1-07
パーティーに戻る前に、届いた誕生日プレゼントの山が置いてある部屋へ向かうことにする。
「今年は何があるかな?」
毎年送られてくるプレゼントは20歳になった今でも楽しみだった。
プレゼント置き場の扉は毎年開けっ放しになっている。
悠は慣れた足取りで部屋へ入った。
「っ……び、びびった…!」
「……ぁ、」
悠が驚くのも無理はない。
先客が居たのだ。
しかも白いワンピースに黒い髪の毛をダラリと伸ばした幽霊のような少女。
バクバクと驚きの意味で鳴る心臓を何とか宥め、状況を確認する。
『この子…確か佐奈ちゃんの妹…だったか?暗いのにヒナタ…の日奈ちゃん、だった気がする。』
幼い頃に語呂合わせで覚えた記憶を無理矢理呼び起こした。
何度か遠目に見たことはあったが、実際に目の前で見たのは初めてで、こうやって見るとかなりの破壊力がある。
薄暗い部屋で廊下の光しかないこの状況では、余計に日奈が不気味に見えた。
悠は少し寒気を覚えながらも今度こそ部屋へ入った。
「電気着けるよ。」
ひとまず電気だと手探りでスイッチを押す。
パッと明るくなった部屋には、明るくなっても不気味な日奈が一人佇んでいた。
「何してんの、ここ関係者以外立ち入り禁止。」
「…すいません。怪しい者ではないのです。わたし、プレゼントを…」
「………、」
てっきり喋れないのかと思えば、辿々しくもきっちり話す日奈。
その声は小さく、か細く、少し掠れた声だった。
日奈の声を始めて聞いた悠はほぅ…と内心溜め息を零す。
佐奈の声は甘くて可愛いものだったが、日奈の声は心に染み込んでいくような透き通った声で、まるで歌を聞いているような感覚だった。
「ごめんなさい…すぐに、出て行きますので、ご迷惑はお掛けしません。」
そう言うと日奈は悠に背を向けて何かの作業を再開した。
悠が不思議に思って後ろから覗くと、白いクマのぬいぐるみに白い小さな花で作った花束を、これまた白いリボンで固定させている所だった。
「君……、」
ハッとしてそのぬいぐるみを見る。
悠はそのぬいぐるみの存在を以前から知っていた。
毎年誕生日になると、この薄汚れたクマのぬいぐるみに白い花が送られる。
それは同じぬいぐるみで、何故かこの会場の同じ場所に設置されていた。
更に不思議なのは、朝はただの白いクマがパーティーの終わる頃には色々な施しがされているのだ。
確か去年は花で作った冠、一昨年は一輪の花だった気がする。
悠はこのプレゼントだけが不思議でならなかったので、送り主と出会えたことに密かな感動を覚えた。
「これ…虎にだよな?毎年不思議だったんだよ。君からだったんだなぁ。」
「………、」
「あ、俺は虎の兄貴ね。紅林悠。小さい頃に何度か会った事があると思うけど覚えてる?君は確か日奈ちゃん、だよね?」
「はい…、」
作業を続けながら小さく返事をする。
悠は興味津々で続けて話した。
「虎と仲良いんだ?アイツ学校でどう?」
「仲良く、ありません。虎君は私を嫌いだから…ごめんなさい、」
「じゃあなんで、日奈ちゃんはアイツにプレゼント送ってんの?」
嫌われている相手にプレゼントを送っている日奈を奇妙に思い、悠は答えを待った。
「できた。」
どうやらマイペースらしい。
完成して少し嬉しそうな声を出した後、悠の居る方へ身体を向けた。
相変わらず髪の毛で顔は見えない。
「約束、なんです。」
透き通った声はそう言って、ペコリとお辞儀を一つ残し部屋を出て行った。
「約束…?」
◇
パーティー終了後、虎は帰ってこない佐奈と悠に苦笑いを浮かべながらある場所へ向かっていた。
あのあと佐奈を探す新太に居場所を聞かれたが、佐奈が貞操観念の低い人間である事実を知らない新太を不憫に思いながら適当に誤魔化した。
佐奈は虎の他に那智とも寝ている。
こんな事を知れば、長年佐奈に片想いしている新太はショックを受けるだろうと頭が痛くなった。
その事に気が付いたのは今年に入ってからで、佐奈が垢抜けてライバルが増えた所為か新太の行動があからさまになったのだ。
しかもこの年齢だ、やりたくて仕方ないに違いない。
虎の初めては中学三年の春だった。
当時は佐奈が好きで、付き合うものだと思っていた。
しかし佐奈は今は誰とも付き合いたくない、でもエッチはしてあげる、とそう言ったのだ。
そして虎は佐奈の甘い誘惑に溺れ、現在まで身体だけの関係を続けていた。
佐奈は可愛い。
やはり、付き合えるなら付き合いたいと今でも思う。
そんな事を考えているうちにプレゼントの届いた部屋に辿り着いた。
真っ先にクマのぬいぐるみを探し視界に入れると、すかさずそれを手にとった。
パチン。
部屋に明かりがつく。
驚いて振り返ると抜け出してから帰って来なかった悠がこちらへ向かって歩いてきた。
「よぉ、お疲れ。」
「兄貴こそ、さぞかしスッキリしただろうよ。」
「お前…最近の高校生は怖いな。まさか俺と佐奈ちゃんが関係を待ったって?こんな来客が多い時に?」
虎は目を細めて疑うように悠を眺める。
服も髪も乱れていない。
佐奈は激しいのが好みなので強ち嘘ではないらしい。
一方の悠は、立て続けに性へ結びつける二人の高校生を目の当たりにし、自身を抱き締めるようなポーズで腕をさすった。
あまりにも表現を濁さないので、知らぬうちに可愛い弟たちが大人になったのだと痛感した。
「で、その子は?」
悠は話を変えようと、例のぬいぐるみに焦点を当てた。
今年のプレゼントは小さい花束らしい。
「置いてあった。」
虎は見たままの事を話す。
置いてあったから手に取った、それだけだと言う意味。
「なんでその子が最初なんだよ。あっちに目立つもんが沢山あるだろ?」
「たまたま。別に深い意味はねぇよ。」
「はーん…」
今度は悠が意味ありげに疑うような視線を送る。
虎はぬいぐるみを元の場所に戻した。
「…誰からの贈り物か分かんねーの?」
「さぁ…いつの間にか置いてあるし、名前もないし。気味わりぃよな。」
「じゃあ俺が貰って良いか。」
「え?」
悠の申しでに虎は内心焦った。
コイツだけは譲れない。
「悪い、冗談だよ。」
悠は隠れて苦笑いした。
あまりにも平然を装って何かを隠すので、つい悪戯をしてしまった。
それにしても『約束』とは何だろう。
悠には全く想像がつかなかった。