3-02
「よぉ。」
「お久しぶりです…。」
「ん。」
11月の上旬、那智の気紛れで卒業式振りに二人は会っていた。
実は幾度と連絡は取っていたが、そのほとんどで日奈が那智の機嫌を損ねる返信をしていたため、今まで会うには至らなかったのだ。
『最近どう?』
『ニートです。』
『働け。』
このたった三通のやり取りを繰り返してきた。
そして先日、ようやく日奈が『働いています。』と返信したことがキッカケで会うことが決まった。
「……。」
「……。」
那智にしろ日奈にしろ今更何を話せば良いのかときごちなくなる。
とりあえず那智は学生時代に日奈と一度来たことのあるパスタ屋に入ることにした。
「元気か。」
「そうですね、普通です。」
「髪の毛はまぁ、マシになってるな。…つーか今から飯食うんだからマスク外せよ。」
「嫌です。」
即答した日奈に那智は笑顔を作ってわざと拳を震わせてみせる。
すると日奈は小さく謝って下にマスクをズラした。
「前髪も相変わらずウザイな。なんでそんなナリで飲食店採用されたわけ?意味分かんねぇわ。」
「…私の心意義、かな?」
「黙れシネ。」
「……。」
「……マジで黙んなよ。」
疲れたように溜め息を吐き、相変わらずマイペースな日奈を改めて確認した。
髪の毛の長さや毛先を見る限りメンテナンスは行き届いているようだが、相変わらず目元は隠れている。
服装も相変わらず白を好んでいるようで、その上マスクまでプラスされていては、変わっているのか変わっていないのか判別しようのない印象だった。
「那智君は爽やかに…」
「あ?」
「爽やかに…」
「黙れ。」
那智は日奈に向かって中指を立てた。
そんな現在の那智の風貌は、赤かった髪が黒くなり、髪型もスッキリとしていた。
身なりもお洒落で清潔感のある服装で固められ、高校時代に遊び呆けていた印象をまるで感じさせない仕上がりとなっている。
現在の那智は誰から見ても好青年そのものだった。
「次言ったら殴る。」
「うん…分かった。」
「お前…ムカつくな。」
少しニヤケて返事をした日奈に、那智は再び拳を震わせた。
「学校はどうですか。」
「まぁ…、楽しいな。」
「そっか、良かった…。」
二人はご飯を食べつつ近況報告をした。
特に進学をした那智は日奈よりも話題が豊富で、会話は途切れなかった。
「友達は出来たの?」
「まぁまぁ。軽音サークル入ったし。」
「…ケイオンって何?」
「あ?知らねーの?音楽サークルのことだよ。」
「へぇ…凄い。那智君って楽器弾けたんだ…。」
那智の意外な趣味に日奈は驚いたような声を出したが、那智は暫くの沈黙の後、気まずそうに答えた。
「俺…、ずっと幽霊部員…。」
「あー…。」
その一言で察した日奈は、話題を変えることにした。
「じゃあ恋人は?」
「何そのあからさまな話題変換、ムカつくな。」
「ごめんなさい。」
那智はムッとしつつ、最近の恋愛事情を思い出した。
大学へ入ってからと言うもの、実はこの約半年間で既に五人に告白されていた。
女子とはなるべく関わらず気を持たせないよう行動していたはずが、イケメンの那智を周りが放っておくはずがなかったのだ。
しかも学校に加えてバイト先の人にも言い寄られているため、自然と告白された人数が増え続けている。
どの環境に身を置いても女性が寄ってくるというのは贅沢な悩みだが、いい加減もう懲り懲りだと那智は溜め息を吐いた。
「ハァ…相変わらずモテモテで困るわ。女と付き合う気なんてさらさらないのに。」
「大変なんだね…。」
「ホント最悪。一年目にして気まずい奴増えるし、もうめちゃくちゃ可愛い子振り過ぎて最近ホモ疑惑掛けられてるし、」
