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White hole〜少女が大人になるまでの話〜  作者: おゆわり
2.味のない甘い飴【white candy】
37/38

3-01

「私はあの時死にました。」


日奈が22歳となった春の日、ある一室でカウンセリングが行われていた。


「日奈ちゃん…何度も言ったけどアナタは生きているわ。」

「物理的にはそうです…。でも死にました…。」

「じゃあここに居るアナタは何者かしら…?」


そう問われた日奈は一通り考えた後、ニヤリと不気味に笑って答えた。


「死に損ないと考えたこともありました。でも今は少し違う…。私はある意味、新しく生まれ変わったんです。」

「つまり…?」

「良い意味で死んだと例えただけですよ…。あくまでも前向きな気持ちです。」


日奈は大人を欺くように、目の前の大人が納得しそうな綺麗事を並べ立てた。


本心を話した所で理解はしてもらえないだろうと踏まえた結果だった。


何より、日奈の中では考えがハッキリしていると言うのに、わざわざ話さなければいけない今の状況は煩わしくて仕方がない。


日奈の為と言いながら、結局は大人達が安心したいが為の対話である。


それならば、大人が望む通りの会話をする他なかった。


「明日からの新しい生活について思う所はありますか?」

「特に何も…少し楽しみなくらいです…。」

「そう、それは良かった。相手の方とは上手くやれそう?」

「えぇ…彼は私の鏡なので。」


“彼”を鏡と表した日奈の頭の中には、ある人物が思い浮かんでいた。


まだ彼の全てを知った訳ではない。


それでも何故か、鏡のようだと感じてしまった。


「彼を愛しているの…?」


その質問を聞いた日奈は心の底から面白そうに笑った。





「芳野さんお疲れ~!今日途中まで一緒しようよ。」

「うん…待ってるね。」


着替えが終わり、部屋を出た直後に声を掛けられた日奈は、更衣室の前で待つことにした。


その返事を聞いた相手は慌ただしく着替えを済ませ、急いで部屋を出ると人懐っこい笑みで日奈に声を掛けた。


「夜でも相変わらず暑いよなぁ…。早く寒くなって欲しい~。」

「そうだね…。」

「芳野さんは冬か夏どっちが好き?ちなみに俺は冬だな!冬最高!」


そう叫んだ彼は、真野謙二郎だった。


「で?芳野さんは?」

「私は…春と秋。」

「うわぁ~それ卑怯なやつだしぃー。」


日奈の意見に悔しそうな表情を浮かべる謙二郎。


こうして二人が肩を並べて歩いているのには訳があった。


高校卒業後、半年間も引きこもりを続けた日奈だったが、いい加減に親ばかりに甘えては居られないと仕事を始める決意をした。


とりあえず出来ることから挑戦しようと街中をフラフラ歩いていた所、古くからある喫茶店で厨房スタッフを募集している貼り紙を見つけた。


日奈はその時、急にふって湧いてきた行動力でその店に入っていた。


経営者は年配の夫婦で、どちらも優しそうな暖かい印象の人だった。


一目見て『ここしかない。』と感じた日奈は、尚更やる気を出し、顔を隠したい理由を説明した上でマスク着用のもと面接をしてもらい、無事に採用が決まったのだった。


「もうバイト慣れた?」

「うん…料理は得意だから…。」

「すげぇよな…今度俺にも作ってよ。」


そして何の運命か、バイト先には接客スタッフとして謙二郎が居たのだ。


運命の再会から既に1ヶ月は経っている。


もう二度と会うことはないと思っていた日奈との再会に、謙二郎は改めて嬉しそうに笑った。


「それよりマスク暑くない?」

「…もう慣れたよ。」

「ふーん…。」


謙二郎は日奈を見る。


仕事中はマスクを着用し、セミロングの髪の毛を後ろで束ねている日奈。


学生時代はだらしなく垂らしていた前髪も今は少し短くなり、仕事中だけはしっかりと耳にかけていた。


「暑いしどっか行かない?何か奢るよ。」

「…大丈夫。ありがとう…。」


マスクのせいでくぐもった声が聞こえる。


日奈ともう少し一緒に居たかった謙二郎の気持ちとは裏腹に、現実は上手く行かない。


あっという間に訪れた駅の改札口に残念な気持ちになった。


「お疲れさまでした。」

「お疲れさん…。」


何の余韻もなく二人は別れる。


謙二郎がこんな感情を抱き始めたのは最近のことだった。


と言うのも、マスク以外の素顔をさらした日奈を見て謙二郎の中で激震が起こったのだ。


今までひた隠しにされていた髪の毛の下には、言葉では言い表せないとても綺麗な瞳があった。


少しつり上がった大きなアーモンドアイは美しく、奥深い力強さがある。


まるでヒマワリの花が咲いているような錯覚を覚える茶色い瞳は、ずっと見ていたくなるほどの魅力があった。


謙二郎はバイト先で会う度に無意識で日奈を見つめてしまい、今では日奈と会うためにバイトを続けているようなものだった。


「勿体ないなぁ…。」


思い出すだけでもウットリとしてしまう。


『美人は三日で飽きる』と言うが、日奈はそれをことごとく覆していく。


それくらい日奈の瞳には不思議な魅力があり、だからこそ謙二郎は今まで以上の興味を持ってしまっていた。



「ただいま。」

「んー。」


リビングでくつろいでいた佐奈は適当に返事をした。


高校時代は部屋にこもっていた佐奈だが、大学へ上がってからは共有スペースであるリビングに居座ることが多くなった。


それは反抗期が終わり、心が成長したことの現れであった。


「疲れた…。」

「へー。」

「佐奈ちゃん…疲れたよ。」

「じゃあさっさと寝たら?私も疲れてるもん。」


構って欲しそうな声を出す日奈に、佐奈はあしらうように言い放った。


すると日奈は佐奈の隣に座り、もう一度疲れたと主張を繰り返した。


「あ~もうウルサいなぁ~!分かった分かった!聞こえてるよ!」


余りのしつこさに降参した佐奈は吹き出して笑い始めた。


このように姉妹関係も落ち着いている。


日奈はようやく訪れた平穏に幸せそうに笑った。

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