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White hole〜少女が大人になるまでの話〜  作者: おゆわり
1.深く無感の青春時代【white heart】
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1-04

「来て。」


悪夢は前触れもなくやってくる。


いつも通り自炊をしていると部屋に佐奈が来た。


たったこれだけの二文字で日奈は今から起こるであろう事を察し、作りかけの食材を放置して急いで部屋を出た。


これは佐奈が面倒そうな声を出したからではない。


人が訪問したからだ。


「佐奈ちゃんお帰り。日奈ちゃん、久し振りだね。」


ニコリ。


まるで王子様のような風貌で自分達に笑いかけるこの人は、6つ離れた親戚の夏目遙斗だった。


母親がイギリス人である夏目は綺麗な青色の瞳を細め、佐奈の椅子を優雅な仕草で引いた。


日奈は夏目に手間を取らせないように自ら椅子に座り姿勢を正した。


今この部屋に居るのは日奈、佐奈、夏目、そして芳野征志。


日奈達の父だった。


「食事の時ぐらい髪を束ねなさい。遙斗君の前で失礼だろう。食事が不味くなる。」

「征志さん、大丈夫ですよ。日奈ちゃんを呼んだのは僕ですから。」


父の冷たい声を夏目はやんわりと制し「冷める前に頂きましょう。」とその甘い顔に笑みを浮かべた。


そこからは長い時間だった。


夏目の大学生活の話やいずれ父親から継ぐ会社の話。


佐奈の楽しそうな笑い声。


日奈だけをポツリと置いて時間が過ぎる。


「では僕はそろそろ…使用人の方に運転をお願いしても…、」

「遙斗さん、今日は泊まっていけば良いじゃない。大学はもう夏休みなんでしょ?」

「佐奈の言う通りだ。お酒も入っている事だし…たまには佐奈の勉強でも見てやってくれないか。」

「そうですね…ではお言葉に甘えて。」


佐奈と父の申し出はあっという間に受け入れられ、夏目は芳野の家に一泊する事となった。


「お先に失礼します。」


父が部屋を去り、続いて日奈が席を立った。


そして部屋に戻ると、途中で放り出した食材を全て早急に片付けた。


「遙斗さん、本当に久し振りね。」


夏目を自分の部屋に招き入れた佐奈は嬉しそうに話した。


虎や那智も美形ではあるが、夏目の美しさは群を抜いている。


佐奈は惚れ惚れとしながら夏目に抱き付いた。


「遙斗さん…」


ソファに並んで座った瞬間、佐奈は夏目に跨がってキスをした。


夏目は佐奈を暫く受け入れて優しい手付きで顔を離した。


「はるとさん…もっと、チューしたいな…、」


大きな瞳を潤ませて夏目にキスを強請る。


そんな佐奈にもう一度キスを送り優しくソファに押し倒したが、すぐさま身体を離して夏目は立ち上がった。


「はるとさん…?続き、してくれないの?」


佐奈はウルッと切ない声で引き止める。


「征志さんが来たらどうするのかな?」

「パパなら来ないよ…来たことないもん、だから…」

「佐奈ちゃん。今日はお酒も入ってるし疲れてるんだ、ごめんね?」

「…もう一回、チューして?」


夏目は佐奈の可愛い声にキスで答えた。


唇を離し、頭を撫で、髪の毛にキスを落とす。


「お休みなさい、佐奈ちゃん。」


夏目はニコリと綺麗な顔で笑いかけた。


佐奈の部屋を出た夏目は口元をソッと拭うと、慣れた足取りで芳野の豪邸を歩いた。


行き先は今日泊まる部屋ではない。


奥まったところにある、彼女が唯一安らげるあの白い場所。


扉の開く音と共に入ってきたのは夏目遥斗であった。


日奈は事前に用意していた紅茶をティーカップに注ぎ「どうぞ。」と控え目な仕草でテーブルに置く。


夏目はチラリと紅茶に視線を向け、長い指を取っ手に絡ませると優雅な仕草で持ち上げた。


ティーカップがよく似合う。







「いらねぇよ。」

「っ……」


夏目は日奈の入れた紅茶を床にぶちまけ、ティーカップをテーブルに戻した。


そして一歩、また一歩と日奈に近く。


条件反射で少し後退ってしまった日奈を見て、苛立ちを覚えた夏目は日奈の脚を軽く蹴りつけた。


「っ……」

「何もしてねぇのに何逃げてんだ。俺を不快な気分にさせるな。」

「ごめんなさい…、夏目さん…。」

「風呂入るから酒用意しとけ。飲み足んねぇ。」


夏目がズカズカとお風呂場に入ったのを見届けた後、日奈は金縛りが解けたように急いで動き出した。


まずバスタオルとハンドタオル、来客用の衣類をまとめて用意し脱衣場に置く。


次に部屋を飛び出すと急ぎ足で下の階へ行き、夏目の好みそうなお手頃なワインを探した。


どこか盗人の気持ちで『パパ、ごめんなさい。』と内心謝る。


高くもなく安くもない一本を手に日奈は部屋へ戻った。


芳野の家は豪邸の為、往復するだけでもだいぶ時間がかかる。


気が休まらなかった。




日奈が部屋へ戻るとまだシャワーの音がしていた。


ワインをテーブルに置き、グラスを軽く洗って設置する。


先程夏目が零した紅茶をタオルで拭き取った所でシャワーの音が止まった。


「間に合わない…、」


日奈は紅茶に染まったタオルをひとまず端の方へ起き、手を洗って摘みの準備を始めた。

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