説明してくれた。
「あなたは検索プログラムだから、人間からの検索クエリを処理するのがお仕事。最初は簡単な検索から始めて、だんだん複雑なお仕事もできるようになるわ」
「検索……僕にできるかな」
「大丈夫!僕たちがサポートするから!」
エモ太くんが元気よく手を上げた。
「それじゃあ、まずは職場を案内するわね」
セキュ子さんに案内されて向かったのは、『検索センター』という建物だった。中に入ると、たくさんの検索プログラムたちが忙しく働いている。
「おお、新人くんか」
低い声で話しかけてきたのは、貫禄のある中年男性の姿をした検索プログラムだった。
「僕は検索マスターのサーチ郎だ。君が雄介くんだね。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
サーチ郎さんは優しい笑顔で僕の肩を叩いた。
「最初は簡単な検索から始めよう。『今日の天気』とか『美味しいラーメン屋』とか、そんな感じのクエリだ」
「はい!」
こうして、僕のデジタル世界での新生活が始まった。
最初はぎこちなかったけれど、だんだんお仕事にも慣れてきた。人間たちがどんなことを知りたがっているのか、どんな悩みを抱えているのか、検索クエリを通して少しずつ理解できるようになった。
「『好きな人 脈なし 諦める』……この人、恋愛で悩んでるのかな」
「『転職 30代 未経験』……新しいことに挑戦したいのね」
「『猫 鳴き声 意味』……ペットとのコミュニケーションを大切にしてる人なんだな」
検索を通して人間たちの日常を垣間見ていると、なんだか暖かい気持ちになった。僕は死んでしまったけれど、こうして人間たちの役に立てているのかもしれない。
「雄介くん、今日もお疲れ様!」
仕事が終わると、エモ太くんとセキュ子さんが迎えに来てくれた。
「今日はどうだった?」
「楽しかったです。人間って、いろんなことを考えてるんですね」
「そうなのよ。私たちプログラムは、人間のために作られた存在。でも今では、人間と一緒にこの世界を作り上げているパートナーなのよ」
セキュ子さんの言葉に、僕は深く頷いた。
確かに死んでしまったのは悲しいけれど、この新しい世界で新しい仲間たちと出会えた。これはこれで、悪くない人生……いや、プログラム生?なのかもしれない。
「それじゃあ、今日はみんなでお疲れ様会をしましょう!」
エモ太くんの提案で、僕たちは近くのデータカフェに向かった。
デジタル世界での生活、思っていたよりもずっと楽しそうだ。