「ご愁傷様です…。」
「……テメェ、他人事だな…?」
「勿論、他人事だよ?」
その冷たい返事を恨めしく思い、那智は日奈を思い切り睨み付けた。
すると日奈は冗談めかした笑みを浮かべ、今度は真面目に聞く体制を整えた。
「…恋人、何で作らないの?」
「良い質問だな。まず面倒くさい。次に馬鹿な女が嫌い。最後に必要性を感じない。」
「……あら。」
「あらって…リアクション困んなよ。今更だろ。」
「そうだね…。じゃあ那智君、何もしなくても大変なんだ。どっちに転んでも絶望的なんだね?」
日奈の憐れみの声に那智は改めて絶望を感じた。
モテることに優越感を浸れていれた昔とは違い、今は平穏を何よりも望んでいる。
その平穏を新しい環境で一から築いていくには、恋愛が何よりも邪魔だった。
「格好いいってのは罪だよな…。」
「那智君…自分で言うんだね…。」
「いや、真剣に悩むわ。今まさに告白してきそうな女が何人か頭に浮かんで死にたくなった。」
「あー…。」
日奈は返す言葉が見つからず、水を飲んでやり過ごした。
「俺結構素っ気なくしてるつもりなんだけど…何アイツら…。」
「よく、分からないけれど…逆にクールなのが良いのかもしれない…とか?世の中にはギャップ萌という言葉があるぐらいだから…。」
「なるほど…そうか!それだな!俺ギャップ萌放ってたのか!」
うなだれていた那智はハッとして、ここ最近の悩みの答えにようやく辿り着いたような顔をした。
確かに日奈の言う通り、好青年風のイケメンで素っ気なくて、女性を顔で選ばないとなれば人気も出るだろう。
あくまでも予想ではあるがモテる理由が分かった所で次は、今後どう振る舞うべきかの相談を二人は始めた。
「いっそのこと、高校時代に女性で遊びまくっていたから、今は友情を大切にしたいと答えたらどうでしょう?」
「そのまんま…直球過ぎるだろ。」
「でも…変に勘違いされるよりも良いんじゃないかな?下手に恋愛の話題を避けるんじゃなくて、先に皆にさらけ出す方がきっと良いよ。」
「……。」
日奈の提案に那智は嫌そうな表情を浮かべた。
那智は思う。
別に仲を深めたくもない連中に向かって、何故自分の情報を無駄に話さなければいけないのかと。
勿論それは自分のためではあるが、普通に嫌な提案だった。
「何もない所に、人は自分の都合の良い考えを当てはめて期待をする。」
「……。」
「その隙を与えないように、相手の気持ちが埋まる前に那智君自身が埋めていかないと…きっと周りは期待しちゃうよ…?那智君は優しい人だから…。」
「別に…優しかねぇけど。」
那智はぶっきらぼうに答えたが、日奈の説明には心から感心してしまった。
周りを近付けさせない為にわざと冷たくしてきたが、それだけでは駄目だった。
それは素っ気なさ以上に、期待値を下げる作業を怠ってきたからだ。
初めから言葉で防御をしておけば良かったのだとようやく納得でき、これで今後の振る舞いが定まった。
「なんか感心するわー…。」
「感心?」
「おー。何だかんだ的を得てくるなぁと。」
今思えば高校時代に『無理をしている』と気付かされた時から全てが変わった。
あの瞬間が無ければ今でも那智は、心につっかえたものを抱えながら過ごしていただろう。
それほど日奈の存在は那智に過大な影響を与えていた。
「しゃあねぇな。今日は奢ってやる。」
那智はニヒルに笑い立ち上がると、一人でレジへ向かう。
口では如何にも今思い付いたかのように言ったが、最初から就職祝いとして奢るつもりだった。
「ごめんね…ご馳走様。ありがとう。」
「うぃ。」
ペコリと礼儀正しくお辞儀をした日奈に那智は照れくさくなり、素っ気なく返事をした。




